第二百五十九話 対ロゼル戦略
次の敵は大国ロゼル。
腐っても大国と言えば、ギルベッドやファルダームだが……
ロゼル王国は腐っていない格上の大国である。
一筋縄……それも今までと同じやり方で通用する相手ではない。
そこで、ロゼル王国と戦い抜くために王城の一室で秘密会議が行われた。
メンバーはお馴染み、俺、バルトロ、アレクシオス、イアル、ライモンド、ロン、ロズワード、グラムである。
「まあ、複数の国を同時に相手取った先の戦争と比べれば、多少楽だとは思いますけどね」
バルトロは飄々と言ってのける。
相変わらずの余裕だ。まあ確かに……
「敵が一人、というのは確かに分かりやすくて良いが……」
逆に一人の敵は割ることができない。
一対一の戦い。
これは辛い……
「バルトロ、百戦中百戦勝利する自信はあるか?」
「いや……まあ同数以上ならば大概の相手には勝てますよ? クリュウ将軍相手だと、私も確約できませんが……しかし、そもそも相手は大国ロゼル。……我が国と同数以下になることは無いのでは?」
「だよなあ……」
今までは敵の数よりも多くの兵を用意して勝ってきた。
その上、率いるのがバルトロなのだから勝利して当然と言える。
だが、これからは格上のロゼル王国である。
確実な勝利は保証できない。
となると……
「やはり敵を分裂させるしかないでしょうね」
ぼそりとイアルが呟く。
まあ、その手しかないな。
少数に分割して、一つ一つ確実に倒す。それしかない。
となると、どうやって分割するのか……
いや、そもそもどことどこを分裂させるのかが問題になる。
ロゼル王国は我が国程ではないが、かなり国王権力が強い。
その上、ガリア人の結束も強固だったはずだが……
「例の魔女、マーリンを引きずり出してきて、政争を起こさせるのはどうでしょうか?」
ライモンドが提案した。
うーん、マリリンか……まあ、確かにマリリンはロゼル王国にかなり味方が居るようだし、あいつがロゼル王国に帰国すれば政争の一つ二つは起りそうだが……
「マリリンが俺たちの頼みを聞いてくれるとは思えんなあ」
というか、下手にマリリンを放って強くなられたら困る。
あの女の呪術は厄介極まりない。
それにマリリンとクリュウ将軍はセットだからな……
クリュウ将軍には今まで通り、北で戦って貰いたい。
「となると、アデルニア人だな」
「まあ、それが妥当でしょうね。ロゼル王国支配下のアデルニア人は農奴に落とされて、使役されているとポフェニアでも知られるほど、過酷な統治下にあるようですし」
アレクシオスはニヤニヤと笑う。
相変わらず、こういう性質の悪い作戦がお好きなようだ。
「しかし、貴族や豪族と違って奴隷や農奴、小作人の反乱を煽るのは難しいのではないですか?」
「地位やお金で連れたりしないし……」
「そもそも、纏まりが悪すぎる……」
ロン、ロズワード、グラムが口々に言う。
三人の言う通り、そもそも奴隷や農奴という生き物はそうそう滅多に反乱を起こさない。
例えば、日本の江戸時代、一揆というモノがあったが……
あれは反乱とは言えない。
ただの年貢引き下げ要求であり、暴動の一種だ。
少なくとも、将軍や天皇を引きずり降ろして革命を起こし、自分たちで政治をやろう!!
