第二百四十八話 北部大征伐Ⅰ
それから約半年が経過し、二月となった。
冬が終わりを迎え、山々の雪が解け始め、少しづつ新たな生命が芽吹き始めた頃……
世界情勢も動き始めた。
きっかけは些細な事。
西部諸国の一ヵ国と、ギルベッド王の国の国境境にある二つの村が水利争いで衝突したのだ。
元々はギルベッド王の国側の村が優位に立っていたが、ロマリア連邦に入りロマリア王国の威を借りて得意になった西部諸国の一ヵ国が今までの取り決めを反故にしたのだ。
両者の争いはあっと言う間に武力衝突にまで発生した。
これに対して、ロマリア連邦盟主であるロマリア王国が過剰に反応した。
軍隊の動員を開始し、ギルベッド王に対して謝罪を要求したのだ。
たかが小さな村同士の水利争いで、国王が膝を折っていては話にならない。
当然、ギルベッド王は拒否をした。
その上で、ファルダーム王の国とドモルガル王の国との連携をチラつかせた上で、旧来の協定違反をした西部諸国と村への懲罰をロマリア王国に依頼した。
それに対するロマリア王国の反応は実に分かりやすい物だった。
「宜しい、では戦争だ」
これには世界中が驚いた。
いくらロマリア王国が強大化しているとはいえ、所詮一ヵ国が三ヶ国を相手に戦争をしようなどと、正気の沙汰ではない。
しかし戦争は始まった。
まずロマリア王国と連邦加盟国が一斉にギルベッド王の国に宣戦布告。
そしてそれを受け、密約に従ってロゼル王国とポフェニア共和国が好意的な中立を宣言。
そしてペルシス帝国は好意的な中立を宣言しつつ、親ロマリア王国の姿勢を見せた。
ギルベッド王の国が征服されれば、次はドモルガルとファルダーム。
呉越同舟とはこのことで、ロマリア王国に本格的に牙を向けられて初めて三ヶ国は本当の意味で連携をし、ロマリア王国に共同で宣戦布告をした。
斯くして、北部大征伐という大戦争が始まったのである。
「いやあ、緊張するな。ライモンド」
「その割にはそこまで緊張しているようには見えませんが」
「まあ、勝てる算段はあるからな」
俺は笑みを浮かべた。
俺は今、ドモルガル王の国へライモンドと共に進軍中であった。
現在、ロマリア連邦が動員している兵力は十三万という大軍だ。
ロマリア王国だけで七万。
キリシア諸国の同盟軍が二万。
アルヴァ王国から一万。
ベルベディル王の国、エビル王の国からそれぞれ一万づつで二万。
新たに加わった西部諸国から同盟軍一万。
つまり王国軍七万と同盟軍六万のほぼ半々という事になる。
ちなみに歩兵と騎兵に分けると、歩兵が約十一万、騎兵が約二万と言ったところだ。
対する敵三ヶ国はそれぞれ、
ギルベッド王の国が約四万。
ドモルガル王の国が約三万。
ファルダーム王の国が約三万。
の合計十万ほど動員したことが、各地に放った密偵から分かっている。
もっとも、両国はこれからさらに動員することが予想できるし、密偵からは新しい情報が次々と齎されているため、正確な数値とは言えない。
おそらく最終的には三ヶ国の兵力が我が国を上回るだろう。
故に我々ロマリア王国の方針は単純明快。
敵が動員を終える前に、動員限界の全兵力でもって敵を各個撃破する。
というモノだ。
そのうち、第一戦線と我々が呼んでいるのがロマリア王国とドモルガル王の国との国境線の防衛である。
先手必勝と進行して来たトニーノ将軍率いる三万の軍隊を、俺とライモンドが率いる二万の軍隊で引き留めるのだ。
なお、二万のうち一万がロマリア王国軍。
もう一万がエビル王の国からの援軍である同盟軍だ。
「まあ、予め国境には要塞群が築かれている。我々はそこを守り続ければ良い。さほど、難しいことではないさ。野戦はともかく、防衛戦は割と得意だぞ?」
「動かなくて良いですからね」
俺とライモンドが笑っていると、横からユリアとテトラが口を出した。
「要するに、バルトロの残したマニュアル通りに動かすってことでしょ」
「二人とも、戦争下手だから……」
ユリアとテトラのツッコミに、俺とライモンドは苦笑いを浮かべた。
俺もライモンドも、戦争は下手くそなのだ。
いや、正確に言えば下手と言うほど下手でもないのだが……
バルトロに比べちゃうと、ね?
