第二百二十七話 君主とロマリアの市民
「……ニーファ・エル・アールブという有名な芸術家が知り合いにいます」
イスメアは少し戸惑いながら、そう答えた。
誰か、国旗や紋章、そして貨幣。
さらに王城の真っ白で、何の飾りもない壁を飾る彫刻や絵画。
それらを誰か、高名な芸術家に任せたい。誰か、知り合いに居ないか?
とイスメアに尋ねた、数十秒後の返答だった。
「……どうしてそんなに自信がなさそうに言う?」
もしかして知り合いに腕の良い芸術家が居なくて、一番マシな奴の名前を出したのでは……
と俺が勘ぐると、イスメアは手を大きく振って否定した。
「い、いえ腕は確かです。アルト、いやキリシアで彼女に優る芸術家はいないと思います」
「じゃあなぜ戸惑った?」
「そ、その……少し性癖に難があるというか……」
性癖?
「えっと、少し、かなり独特な芸術の感性を持っていまして……」
「なんだ? ハッキリ言え」
「せ、セックスは芸術である……らしいです」
イスメアは顔を少し赤らめて、小声で言った。
おい、ライモンド。俺を責めるような目で見るな。俺は悪くない。
「そいつはエロい絵や彫刻しか描けないのか?」
「いえ、彼女の作品の一割くらいはまともです。とても素晴らしい作品ばかりですよ」
「九割は卑猥な作品なのか……」
俺の知る限り、キリシア人の感覚では裸像は『卑猥』に入らない。
つまり九割の『卑猥』な作品はただの裸像ではないのだろう。
「その……ですね、紹介することはできます。基本、仕事は選ばない人なので頼めば引き受けてくれると思います。ですが……その、彼女がもし失礼な言動をしても私には責任はないということを明言して頂きたいなあ……と思う次第です」
「……分かった。お前に責は問わない。紹介してくれ」
「お初にお目にかかります。陛下。ご紹介に預かりました、ニーファ・エル・アールブです!! いやあ、持つべきは友人ですね!! 今度、お礼にイスメアちゃんの裸像作ってあげるから全裸見せて?」
「い、いえ結構ですから。では私はこれで……」
イスメアはニーファから逃げるように退室する。
しかし……
俺はニーファの金色の髪から突き出た、ピコピコと動く細長い耳に注目する。
エルフじゃん。こいつ。
「お前って寿命人より長かったりする?」
「おや、良く知っていますね!! 私の祖父母は二百歳で死にました。まあ、普通の人の三倍から四倍まで長生きしますね。私は五十歳です。私の一族は百歳までは老いないそうですよ?」
まさかの五十歳宣言に群臣たちがどよめきを上げた。
自分の娘よりも若い女が、自分よりも年が多いとなれば驚くだろう。
俺はあまり驚いていない。
だってほら、ここ異世界だし。エルフの一人や二人、居てもおかしくない。グリフォン様だっているんだぞ?
「生まれはキリシアか?」
「いえ、違います。ここからずっと北のところです。クソみたいに寒いところですよ。アデルニアの冬があそこの夏ですね。寒いの嫌いなんで、家出して来たんです」
なるほどね……
今度、調査団か使節団でも送るか。
多分、ペルシス帝国も把握していないような超超超ド田舎なんだろう。
もしかしたら我が国が貿易を独占できるかもしれない。
そうなれば、世界樹の葉っぱ的なレアアイテムが手に入るかも。
まあ、それは後で良いか。
「それで旗と紋章、貨幣のデザインを造って欲しい。あと王城や王宮に彫刻や絵画を施してくれ」
「これは大きな仕事ですね!! 腕が成ります。何か、ご要望がありましたら教えてください」
俺は一つ一つ、入れて欲しい要素をニーファに伝える。
ニーファはパピルス紙にすらすらとメモをする。
「あの……それで報酬の件なのですが……」
「五十ターラントでどうだ?」
我が国の国家予算の一%に達するほどの金額。
平民なら一生遊んで暮らせるほどの大金のはずだ。
「えっと……」
「足りないのか?」
やはり高名なキリシアの芸術家となると、高いな。
しかし王宮や王城の彫刻、貨幣、国旗、紋章は国の顔になる。
安く済ませるわけにもいかないな。
「では、百……」
「いえ、お金は五十ターラントで十分です!! その……実はお願いがありまして……」
お願い?
