第二百五十七話
ロマリア王国は現在、国家呪術師の制度によって呪術師を統制している。
これは所謂偽呪術師などの詐欺を防止するのと、国家が呪術師の数を把握し、戦争に動員できるようにするためである。
また、研究機関として呪術院と魔術院が置かれている。
呪術院は呪術を研究する機関で、魔術院は魔術を研究する機関だ。
前者の責任者はユリア、後者はテトラだ。
国家呪術師の数は年々増加傾向にある。
これは領土拡張と共に多くの呪術師がロマリア王国の支配下に治まったためだ。
ロマリア王国では呪術で使用される大麻などが専売されているので、これを正規の手段で購入するには国家呪術師になるしかない。
だから普通の呪術師は国家呪術師の資格を取る。
その方が便利だからだ。
だが、中には国家呪術師の資格を取らず、無免許で呪術を行う呪術師もいる。
偽呪術師とは違い、こちらはちゃんとした実力があるので……俺は野良呪術師と呼んでいる。
野良呪術師の実力は偽呪術師と違い、かなり高い。
なぜ高い技術を持つ呪術師が、国家呪術師の資格を得ようとしないのか?
その理由はただ一つ。
ロマリアが嫌いだからに他ならない。
呪術、というのはかなりの高等技術である。
日本で言う、医者なのだから当たり前だ。
日本に置いて、医者の社会的ステータスが高いのと同様にロマリアでも呪術師の社会的なステータスは高い。
収入は一般人の十倍以上はあるし、腕次第では貴族に取り立てられる。
基本、女性の人権が軽視されているこの世界に於いて、男性の貴族と同じだけの立場、というのは相当なモノだ。
少なくともアデルニア半島の国家で、呪術師を軽視する国はない。
だから呪術師は重用される。
さて……
呪術師の立場になって考えよう。
今まで自分を重用し、頼ってくれた国。
自分に高い地位を与えてくれた王様や、厚遇してくれた豪族貴族。
それをロマリア王国は軍事力で蹂躙し、武力で弾圧し、その私財を奪ったのだ。
途端に呪術師たちは無職になってしまう。
何より、大きな恩のある主人を踏みにじられた。
その恨みは大きい。
その上、大麻の専売?
今まで自由に買い、使い、栽培してきた大麻をロマリア王国は専売して利益を得ている。
これは腹立たしいだろう。
そんなわけで、野良呪術師は意地でも国家呪術師の資格を取らない。
そんな野良呪術師は潜在的に反ロマリアであり、反乱分子である。
これが他の反乱分子と結びつけばかなり厄介なことになる。
鷹便や梟便は最速にして、滅多に見つからない最良の情報伝達手段である。
いくら関所を設けても、鳥を止めることはできない。
だから野良呪術師を取り締まるのには大きな意義がある。
問題はどうやって取り締まるかだ。
例えば、偽呪術師の場合は住民からの通報で取り締まれる。
「あいつ、怪しいです」
「呪術師免許を見たことがありません」
などという通報があれば、すぐに取り締まり、捕縛できる。
一方野良呪術師は?
