第二百四十四話 君主と奴隷
予告通り、二話投稿です
「そろそろ奴隷を買わないといけないな」
ふと、俺は思い立った。
するとユリアとテトラとアリスが首を不思議そうに傾げた。
「何で?」
「たくさん、居るじゃん」
「どういうことでしょうか?」
二人は丁度歩いてきた奴隷を指さした。
元々は先代ロサイス王の所有奴隷。現在は俺の財産である。
召使の一人だ。
「えっと……どうかいたしましたか?」
奴隷の女性は首を傾げた。
主人の妻二人と妾に突然指を指されれば、、誰だって困惑するだろう。
「何でもない、仕事を邪魔して悪かったな」
すると、奴隷の女性は一礼してから再び職務に戻った。
「アンクスとフィオナの二人に奴隷を買おうと思ってな」
ロマリア王国、というかアデルニア半島では奴隷はごく当たり前にいる。
我が国の人口の一割は奴隷だ。
奴隷はアデルニア半島の社会を構築する上で欠かせない存在である。
馬が日本で言うなら、ポルシェやフェラーリだとするのであれば奴隷は田植え機みたいなモノ。
人口の九割以上が農民で、主要産業が農業と畜産である我が国には奴隷は必要不可欠。
基本的には中流以上の家庭には一人、二人くらいは奴隷を持っている。
また多くの土地を所有する貴族が経営する大農場には奴隷が絶対に必要不可欠。
貴族は平均して百人程度の奴隷を持っている。
ちなみに今、ロマリア王国で……というよりアデルニア半島でもっとも多くの奴隷を有するのはユリウス家、つまり俺だったりする。
ロサイス家所有の奴隷とアス家所有の奴隷を相続し、さらに戦争の過程によって膨大に増えた土地(ロマリア王国の土地は全て国有地であり、俺の土地なのだから、俺が自分で農業を経営する分は税金が掛からないので、非常に儲かる。ちなみに育てているのは、国民生活を圧迫させない薬草や香油、香水の材料である花)を耕すために、奴隷を購入し……
という感じで、何だかんだで八千人ほどの奴隷を抱えている。
我が国全体の奴隷、約八万のうち十%が俺の所有する奴隷というわけだ。
また、奴隷は農業だけで活躍しているわけではない。
例えば鉱山。
いつ死んでもおかしくない鉱山での労働は主に奴隷の仕事だ。
また、家事や料理も奴隷の仕事である。
特に美味しい料理を作れる奴隷は高値で取引され、相応の扱いを受けている。
実際、ユリウス家専属料理人は奴隷だ。
ちなみに彼らに支払っている給料(金銀、穀物の量)を日本円に換算すると大企業の課長並みだったりする。
さらに貴族、王族の護衛や秘書官を、奴隷は努めたりする。
その他、家庭教師、医者、呪術師、芸術家、踊り子等……様々な専門技術を持った奴隷は非常に高価格で取引されている。
なぜ、奴隷が我が国で盛んに用いられているのかというと、奴隷は絶対に主人を裏切らないからだ。
なるほど、確かに奴隷は主人から物として扱われ、時には理不尽な虐待も受けることがある。(まあ、大概は貴重な財産を無暗に傷つけたりはしないが、物に当たる人間は珍しくはない)
しかし奴隷は主人に反抗することはない。
反抗すれば即ち、死が待っているからだ。
また、主人の敵から自分の方に寝返るように言われても大概の奴隷はそれを跳ねのける。
どんなにお金を積まれ、奴隷身分からの解放や貴族への出世を条件に出され、そして主人に虐められていてもだ。
何故なら、一度でも裏切った奴隷は必ず処分されるのが自明だからである。
奴隷は即ち『物』だが、意思を持った『物』だ。
彼ら奴隷はその気に成れば、主人を害することもできてしまう。
だから奴隷には、能力や努力以上に主人への『絶対的忠誠』が求められる。
ここでいう『絶対的』というのは本当に絶対的だ。
もし仮に主人に、犯罪を犯せと言われれば文句を言わずに犯さなければならない。
