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異世界建国記  作者: 桜木桜
第七章 竜退治と女王陛下
238/305

第二百三十八話 グラナダ・ヒュドラ


 腐毒の蛇ヒュドラ、グラナダ。

 彼は竜の身にして、世界の理を超えた神獣の一柱である。


 グラナダが生まれ、そしていつ神の領域にまで至ったのか……

 彼自身はそれを憶えていない。


 あまりにも長くを生きた所為か、遠い昔の記憶は少しづつ薄れていってしまう為だ。


 如何に神と等しい、世界の理をある程度塗り替えることができるほどの力を得たとはいえ、その器は世界の理の内側。


 記憶の限界というものが存在する。


 ロマリアのグリフォンのように、それなりに記憶する気がある神獣ならば一万年ほどは覚えているのだが……


 グラナダは基本、過去は振り返らない性格をしていた。

 覚えておくのはそれなりに面倒くさい。


 故に彼はどうでも良い事は積極的に忘れて言った。

 彼の記憶の限界は精々、五百年である。


 故に彼にとって確かなことは、自分が五百年前くらいには既に神獣になっていたということである。

 もっとも、自分が生まれながらの神獣か、それとも何等かの試練を乗り越えて神獣になったのかは分からない。

 

 そもそも自分と他の生き物の違い、神気、世界の理とは、何ぞや?

 というのが彼の記憶の限界である。


 もしかしたら、五百一年前は知っていたかもしれない。

 知らなかったかもしれない。

 何にせよ、今分からないという事だけは確かであった。


 ここまででグラナダが賢くないということは、分かっただろう。

 どちらかと言えば馬鹿の方である。


 人間の数倍の脳味噌をいくつも持っているため、地頭そのものは良いのだが……

 いくら素晴らしい脳味噌でも、中身がスカスカでは宝の持ち腐れであろう。


 しかしグラナダは強者である。

 また、全身に身に纏う猛毒の腐敗の瘴気のおかげで彼に近づく者は全くいなかった。


 故に知恵を持つ必要など全くなかった。

 

 その姿を見た全ての弱者は震えあがり、目を見れば発狂し、声を聞けば洗脳され、瘴気に触れれば体が腐り落ち、息を吸えば魂までもが地獄の苦しみを味わった末に消滅する。


 グラナダを殺せるモノはいない。

 そして殺せても、殺したくない。


 そんな存在であるグラナダは、今までの竜生で努力したこともなく、努力する必要もなく、またしなくても楽しく生きてこれた。


 例え他の神々や妖精たちに、馬鹿だ馬鹿だと陰口を叩かれても彼は気にしない。

 そもそもいつも食っちゃ寝を繰り返すグラナダにそんな陰口は伝わらないし、そもそも『馬鹿』という言葉の意味を理解しているか、怪しいところがあった。


 馬鹿? 馬と鹿か?

 美味しそうだな。


 そのレベルかもしれない。


 まあ、誰が何と言おうと彼自身はとても幸せな生き物であることは間違いない。

 

 さて、グラナダ最古の記憶は砂である。

 グラナダは五百年ほど前、南大陸の大砂漠(サハラ)のど真ん中にいた。


 そこで偶に空を飛んでいる飛竜だったり、地面を這う地竜だったりを食べ、喉が渇いたらオアシスの水を飲んで生活していた。

 なぜ、そんなところにいたのかは彼自身、全く覚えていない。


 ……実は父と母、そして兄弟たちに「お前は臭いから、砂漠から出てくるな」と厳命されていたからなのだが、まあ、そんなことは記憶の彼方である。


 幸せの秘訣は都合の悪い事は忘れることだ。

 さて、グラナダは大体二百年ほどそこにいたのだがある時、変な声を聴いた。

 

 ―腐毒の蛇ヒュドラのグラナダ。僕は妖精。実は北にはとっても水と食べ物が美味しいところがあるんだ―


 

 へえ…… 

 グラナダはそこに行ってみようと思い立った。


 しかし、少々動くのは面倒くさい。

 行きたいなあ、でも面倒だなあ……を三十年ほど繰り返した後、グラナダは北に移動した。


 北にはなんと、全てショッパイ水でできたオアシス……テーチス海が広がっていた。

 グラナダの記憶上、初の海である。


 この先には何があるのか?