彼女らは通報されることが滅多にない。
実力が高く、周囲から信頼されているからだ。
それにまだ、占領地では国家呪術師の制度が認知されていないというのも大きい。
そもそも、昔からお世話になっている呪術師と侵略者のロマリア王国では、前者を優先するのは当たり前だろう。
だが、国としてこいつは困る。
さて……どうするか……
「で、考えたんだが、呪術師会を正式に公認するというのはどうだろうか?」
「つまり呪術師を組織化してしまうということですか?」
ライモンドの問いに、俺は頷いて答える。
「呪術院を頂点に、地方にある呪術師会を全て公認して統括するんだ。そして呪術師会に参加しない呪術師……つまり国家呪術師以外の呪術師を地方から駆逐させる。同時に国家呪術師の認定を行う役割もそちらに委託しようと思う」
組織は一から作るのは難しいが、既存の組織にテコ入れするだけなら簡単だ。
呪術師会とやらを利用すれば、簡単に全国規模の呪術師組織を作り出せる。
「しかし……そう簡単に呪術院の下に付きますかね? 反発されませんか?」
「だから金で釣ろうかなと思う」
「……金、ですか?」
俺は頷いた。
一定額の資金を各地方の呪術師会に分配させるのだ。
そしてこの金で呪術の研究や、呪術師の育成をさせる。
今まで自腹でやっていた研究や、仕事の時間を割いてしていた弟子の教育の負担が軽くなるというわけだ。
その上、大事なことだが……
この金で育てられた呪術師は必ず呪術師会に入るし、国家呪術師になる。
つまり国家呪術師はどんどん増えていく。
一方、野良呪術師は寿命で少しづつ数を減らしていくだろう。
最終的にはロマリア王国の呪術師の全てが国家呪術師になるはずだ。
「……なるほど、さすがは陛下ですね。優秀な呪術師も増えて、一石二鳥というわけですか」
「まあ、そういうことだな」
これで呪術師への統制はさらに強化される。
支配も盤石になるというわけだ。
「私からも、いくつか提案をさせて頂いても構いませんか?」
「支配強化についてか?」
「はい、そうです」
まあ、別に構わないが……
「やはり精神的な支配が必要だと考えます。……そこで我が国の神を信仰させるのです」
「神……というのはあれか、ヘーノー、ゼルピア、アルネの三柱か?」
「ついでに陛下の父親である、軍神マレスもですね」
設定上、俺は神の子である。
父親がマレスで、お祖母ちゃんがヘーノー。お爺ちゃんであり、大伯父兼大伯母がゼルピア。そして伯母がアルネである。
つまりこれらの神々を祈るということは、俺を支持することに他ならない。
だが……
「宗教の強制はむしろ、反乱に繋がらないか?」
こういう、文化慣習はかなりデリケートな問題だと思うのだが。
「ええ、そうです。ですから、まずは各地方の神々……つまり占領地の国の神々をロマリアの神々に迎え入れてしまいます」
「……もしかして、神話を弄ったりするのか?」
「場合によっては、新たな神話を作って血縁関係を強引に繋げるのもありですね」
つまり、ライモンドの考えはこうだ。
ファルダーム王の国の守護神を、マレスの親戚にしてしまう。
すると、ファルダーム王の国の守護神とロマリア王国の神が、広義ではほぼ同一になる。
つまりファルダーム王の国の住民は、旧来の神々を祈っているつもりで、実は俺の父親であるマレスを祈り、そして俺の支配を受け入れることになるという事だ。
まるで子供だましである。
だが……
「暗示というのはバカにならんからな」
「そういうことです」
神話が同じなら、皆兄弟。
反乱を起こす気が多少、削がれる。
何よりライモンドの案の素晴らしいところは、金があまりかからないという点だ。
手間は掛かるが、金が掛からず、それに長期的な効果が見込める。
「やはりこういう宗教や文化の面はお前が一番だな。俺では思いつかん」
「それほどでも。陛下がそちらに疎い分、私がフォローしなくてはなりませんからな」
ははは、とライモンドは笑う。
宗教や文化の固定概念に縛られないのは、俺の長所でもあるが短所でもある。
それを補ってくれる家臣はありがたい。
それからしばらくしたころ、バルトロが謁見を申し出てきた。
「陛下、私にも意見を求めてくださいよ」
「いや、お前は軍人だろ?」
バルトロは軍人だ。
なるほど、確かに戦争は得意かもしれない。だが統治に関しては怪しいところがある。
昔、バルトロも領地を持っていたが……
その時の内政手腕は可もなく不可もなくという感じだった。
「軍人には軍人としての見方があります。……軍事訓練をやりましょう」
「どういうことだ?」
「占領地で軍事訓練をするのですよ。同盟市や自治市、そして連邦加盟国の兵士も招いてね。そうすれば、威圧にもなりますし、訓練で結束も固まります。そして軍力強化にもつながる。一石三鳥です」
威圧……か。
まあ、確かに鞭の部分は大切だ。
精強な軍隊を見れば反乱を起こす気も失せるかもしれない。
だが……
「下手な緊張状態は起こしたくないな……許可は出すが、あまり何度も同じ場所でやるなよ? 住民とのトラブルが起これば本末転倒だ。それに死傷者には気を付けろ。特に同盟市や自治市の死傷者だ」
妙に同盟市や自治市の死傷者が多い。
などということになれば、少しづつ恨みを溜めこむことになる。
「重々承知しています」
「ならば良い。許可を出す。我が国の強さを見せつけて来い」
バルトロはニヤリと笑い、一礼して退出した。
全く……
それにしても、少数で多数を抑えるのは苦労が絶えないな。




