第二百六十三話 第二次アデルニア人解放戦争
「勝ったはいいが、完全勝利とはいかなかったな」
「申し訳ありません、私の力が及ばず」
「いや、お前の責任ではないさ」
俺は悔しそうにいうバルトロを慰める。
というか、こいつは何で勝って悔しがっているのだろうか?
「あれだけ騎兵の差があって、勝ったんだぞ? 普通の将軍じゃできないさ。むしろ、これが普通。今までの相手が弱すぎた。それだけだよ。お前ほどの将軍はこの世いない」
「そう言って頂けると幸いです」
と、バルトロは言うが……
やはり悔しそうだ。
何というか……
今まで俺も、バルトロも、いやロマリア人全員『完全』勝利に慣れ過ぎだな。
良く無い傾向だ。
本来、戦争に勝つのは難しい。
完全勝利となれば、尚更だ。
だから、これが普通。我々は喜ぶべきだ。
「一先ず、今夜は酒を兵士たちに振舞おう。折角の勝利だ。祝わないとな。この後は、それからでも十分に間に合う」
「敵はどこまで下がった?」
「斥候を出して調査したところ……ここから三日ほど、北に上がった中堅都市に篭ったようです」
ロズワードが斥候からの報告を俺たちに伝えてくれる。
敵へ与えた損害は三万ほど。
つまり、残り三万前後の歩兵が残っている。そして、騎兵も健在だ。
「バルトロ、攻城戦で落とせるか?」
「三万の敵が篭る城を落とすのは難しいですね。孤立した場所なら、兵糧攻めに出来ないこともないですが……」
うーん……難しいな。
俺はアレクシオスに視線を向ける。
「案はあるか?」
「どうにも。挑発して出てくるような敵ではないでしょうし。やはり、地道な攻城戦でしょう」
要するに、地道にやるのが一番というわけか。
「問題は敵の援軍がいつ来るかだな。どう思う? バルトロ」
「ロゼル王国の総兵力がイマイチ分かりませんからね……話に聞くところでは、歩兵は三十万、騎兵は六万前後という話ですが……二か月くらいでしょうか?」
そんなに掛かるだろうか?
我が国が侵攻した時はかなりの早さだったが……
いや、待てよ?
ガリアにはロゼル王国に反発している氏族や、ゲルマニス人たちもいる。
今回、我が国の侵攻に対応するために出した六万もロゼル王国からすればカツカツのはずだ。
新たに援軍を送るには、前線の兵士の一部を割く必要がある、
その再編、人事、移動……
それらを考慮すれば、二か月が妥当……ということか。
まあ、あくまで憶測だが。
「二か月で落とせるか?」
「無理ですな。一年、二年あれば、確実に兵糧攻めで落として見せますが」
一年、二年か……
気の長い話になりそうだ。
「国王陛下」
バルトロが俺を真っ直ぐ見つめてくる。
「どれくらい、戦争できますか?」
「一年以内には終わらせてほしい……と言いたいところだな。我が国の兵士は自作農が中心だ。長い間、農地を放っておくわけには行かない。……が、要するに交代すれば良いだけだ。ローテンションを組めば、一年でも二年でも三年でも戦える」
我が国の総兵力は、連邦を含めなくても十六万。
それを五万程度ずつ回せば、戦争は続けられる。
国庫の余力はあるしな。
「では……攻城戦に移る方針で構いませんね?」
「ああ、それで行こう。この勝利を無駄にしたくないしな」
まず初めに、俺たちが始めたのは周囲の都市を落とすことだ。
包囲網を作るために、都市の衛星都市、村落を一つ一つ潰していくのだ。
まず、拠点として、すでに落とした中堅都市に一万の兵力を置く。
これを預かるのは俺だ。
次に、残り五万の兵力を五つ……ロン、ロズワード、グラム、バルトロ、アレクシオスに分配する。
一万ずつの兵力で、衛星都市を一つ一つ落としていく。
兵力を分散して良いのか……
と思うかもしれないが、斥候は周囲に放っているし、全ての軍団は互いに綿密に情報のやり取りをしている。
仮にバルタザールが三万の兵で、各個撃破に移ろうとすれば……
残りの四つの軍団が真っ直ぐ空になった都市に向かうだろう
そして一か月が経ち、衛星都市を全て落とし、村落も手中に収めた。
それらの衛星都市の防備に一万を割き……
残りの兵力、四万で我が軍は包囲を始めた。
包囲、それも徹底的な包囲だ。
周囲に壕を掘り、柵を立て、騎兵を防ぐための杭を設置する。
