第二百七十六話 第一次ポフェニア戦争 二年目Ⅰ
いろいろ遅れてしまった
まあ、忘れてただけなのですが
エインズからの『同盟締結成功』の報告を聞き、その真偽を確かめてから……
俺は正式にこの戦争への本格的な介入を決めた。
メルシナ海峡の確保、という当初の目的は捨て……
南の国境線の安定、テーチス海の制海権の確保という新たな目的を制定した。
俺が正式にペルシス同盟論を取ったことで、ポフェニア協商論は消滅した。
ライモンドたちも、もはや戦争は避けられないと悟ったのだろう。
不満を抱えながらも……
主戦派に合流してくれた。
ロマリア王国の国論は再び統一されたのである。
良かった、良かった……
いや、まだ良くない。
「国王陛下、もうすでに国庫が空です。……どういたしますか?」
「さて……どうするか……しかし、まだまだ資金は必要だからな」
元々我が国にはかなりの準備金があった。
何らかの大戦争や飢饉、災害のために国庫に蓄えを残しておいたのである。
しかし……
大艦隊の建造のために全て、放出してしまった。
「今は何隻だ?」
「旧来の船と合わせて、合計百五十隻です。……アレクシオス将軍からは最低、三百隻と仰っていましたよね?」
「だよなあ……」
元々ロマリア王国、というかロマリア連邦にも多少船はある。
精々数十隻だが……一応、あるにはあった。
しかしそれでは全く足りない。
ということで、我が国はせっせと大艦隊の建造に乗り出していた。
すでに自然休戦の季節は過ぎ……
夏真っ盛り。
船の建造は続いていた。
ポフェニアも我が国の大艦隊建造の動きに合わせ、再び船を作りだしているようだ。
冬から夏までで、すでに百隻以上の船を作った。
これは俺が国庫から大量の銀をばら撒いたからだ。
部品ごとチーム分けをして……
一番成績の良いチームには報奨金を与える。
と言うやり方で部品ごと大量生産し、規格に合わせて船にする。
このやり方のおかげで、ポフェニアよりも数倍の速さで船を建造することに成功した。
したのだが……
「やはり……増税しかないか……」
「あまり取りたい手段ではありませんね、陛下」
増税。
つまり税金を採って、資金を確保する。
国庫がすっからかんな以上、これ以上の手立てはない……
いや、待てよ?
まだ手段があるじゃないか。
「どうしました? 陛下」
「国民から金を借りるぞ」
「これだけ集まれば取り敢えず、あと五十隻は作れるな」
国民から借金をする。
というやり方で俺はこの財政難を乗り切った。
どういうことか?
というと……
戦争終わったら返すから、今は一人あたり○○支払ってくれ。
と国民から強制的に金を借りたのだ。
まあ、ほぼ人頭税と変わらない。
だがただの重税とは違い、借金なので最終的には返済される。
それに戦争には勝って欲しいし。
という感じでさほど反感を持たれずに大量の資金を得たのである。
「ですが、陛下……あと百隻はどうします?」
「……商人から借りるしかあるまい」
あまり借金という手段は使いたくない。
特に、戦争には。
農地を広げる資金確保に借金をする。
という形であれば、最終的には利益を得られる。
だが、戦争は……
下手をすれば国力を使い果たして終わる可能性がある。
つまり金を返せるか、怪しい。
だが……
本格介入を決めたのは俺だ。
こうなったらやるしかないだろう。
「利息は要りません、陛下」
俺が宮殿にキリシア人商人を招くと……
彼らは驚くべき事を言った。
……利息が要らない?
商人が?
金貸しが?
利息を取らないだって?
代わりに何を要求してくるのか……
俺が身構えていると……
「陛下、我らはポフェニアが憎いのです。あの憎きポフェニアを破ってくれるのであれば……どうぞ、一時的に金を貸す程度なんのことはありません。利息は要りません。……いえ、利息は勝利です。我らは利息として勝利を要求します。どうか勝利してください」
商人たちはそう言って頭を下げた。
こいつら……
「我らはキリシア人です。しかしロマリア人でもあります。もう、これ以上我らは祖国を失いたくありません」
商人たちは言った。
そうか……こいつらは……キリシア半島からロマリア王国に逃れてきた商人たちか!!
