第二百四十六話 脱退
「なあ、そろそろお前も大王を名乗ったらどうだ?」
ある時、ムツィオと食事をしているとそう言われた。
大王?
「連邦の盟主であるお前と俺が同格の国王というのは、少しおかしいんじゃないか? 大王でも良いじゃないか」
「うーん、まあ確かにそうなんだけどね……」
俺から大王、と名乗るのは少々評判が悪い。
「何だ、そんなことを気にしてるのか? 今更だな」
「今更だけど、大事なところだろ?」
建前というのは大切なのだ。
例え、本音が見え見えだとしても。
「じゃあ、俺がエビルとベルベディルの国王に掛け合って、揃って提案するってのはどうだ? お前が二回辞退した後、三回目で引き受ければ良い」
「うーん、二回辞退してから三回目で引き受けるってのはどこの世界線でもあるんだなあ……」
一回目で喰いつくと卑しい。
二回目もちょっと卑しい。
三回目だと仕方がない感がある。
四回目は断り過ぎ。
という感覚だろうか?
「しかしエビル王とベルベディル王はそんな話に乗るのか?」
ベルベディル王なら分かる。
あの王は臆病者だし、現在の自国の立場をよく分かっている。
全力で媚びを売るだろう。
しかしエビル王は自国の立場を強めようと、未だに暗躍している節がある。
まあ、逆らうつもりは無さそうだが。
最近も、結婚の話を出された。
「連邦というのは案外悪くない、とベルベディル王もエビル王も思っているだろうさ。国防費が浮くのは非常に大きいメリットだ。お前が大王になって、連邦が盤石の体制になるのは望むところだろう。どうせ、お前の権力が強大であることは変わらないんだ。権力にはしかるべき権威があるべきだ」
「……まあ、お前がそう言うなら。じゃあ依頼を……いや、やはりダメだ」
俺は首を振った。
ムツィオが首を傾げる。
「何だ? 何が問題だ?」
「大王ってのはペルシス語に訳すと、諸王の王になってしまわないか? ペルシス帝国の不況を買うのはな……」
「説明次第じゃないか? そいつは。大王は『王の中の王』とも読めるが、『偉大な王』とも読めるだろう。ペルシス語訳はペルシス語に詳しい奴に頼んで上手く訳して貰えばいい」
むむ、確かに。
エインズに書簡を出して、相談してみるか。
「一先ず、考慮に入れておくよ」
「おう、分かった」
その後、ムツィオとは他愛の無い話をして別れた。
暫くしてエインズから返信が届いた。
曰く、上手くキリシア語とペルシス語、そしてペルシス帝国の公用語であるアラーム語に訳すことはできるから、大丈夫。
とのことだ。
というか、ペルシス帝国の公用語が砂漠の民の使用する言語であるアラーム語であることを今知った。
確かに彼らは商業民族だから、公用語としては適しているのかもしれないな。
自国の言語ではなく、より広く使われている他民族の言語を公用語にするとは、さすがはクセルクセス帝と言うべきか。
正直、勝てる気はしない。
別に挑むつもりは無いが。
それからさらに暫くして、アルヴァ王とベルベディル王、そしてエビル王の三人から大王の称号を贈られた。
打ち合わせ通り、二回断った後三回目で受けた。
こうして大王となったわけだ。
まあ、別に王に大が付いただけでさほど変わらないのだが。
実際、国内や連邦内の反応は淡白なモノだった。
もっとも、国外からは違ったが。
「陛下、西部併合と先の大王の名乗りによって、北の三国……ドモルガルとギルベッドとファルダームが怒りに震えてるようですよ」
「ドモルガルも怒ってるのか?」
「さすがに大王は容認できないと」
「あのカルロ王が怒るとは、中々だな」
俺はイアルからの報告を聞いて、肩を竦める。
まあ、カルロ自身が怒るということは無さそうだが……さすがに彼にも王として面子があるからな。
「どうしますか、陛下」
「大王はあくまで国内、連邦に向けてのこと。ロマリア連邦の『大王』である。だからあなた方との立場と友好関係は変わらない。これからも友人として共に歩んでいきたい。と、返答しておいてくれ」
「分かりました。上手く煙に巻いておきます」
イアルが悪そうな笑みを浮かべる。
イアルのことだ、上手く誤魔化すだろう。
もっとも、不信感そのものは払拭できないだろうし、それどころか増す可能性は十分あるが。
「離間策の方は進んでいるか?」
「ええ、すでにギルベッドとファルダームの関係は最悪なモノになっています。先のアデルニア人解放戦争の時に我々が仕込んだ毒がかなり回っているようです」
「ほう……意外だな。我が国の化けの皮が剥がれた以上、我が国に疑いを強めると思ったが」
我が国を非難する時に関しては二国とも足並みを揃えているし。
そろそろ我々を敵と認識して、結束を固めてもおかしくないと思うんだけどな。
どうしてここまで簡単に、離間策に嵌っているのだろうか?