またその命令が主人の不利益に、場合によっては主人の生命を脅かすものであっても、それに対して諌めたり忠告することはできても、最後には絶対に従わなければならないのだ。
まあ、分かりやすく例えるのであれば……
勝手に棚から抜け出して、キャベツの千切りを始める包丁を見たらあなたはどうするか。
ということだ。
例え元々今晩のおかずがトンカツであっても、キャベツの千切りが必要であっても……
何の命令もしていないのにキャベツの千切りをする包丁は明らかに危険だ。
千切っているのがキャベツだから良い。
しかし、いつか必ず人間を千切り始めるだろう。
そんな危ない包丁は、如何に気が利いて切れ味が良かろうとも叩き折って処分するしかないのだ。
だから、奴隷は主人の命令に逆らえば死が待っているということを自覚している。
だから基本的には裏切ったりしない。
裏切りを画策するよりも、主人に媚びて媚びて、利益を得ようとする。
……とはいえ、あくまで常識的は話である。
奴隷反乱というのは別に珍しくないし、主人を裏切る奴隷も数多い。
例えばアリスとか。
まあ、アリスはもう解放しちゃったし、そもそも戦争で俺が捕えた時点で所有権は俺に移っているから微妙に異なるが。
と、まあ要するに基本的には奴隷は主人を裏切らないものだ。
だからこそ……
「アンクスとフィオナに奴隷を買う」
「よく分からない」
「話が見えてこないんだけど、どういうこと?」
「それと奴隷の購入がどう繋がるのですか?」
つまりだな……
「アンクスとフィオナの二人に、ほぼ同年齢の同姓の奴隷の子供を買ってやるんだよ。で、遊び相手にして、同じ机で学問を習わせ、同じ師に武術と馬術を習わせる。そうすることで、二人にとって最初の友人であり家臣を作る。ってこと」
俺はさほど気にはしないが、王族にとって絶対に裏切らないと確信できる友人と家臣は重要だと思う。
某劉邦や某洪武帝を考えるとつくづく思う。
もっとも、この二人は農民出身でコンプレックスの塊だったというのも大きいと思うけど。
アンクスとフィオナにはさほど関係は無さそうだが……
まあ、居ないに越したことはない。
あれ?
そう言えば俺も平民出身だったな。
俺、晩年に暴君化してしまうのだろうか?
まあ、ロンたちもいるし
別にバルトロやイアルを怖いとは思わないので、今のところ全く心配はしていないが。
というか、あの二人は俺よりも年上だから俺より先に死ぬだろうし。
あの肝臓を酷使しているバルトロに寿命で負けたら凹む。
閑話休題。
「……良いと思う、悪くない」
「うん、意図は分かったよ。面白そうだし、良いんじゃない?」
ユリアとテトラは好意的に捉えてくれたようで、反対は無さそうだ。
まあアデルニア半島では主人の子供の世話を奴隷がするのは良くあることだ。
ユリアは代々ロサイス家の奴隷として働いてきた召使に育てられているから、奴隷を自分の子供の友人、家臣にすることに関しては全く抵抗は無いのだろう。
テトラも、家を一時失うまではユリアと同様に奴隷に育てられていたはずだろうし。
アデルニア半島の王族貴族豪族にとって、奴隷は平民以上に身近な存在だ。
一方、アリスはあまり良く思っていないらしく顔を顰めた。
「……あまり教育によろしくないのではないのでしょうか? その、妾である私が口を挟むのは無礼であるとは思いますが……その、私の前の主人と私の関係は、まさにそういうモノではあったので……」
そう言えばアリスは幼少期にドモルガルの王子に奴隷になったんだっけ。
えっと王子の名前は……覚えてないや。どうでも良いか。
「あれは特殊だろ。ああならないためにも、奴隷の、人の正しい扱いを教えるんだよ。それに買うのは俺だから、俺が死ぬまでは主人は俺だからな」