なるほど……
ならば理解できる。
「……ありがとう、本当のところは無理をしてでも君たちに利息分を含めて返さなくてはならないのだが……生憎、我が国の財政はそこまでの猶予はないのだ。ありがたく、その申し出を受けさせていただく」
よし……
これで資金は確保できた!!!
「漕げ!! ひたすら漕ぐのだ!!!」
レザド付近の海域では、連日船を漕ぐ訓練が行われていた。
船を漕ぐのは主に……無産市民たちである。
五段櫂船に乗るのは主に百人程度の漕手と、百人程度の戦闘員である。
戦闘員に関しては、ロマリア王国とロマリア連邦の重装歩兵を乗せるつもりでいた。
そして問題の漕手だが……
無産市民や武器を自弁できない小作人から募ることにした。
我が国では兵士の武器は原則として自弁である。
よって重装歩兵はそれなりの財産を持った人間しかなれない。
だが、漕手は櫂を漕ぐだけ。
つまり無産市民、何も資産を持たない、武器を持っていない人間でも出来る。
何より彼らは『無産』なので、長い間訓練に駆り出してもあまり経済に影響が出ない。
むしろ治安が良く成るほどだ。
漕手は船の心臓だ。
漕ぐ人間がいなければ、船は動かない。
なお、重装歩兵も新たに組織して……
船で戦う訓練をしている。
最近は船酔いする者が減った、という順調なのか順調じゃないのか分からない報告が来ている。
まあ生まれて初めて海を見る人間が殆どの中で、船酔いが減ったのは成果かな……
「陛下、船の航海士の不足の件なのですが……」
レザドで艦隊建造に当たっていた、キリシア人が言い難そうに言う。
操縦士と航海士の不足。
これは無理な大規模艦隊建造によって発生した大問題である。
漕手は誰でも訓練すればできる。
船の上で戦うのも……まあ、出来なくはない。
だが……
操縦士と航海士。
この二つは特別な技能であり、一からすぐに育てることが出来ない。
「すまない、最悪一隻当たりの人数を……」
「いえ、陛下。実は解決したのです」
え?
解決した?
「正確に言えば……解決しそう、と言えば良いのでしょうか? 商人たちが名乗りを上げてくれまして……何とか間に合いそうです」
「商人たちが?」
商人たち、というと外洋に出て遠隔地貿易に従事している者達だろう。
なるほど……彼らが……
金を貸してくれたり、操縦士になってくれたりと……
至れり尽くせりだな。
かつてはあれだけ俺に反抗し、反乱を起こしたキリシア人たち。
それが今では喜んで、何も言っていないのにも関わらず戦争に協力してくれる。
間違いない。
この国は……
アデルニア人の王国ではなく、『ロマリア人』の王国となりつつあるのだ。
何となく……
俺は嬉しかった。
一方……ポフェニアでは……
「早く予算を寄越せと言っているのだ!! ロマリア王国の大艦隊の建造は知っているだろう!!」
「すでに艦隊はあるでしょう。このまま新しい船を建造すれば、三百隻です。ロマリアに三百隻も建造する国力はない!」
「敵を過小評価するべきではない!! 万全を期して四百隻だ!!」
「あなたは何を言っているのですか? 国庫に無限の金があると? これ以上の拠出は不可能!!」
ポフェニアの元老院ではアズル・ハンノとトリシケリア島から一時帰国したセアル・バルカによる激しい戦いが繰り広げられていた。
ポフェニアは国論の統一どころか、もはや分裂の危機に瀕していた。
国政は停滞し……
その停滞は艦隊の数にも大きな影響を及ぼした。
秋、ロマリア王国が予定通り三百隻の艦隊を海に浮かべたのに対して……
ポフェニアは予定以下の二百八十隻しか集められなかった。
ようやく二年目に突入しました




