第二百五十二話 北部大征伐Ⅴ
ロマリア王国による分断により、連合軍は大きく戦力を失った。
ギルベッド王の国は北部地方と北部地方を守っていた第四王子の身柄を奪われ、同時に北部地方から来るはずだった援軍をも失った。
西部地方の第二王子は、再三の援軍要請を無視して領地から出て来ない。
その上、ロマリア王国との内通の噂まで出回り始めた。
ファルダーム王の国はロマリア王国にぶつけるはずの戦力のうち、二万をロゼル王国との戦いに割かなくてはならず、大きく戦力をすり減らした。
ドモルガル王の国はロマリア王国と先んじて講和を結び、戦争から離脱。
ドモルガル王の国からの援軍を期待していたファルダームとギルベッドの両国は大きく士気を落とした。
ここまで戦況が悪化し始めると、ファルダームとギルベッドの豪族たちにも厭戦気分が広がり始める。
彼らが今まで、いつになく真面目に戦っていたのは自分の領地を守るためであり、また三ヶ国連合という事もあり、勝てると踏んでいたからだ。
しかし現状、ファルダームとギルベッドの勝てる見込みは薄い。
そうなると、豪族の多くは自分の領地を守るために第二の選択肢……即ち降伏や内応を狙い始める。
売国奴……などという、非難をされても彼らは気にしない。
そもそも、戦に勝つのは国王の責任。
戦に弱い国王など、仕える必要もないのだ。
ロマリア王国に鞍替えを模索するのは当たり前と言える。
そしてロマリア王国はそんな連合軍の綻びを見逃すほど優しくはない。
減封・転封などが条件ではあるが、比較的寛容な条件で豪族の降伏を認め始めた。
降伏した豪族の中には、ギルベッド王の親族であり、バルトロとも戦った大豪族も含まれていた。
少しづつ、両国の軍隊は櫛の歯が抜けるように、ポロポロと数を減らしていく。
初めは十万近くまで膨れ上がっていた両国の軍隊は、気付けば七万まで縮小していた。
その上、連合軍は内部分裂を始めていた。
ファルダーム王の国の国王と、ギルベッド王の国の王太子の主導権争いが始まったのだ。
豪族の多くが離脱してしまったとはいえ、それでも四万の兵力を有するギルベッドの国。
一方、援軍三万の兵力を抱えるファルダーム王の国の国。
両者の抱える戦力はほぼ同数で、また身分も国王と王太子とさほど違うわけでもない。
故に揉め始めたのだ。
ファルダーム王は防御陣地を構築して、敵に備えるべきだと主張した。
一方、ギルベッド王の国の王太子は今すぐ進軍して敵が合流する前に叩くべきだと主張した。
ファルダーム王からすれば、わざわざ移動して体力を減らすよりも防御陣地による地の利で数の差を補い、消耗戦に持ち込みたい。
まだ、ファルダーム王の国は攻められていないのだ。
博打を打つ必要は無い。
一方、ギルベッド王の国はすでに攻められ、多くの領土を失っている。
その上、自分の父親であるギルベッド王が囚われているのだ。
故に多少博打を打ってでも、勝利を早く得たいのだ。
両者の主張は平行線。
両軍は防備を固めることも、攻めに行くこともできなかった。
こうして、ロマリア王国軍十三万の合流をあっさり許してしまった。
斯くして……
連戦連勝で士気が上がり続けている、連邦軍十三万。
連戦連敗で士気が下がり、疲弊しきった連合軍七万。
もはや、勝敗の分かり切った戦いが始まろうとしていた。
「さて、久しぶり……と言うほどでもないか。諸君」
俺は十八日振りに出会った、家臣たち……
バルトロ、アレクシオス、ロン、ロズワード、グラム、ソヨン、ルルを見回した。
そして俺はユリアとテトラ、アリスの顔を見る。
「今更だが……決戦だ。この戦いはこの世界の歴史に永遠に刻み込まれるだろう。……例え、圧倒的戦力差があろうとも、全力で戦うぞ」
「「「はい!!」」」
やる気は十分。
連戦連勝により、気が抜けた様子も見えない。
よし、大丈夫だ。
俺が戦いへの意思を固めたところで……
「陛下、ファルダーム王様からの使者が参っています」
どうやら、戦う必要もないかもしれないな。
予想通り、ファルダーム王からの使者は講和の提案だった。
ファルダーム王の国の南部領土を割譲し、ロマリア連邦に加盟する代わりに平和条約を締結。
そしてロゼル王国が侵略した土地を、ファルダーム王の国に返還させることだった。
領土割譲と、平和条約に関しては約束できるがロゼル王国云々はロゼル王国次第である。
出来うる限りの努力をするが、全ての領土の返還は約束できない。
と答えると、使者はそれでも良いと答えて来た。
ファルダーム王の国は相当、切羽詰まっているように見える。
正直なところ、ファルダーム王の国からの提案を蹴っても勝つ自信は十分ある。
二倍の兵力差があるのだから、負けるはずがない。
こちらにはバルトロもアレクシオスもいるのだから。