 ふと、グラナダにしては珍しく興味が湧いた。


 そしてさらに北に行くと、緑の多い半島に辿り着く。

 アデルニア半島であった。


 しかしグラナダはアデルニア半島には上陸できなかった。


 「何だ、この鼻の曲がるような臭いは……貴様か? この臭いの元凶は。ああ、返答しなくてもよい、死ね」


 空を飛ぶ、黄金に輝く生き物が現れ、グラナダに立ちはだかった。


 今まで穏やかで、澄んだ空は急に暗転して真っ黒く染まった。

 嵐を凝縮したような、風の塊がグラナダの翼を切り裂いた。


 落ちたグラナダを、今度は荒れ狂う海が襲う。

 何度もグラナダを海の底に引きずり込み、殴りかかるように海流がグラナダの体を叩きつける。


 何時間も海に揉まれ、何とか陸に上がったグラナダを追いうちと言わんばかりに雷が襲った。

 数え切れないほどの雷がグラナダを、鞭のように打った。


 「ふん、これに懲りたら我が縄張りに近づくな、このガキが」


 約三年間かけて、グリフォンに蹴り倒されるようにグラナダは砂漠の中心部にまで押し戻されてしまった。

 偉い目にあった……

 グラナダはもう二度と、砂漠から出ないと誓った……

 

 のだが、グラナダは都合の悪いことは優先して忘れるという特技を持つ。

 彼の辞書に後悔と反省の二文字は無い。


 忘れるからである。

 ある意味、便利な脳味噌であった。


 さて、彼が黄金の悪魔こと、グリフォンのことを忘れるのには三百年ほど経ったあとのことであった。

 

 そう言えば、北には豊かな土地があったな。

 都合の良いことだけ覚えているグラナダは、グリフォンのことを忘れるとすぐさま北に向かった。


 そして彼はアデルニア半島に上陸……

 出来てしまった。


 あれ?

 グラナダはここで、違和感を覚えて、珍しく頭を回転させる。


 そしてグリフォンのことを思い出した。

 

 ―中央部の森にグリフォンはいるよ、グラナダ。挨拶くらいは行ってみたらどうだい?―


 不思議な声がグラナダの鼓膜を軽く揺らす。

 この声、何だろうか?


 一瞬思ったが、細かいことは気にしないグラナダは、騙されている可能性すらも考慮せずすぐさま森……ロマリアの森に向かった。


 「……貴様か、まあ我が領地には結界を張ったから臭いは届かぬし、良いか。我はこの森から出ない。そう、決めたのだ。故に外の世界は好きにしろ、但しここには来るな。臭いからな」


 こうしてグラナダはアデルニア半島を手に入れたのだった。

 

 取り敢えず、腹が減ったと思ったグラナダは、たくさんいた二足歩行の猿に飯を寄越すように命じた。

 グラナダの言葉に逆らえる知的生物はいない。


 こうしてグラナダは記憶上で初めて、人間に接触した。

 

 そして野生動物とは違う、ある程度品種改良された家畜と作物、そして酒の味を知ったのだった。

 

 グラナダは有頂天だった。

 今まで不味いトカゲ(竜)しか食べてこなかったグラナダにとって、人間の食べ物はとてつもなく美味しい御馳走だったのだ。

 

 ついつい食べ過ぎて、人間の食べる分まで食べてしまったのは仕方がなかった。

 

