第二百三十二話 封印解除
今日はみんなのアイドル、マリリン回です
きっと、皆さんマリリンが見たくてうずうずしていたでしょう
でも、残念
この話が終わったら、マリリン再登場まで十話くらい掛かっちゃうんだ
呪術と魔術。
この両者に厳密な違いはない。
どちらも、『力』をエネルギーにして事象を起こしている点では同じだからだ。
魔術という新たな『術』が産まれたのは、テトラ・ユリウス・アス・カエサルとユリア・ユリウス・ロサイス・カエサルが、呪術を魂に作用するか物体に作用するかの違いで分類し、区別したからに過ぎない。
魔術が無かった時代でも、呪力によって火を起こしたりすることはできた。
ただただ、効率が悪かっただけである。
ユリア・ユリウス・ロサイス・カエサルと呪術院が呪術を、テトラ・ユリウス・アス・カエサルと魔術院が魔術を、それぞれ体系化し、理論化し、研究を続けたことで両者は明確に分かれた。
後に呪術からは結界術や神聖術、降霊術、魂乗術などが、魔術からは錬金術などが生まれる。
さて、本題は魔法についてだ。
魔法と魔術は言葉は似ているが語源そのものは全く違う。
魔術という言葉、概念が歴史上初めて登場したのはテトラ・ユリウス・アス・カエサルの誕生後である。当然だ。彼女が魔術という概念の生みの親なのだから。
一方、魔法という言葉、またはそれに近しい概念は少なくとも人類が文字を使い始めるようになった時から存在する。
いつから有ったか? と言われれば、分からないほど昔からあったと答えるしかないが、私は猿が四足歩行から二足歩行になった時、すなわち人類が誕生した時点で生まれた概念であろうと推測している。
少なくとも、人類が強い欲望や願いを持つようにならない限り魔法は生まれない。
魔法とは、欲望や願いを叶える事そのものを指す。
一方、魔術や呪術を含めたありとあらゆる科学技術は欲望や願いを叶える手段である。
魔法には、過程が存在しないのだ。
分かりやすく説明すると……
あなたの目の前に林檎がある。
林檎が欲しいと思ったら、あなたは林檎を得るために何等かの手段、過程が必要になる。
手を伸ばそう。魔術で重力を操り、林檎を持ってこよう。機械を使おう。奴隷に持ってこさせよう。
やり方は様々だが、これらは本質的には変わらない。
如何なる方法でも、それが過程である以上それは何らかの科学技術である。
魔術と呪術は科学の一種なのだ。
では魔法はどうなのか?
林檎が欲しいなあ……
この時点であなたの手元に林檎が現れる。
これが魔法である。
魔法には法則も過程も不可能も存在しない。
やろうと思えば何だってできる。
それが魔法だ。
故に魔法ならば、時間移動、時間停止、瞬間移動、死者蘇生は無論ありとあらゆる物理的法則、化学的法則、数学的法則まで含めて、
無視して目的を達成できる。
さて、ここまで読んであなたはいくつかの疑問が浮かぶはずだ。
どうやって魔法が使えるようになるのか。
魔法使い同士が戦えばどちらが勝つのか。
等々……
まあ、言いたいことは分かる。
その答えは実のところ私も分からない。
ただ、一つだけ言えることはある。
魔法とはいえ、所詮魔法であると。
本当に魔法に不可能が無いとするのであれば、それは魔法ではなく神の御業と呼ばれるべきだ。
しかし魔法は魔法と呼ばれる。
つまり魔法は、一見法則も過程も不可能も存在しないように見えるが、実のところ法則も過程も不可能も存在するのだ。
全能の神が己が持ち上げることができない岩を作り出すことができないように……
『魔法についての研究』
―エレナ・コルネリウス・スキピオ―
火竜の口から噴出した灼熱の炎が麻里を襲う。
麻里は最小限体を逸らす。結果、左腕に炎が触れて一瞬で炭となったが……彼女は気にしない。
麻里は右腕に握る杖を火竜に向ける。
「見えざるモノを見よ」
呪力の込められた呪いの言葉は、火竜の耳から聴神経に、そして脳に到達し、視神経を犯す。
火竜は炎の標的を麻里から自分の体に取り付く不愉快な寄生虫……正確には寄生虫の幻覚に変更する。
自らの炎で自らの体を焦がし、自らの牙で自らの体に食らいつき、自らの爪で自らの体を引き裂く。
砂の上でのたうち回るその姿には、世界最強種の威厳は見る影も無かった。
「所詮、ただのトカゲね」
麻里はすでに元通りに戻った左腕で、自分の髪についた砂を払った。
ここは南の大陸。
アデルニア半島の南、ポフェニアからさらに南に下った場所。
一面を灼熱に焼かれた砂が支配する場所。
大砂漠である。
―いやはや、凄いね。麻里は。もうすでに火竜を十匹も屠ってる―
「あいつらが勝手に死んだだけよ」
麻里は火竜の体にナイフを突き立て、溢れ出た血液を革袋に入れる。
飲み水の代わりだ。
麻里の目的地の道中にはオアシスが一つも存在しない。
故に火竜だけが貴重な水分の供給源だ。
―その加護も、随分と慣れたみたいだしね―