「我が国が黒幕、と信じたくても信じれない。確信はしても、口には出せない。というところではないでしょうか? 我が国の国力は強大ですからね。所詮、彼らは豪族の連合体ですよ。近年新興してきた大国よりも、長年殺し合ってきた隣国の方が憎いし、後者が黒幕の方が都合が良いのでしょう」
まあ、そもそも対ガリア同盟そのものもかなり強引な同盟だったしな。
ロゼル王国の脅威があって初めて成立した同盟だ。
そのロゼル王国が内向きになり、そのうちの一国が独走を始めた段階ですでにガタガタになり始めている。
「ドモルガル王の国はどうだ?」
「あの国とは未だに友好国として、二国よりも待遇を優遇させています。ですから、ギルベッドとファルダームの両国はドモルガルを毛嫌いし始めていますね。一緒になって非難する割には、我が国と仲良くしてるわけですから」
「結構、結構。このまま続けてくれ」
ドモルガル王のカルロは非常に扱いやすい。
こちらが手を差し出せば、その手を必ず取ってくれるのだ。
まあ、ドモルガル王の国はかなり国力を衰退させてしまったし、そうでもしなければ外国に攻められてしまうという事情もあるから、仕方がない面もあるが。
「しかし、陛下。問題はアデルニア三国同士の中が険悪になる以上の速度で、我が国との関係が険悪になりつつあるということですが……」
「すでにポフェニアは排除した。ペルシスのお墨付きは貰った。ロゼル王国は味方に引き込んだ。まあ、同盟はもって一年だろうけどな。次の更新はできないだろう」
というより、そろそろ縁を切っておかないと攻め込むことができない。
不可侵条約を一方的に破る方が奇襲効果は大きいが……それでも外交的礼儀は後のことを考えると通しておきたい。
ポフェニア共和国は、そういうところを気にしそうだしな。
そして八月……
対ガリア同盟の更新日がやってくる。
「皆さん、お元気のようで何よりですね」
俺は何食わぬ顔で会議に出席した。
ちなみに、一番最後だ。ほら、主役だし。
俺が最後に席に着くと、待ってましたと言わんばかりにギルベッド王が噛み付いた。
「ロマリア王、よくも堂々と俺に面を合わせることができるな」
「何のことですか?」
「惚けるな!! 協定を破って西部諸国を併合しただろうが!! ここで説明して貰おう!!」
ギルベッド王の怒鳴り声が響き渡り、木霊する。
木霊が鳴り止み、静かになるのを待ってから俺はゆっくりと口を開いた。
「それについては説明したはずです。私には侵略の意思は無かった。しかし彼らが我が国に助けを求めたのだ。だから、手を差し伸べた。それだけのことだ。あなたの元にも救援要請は来てたと思いますが……それとも、頼られませんでしたか?」
俺はニヤリと笑って見せる。
ギルベッド王のところに西部諸国が助けを求めていないのはすでに分かっている。
分かった上での挑発だ。
見事にギルベッド王の顔は茹蛸のように赤くなる。
「しかし! それは西部全体は関係なはず!!」
「確かに、仰る通りですね。私が助けを求められたのはカルヌ王の国周辺だ。……しかし、西部諸国のほぼ全てが我が連邦に加盟申請をしてしまったのだ。断るわけにはいかないでしょう?」
勝手に軍門に下ったのは彼ら。
我が国は悪くない。というのは俺の主張だ。
もっとも、勝手に軍門に下ろうがどうなろうが、協定を破った点は同じなのだが。
「貴様!! ああ言えば……」
「そろそろ建設的な話をしませんか? 具体的には対ガリア同盟について」
ここで俺は強引に話を打ち切ってしまう。
もう、ギルベッド王と話すことはない。
「……ロマリア王、誠意を示して貰えませんか?」
「誠意? 何のことでしょうか」
ファルダーム王の言葉に俺は首を傾げた。
「あなたの領土拡張は度が過ぎている。容認できない……もし、これ以上対ガリア同盟の加盟国として、我々の友人で居たいのであれば誠意を見せて貰いたい」
「具体的には?」
「……西部諸国の放棄、もしくは王子を我が国に留学させてほしい」
ふーん。大きく出たな。
まあ、さすがにこんな大それた要求が通るとは思っていないだろう。
あくまで交渉の第一段階として、提案してきただけ。
交渉は最初に大きな要求をして、少しづつ擦り合わせるのが常道だ。
だから、まあ……そういう意味合いでは妥当な線だろうな。
実際、我が国が怪しすぎるのは事実。それくらいの誠意を見せないと、信用はできないだろう。
……まあ、信用してもらうつもりはさらさら無いけどな。
さて……
彼らとの仲もこれでお終いとしようか。
俺は大きく息を吸って……
「ふざけるな!!!!!」
強く机を拳で叩きつけた。
大王の加護によって強化された俺の拳は、あっさりと机を粉砕する。
ギルベッド王とファルダーム王の体がピクリと動き、そしてドモルガル王カルロの顔が恐怖で引き攣る。
「私は今まで同盟に貢献してきたと思っている。何度もロゼル王国と戦った。いや、まともにロゼル王国と戦い、血を流したのは我が国だけだ。貴様らが指を加えて、眺めている間に我々は何度もロゼル王国と戦い、それを弾き返してきた!!!」
まあ、実際は他の三国もそこそこ戦っているのだが、細かいことは気にしない。
「それなのに、この仕打ちは何だ!!! 西部諸国を放棄しろ? 我が国の国民が血を流して手に入れた土地を手放せというか!! 王子を留学? 私の息子を人質として差し出せと? 何様のつもりだ!!!」
ぶっちゃけ西部諸国は一滴も血を流していないのだが、細かいことは気にしない。
大切なのは勢いだ。
「お、落ち着いてください。ロマリア王!」
「これだけ侮辱されて、落ち着けるか!!!」
カルロに怒鳴り返すと、カルロはすみませんと即座に謝る。
「待て、ロマリア王。あれは決して絶対条件では……交渉の余地が……」
「交渉の余地などない!!!」
俺は紫色のマントを翻して、背中を向ける。
「これ以上の侮辱は我慢ならん。我が国は対ガリア同盟を脱退する!!!」
決まった!!!
南シナ海埋め立てんなって言ったら、習近平が急に逆ギレして机粉砕して帰ったら滅茶苦茶怖くない?
書き溜めヤバいんで、次回の更新は休ませていただきます