しかし……
その領土をどれくらい削れるか、と考えると若干怪しいところがある。
ギルベッド王の国の首都は奇襲で落とせた。
敵が籠城戦の準備を全くしていない状態で攻め立てたから、奪うことができたのだ。
ファルダーム王の国の首都、フィレティアはかなりの大都市で食糧も溜めこまれているはず。
そして今からでも、籠城戦の準備はできる。
無論、最終的には落とせるかもしれないがあまり戦争が長引きすぎると我が国の農業基盤に悪影響が出る恐れがある。
それに間違いなく、ロゼル王国に大部分の土地を奪われるだろうし。
となると……
俺はイアルとライモンドをチラリと見た。
二人は揃って頷く。
よし、腹は決まった。
「良いだろう。降伏を認める。今日から我らは盟友だ。そう、伝えてくれ」
こうして、ファルダーム王の国は降伏。
敵の戦力は四万になった。
「王太子殿からの、降伏の使者はまだ来ないのか?」
「というより、あちらはやる気のようですよ」
俺とライモンドは向かい合い、互いに肩を竦めた。
向かい合って一日。
俺たちはギルベッド王の国の王太子に猶予を与えた。
というのも、勝ちは目に見えている。
誰がどう見ても勝てる戦いをして、こちらの戦力とこれから得る領土の住民を減らして恨みを買うのは上策ではない。
まあ、ロマリアの強さを見せつける意義はあるので下策とも言えないが。
「しかし、敵はどうしてあんなにやる気なんだ?」
猶予を与え、こちらが攻撃をしないと見ると敵は度々こちらに散発的な攻撃を仕掛けてきた。
無論、全て弾き返したが。
「王太子は後がないから、降伏しないのは分かる。しかし、どうして豪族は従っている?」
「もしかして、残っているのはギルベッド王の国に本当に忠誠を誓う奇特な豪族だけでは?」
なるほど、やる気のない奴はみんないなくなってやる気のある奴だけ残った。
というところか。
「仕方がない、戦争で屈服させるしかないな。バルトロとアレクシオスを呼ぶ」
俺は総攻撃の命令を出すために、二人を呼び寄せた。
二人も俺が何のために呼び出したのか理解しているようで、笑みを浮かべている。
「陛下。どのように料理しますか?」
「包囲して、徹底的に殲滅しろ。今回は見せしめだ」
バルトロの問いに答えた。
これから良好的な関係を築くためには、ある程度人柱が必要である。
「陛下もお人が悪いですね」
「悪いのは降伏しない連中だ。降伏した平民の兵は助けろ。税を払う者が居なくなるのは問題だからな」
俺はアレクシオスに言い含めると、アレクシオスは分かっていますと言わんばかりに頷いた。
「では、早速総攻撃を開始する」
寡兵が大軍に勝つ。
などという、展開は戦記モノの創作物では非常に好まれるし、実際の歴史ではとても持て囃される。
しかし、そう言ったモノは全て奇跡であるからこそ、持て囃される。
そして……
残念ながら、ギルベッド王の国の王太子は最後の最後まで、奇跡に恵まれなかった。
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『ルトニの戦い』
ロマリア王国とギルベッド王軍が最後に激突し、アルムス帝による南アデルニア半島の統一が決定的になった戦いとして有名。
しかし、その政治的歴史的意義の大きさに比べて軍事的な意義は全く無い。
ただ、大軍に哀れな軍が押し潰された。
という程度のモノである。
この戦いで、四万のギルベッド王軍のうち約半数が戦死して残りの半数が降伏して助かったと言われている。
戦死した兵の大部分は、圧死したと言われていてロマリア軍の圧倒的な強さを物語っている。
ルトニの戦いを最後に幕を閉じた北部大征伐には、他の征伐には無い特徴があると言われている。
大規模な会戦が殆ど発生しなかったことと、外交交渉でその優勢が決定的になったことである。
戦争とは外交の一部である。
という、アルムス帝の考え方の表れと言われている。
尚、北部大征伐では最終的にギルベッド王の国もファルダーム王の国もドモルガル王の国も滅ばなかった。
いや、滅ぼせなかったと言わるかもしれない。
アルムス帝は滅ぼした後の統治のリスクを避け、堅実的な選択をしたのである。
三国はロマリア連邦下の王制国家として、今後暫くの間生き残り続けることになった。
ロマリア連邦に加盟する、同盟国の消化という大きな仕事は……
後のマルクス帝に託されたのであった。
次回は地図を貼りつける予定です
それと書き溜めの問題で、取り敢えず今日から二週間の間は一週間に一度のペースの更新に致します
それ以降の更新は、書き溜めの進行具合によって変動します
前回の目標の三話は達成しました
残り十五話です
次回更新(次の土曜日)までに六話書けるように、つまり残り九話になっているようにする予定です