何だろうか。
「私が男女の性行為を描いた芸術を規制しないでほしいなあ……と」
「……まあ、広場とか公衆の場に飾られたら撤去せざるを得ないが、お前が作ったり、欲しい奴がそれを購入して一人で楽しむ分なら俺はわざわざ規制するつもりは無い」
風俗を規制するほど、暇ではない。
そういうのは平和になって、他に問題が無くなってから目を向ければ良い。
元々俺はそっち方面では寛容な方だ。
人に迷惑を掛けないのであれば、好きにすれば良い。
「それと、もう一つお願いが……」
「何だ?」
ニーファはもじもじと、少し躊躇いがちに言った。
上目使いでこちらを見上げてくる姿はとても美しく、可愛らしく、エロい。
「その……陛下と奥様の裸像を制作させて頂きたいなあ……と、えっとですからその……裸を見せてくれないかなあ……とか、思ったりしましてですね……」
「……まあ、俺の全裸なら構わないが」
そう答えると、ニーファは目を輝かせた。
細長い耳がピクピクと嬉しそうに動く。
「本当ですか!!!!」
「でも二人は……」
俺は左右に控えていたユリアとテトラに視線を向けた。
二人は首を左右に振った。
「絶対に嫌!!」
「ありえない」
だろうな。
ニーファはとても残念そうに顔を俯かせた。
彼女の耳を悲しそうに垂れ下がっている。
「そうですか……じゃあ、どうしても自信がないと仰るなら仕方がありません。でも、せめてトーガの上を着たままでも良いので象を……」
「やっぱり許可する」
テトラが突然許可を出した。
なぜ、急に気が変わった?
「私は自信ある」
テトラは腰に手を当てて、胸を張る。
巨乳、というほどでもないが決して小さくない胸が服の上から強調される。
そしてユリアに対して不敵な笑みを浮かべた。
「気が変わった。私も造って良いよ」
ユリアも負けじと胸を張る。
大きな胸が服の上からハッキリと分かるほど、強調された。
「本当ですか!! では、善は急げ!! 早速作りましょう! 今、作りましょう。ほら、脱いでください!!!」
ニーファは耳が取れるのではないかと思われるほど、動かしながら大喜びする。
……上手く乗せられてしまったな。
お前ら、単純すぎだろ。
「ただし、条件がある。造った裸像は誰にも売るな、見せるな。良いな?」
「はい!! 家の地下室に飾っておきます!!」
そんなもん、飾っても仕方が無いだろ。
「では早速始めましょう。さすがにここでは不味いので、場所を移して……」
「条件その二。裸像は後払いだ! まずは国旗と紋章が先決。そちらを作って来い」
「はい!! 粉骨砕身の覚悟で頑張ります!!」
ニーファは何かに急かされるように立ち上がり、俺に一礼して去っていた。
本当に変な奴だな。
一か月後……
「陛下、一応原案が完成しました。ご確認ください」
ニーファは俺に紐で束ねられた紙を両手で渡した。
厚さは三センチほど。一か月でこれだけの原案を考えるとは大したものだ。
「私のイチオシにはイチオシ!! と書いてあります。ですがそれ以外も勿体無かったので……」
「いや、選択肢は多いに越したことは無い。よくやった」
俺はペラペラと紙を捲る。
全体的に赤や金、そして紫を使った色が多い。
動物は様々な姿をしたグリフォンが描かれている。
植物は葡萄やオリーブが多い。
縦と横の比は……正確には計ってみなければ分からないがおそらく黄金比になっている。
デザインを少し見るだけで、ニーファが俺のことやアデルニア半島の文化についてよく研究したことが分かる。
「……これがお前のイチオシの紋章か」
「はい、そうです。斬新なデザインだと思っています!!」
俺の目に留まったのはニーファが作った王家の紋章の一つだ。
縁は黄金、縁の内側は紫色。
中央には黄金のグリフォンが描かれている。
「金色は富。内側は当然、高貴な色である紫です。中央のグリフォンは……言うまでもありませんね」
ニーファは紋章に込めた意味を説明する。
なるほど、実に分かりやすい。
しかし俺の目はグリフォンの上に書かれた、一際目を引く文字に吸い寄せられていた。
『RPQR』
「君主とロマリアの市民。という意味です」
……
……
なるほど。
俺がここまで来れたのは、家臣の協力や俺自身の能力、運もあるが……
俺にとって最大の力は国民の、臣民の支持だ。
俺にとって王権の源は血でも無ければ、戦争の才能でも、政治の力量でもない。
国民の支持そのもの。
ニーファはそれを理解している。
彼女が元々民主政治を好むキリシア人だからか、それとも単に洞察力に優れているかだからかは分からないが。
しかし、よく国王にこんなモノを提案するな。
これがギルベッド王だったら、殺されてもおかしくないぞ?