そして要所要所に簡易的な要塞を建築。
アリの子一匹逃さない、完璧な包囲だ。
問題は薄く広がった包囲を、破られることだが……
「敵は門からしか、出れません。つまり敵が攻撃できるのは、門の周辺だけ。では、そこに守りを固めれば良い。それだけの話ですよ」
「やはり、防城戦は嫌だな。攻城戦も面倒だが……防城戦の方が気が重くなる」
「同感ですな。私も、防城戦はしたくない。守るより、攻める方が楽ですよ」
守りは負けたらお終い。
だが、攻めは負けても問題ない。
圧し掛かる重みが違う。
「さて……包囲を始めてから二か月経ったが……敵の援軍は……」
「密偵の情報だと、経った今編成された模様……となれば、あと二週間は来ませんね」
そう。
我々の想定以上にロゼル王国の動きが遅い。
想像以上に困っているようだ。
それに援軍の数も四万と……少ない。余裕が無いのだ。
「なあ、バルトロ」
「どうしました?」
「良い意味で、この攻城戦の準備が無駄になると言ったらどう思う?」
「そうですなあ……やらずに済むなら、それが一番かと」
よし、そうか。
じゃあ……
「アルムス王陛下、此度の件は……」
「いや、あなたの言いたいことはよく分かる」
俺はプリン外交官の言葉を遮った。
バルトロたちと話し合った結果、俺たちはロゼル王国との講和を模索した。
理由は二つ。
一つはやはり、我々も攻城戦はしたくないという事。
二つ……想像以上にロゼル王国に余裕が無さそうだという事。
上手く行けば、足元を見ることができる。
だからこそ、ロゼル王国に書簡を送り、講和を打診して見せた。
すると……
こうしてすぐにプリン外交官が派遣された。
プリン外交官は即座に俺への非難を始めたが……
俺には分かる。
非難は口だけ。
本当は早く講和したくて溜まらないという事を。
まあ、簡単な話……
このまま放っておけばロゼル王国は中堅都市と三万の兵力を失うことになる。
救援に成功すれば、そんなことにはならないが……
救援軍がバルトロに敗北するようなことになれば、さらに追加で四万を失う。
先の戦いですでに三万。
そしてこの後、七万……合計十万。
ロゼル王国の脳裏に過ぎるのは、数年前に起こった大敗北。
多くの領土を失った、戦いだ。
また同じことが起これば、ロゼル王国は崩壊する恐れがある。
だからこそ、ロゼル王国は弱腰だ。
そもそも、我が国と戦う気ならこんな状況下で外交官を派遣しない。
『勝つまで交渉のテーブルには着かない』と言い張れば良いだけの話。
そうしないのは、余裕が無いからだ。
「私はロゼル王国とはあまり戦いたくない。勝てるかどうか、分からない戦いをする君主がどこにいる?」
「……」
「ですから、講和しましょう。……我々はバルタザール将軍と三万のロゼル王国軍を見逃します。その代り、ロゼル王国は我が国にこの一帯の領土を割譲。……どうでしょうか?」
ふっかけすぎかな?
突然、人様の土地を奪ったうえで「ここで手打ちにしましょう!」は道理じゃないが……
「一つ、約束して貰いたいことがあります」
「何でしょう?」
「二年の不可侵条約を結んでもらいます。互いに不干渉を維持しましょう。そして、二年後にどちらか一方が破棄しない限り自動更新。……どうでしょう?」
「ええ、構いません。それで講和しましょう」
こうして両国の間で不可侵条約が結ばれる。
我が国も、ロゼル王国も二年間互いの領土に攻め込めない。
しかし、領土を削ってまでロゼル王国は戦争をしたくないのか……
こりゃあ、アレだな。
ただ外敵がいる、ってわけではない。
間違いなく、内部に火種がある。
それも、下手すればロゼル王国を崩壊させかねないほどの火種だ。
……少し、鎌をかけてみるか。
「クリュウ将軍はお元気ですか?」
「……突然、どうしました?」
「いえ、バルトロが気に掛けていましてね。ライバル同士みたいでしたから。残念がっていましたよ。戦えなくて……」
「……クリュウ将軍は元気にしていますよ。彼もバルトロ将軍にそのように思われていると知れば喜ぶでしょう。お伝えしておきます」
プリン外交官は飄々と返したが……
俺は見逃さなかった。
彼の瞳が揺れ動いたのを。