 種籾や、子を産んでいない家畜を殺すともう二度と食べられなくなりますよ。

 そう飢え死にしかけている人間に説得されて、仕方がなくグラナダは我慢することにした。


 グラナダの知能は高い。

 考えないだけで、本当はとても賢いのだ。


 故に我慢した方が後々幸せな時間が長続きするということを、グラナダは分かっていた。

 やればできる子なのだ。


 しかし、空腹であるのは事実。

 そこでグラナダは人間を定期的に食べることにした。

 あまり美味しくはないが、いくらでもいるのでグラナダからするとツマミに丁度良かったのだ。


 千人ほど食べて、グラナダは男よりも女の方が美味しいことに気付いた。

 そしていつしか女ばかり食べるようになっていった。


 そして……


 「腐毒の蛇、グラナダ・ヒュドラ。父と母の、兄弟の、国のみんなの仇!!!」


 気付くと、目の前に人間がいた。

 ラベンダーのような、美しい髪をした人間の雌であった。


 「何だ? 貴様は」

 「……知らないでしょうね、あなたは。あなたにとって、私なんて吹けば飛ぶような塵に過ぎない。私の故郷は、氏族の同胞たちは、あなたにとって吹き飛ばした塵に過ぎないのでしょうね」

 「ああ、知らん。死ね」


 グラナダは呪いの言葉を雌に投げかけた。

 グラナダの言葉そのものは呪いであり、聴覚神経を伝わって直接脳を犯す呪いは防ぎようが無い。


 はずだった。


 「……なぜ、自殺しない?」


 グラナダは全ての首を同時に傾けた。

 グラナダの言葉を防げるほど、目の前の雌が強大な存在とは思えなかった。


 「まあいい、死ね!!」


 グラナダは毒の息を雌に吐きかける。

 グラナダにとって毒の息は最強の攻撃手段である。これで倒せなかった下等生物はいない。


 しかし……


 「……結界か。それも、我が神気に匹敵するほどの」


 グラナダは目を細め、目の前の雌を……いや、敵を睨みつける。

 今、目の前にいるのは餌ではない。 

 敵だ。


 グラナダは即座に八つの頭に血液を大量に送り込み、思考をフル回転させる。

 グリフォンの時とは違う。

 相手は自分へ明確な殺意を抱いている。


 本気で戦う必要がある。


 「貴様は何者だ?」

 「……ユリア。ユリア・ロサイス。あなたに食われ、滅ぼされたロサイス氏族、最後の生き残り。そして世界で初めての魔法使い」

 「ふむ、そうか。では、貴様を殺す!!!」


 グラナダとユリアの戦いが始まった。

 大地は裂け、森は吹き飛び、空は荒れ狂い、海が蒸発する。


 グラナダの猛毒とユリアの放つ呪いが幾度もぶつかる。

 一人と一柱の攻防は三日三晩続き……


 「ふふ、人間にしてはよくやった。褒めてやろう、ユリアとやら」


 グラナダは満身創痍のユリアを見下ろした。

 猛毒で顔は焼けただれ、美しく芸術品のようだった容貌の面影すらない。


 視力、嗅覚、触覚、聴覚、味覚。

 すべてを失い、全身の毛穴から滝のように血を流している。


 しかし、ユリアは笑う。

 その焼けただれた唇から、血を流しながら……


 「いえ、あなたの終わりよ。もうすでに、あなたの体には魔法式を刻み込んである」

 「ん?」


 言われて、グラナダは気付く。

 自分の体に、何か不愉快なモノが這いずり回っていることに。


 不快に感じたグラナダはそれを吐き出そうとして……


 「もう、遅いわ。あなたの時間は止まる」


