第二百七十五話 第一次ポフェニア戦争 自然休戦Ⅲ
ペルシス帝国との同盟。
それは決して今までの……ペルシス帝国からの「支援する」などという口だけの気安いモノを求めているのではない。
もっと本格的な、間違いのない同盟である。
「まあ、ペルシス帝国がバックにいれば何かあっても最悪は避けられるからな」
「ふーん……ペルシス帝国は同盟を結んでくれるのかな?」
ユリアは疑問を浮かべる。
まあ……正直なところそれは分からない。
「だからペルシス帝国が同盟を結んでくれないのであれば、この戦争はこれで終わりだ。ただ……絶対と断言できないがクセルクセス帝ならば結ぶだろうな」
「どうして?」
「蛮族同士、潰し合わせたいだろうからね」
クセルクセス帝の外交政策は蛮族には蛮族を。
自らは手を汚さず優雅に。
我が国がポフェニアと組むのは……
ペルシス帝国が一番望まないはずだ。
「ふーん……なんか、私嫌な予感がするんだよねえ……」
「嫌な予感?」
ユリアは呪術師だ。
呪術師という生き物は往々にして勘が鋭い。
彼女の言う『嫌な予感』は当たる。
それもかなりの高確率で……
「……どんな気がするんだ?」
「うーん……ただの勘だから根拠なんてないけど……」
ユリアは呟く。
「何か、大切なモノを失うような……そんな気がする」
一方、元キリシア人商人エインズ。
現在、ペルシス帝国駐在外交官は頭を抱えていた。
というのも……
アルムスからこのような指令書が来たからだ。
『ペルシス帝国クセルクセス帝に同盟を打診せよ。具体的内容は……戦争中は好意的中立を維持。そして第三国(ロゼル王国)が介入して来た時には、我が国と共に戦う。最後に船や技師の融通。講和での仲介役。最低でもこの四つの約束を取り付けてくるように』
好意的中立ならばすでにペルシス帝国は中立であることを宣言しているので、何の問題もない。
船や技師の融通も大丈夫だろう。
講和での仲介役はお安い御用で引き受けてくれるだろう。
問題は……
第三国(ロゼル王国)介入時の戦争参加だ。
今までロマリア王国側で戦争に参加する。
という口約束ならば存在した。
だが、あくまでそれは口約束であり……決して正式に結ばれ、書面として残されたモノではない。
ペルシス帝国は戦争への腰が重い。
特に海戦となれば、ますます嫌がるだろう。
その約束を取り付ける。
実に困難だ。
だが……
「これを取り付けられれば……私のロマリア王国での評判も上がるか」
エインズはロマリア王国では新興貴族だ。
ロマリア王国ではまだ、ロサイス氏族やアス氏族といった大豪族が幅を利かせている。
そこで頭角を現すには……
功績を立てるしかない。
アルムスという人間は血筋よりも功績を優先する人間、というのはアレクシオス・コルネリウスを見れば分かる。
今回の戦争は……
エインズにとっての大チャンスだ。
「よし……やってやろうじゃないか」
「ふむ……第三国(ロゼル王国)介入時の戦争参加以外は認めても良いが……アルムス王は引き下がるつもりはないのだろう?」
「……国王陛下からは全ての案件に関して、皇帝陛下からの全面的支持を得ない限りはポフェニアと講和する、と伺っております」
「なるほど……少し考えさせてもらおうか。ほんの数時間だ。……果物でも食べて待っていてくれたまえ」
クセルクセス帝はそう言ってエインズを別室で待機させ……
顎に手を当てて考える。
クセルクセス帝として最善はロマリア王国とポフェニア共和国が潰し合い、力を磨り潰し合いつつ……
テーチス海が安定する程度は両国が力を持つ。
という状態である。
そしてクセルクセス帝が想定する最悪は……
ロマリア王国とポフェニア共和国が手を組み、ペルシス帝国に挑んでくることだ。
ロマリア王国は王制国家だが……
元老院という共和制的な組織があり、さらに地方レベルでは住民による自治が行われている。