などという、目的のために起こったモノでは無い。
まあ、戦国時代の一揆の場合はそうとも限らないが。
我が国で起こった、兵役の拒否も同様だ。
反乱や革命には、一定の思想とリーダー、そして中核となる母体が必要になる。
奴隷や農奴にとって、支配者に従うのはモノが上から下へ落ちるのと同じくらい当たり前のこと。
当然、思想は存在しない。
カリスマ的リーダーが都合よく出てくるとも思えない。
そして、中核となる母体も存在しない。
これでは反乱など、起きようもない。
貴族や豪族は既得権益の保障だったり、地位だったり、贈り物だったりで割と簡単に寝返るのだが。
「ロゼル王国は確か、さほど貨幣経済も発展していなかったな……」
貨幣経済が広まり、国民がそれなりに豊かになると政治や権利、法などにも興味を持つようになる。
だが、ロゼル王国支配下のアデルニア人はその日に食べるモノさへも危ういという生活を送っていて、当然貨幣なんて使う余裕はない。
生活が豊かでないから、生きるのに精一杯で、反乱を起こす余裕なんてない。
うーん、結構難しいな。
「となると、やはり飢饉の一つでも起こるのを待つしかないな」
「呪いでもやりますか? ユリア様に頼めば……」
「呪いか……うーん……」
ライモンドの提案は悪くない。
飢饉は待っていて来てくれるようなモノでもないし、できればこちらのタイミングで起こせれば軍事行動も取り易くなる。
だけどな……
農作物を枯らしたり病気にさせて収穫率を下げ、敵国の国力を落とす呪いはリスクが大きい。
人を呪わば穴二つとは良く言ったもので、呪いは掛けるよりも跳ね返す方が簡単だ。
一流の呪術師でも、自分の名前や呪いの種類、そして呪いをかけている姿を目撃されれば三流呪術師……いや、俺のような呪術の心得が全く無い人間が相手でも失敗し、手痛い反撃をされる恐れがある。
実際、各国が呪い対策をするようになって以降、どの国も報復を恐れて呪いは控えている。
まあ、西部諸国の小国同士はやっていたようだが。
国家規模の呪いは、絶対に跳ね返されないという自信がなければできない。
ギルベッド程度ならば、ユリアやその他我が国の呪術師を動員すれば成功すると思うが……
相手は呪術先進国ロゼル王国。
呪術師の数、質共に我が国より上。
確実に跳ね返されてしまうだろう。
「やはり下手なリスクは負わず、待つのが最善じゃないか?」
「賛成です。相手は大国、焦りは禁物でしょう」
ライモンドは頷いた。
機会は慎重に待たないとな。
大事なのは機会を見逃さないことだ。
その後、飢饉が起こった時の為の布石や行動について話し合った後、話題はロゼル王国への進軍ルートに移る。
「問題は北ギルベッド王の国だ。攻め落とすか、それとも懐柔するか」
北ギルベッド王の国。
それは先の戦争で、ロゼル王国、ロマリア王国双方の妥協の産物で生まれたロゼル王国の傀儡国家である。
我が国としてはロゼル王国と当時は矛を交える気はなかった。
ロゼル王国も、ロマリア王国と国境を接したくなかった。
結果、ギルベッド王の国の王子の一人を立てた傀儡国家が緩衝地帯として成立したのだ。
まあ、おそらくロゼル王国の傀儡で、北ギルベッド王とやらは操り人形と化しているだろう。
もしかしたら幽閉されているのかもしれない。
「イアル、連絡を取ることは?」
「試しましたが……面会すらできませんでしたよ。王宮はガリア人ばかり。はっきり言って、王が生きているのかすら怪しいです」
うーん……
操り人形にいくらお金を積んでも意味ないだろうな。
となると……
「武力で落とすしかないな。となると、最初の攻撃目標は北ギルベッド王の国か」
北ギルベッド王の国が多少自由に動くことができる立場だったら、上手く交渉して中立を約束させ、ファルダーム王の国やドモルガル王の国の方面から攻めるのも考えたが。
中立を約束させることができないのであれば、アレはロマリア連邦に食い込むように刺さった棘にしかならない。
早急に取り除く必要がある。
「イアル、北ギルベッド王の国には一応アデルニア人の地主や豪族が温存されていたな?」
「ええ、一応表向きはアデルニア人の国ですから。もっとも、ロゼル王国のガリア人に土地や権利を少しづつ奪われて……不満を抱えているようですがね」
ニヤリ。
俺とイアルは笑みを浮かべた。
その様子を見て、バルトロやロンたちが若干引いたような顔をする。
「圧政に耐えかねたアデルニア人の豪族や地主、農民たちが武力蜂起。そして我が国に救援を求める」
「信義に厚いロマリア王国国王、アルムス陛下はアデルニア人を見捨てられず、やむを得ず出兵。北ギルベッド王の国を救い、武力併合」
「そして、アルムス王が北ギルベッド王の国……つまりアデルニア人を助けたという風評がロゼル王国中に流れて……」
「反乱を誘発させる、というわけですね」
うん、我ながら良い筋書きだな。
よし……
「決行は来年の春、二月としよう。イアルはそれまでに、北ギルベッド王の国の豪族たちを懐柔させてくれ。手段は問わない」
「はい、分かりました、陛下」
イアルは深く頭を下げる。
「ライモンド、ロゼル王国に伏してある呪術師や商人に扮した密偵を通じてロゼル王国の内情を探っておいてくれ。農奴を主にね」
「はい、分かりました。その程度ならば、私でも出来ますね」
密偵はすでに送り込んであるので、後は情報を整理するだけ。
年齢を重ね、老いてきているライモンドでも十分に可能だ。
「バルトロ、アレクシオス、ロン、ロズワード、グラム。お前たちは国内の反乱の備えと、軍事訓練を行って戦争に備えておいてくれ」
「「「はい!」」」
さて、俺はキリシア商人を通じて食糧を買い込んでおくか……
飢饉が起きた時、ロゼル王国に食糧が渡らないように高値で買い取る契約もしておかないとな。