 グラナダに刻まれた、魔法式が起動する。

 そして、世界の法則の一つが書き換えられた。


 グラナダという、一柱の怪物の体の中限定ではあるが……

 緩やかに時の流れが遅くなり、そして……停止する。


 ―いやあ、凄いよ。ユリアちゃん。僕の期待通りだ―


 妖精がユリアに労いの言葉を掛けた。

 そして……


 「ふふ、でしょう? 私に掛ればこんなものよ」


 そしてユリアは息絶えた。

 元々満身創痍の肉体。

 それに加え、魔法を行使したのが大きなダメージとなった。


 魔法という、禁忌を犯したユリアを世界は許さなかったのだ。

 グラナダの毒に犯されていた彼女には、世界に逆らう力は残されていなかった。



 後に彼女の盟友や、夫の手によってグラナダ・ヒュドラは封印された。

 体と魂を引き裂かれ、魂は南大陸の果てに。

 体はアデルニア半島に封印された。


 こうしてアデルニア半島に平和が訪れた、ユリア・ロサイスの夫や息子、そして友人、弟子たちの手によってロサイス氏族は復興。


 後のロサイス王の国の礎を築いた。

 

 そして……

 

 時は現代。

 魔法を求めた黒崎麻里の手により、グラナダの魂が解き放たれた。


 例え、魂だけでもグラナダは強力な力を持つ。

 解けかかっている、体を封じる封印を破る程度は簡単なことであった。


 こうして、グラナダ・ヒュドラは復活することに成功したのであった。





 「ひどい目にあった……」


 約千年の眠りから覚めた、グラナダ・ヒュドラは首をグルグルと鳴らした。

 グラナダの八本の首の関節がまるで楽器のように鳴る。


 そして大きく欠伸をする。


 さて、自分は封印されてどれくらい経ったのだろうか?

 グラナダはふと、思い立った。


 しかし、すぐに考えるのをやめた。

 そんなことはどうでも良い。大切なのは、自分が幸せか否かである。

 

 取り敢えず、今自分は自由。

 つまり幸せだということだ。


 それだけで十分。

 強いて言うのであれば、腹が減っていることだろう。


 そしてグラナダの腹が楽器のように鳴り響く。

 意識したら余計に腹が減った……


 グラナダは不幸せな気持ちになった。

 これは良くない。


 空腹は嫌いだ。


 一先ず、グラナダは食事をすることにした。


 四枚の翼を大きく広げ、羽ばたかせる。

 しばらくの間、硬直し続けていた体だが問題なく浮かんだ。


 そして一気に空まで飛びあがり、八本の首と全身から生える触手で周囲を見渡す。

 すると、北の方に大きな人間の集落を発見した。


 「……ふむ、随分と人間の巣も変わったものだ」


 グラナダの記憶では、人間の多くは木と草でできた、粗末な巣であった。

 しかしグラナダの目に映る巣は、石でできているようだ。


 巣の周りは大きな壁で覆われていて、一番大きな巣はグラナダの体よりも大きい。


 「我より巨大とは、腹が立つ」


 とはいえ、飯は決まった。

 グラナダはすぐさま、人間の巣……カルヌ王の国の首都に直行した。


 集落の中で最も巨大な巣……カルヌ王の国の宮殿に飛び込む。

 グラナダの体当たりによって、あっさりとカルヌ王の国の宮殿は破壊された。


 「いててて、一体、何なんだ? 何が起こった?」


 瓦礫の山の中から、一匹の人間が頭を擦りながら起き上がる。

 赤い毛皮を纏っていて、その頭には金で出来た冠が乗っている。

 

