第二百三十九話 剣
「あー、死ぬかと思った」
「今までで一番、怖かったです」
俺とアリスは息をついた。
グラナダの心金を抜いた後、俺たちは気が抜けて気絶して倒れてしまった。
後に、心配してやってきたロンたちの手により、グラナダの死体の側から回収されて全身の血を洗い流され、そしてユリアに解呪して貰ってようやく落ち着くことができた。
冷静に思い返せば、大した作業ではなかった。
酒と睡眠薬で倒れている竜を解体する、それだけの作業。
しかし……恐ろしかった。
今までの人生の中で、一番の恐怖だった。
今まで、俺は何度も戦争に行っている。
無論、国王という立場上正面に立ったことはさほどないがそれでも生死の分け目である戦場に立ち、敵の殺気を何度も浴びせられた。
……しかし、グラナダの恐怖に比べればあんなのは大したことはない。
グラナダの、あの恐怖は……
「アルムス、大丈夫? 顔が青いけど……」
「ああ、すまん。まだ少し後遺症がな……」
俺は苦笑いを浮かべた。
何はともあれ、もうグラナダは倒した。もう、この世には居ない。
この点は安心して良いだろう。
「解呪は成功したけど、まだまだ治るのには時間が掛かりそうだね」
例え、解毒に成功しても毒で壊した体はすぐには戻らない。
どうように、解呪に成功しても呪いで傷ついた魂はすぐには回復しないのだ。
しかし、時間の問題だそうなので安心して良いだろう。
「そう言えば、グラナダの死体はどうなりましたか、ユリア様」
アリスがユリアに尋ねる。
それは地味に気に成るな。ちゃんと、燃やして灰にしておかないと不安だ。
「ドラゴン・ダマスカス鋼の刃物を国中からかき集めて、捌いてる最中だよ。血液とか、毒袋とか、鱗とか、髭とか、触手とか、骨とか……ふふ、利用できそうなところは山のようにあるからね」
ユリアは顔を綻ばせた。
グラナダの死体を使って、新しい毒や薬を作ることに思いをはせているようだった。
相変わらず、というところか。
「アルムス、良いよね?」
「ああ、好きに研究しろ。でも、気を付けろよ」
「はーい!!」
ユリアは嬉しそうに微笑んだ。
研究熱心で結構なことだな。
「そう言えば、グラナダの鱗で鎧を作れない? 竜の鱗の鎧って、確かあるよね?」
「あるが、実用的ではないぞ」
ファンタジーで良くある竜の鱗の鎧。
当然、この世界にも存在する。
しかし戦争で使われることは滅多に無い。
というのも、加工が大変な割には大した防御力が無いからだ。
まず、竜というのはいくつもの位階に分けられる。
大概の竜は、下位に属される。
下位に属される竜の鱗は……あまり硬くない。
現代の未熟なアデルニア半島の製鉄技術で作られた武器でも、十分に傷をつけることができてしまうほど、脆いのだ。
鉄のように溶かして形を整える……ということができない分、加工費用も高くなる。
そして鉄の防具よりも脆い。
それに下位とはいえ竜を討伐するのは大変だし、その上竜は個体数が少ない。
だから材料費も高い。
というわけで、あまり人気はない。
まあ、軽いという利点はあるので個人で使用する分には悪くはないと思うけど。
なお、中位以上の竜だと鱗は鉄より硬いが……今度はどうやって倒して加工するのか、というレベルの話になる。
ちなみに俺が今まで使っていたドラゴン・ダマスカス鋼の剣は上位竜の心金を使用しているらしい。
もっとも、グラナダの解体でボロボロになってしまったが。
「でもさ、グラナダの鱗ってアルムスの剣がボロボロになっちゃうほど硬いわけじゃない? 鎧にしたら凄いんじゃない?」
「まあ、そうだな。作ってみる価値はあるかもしれん」
……しかし、どうやって、誰が作るのか。
あ、そうだ!!
「ユリア、少し紙を貸してくれないか? 一筆、書きたいことがあるんだ」
手紙を出し終えた後、俺たちは難民の監視をロンたちに任せて一時帰国した。
今後のことを、ライモンドたちと討議するためだ。
「よくぞ、御無事で。陛下」
「ああ、お前もよく留守を守ってくれたな。……さて、これからどうする?」
「……難民のことですか?」
「いや、領土のことだよ」
難民はすでに元住んでいた場所に返すことが決まった。
グラナダに王都は破壊されたが、逆に王都以外の田舎の畑などは無事だったのだ。
最初は恐怖に駆り立てられて逃げていた者たちは、徐々に落ち着きを取り戻している。
中にはすぐに帰って畑を耕したい、というモノもいるほどだ。
問題は元々王都に住んでいて、家を失った者たちだが……
彼らには食糧支援をして、都市を復興させるつもりだ。
やはり住み慣れた故郷が良いだろう。
まあ、つまり難民の問題は粗方解決している。
強いて言うならば買い占めた小麦が無駄に成りかけていることだが……必要になるよりはマシだろうな。
「旧カルヌ王の国はすでに我が国の支配下に組み込むと、陛下のご指示通り宣言をしておきました」
「ご苦労だ、ライモンド。しかし、この混乱では遠征は不可能だな」
元々は一気に西部を征服してしまうつもりだった。
そのためにイアルに外交工作をして貰っていた。
しかし、今は時期が悪かった。
来年に持ち越すしかあるまい。
「……それがですね、陛下。実は……すでに多くの豪族や諸王国、都市国家共同体がロマリア連邦への加盟を申請してきております」
「……多くの? それはどれくらい?」
「未統一、西部地域全域です」
……何故?
