第二百七十七話 第一次ポフェニア戦争 二年目 Ⅱ
アルムスたちが本国で駆けずり回り、艦隊を必死で建造しているころ……
トリシケリア島の三分の一はロマリア王国の支配下に落ちていた。
残りの三分の一はポフェニアの支配下。
そして最後の三分の一は……ポフェニア支配下だが、ロマリア王国へ寝返ろうと画策している諸都市である。
アレクシオスが進軍した西回り……トリシケリア島西部は殆どがロマリア王国の手中に収まっていた。
アレクシオスと相対していた、ケプカ・バルカとダヴィド・バルカのうちダヴィド・バルカがアレクシオスに敗北したことで、形勢が一気にアレクシオス側に傾いたのだ。
西側の諸都市が次々とロマリア王国へ寝返り、ケプカ・バルカは大きく撤退を余儀なくされた。
しかしケプカ・バルカは体勢を立て直し、守りを徹底的に固めた。
如何にアレクシオスと雖も、殻に篭る相手を倒すのは容易ではない。
結果、戦況は膠着した。
一方、バルトロが担当した東側は……
未だ殆どの都市がポフェニア側であった。
というのも、セアル・バルカがこちら側を守っていたからである。
セアル・バルカはロマリア軍がポフェニア軍よりもはるかに精強であり、バルトロの実力が自分と同格、またはそれ以上であることを悟り、正面から会戦をすれば勝てないと判断した。
決戦をズルズルと避け続けながら、バルトロには決して戦略的重要地点を与えなかった。
そしてバルトロもセアル・バルカの実力が高い、ということを悟り無理には攻めなかった。
結果、完全に戦線は膠着していた。
のだが……
ロマリア王国が本格的に大量の船を建造していることが分かると、セアル・バルカは一時本国へと帰国した。
アズル・ハンノ率いる平野党の妨害を排除し、大艦隊を建造するためである。
バルカ家はロマリア王国とは別に、アズル・ハンノという政敵とも戦っていた。
バルカ家からすれば、どちらも大差ない敵だったのだ。
セアル・バルカがトリシケリア島から発ったことを確認すると、バルトロはすぐさま行動を移して攻勢に移った。
バルトロは破竹の勢いで攻撃に移った。
セアル・バルカの後、総指揮を託されたベルシャザル・バルカは守り切れないと考え、街や村を燃やし。略奪を進めながら南へ撤退した。
結果、東側の諸都市の多くがロマリア王国に下ったのである。
トリシケリア島最大都市シケーリア。
キリシア人の植民都市であるシケーリアはやはり対ポフェニア感情が悪い。
このシケーリアはトリシケリア島で一、二を争う港を備え、そして最大の人口を有する都市であり、郊外には小麦畑が広がっている。
ロマリア王国としては是非とも確保したい、戦略的な要地であった。
そして……
ベルシャザル・バルカが撤退した三日後、この都市にはグリフォン旗がはためいていた。
「ようやく、勝利が見えてきたんじゃないかな? そう思わないか、ソヨン」
「そうだね……」
自然休戦の間に、アレクシオスの元からロンのところに帰って来たソヨンは……
夫の上げた大戦果をイマイチ喜べないでいた。
「どうしたの?」
「うーん……どうしてこんな簡単に占領できたのかな……って」
「そりゃあ、バルトロさんの攻勢が強かっただろ。見ただろ? ベルシャザル・バルカが一目散に退散していくのを」
ロンはベルシャザルとの戦いを思い出す。
バルトロは一時的だが方翼包囲を完成させ、ベルシャザル・バルカを完膚なきまでに打ち破った。
起伏の激しいトリシケリア島では、やはりロマリア王国の盾と短剣、そして投槍による武装は非常に有利に働いたのである。
結果としてベルシャザル・バルカは物資の集約地点である都市をバルトロに奪われ、大きく戦線を下げざるを得なかった。
そんなベルシャザル・バルカが放棄した都市の一つがシケーリアである。
ロンが労せずにシケーリアを手中に収めたのだ。
「でも……シケーリアは戦略的な要地でしょう? そう簡単に手に入るなんておかしくないですか?」
「それは……」
ロンは言葉に詰まる。
先鋒としてベルシャザルを追撃してきたロンであったが、確かにあまりにもベルシャザルが弱すぎるとも感じていた。
少なくともアレクシオスの評価では、ベルシャザルは自分より有能な将軍のはずだ。
どうしてここまで無様な敗北をしたのだろうか?
……と、そこでロンの背筋に寒気が走る。
嫌な予感がしたのだ。
「アエミリウス将軍!! 大変です!! ポフェニア軍の大軍が!!!」
そこでロンは気付いたのである。
自軍が完全に包囲されたことに。
「派手に負けた甲斐があったね。間抜けな獲物が網にかかった」
ベルシャザルは包囲下のシケーリアを眺めながら愉快そうに笑った。
ベルシャザルがバルトロに敗北したのも、無様に撤退したのも、そしてシケーリアをロンに明け渡したのもすべてはベルシャザルの計画であった。
シケーリアは大都市だが……
大都市というのは独立した一つの都市だけで構成されているわけではない。
複数の衛星都市、そのまた衛星都市で形作られている。
シケーリアを明け渡しても、その周囲の都市が健在であれば再びシケーリアを取り戻すことは容易だ。
いや……
むしろシケーリアを完全に孤立させることもできる。
シケーリアから続く、軍隊が通れる道路上には全てポフェニア支配下の中小都市が鎮座しているからである。
すでにロンとシケーリアはベルシャザルの掌の上だった。
しかしここで疑問が一つ。
どうやってベルシャザルはロンの目を欺いたのか?