ポフェニア共和国は言わずもなが、共和国である。
クセルクセス帝の治めるペルシス帝国……
専制的な君主の治める王政よりは、両国ともに相性は良いだろう。
とクセルクセス帝は考えていた。
仮にポフェニア共和国からバルカ家が排除され、ハンノ家率いる平野党一党による一枚岩の国家になれば……
ロマリア王国とは仲良く共存することだろう。
アルムス王は南よりも北に、海よりも陸に興味がある。
そして平野党は北よりも西や南、海よりも陸に興味がある。
どちらも利害を犯すことはない。
さらに……
両国によるメルシナ海峡の支配、ということも可能になる。
つまりペルシス帝国の排除である。
実際、海洋国であり精強な海軍を有するポフェニア共和国と大陸国であり精強な陸軍を有するロマリア王国が手を結べば……
ペルシス帝国に対抗することも出来てしまう。
ロマリア王国もポフェニア共和国も……
放っておくにはあまりにも強い力を持った地域大国だ。
「アルムス王の気持ちは……まあ、理解できるな」
ポフェニア共和国と本格的に構えるのであれば、どうしてもロゼル王国の介入が心配になるのは仕方がない。
ロマリア王国はポフェニア、ロゼルと二つの大国に挟まれた、地政学的にも立地の悪い国だ。
だからこそ……
外部的な圧力で危機感を強め、統一出来たと言えなくもないが。
アルムス王がこの面倒な地政学的な立地を解決するには方法は一つしかない。
各個撃破である。
仮にポフェニアをあと一歩のところまで追いつめても……
北からロゼルに攻められれば引かざるを得なくなる。
一対一はアルムス王としては絶対に譲れないところなのだろう。
クセルクセス帝は考える。
何がペルシス帝国にとって最善かを……
そして……
「おい、ロゼル王国との外交担当者を呼べ」
「はい」
クセルクセス帝の秘書官が一人の家臣をクセルクセス帝の元に連れてきた。
「ご機嫌麗しゅう、諸王の王よ」
「あまり機嫌は良くないがな。蛮族のガキに過大な要求をされて頭が痛い。さて……ロゼル王国の内乱の兆しはどうなっている?」
「内乱が起こる、と断定するほどのモノではありません。しかし十分に起こり得る可能性があり、ロゼル王国は暫くの間大きな軍事行動は避けるでしょう。特に現王派は」
ロゼル王国内乱の兆しはロマリア王国の勢力伸長と同時並行で増していた。
元々ロゼル王国の主流派はロゼル王国最高呪術師長であるマーリン、そしてロゼル王国最高位の将軍であるクリュウ・パリス・ウェストリアによる対外拡張派であった。
しかし両名はロマリア王国……の前身であるロサイス王の国に敗北した。
結果、ロゼル王国内部での権力構造が変化した。
国王……非対外拡張派の勢力が主流派となったのである。
そしてロゼル王国はロサイス王の国と和平を結んだ。
しかし……
ロサイス王の国は勢力を伸長し、その後ロマリア王国として拡大を続けた。
それに危機感を抱き始めた対外拡張派が再び活発になり始めたのだ。
そして……
ロマリア王国による南アデルニア統一で再び日の目を浴びることになり……
ロマリア王国によるロゼル王国侵攻により、非対外拡張派を逆転しつつある。
これに加えて……
現在のロゼル王国国王の健康問題もある。
この国王には何人も息子がいるが……
国王が死ねば、拡張派のクリュウ将軍の擁立する第二王子と非対外拡張派のバルタザール将軍の擁立する王太子による内戦勃発は不可避になるだろう。
「このロマリア王国、ポフェニア共和国との戦いでロゼル王国が介入する可能性は?」
「ほぼ無いといえるでしょう。過激派が先走る可能性はありますが……本格的な介入はロゼル王国の崩壊を招くかと」
ならば問題は無い。
クセルクセス帝は満足気に頷き……
「ロマリア王国の外交官を呼べ。条約を結んでやろう」
斯くしてペルシス帝国とロマリア王国との間で同盟が結ばれた。




