第二百七十三話 第一次ポフェニア戦争 自然休戦Ⅰ
気が付いたら月曜日になってた
「バルトロ、セアル・バルカにお前は勝てるか?」
自然休戦の間、俺は密かにバルトロを召還して尋ねた。
バルトロは目を瞑り、少し考えた後……
「負けることはありません。しかし勝てないでしょう」
「……どういう意味だ?」
引き分け……
と言いたいのか?
「セアル・バルカとは何度か小競り合いをしました。ええ、彼は優秀です。しかし……肝心の兵士が彼の能力に付いて来れていない。我が国の兵士は……ポフェニアの兵を練度と士気で圧倒しています。ですから、戦えば……勝てるでしょう。しかしそれはセアル・バルカも分かっている。ですから……彼は戦いません」
……なるほどね。
戦えば勝てる。
しかし戦えなければ、勝てない。
自明だな。
我が国の国力の限界を待つ戦略。
絶対に勝てる、確実なやり方だ。
「ですから、私としては講和がよろしいかと」
「……やはり、そう思うか」
俺はバルトロを信用している。
バルトロが言うのであれば、間違いない。
とは思うが……
「取り敢えず、講和の方向で考えておこう。……他にも意見を聞かねばならない」
「……陛下、お一つ助言をさせて頂きたい」
ん?
バルトロが俺に助言?
珍しいな。
「アレクシオス・コルネリウスの意見を一度聞くのが宜しいかと。彼には……私には見えていないものが見えているでしょうし、ね。もしかしたら……彼は私とは別の判断を下すかもしれません」
「何をバカな……我が国の国力限界くらい、執政官のあなたなら把握しているはずだ!! 我が国の軍事制度の性質から考えて、長期戦はできない!! 講和以外、選択肢はない!!」
「あなたこそ何も分かっていないではありませんか。良いですか? ロマリア連邦は我が国の軍事力を担保とした同盟連合。我が国がポフェニアに引き分ければ、その担保が崩れるのです。それに……ポフェニアは信用出来ない!! あの国は顔が二つあるのですよ!!」
バルトロとの話を終えた後、俺は元老院を招集した。
というのも、俺は講和条約の内容を隠していたが……
どこからか、流出したのだ。
おそらくは……
ポフェニア、特にバルカ家経由であろう。
この講和条約は貴族、平民問わず瞬く間に広がって大論争となった。
即ち……
和平か、戦争か。
我が国の国論が真っ二つに割れてしまったのである。
バルカ家の狙い通り、我が国は分断されてしまったことになる。
もうバレてしまっては仕方がない。
というわけで、俺は国論を統一……どちらかと言うと和平よりも統一しようとして元老院を招集したのだが……
議論は大荒れとなった。
和平派筆頭はライモンド。
ライモンドを中心とする、ロサイス氏族たち保守層が和平を主張した。
彼らは元々それなりの既得権益を持っているので、むしろ戦争で失うことを恐れている。
それに……
非常に堅実的な考えを持っている。
俺もバルトロもどちらかと言えばこちら側だ。
一方……
主戦派筆頭はイアル。
イアルを中心とする、ディベル氏族やアス氏族などの反ロサイス派貴族、そして元々ロサイス王の国の豪族以外の貴族たち。
彼らはロサイス氏族と比べて、既得権益が小さいのでこの戦争で大きな利益配分を望んでいるのだ。
特にロサイス氏族と対立しているのは、アス氏族である。
かつてはディベル氏族という共通の敵がいたが……
ディベル氏族が落ち目になった今は、ディベル氏族&外様&アス氏族VSロサイス氏族という構図になっていた。
お義父さんがみたらどう思うだろうか?
苦笑いでも浮かべるのかな?