アルムスとライモンドが国境線近くの要塞群に入った時、トニーノ率いるドモルガル軍も丁度ロマリア王国との国境線に近づいていた。
偵察から帰った騎兵からの要塞の情報を聞いたトニーノは頭を抱えた。
「これ、三万じゃ落とせないな」
トニーノは溜息をついた。
ロマリア王国の作った要塞群はただ、守りに特化した亀の甲羅のようなモノだった。
遊び心は何一つ無い。
ただし、一度全ての要塞に入れば後はマニュアル通りに動かせば良い。
要塞同士が歯車のように噛み合い、相互に防衛能力を高め合う。
実に厄介な守り。
「これ、間違いなくバルトロ将軍だわ……」
トニーノの脳裏に酒を飲んでニヤニヤ笑う男が浮かぶ。
バルトロ・ポンペイウスという男の癖が、これでもかと浮かび上がっている。
「まあ、守りに特化している分攻めるのは難しそうだけどね」
相互に防衛能力を高め合うように配置された各要塞は、なるほど強固だ。
しかし一つでも抜ければ櫛の歯が抜けるようにポロポロと落ちていくだろう。
だから必ず守りつづけなければならない。
打って出ることが不可能。
普段のバルトロ・ポンペイウスならばこんなモノは作らない。
つまり、これは……
「こいつは盾。矛は別に用意してあるってことだね。……一先ず、国王陛下に報告をするか。情勢を見誤らないように、とね」
トニーノは立ち上がり、要塞を落とす方法を考え始める。
トニーノは無能ではない。どちらかと言えば、名将側の人間だ。
相手は決して名将とは言えない、アルムス王。
ならば、勝つのは不可能ではない。
「まあ、二か月ってところかな。援軍込みで」
トニーノは溜息をついた。
アルムスとトニーノがぶつかるのと同時期、ギルベッド王の国領内ではバルトロ率いるロマリア軍とギルベッド軍が睨みあい、第二戦線を形成していた。
「うーん、動かしづらいねえ。この軍隊は」
バルトロが率いるのは王国軍主力三万。
……に見せかけた、王国軍一万と同盟軍二万である。
同盟軍は西部諸国一万とベルベディル王の国の軍隊だ。
同盟軍は王国軍に比べれば、あまり精強とは言い辛く、また従わせるのが難しい。
故に名将と名高いバルトロに託されたのだ。
尚、敵には分からないように旗はロマリア王国のモノを全ての軍隊が使用している。
傍目にはロマリア王国軍が同盟軍か、分からないだろう。
そんなバルトロに対するのはギルベッド王軍四万。
こちらは正真正銘、ギルベッド王の国の正式な軍隊であった。
やはり強国の一角なだけあり、装備は全て一級の鉄器で騎兵の数が多い。
「閣下。密偵からの報告です。ギルベッド王の国の豪族たちが、続々と兵をあげてこの地に集まっているようです。数は二万」
「つまりギルベッド王の国だけで、六万か。これで敵の総兵力は十二万。差は一万。我々と並んだわけだ。最終的には、敵の総兵力は十六万程度と言ったところかね?」
バルトロはニヤニヤと楽しそうに笑う。
これほどの戦い、一生にあるか無いか。
将軍としての血が騒ぐ。
「ギルベッドの鈍感な豪族たちは、いつここに到着する?」
「あと、三日後でしょうね」
「そうか、じゃあ俺たちが踏ん張るのは……一週間程度かな?」
バルトロは酒を飲む。
「この同盟軍じゃあ、攻めに出たら負ける。士気が落ちないように、適当に戦いながら……時間を稼ぐとしようか」
その後、約三日が経過した。
第一戦線ではトニーノとアルムス率いる軍隊が激突。
攻めるトニーノと守るアルムスという、構造になっていた。
アルムス率いる軍隊は二万と変わらず。
一方、トニーノ率いる軍隊には国内の豪族率いる軍隊の増強が二万加わって五万となった。
ドモルガル王の国のほぼ全軍である。
第二戦線では攻めるギルベッド王軍をバルトロが巧みに受け流していた。
バルトロ率いる同盟軍は変わらず三万。
一方、ギルベッド王軍は豪族率いる軍隊の増強が二万加わり、六万となった。
ギルベッド王の国のほぼ全軍である。
ファルダームの国は三万の軍隊を援軍として、ギルベッド王の国に送り込んでいた。
その上で、ゆっくりとだがさらに三万ほどの軍隊の動員を始めた。
直接、攻め込まれていない所為かファルダーム王の国の動きは他の二国と比べて遅い。
現在、連邦軍(ロマリア王国軍とその同盟軍)は十三万。
対する連合軍(ドモルガル、ギルベッド、ファルダーム)は十四万で、ファルダーム王の国の動員が終わり次第三万増加して、十七万となる見込み。
戦況は膠着。
士気は双方、高まっている。
連邦軍の作戦の一つ、第一作戦……敵の動きを金床で止めるのは成功。
そして……第二作戦が始まる。
運命の四日目。
第三戦線と第四戦線が形成されて、戦況は大きく動き出す。
この作品が始まって以来の、大兵力ですね
十三万は