家庭教師奴隷が主人の子供を教育のために殴ることは、慣例として許されている。
なぜなら家庭教師奴隷の仕事は主人の子供に教育を施すことで、また家庭教師奴隷の主人は子ではなく親だからだ。
主人の子は主人ではない。
だから殴っても罪に問われることはないのだ。
故に俺の持ち物である奴隷に対して、アンクスやフィオナが暴行を加えて傷をつけるのは俺への反抗とも言える。
アデルニア半島は家父長権が非常に強い。
妻も子供も孫も奴隷も、家父の権力下にあるという点では同様だ。
そんな時はアンクスとフィオナを叱れば良いし、奴隷の子供にも殴られたらぶん殴って抵抗しろと言えば良い。
「なるほど、分かりました。出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」
アリスはそう言ってあっさり引き下がった。
あまり納得はしてなさそうだが、別に反対する気は無さそうだ。
「それでどういう子供を買うの?」
「利発な子なのは大前提だろうな。その上で、アンクスに付ける子供は出来るだけ大柄で護衛ができるような子が良い。フィオナに付ける子は、一緒に呪術ができるような子が望ましいな」
三つ子の魂百までとは良く言うが、基本的に人間の脳味噌の出来は六歳までにはハッキリと出ているような気がする。
奴隷の子供に対して、自分の息子娘(王族の子供)の対等の友人になってくれ。
という言葉をそのままに受け取るような子供は適さないだろう。
対等の友人になってくれ、(ただしお前が奴隷で相手が王族であるということを忘れるな)。
という言外の言葉まで読み解ける子供ではないと、任せられない。
「問題は容姿かな? まあ、アンクスとフィオナの二人はお前たちに似て整ってるから奴隷の子供もそれに合わせた方が良いと思うけど」
主人と奴隷で容姿に差が開くと、中々問題になるような気がする。
特に女同士だと。
「やっぱりアデルニア人を買うの?」
「いや、キリシア人……アデルニア半島出身ではなくキリシア半島本土出身のキリシア人を買おうと思う。ほら……アデルニア半島出身だと、奴隷になった要因に俺が絡んでそうだし」
俺は侵略した前と後では、後の方が安全で豊かな生活を送れるようになっていると自負はしている。
しかし……まあ、侵略である以上人を殺しているのは変わらないし、絶対に恨みはどこかで買っている。
だからアデルニア半島の子供を買うのは避けた方が良いと考えている。
「その点、キリシア人とはまあ敵対することはほぼ無いからな。それにテーチス海の共用語はキリシア語だ」
ポフェニアとは現在は友好関係を築いているが、片手にナイフを握り合った状態だ。
その点、キリシア人とは争うことはほぼ無いし、そもそも国が滅んでいるので気にする必要は無い。
「そんなわけだ。キリシア人の奴隷商人を呼びつけて買うぞ。アデルニア語は買ってから覚えさせれば良い」
こうして、利発で丈夫な子供を男女一人づつ購入し、アデルニア語を教えてから二人に引き合わせた。
良い方向に行くと良いんだけどね。
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『如何なる暴君も長年連れ添った奴隷だけは殺さなかった。如何なる暗君も長年連れ添った奴隷の忠告には耳を傾けた。どれだけ精神を病み、人を疑い、家臣だけでなく子や妻を信用出来なくても、最後まで皇帝は長年連れ添った奴隷だけは疑わなかった。
そして、どれだけの暴君で、暗君な皇帝であろうとも、長年連れ添った奴隷だけは皇帝の理解者であり続けた』
―とある政治家―
『ロマリア帝国の奴隷の光と闇』
ロマリア帝国の歴史は奴隷制度と切っても切り離せない。