と、そんな具合で国論が二分されていた。
そして……
厄介なことに双方が自分たちの意見を俺に飲ませるために、様々な階層を引き込み始めたのだ。
最初に仕掛けたのは主戦派だ。
彼らは平民会、そして呪術師会を味方に引き込んだのである。
各地の平民会、呪術師会から、戦争継続の嘆願書が山のように集めてきて、イアルたちがドヤ顔で『どうだ!! 平民は俺たちの味方だぞ!!』とやったのである。
最近はロサイス市の市民たちが集団で、『戦争!! 戦争!! 戦争!!』などと歌うように行進している始末であった。
好戦的過ぎて怖い。
一方、ライモンドたちも負けていなかった。
彼らは最近ロマリア王国に支配されて、あまりロマリア王国に馴染んでいない。むしろ反感を抱いている者たちの署名を掻き集めてきたのだ。
そして『お前らに反対してる平民もいるんだぞ、おらぁ!!』とドヤ顔でイアルたちに叩きつけた。
すると今度は……
イアルたちはキリシア人諸都市を味方に引き込んだ。
ペルシス・キリシア戦争でのポフェニアの裏切り以来、キリシア人はポフェニア人に強い反感を抱いている。
多分、殆どのキリシア人はポフェニア人をぶっ殺してやりたいと、思っている。
だからこそ、キリシア系ロマリア人は『戦争を継続してくれ、そして俺たちにポフェニア人を殺させてくれ』と求めているのである。
それに……
この戦争で我が国が勝てば、我が国はポフェニアの植民地や商圏を奪うことが出来る。
それはキリシア人商人からすれば、唾が出るほど魅力的だろう。
キリシア人たちは大きな財力を持っているので、俺も無視できない。
それに貴族たちの中にはキリシア人たちから借金をしている者も大勢いる。
彼らが主戦派に傾いてことで、国論は主戦派へ一気に……
ということにはならなかった。
ライモンド率いる和平派が、アデルニア系の連邦加盟国を味方に引き込んだのである。
彼らからすれば、今回の戦いはあまり利益が無い。
アデルニア半島領内の領土が得られる、というのであればまだ実感が湧くし、相手が今までアデルニア人を虐げてきたロゼル王国だというのであれば、まだ戦う気は起るが……
トリシケリア島?
ポフェニア?
何だ、そりゃあ?
というアデルニア系の同盟国は多い。
特にエビル王の国だったり、ドモルガル王の国だったり、ファルダーム王の国だったり……
この辺りの国は、出来れば兵力を出したくないと思っているようだ。
アルヴァ王国は金さえくれれば良いという感じだが。
彼らは我が国にとって大事な同盟国。
その意思を無視することが出来ない。
そして……
話はなんと、我が国領内だけではなく海外にも及んだ。
発端は……
ペルシス帝国に外交官として派遣した、エインズである。
エインズがクセルクセス帝から
『全面戦争をするのであれば、支援する』
という、明らかにロマリア依りの言質を引き出してきたのだ。
しっかりクセルクセス帝のサイン付きで。
斯くして……
主戦派は『ペルシス同盟論』を唱え、和平派は『ポフェニア協商論』を唱えていた。
同盟派、協商派とも言い換えられる。
……
俺はアズル・ハンノに『貴国は国論が統一されていない』と言ったが……
あまり人の事を言えない情勢になっていた。
「国王陛下!! 和平を結ぶべきです!! ポフェニアの海軍力は強大!! 我が国の海軍では太刀打ちできません!! それに我が国の敵はロゼル王国ではありませんか!!」
「陛下! 戦争を継続すべきです。今、ここでポフェニアを叩かなければ……また協定を破られます。次はロゼル王国に挟撃されるかもしれない。それにトリシケリア島やポフェニアの持つ商圏を奪えれば、我が国はさらに豊かになる!!」
ライモンドとイアルが俺に自分の意見を主張する。
二人がロマリア王国のことを考えているのはよく分かる。
実際、二人の意見はどちらも利があるのだ。
だが……
だからと言って決定的な決め手があるわけでもない。
「冬は始まったばかりだ。まだ結論を出すのは早いだろう」
「「陛下!!」」
何をクズクズしているのですか!!
と言いたげな二人。
俺は声を張り上げる。
「三日以内にある程度の結論、方針は出す。それまで待て……今回の件はそう易々と決めて良いことではない!!」
俺はズキズキと痛む頭を押さえながら、そう言った。
ロサイス氏族VSアス氏族の政争は、同盟論と協商論の争いが終わった後も数百年は続きます