 カルヌ王の国の国王、その人である。

 が、グラナダには関係無かった。


 パクッ


 グラナダは即座にカルヌ王を丸呑みにした。

 斯くして、カルヌ王は死んだ。享年、48歳。実に気の毒だ。


 ちなみに、グラナダの体当たりでカルヌ王の国の王族は全員生き埋めになっており、実のところ王族はグラナダが食べたカルヌ王が最後の生き残りであった。


 つまり、カルヌ王の国は滅んでしまったのである。

 実にお気の毒だ。


 さて、その後グラナダは手当たり次第に人間を食べ、商店を襲って果物や野菜、肉を漁った。

 そして宝石などの光物の類は慎重に丸呑みにした。


 グラナダは光物が大好きなのだ。


 「そう言えば、我のコレクションはどうなったか……」


 そう思い立ったグラナダが、かつて集めた光物を蓄えた場所に、コレクションが無事か確かめに行くまで、グラナダの捕食は続いた。


 なお、グラナダに食われたカルヌ王の国の人間は五千人。

 瘴気を吸い込んで死んだ人間は一万人。

 混乱の中、死んだのは五千人。


 合計、二万人の人間がグラナダによって殺戮された……

 のだが、グラナダからすれば大したことではなかった。


 




 さて、コレクションの無事を確認したグラナダは食後の睡眠を取った後、空を飛んでいた。

 というのも、カルヌ王の国の首都がもぬけの殻になってしまい、食べるモノが無くなってしまったのだ。


 まあ、一か月分は食い溜めしたので食べるモノがあっても食べられないのだが。

 それでも、後の幸福のための食糧を探す程度はグラナダは勤勉であった。


 さて、呑気にグラナダが空を飛んでいると大きな人間の群れを見つけた。

 グラナダは考える。

 皆殺しにするか?


 しかしグラナダは首を振って否定した。

 それに意味はない。


 それよりも、脅して美味しい食事を持ってこさせた方がよさそうだった。


 そこでグラナダは呪詛の籠った声を張り上げた。


 『人間共、酒と太った羊、そしてそれらを運ぶ人間の雌を用意しろ。良いか? すぐに用意しなかったら皆殺しにしてくれる』


 これで良いだろう。

 グラナダはそう思い、先日滅ぼしたカルヌ王の国の首都に戻った。


 


 それから数週間。

 グラナダの元に、二匹の雌がやって来た。

 一人は灰色の髪、灰色の瞳の雌。

 もう一人は金色の髪、金色の瞳の雌だ。


 どちらも柔らかく、じつに美味しそうだ。

 しかしグラナダにとって、人間はついでである。


 人間よりも、羊や酒の方が遥かに旨いからだ。

 

 「うむ、約束通り持ってきたようだな」


 二匹の雌が八つの大瓶と、八匹の羊を連れてきていた。

 羊は丸々と太っていて、実に美味しそうだ。

 また、大きな瓶の中には相応の酒が入っているのだろう。


 グラナダは胸を躍らせた。


 グラナダは一本の首を大瓶に突っ込もうとして……


 「グラナダ様」

 「何だ、人間。今、良いところだったのだが。くだらない事だったら殺すぞ?」

 「いえ……ただお酒は同時に一度に、一気の飲むのが一番おいしいですよ」


 灰色の女がグラナダに一気飲みを推奨した。

 グラナダは考える。

 酒は人間の生み出した飲み物。ならば、人間が一番おいしい飲み方をしっているのが道理。


 なるほど……

 グラナダはショックを受けた。


 今まではできるだけ、長い間味わって飲むようにしていたのだが……

 まさか一度に飲む方が美味しかったとは。


 己は今まで、損をしていたのか……


 「なるほど、良い事を聞いた。無礼は許そう」


 そう言ってグラナダは八本の首を同時に瓶に突っ込んだ。

 そして一気に飲み干す。


 そして……



 「むむ……女が増えた? うん? 男になった????」


 地面と空がグルグルと周り、女が分裂し始める。

 そして……


 眠い……


 グラナダは強烈な眠気を感じた。

 眠いと思ったら、すぐに寝るのがグラナダの流儀である。


 ……まあ、羊と女は後で食べれば良いか。

 寝よう。


 こうして、グラナダは全ての瞳を閉じた。

 眠りに、永遠の眠りについたのである。








 「あっさり、騙されたな。こいつ」


 俺は女体化を解除して、ツンツンとグラナダの顔を触ってみる。

 グースカ寝ているグラナダは、全く起きる気配がない。


 「陛下の機転のおかげですね」

 「うーん、こいつのアホさと油断もあると思うけどな」


 まあ、現代日本人でも一気飲みが危険だとあれほど言われて分からない阿呆がいるのだ。

 グラナダが分からんのも無理はない。

 