奴隷制度はロマリア帝国の土地制度と政治制度、そして経済システム、文化に深く関わって来た。
広大な農地での、農場経営には奴隷は必要不可欠であった。
また、手っ取り早く政治支持者を得る方法が奴隷解放で、多くの貴族たちは最終的に奴隷解放をするために奴隷を購入した。
解放された奴隷は、主人から氏族名を貰うのが慣例であり、ロマリア帝国の氏族名にユリウス、ポンペイウス、コルネリウス、クラディウス、アエミリウス、ファビウス、カルプルニウスが多いのは、それが原因である。
ロマリア帝国の中央街で、ユリウス! と呼べば道を歩く白人黒人黄色人老若男女が一斉に振り返るであろう。
また、ロマリア帝国の皇帝は官僚(貴族、騎士階級出身者)が国政に深く関わり、影響力を発揮することを畏れた。
そのため、幼少期から連れ添った奴隷や父の代から仕えている奴隷を重用した。
彼らは奴隷官僚と呼ばれ、数百年間ロマリア帝国の政治を事実上支配した。
また一部の奴隷は皇帝の私兵として、奴隷近衛兵団を結成した。
彼らは皇帝権力の根幹として、大きな力を成し、奴隷官僚と時に争った。
既得権益を妨げるはずの奴隷制度は、いつしか既得権益そのものと化したのである。
もっとも、彼らの栄光の時代は中世の間までであった。
近世初期、または中世末期。
異世界人の指導の元に近代的な官僚組織、兵団組織により皇帝権の確立とロマリア帝国再統一を目指すロマリア皇帝により、彼らの多くは徹底的に粛清され、処分された。
この時、ロマリアの宮殿は足首が浸かるほどの血が流れたと言われている。
近世の初めにはすでに奴隷制度は廃れ始めていた。
近現代の産業革命以前から、すでにロマリア帝国では資本主義的な工場経営と農場経営が始められていて、資本家にとっては効率性の悪く、使い捨てられない奴隷よりも、働く意欲にあふれていて、いくらでも使い捨てられる小作人や労働者の方が遥かに必要だったのだ。
また、神の前での平等を説く一神教の流行もあり、奴隷制度は批判の対象となり始めていた。
しかしそれでも奴隷制度は存続し続けた。
大規模農場ではまだ奴隷制度は効率的であったし、鉱山など危険な仕事など奴隷の需要はあったのだ。
また、奴隷は所有者の財力を示すステータスとなり始めていた。
砂漠の民や雪原の民といった希少民族や、獣人(変化の加護が暴走し、獣となった者と人間の子供、その子孫)、そして珍しい髪色、見た目の美しい奴隷の男女をぞろぞろと引き連れて、宮廷を歩くことがロマリアの政治家の間に流行したのだった。
もっとも、見栄以上に奴隷は決して情報を他所に漏らさない秘書官として重要であった。
絶対に裏切らない。
という奴隷最大の価値は、時代の流れを経ても変わらなかったのである。
事実、奴隷官僚や奴隷兵団の権力は一掃されたが、それでも皇帝の側にはいつでも奴隷の存在があり、大臣にまで上り詰めた奴隷も存在したのである。
近世、最盛期ではユリウス家は全ての宮家を合計すると、百万人以上の奴隷を有していた。
奴隷を使っての農場経営と、奴隷解放によるユリウス氏族増加はユリウス家にとって非常に重要なことだったのである。
近現代に入り、奴隷制が廃止されるまで奴隷はロマリア帝国社会の最下層として、ロマリア帝国を支え続けた。
―ロマリア帝国奴隷制度の歴史 図解解説―
『妻よりも子よりも兄弟よりも父の代からの家臣よりも俺が直接取り立てた家臣よりも、信頼できる。唯一腹を割って話せるのはお前だけだ。
この国最高の権力者である皇帝にとって、唯一本当に信頼できるのがこの国の最下層の奴隷であるお前というのは、中々皮肉なモノだな』
―ロマリア帝国二代目皇帝
マルクス・ユリウス・ロサイス・カエサル・アウグストゥス―
活動報告の方に異世界建国記の表紙絵を乗せました
見ておいてください