俺の顔を見て、思考を読んだのかライモンドは笑みを浮かべた。
「陛下が古の悪の竜を倒したからです。……すでに、国中でも噂になっておりますよ。大昔、アデルニア半島を荒らしていた悪い竜が復活した。しかし、それを陛下が打ち倒した、と。遠く離れた我が国で、これだけ広まっているのです。直接の脅威にさらされた西部諸国にとって、陛下は大英雄ですよ」
「女装エピソードももしかして広まってる?」
「……ええ、まあ」
……俺の女装は間違いなく歴史に刻まれてしまうだろうな。
まあ、仕方がない。
何はともあれ……
「もしかして、もう南半分の征服が終わった。と、捉えて良いか?」
「ええ、陛下。ようやく、統一事業の三分の一が終わりましたね」
よっしゃあ!!!
その後、俺は即座に指示を家臣たちに出した。
まずはバルトロに兵を一万与え、ロマリア連邦への加盟申請をした国のうち、もっともギルベッド王の国に近い国に駐留させた。
そしてイアルを中心とする外交官を西部諸国に派遣して、同盟締結の交渉させた。
ライモンドには国内や元々の加盟国への説明を。
そしてその他の元老院議員たちには、事務処理を任せた。
ギルベッド王の国からの非難。
ファルダーム王の国からの苦言。
ドモルガル王の国からの探り。
それらを一切合切、適当に対応しつつ俺たちは確実に西部諸国をロマリア連邦に組み込み……
そして、一か月後には形だけは完全にロマリア連邦の領土として組み込むことに成功したのであった。
それから一週間後のこと。
俺は旧カルヌ王の国にやって来ていた。
というのも、難民たちの監視と支援をしていたロンたちから一つの知らせが来たからだ。
それは……
「……こいつは凄いな」
俺は唾を飲み込んだ。
そう、そこはカルヌ王の国の南端の海岸にある洞窟の奥。
グラナダの宝物庫、と言える場所だ。
俺がランプを掲げると、キラキラと金銀やガラス玉、宝石が光り輝く。
まさに宝物の山だ。
「どうやってこれを見つけた?」
俺は第一発見者のルルに尋ねる。
すると、ルルは得意気に胸を張った。
「ふふん、グラナダの臭いの残滓を辿ったのです。何度も往復したように、強烈な臭いが残っていたので」
「よくやった!! ルル!! お前は最高だ!!」
俺はルルを労った。
パッと見るだけでも、今回の騒動の損失……小麦の輸入で掛かった費用を十分補填できるほどの財がある。
しかし……
「グラナダの奴め、随分と溜めこんだじゃないか。ふふ」
思わず笑みが零れてしまう。
さて、早く全部運び出してロマリアの宮殿の宝物庫に入れてしまおう。
誰かに、盗まれると困るからな。
誰が盗むか分からないが。
俺は兵士たちに指示して次々と宝石を運び出していく。
それにしても……
これ、ロマリアの国家予算の二年分はあるんじゃないだろうか?
二年分に達するかは、正確に鑑定してみなければわからない。
しかし、一年分はあるだろう。
「リ、リーダー!!」
「どうした、ロン」
俺は大混乱しているロンの元に向かう。
そこには……
「おいおい、マジか」
そこには赤みを帯びた大きな石があった。
所々キラキラと光っていることから、宝石であることが分かる。
俺も国王だ。
それなりに装飾品を見て来た。そして貴族であるロンもそれは同様だ。
「これ、ルビー?」
「おう、俺にもそう見えるな」
素人の見立てなので、断言できないが……
それはルビーの原石のようだった。
様だった、というのは……
あまりにも大きいからだ。
縦横高さ、それぞれ十五センチはあるように見える。
無論、これは原石。
削れば小さくなってしまうだろう。
しかし、それでも大人の拳一つ分程度は残りそうだ。
そうなると……これ、世界最大のルビーじゃ……
「ロン!! 慎重にも持ち運べ」
「ええ!! 無理、無理です。こんなの!!」
「大丈夫だ、ルビーはダイアモンドの次に硬い宝石だから!!」
「な、なら陛下が持ち運んでください」
「落としたら俺の責任になるじゃないか!!」
その後、みんなで仲良く慎重に運び出した。
そして全ての財宝を宝物庫に運び終えてすぐ……
ついに俺の待ち望んでいた人物がロマリアに来てくれた。
俺は彼女と、謁見の間で対面する。
「お久しぶりです、アルムス王、ユリア様。素晴らし心金が手に入ったそうですね。お任せください。責任を持って、我々が加工致します」
褐色の肌の、美しい金髪の女性が微笑んでそう言った。
「はい、お久しぶりです。よろしくお願いします」
ユリアは彼女に笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
俺も丁寧にあいさつをする。
「ああ、お久しぶりだ。此度のことはよろしく頼む。何しろ我々には手に負えない物がたくさん手に入ってしまってな。ところで……宝石の加工もあなた方はできると聞いたが?」
「ええ、宝石の加工技術は世界一であると自負しております」
これは頼もしい。
何しろ、俺たちだとただの屑石に変えてしまいそうだからな。
「ねえ、アルムス。誰、あの人」
テトラが俺の袖を引っ張り、耳打ちする。
そうか、そう言えばテトラは初対面か。
「砂漠の民、族長のアイーシャ殿だ」
「ご紹介に預かりました。製鉄と商売と戦争の一族、砂漠の民族長のアイーシャです。此度は製鉄と商売にやって参りました。以後、お見知りおきを」
アイーシャはそう言って微笑んだ。
そういうわけで、草薙の剣を作ります