 しかもこの酒にはユリア特性の睡眠薬が大量に含まれているのだから。

 

 ―さあ、早く斬り殺して。首を落とせば死ぬはずだから―


 「急かすな。今から取り掛かるよ。さあ、やるぞ、アリス」

 「はい! 初めての共同作業ですね!!」

 「ケーキ入刀ならぬ、ドラゴン入刀か……」


 俺は苦笑いを浮かべながら、グラナダに向かい合う。

 恨みは無いが……まあ、一応カルヌ王の仇という事にしておこう。


 顔も見たこと無いけど。

 

 俺はドラゴン・ダマスカス鋼の剣を振り上げる。

 

 ザクッ!!


 剣は四分の一ほどのところまで食い込み、止まってしまった。

 硬い!!!


 ……起きてないよな?


 ―大丈夫だから、手早く捌いて―


 「急かすな」


 俺は緊張しながら、何度も剣を振り下ろしてようやくグラナダの首を斬り落とす。

 隣を見ると、アリスもようやく切り落としたところだった。


 さて、あと六本か……





 「ふう……終わった……」

 「……終わりましたね」


 俺とアリスは肩を息をし、顔の汗を拭いながら胸を撫でおろした。

 もし、斬り落としている最中に目を覚ましたら……

 考えただけで恐ろしい。


 バクバクと心臓が今でも鳴りやまない。

 ……グラナダの呪いにやられたかもな。


 あとで、ユリアに解呪して貰おう。


 「これで大丈夫か?」


 ―まだだね―


 ドクン! 

 俺の心臓が跳ね上がる。


 アリスも顔が真っ青だ。


 ―心臓がまだ動いてる。これを破壊しないと、安心できないよ―


 俺とアリスは顔を合わせた。


 「やるぞ、アリス」

 「……はい」


 俺とアリスは恐る恐るグラナダの体に上る。

 ……ヒュドラって確か頭再生するんだよな。


 生き返らないよな?


 ―心臓を破壊して、心金を抜き取れば竜は生きられないよ。そうすれば再生能力も失われるはず―


 ……再生するのかよ。

 おそらく、俺とアリスの顔は豆腐のように白くなっているはずだ。


 ―落ち着いて。少なくとも、頭を八つ切り落とされているんだ。三日は活動できないよ―


 「分かっている……」


 俺とアリスはグラナダの逆鱗を探す。

 竜の心臓は逆鱗の内側にあるからだ。


 だから逆鱗を槍で突き刺せば、竜は死ぬ。

 もっとも、グラナダの場合は体が大きいから、『掘る』必要があるだろうけど。


 「あったぞ、アリス」


 俺は逆鱗に剣を突き立て、削ぎ落とす。

 やはり逆鱗とその周辺の鱗は硬い。


 逆鱗を剥がすのに一時間ほどかかった。

 そして逆鱗を剥がすと、柔らかい肉が現れる。

 

 俺とアリスは交互にそこを、剣でひたすら掘り始めた。

 黙々と、血まみれになりながら、グラナダの恐怖に覚えながら、ひたすら掘る。


 そして……


 カキン!!


 硬いモノにぶつかるのと同時に、大量の鮮血が噴き出る。

 俺とアリスは顔を見合わせた。


 そしてゆっくりと肉を切り裂き、掻き分け、固い物体を引き抜く。

 半径三十センチほどの、真球が現れた。


 間違いない。

 グラナダの心金だ。


 つまり……


 ―おめでとう。完全にグラナダの心臓は破壊された。そして、心金も抜き取られた。もうグラナダが復活することは無い。命は失われたよ―


 「そうか……」

 「やりました、ね」


 そして俺とアリスは気絶した。

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