が、しかしさほど難しい理由ではない。
むしろ簡単だ。
要するに……
バルカを舐めるなよ?
ということである。
トリシケリア島は大昔からバルカ家が征服の手を伸ばし、開発してきた。
トリシケリア島の端から端まで、バルカ家は知り尽くしている。
起伏の激しいトリシケリア島では、現地住民ですらも全ての道路、村、都市の位置を把握するのは難しい。
だから如何にキリシア人たちの支持をロマリア王国が受けようとも……
トリシケリア島の地形を完全に把握することはできないのだ。
だから……
バルカ家が密かに作った道路や拠点を利用して……
撤退の過程で少しづつ兵力を割いて伏し、反撃に転じることは容易だ。
一度は減った兵力だが、新たに傭兵の補充を終えてベルシャザルの手持ちの兵力は八万となっていた。
トリシケリア島から集めた兵力一万と、ポフェニア本国からの援軍二万がようやく合流したのである。
新たな三万は財布の紐が固いポフェニア元老院を説得した、セアル・バルカの功績だ。
これで兵力でも戦況でも逆転した。
「しかし……バルトロ・ポンペイウスが網に掛からなかったのは実に惜しい。……やはり父上が認めるだけはあるな。まあ、ロン・アエミリウスも優秀な将軍だし、何よりアルムス王とは幼少期からの付き合いと聞く」
ロン・アエミリウスとその妻の首を塩漬けにして、アルムス王に送ってやろう。
果たしてどんな顔をするか……
ベルシャザルは不適に笑った。
そして……
「我が弟を倒したのはアレクシオス、処刑したのはアズル・ハンノ。ロン・アエミリウス殿に恨みをぶつけるのは少々筋近いだが……まあ、同じ敵であることには変わりはない。……アレクシオス、アズル・ハンノの首を跳ねる前の肩慣らしだ」
「クソ……罠だったか」
シケーリアより遥か後方。
ロンが追撃している間に、都市を一つ一つ制圧していたバルトロとグラムはロンから送られた鷹便による救援要請を聞いて、苦々しい顔を浮かべた。
「ロンの奴……油断して……バルトロさんにあれだけ油断するなって言われたのに……」
「いや、今回は総司令官である俺の失態だ」
セアル・バルカが居なくなった途端、これだけ上手く戦いが運ぶ。
あまりにも出来過ぎている。
とバルトロは薄々感じていた。
だからロンに対しては、敵の罠である可能性を考慮して伸長して追撃するように伝えていた。
しかし……
バルトロの見込みが甘かった。
まさかシケーリアほどの大都市を餌にするとは思わなかったのだ。
シケーリアほどの大都市。
敵が放棄したというのであれば、奪わないわけにはいかない。
むしろこれをみすみす見逃すのは、将軍としてあり得ない。
だからロンの選択肢は間違いではない。
大正解だ。
機会を見逃さなかったのだから。
バルトロの想定してロンに警告を促した罠と、ベルシャザルが仕掛けた罠の大きさがあまりにも違い過ぎていた。
それが今回の失態である。
「こうなったら、ロンを救出するしかない。ロンの持っている二万を、何よりロン自身を失うのはあまりにも痛すぎる」
一方、バルトロからの鷹便を受け取ったアレクシオスとロズワードは……
「さすがだね、ベルシャザル兄さんは。さすが、僕の兄だね」
「……あなたはどちらの味方ですか?」
ロズワードがひたすら感心するアレクシオスに対して、苦言を言う。
「僕はロマリアの将軍だけどね、敵でも強いなら強いと認める器量は必要だと思うんだよ。うん、あれは引っかかっても仕方がないかなあ……シケーリアを見逃すのもそれはそれで惜しいし」
と、アレクシオスは評価してから……
「ロズワード君、全軍を任せるよ。僕はロマリア本国に戻る」
「え? どうしたんですか?」
急に四万の大軍の指揮を任されたロズワードは困惑の声を上げた。
「そろそろ、本国で大艦隊が完成しそうだからね。なーに、海戦で勝てばベルシャザルも撤退せざるを得なくなる。そうなれば……ロン・アエミリウス殿の失態は転じてシケーリア攻略の功績に早変わり。……終わりよければ、全て良しだ」
ポフェニアのひたすら互いの足を引っ張り合ってる感が伝われば幸いです
いつだか言った新作ですが、早ければ次の土曜日に投下できると思います。
多分、異世界建国記が好きな人は楽しめると思います。
主人公は、アルムスとバルトロとアレクシオスとイアルを混ぜて残虐性や嗜虐癖や俺様属性を大量に加えた感じです。
アレクサンドロス大王みたいに、何をやらかすのか分からない頭が(いい意味で)ぶっ飛んだ主人公を目指しました。
詳しくは活動報告に書いてありますので、そちらをご覧ください。