「……」
麻里は顔を顰める。
この加護……『不死の加護』には散々な目に合わされた。
無論、これが無ければとっくに野垂れ人でいるのは確かだが……
「野垂人だ方がマシだった」
―じゃあ死んでみる? 君が望むなら今すぐその加護を反転させて上げるけど―
『不死の加護』の反転は、今まで受けて直してきた傷を一度に精算するというものだ。
当然死ぬ。
まあ、何百回も回避して来た死のツケが一回の死であるならば十分以上に安いお支払とも言えるが。
「冗談よ。確かにその時は死にたいと思ったけど、今は思わない。姉と妹を見つけ、エツェルを生き返らせ、地球に帰らないとね。それまでは死ねない」
―ふーん、そうなの。じゃあ不死を目指すのは? 別に不死じゃなくてもできるでしょ―
妖精は愉快そうに麻里に尋ねた。
麻里は不愉快そうに顔を歪めた。
「分かっている癖に……」
―僕、わかんなーい―
妖精のケラケラとした笑い声と、麻里の深いため息が砂漠の風に掻き消される……
「あーあ、不愉快だわ。不愉快、不愉快」
―何がそんなに不愉快?―
妖精は笑う。
麻里は妖精との付き合いが長いから分かるが……これは答えは分かってるのに敢えて分からないフリをしているときの笑いだ。
「ここから先にはすごく行きたくない。背中がムズムズする。悪質な結界……呪いと言うべきかしら?」
何か、重要なモノを隠している……
というか、その重要なモノを見に来たのだが。
―しっかし、何も見えないけど。あるの?―
「あるわ。目の前にね」
麻里は落ちていた石を投げつけた。
石は大きく弧を描き……突如空中で止まって落下した。
「古典的な目くらましね」
麻里が軽く杖を振るうと、巨大な神殿が姿を現した。
麻里を出迎える、大きく深い闇の広がる入り口はまるで巨大な生き物の口のようである。
「はあ……二重の目くらましとは恐れ入ったわ」
麻里はその入り口を迂回して、入り口から百メートルほど離れた壁の前まであるく。
麻里の目の前にあるのは、何の変哲もない朽ちた壁。
麻里が手を伸ばすと、確かにそこに壁はあった。
「触覚まで騙すとは、凄い技術ね」
麻里はその場に転がっていた石を壁に投げつける。
石は吸い込まれるように壁の中に消えた。
麻里は軽く杖で壁を叩く。
すると壁は一瞬で消滅した。
「さあ、行くわよ」
―はいはい―
麻里は神殿の中に入っていった。
「うーん、あの棒絶対怪しいわ。抜いちゃダメな奴ね」
麻里は神殿最深部に安置された謎の棒を見る。
神殿中に刻み込まれた魔法陣。その中央にぶっ刺さる棒は明らかに重要な物である。
「何だろう。とんでもなく抜きたいと思う気持ちと、抜いてはならないという忌諱感があるのよね。これって……」
―うん、呪いだね―
麻里は妖精の返答に対し、頷き……
短刀を胸に刺した。
強烈な痛みが麻里の体に掛けられていた呪いを打ち消す。
「はあ、気持ち悪いわ。吐き気する」
棒を抜いて欲しい奴が麻里に抜けと命令してる。同時に抜いて欲しくない奴が抜くなと麻里命令してる。二つの呪いが麻里の中でグルグルグルグル……
「ううぇええええええええ」
麻里は口から吐瀉物を床に撒き散らした。
頭が割れそうに成るほどの頭痛。全身が引き裂かれているかのような痛み。胃の中が引っくり返るような嘔吐感。
「うぇ、吐いたのなんて久しぶりだわ……ああ、最悪。最後に吐いたのいつだっけ?」
―五百年振りじゃない?―
妖精は愉快そうに笑った。
麻里は這うようにして棒に向かう。
不快感は棒に近づけば近づくほど、強くなる。
しかし……
「こいつを抜けば、終わる!!!」
麻里は一気に棒を引き抜いた。
とたんに、すっと全身に圧し掛かっていた不快感が消滅した。
神殿の防御機能が消滅し、さらにそこに封印されていたモノが自由になったことで、双方の麻里への呪いが消滅したのだ。
「うん、呪いはかけるものでかけられるものじゃないね」
―しっかし、麻里もよく耐えたね。あれ、普通の人なら千回は発狂してるよ。君の化け物じみた呪いへの耐性には感服するね―
麻里に圧し掛かっていた呪いは、常人であるならば一瞬で狂い死ぬようなレベル。
仮に麻里がその呪いを再現しようとしたら……
最低でも一千万人は生贄にする必要がある。
―でも、何も起きないね―
「そりゃあ、こっちにあるのは魂だけだからね。体の方はアデルニア半島の……カルヌ王の国とかいう場所だっけ? まあ、あそこの封印は風化して解けかかってたし。魂の方が解けた以上、時間の問題よ」
麻里は肩を竦めた。
もし、仮にそれが目覚めたとして……
「私には関係ないわ。大事なのはこっち」
麻里は自分の手の中の棒に視線を移す。
時間停止の魔法の中核を成していたこの棒を解析すれば……
「まあ、魔法に近づけるでしょ」
―だと良いね―
妖精は愉快そうにクスクスと笑った。
次回、〇〇〇王の国が〇〇〇!!