「良いだろう。王家の紋章はこれにする」
分かりやすいしな。
グリフォン様もキッチリ入っている。きっと見せたら喜ぶだろう。絵よりも自分の方がイケメンとか言うかもしれないが。
「で、これがお前の考案する国旗か?」
「あ、はい。私なりにこの国の姿を描いて見せました。少し簡素ですが、国旗は紋章よりも作るのが簡単な方が良いと思ったので」
ニーファのデザインした国旗は確かに国章よりもシンプルだった。
しかしだからと言って、決して物寂しいというわけではない。
まず縁は金色。
中の色は赤色。
中央にはやはり金色の紋章。しかし、グリフォンではない。
輪のように描かれたオリーブの葉、そして輪の中央には葡萄が描かれている。
そして同様に上部には『RPQR』の文字。
「金色は同様に富と栄光を。文字も先ほどと同様です。背景の赤は……戦争に流れた、そしてこれからも流れる血を。中央の紋章は……同じようにグリフォンにするのは芸が無いので」
「我が国の主産業品である、オリーブと葡萄にしたという事か?」
俺が尋ねると、ニーファは頷いた。
「はい、そうです。やはり国旗には国を代表する産物を描くべきであると思いまして」
「……しかし安直過ぎないか?」
日本の国旗に車を書くようなモノじゃないか?
「当然、意味はありますよ。だって、主要産業だったら紙とか大麻だってあるじゃないですか。敢えてオリーブと葡萄にしたんです」
「勿体ぶってないで早く話せ」
するとニーファは得意気に胸を張った。
「オリーブは平和を意味します。流れる血の上に、平和を築くことで血の流れない世の中にする。このロマリア王国の元で全てを統一する。そういう意味です」
……
こいつ、どこで俺がアデルニア半島を統一しようと考えていることを知った?
「あ、その表情だと大当たりみたいですね!!」
ニーファは嬉しそうに飛び跳ねた。
……鎌を掛けられたか。
「大丈夫です、このことは絶対に言いません!!」
「まあ、お前が一人で騒いだとしても俺が否定すればただの戯言だしな」
それに、そろそろこいつのように俺の目的に気付く勘の良い奴が現れるころだと思っていた。
ファルダーム王辺りはもう気付いているかもしれないな。
「で、葡萄は?」
「この国は葡萄みたいだなあ……と思ったんです。国王陛下は勿論、貴族、平民、アデルニア人、キリシア人。異なる身分、異なる立場、異なる民族の人達が寄り集まって一つの国を作る。ロマリアの臣民である以上、全ての臣民は法の下、平等。それが外国人であろうとも、元々敵国の民であろうとも。ロマリアはそういう国ですよね?」
葡萄の房。
国を象徴するものとしてあまり縁起の良いものでは無いかもしれない。
しかし……
「お前の考えは気に入った。正式に採用しよう」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
ニーファは嬉しそうに飛び跳ねた。
「で、貨幣は……うん、無難だな」
金貨の表は俺の顔。裏にはRPQRの文字。
銅貨の表はオリーブ。裏にはRPQRの文字。
気になる点があるとすれば銅貨の真ん中に穴が開いていることかな?
あと、縁に小さなギザギザがある。表面にも小さな凹凸があるみたいだな。
「穴は使いやすさを重視しました。ほら、紐で通して纏められます。ギザギザと凹凸は偽造防止のためです
なるほどね……まあ、確かに金貨と違って銅貨は日常的に使うか携帯しやすさは重要だ。
金の偽造防止も、国家が通貨の発行権を握るためには必要不可欠。
こいつに任せて良かったな。
「ところで銀貨とかは作らないんですか? 金額の大きい金貨と小さい銅貨だけでは不便だと愚考します」
うん、まあお前の言いたい事も分かるんだけど。
「銀が無いからどうしようもない。それに我が国は貨幣に関してはまだまだ素人だからな。手探りで貨幣の大きさや種類は決めていく予定だ」
何か不都合があれば随時新しい貨幣を発行すればいいだけの話だ。
さて、これで王家の紋章も国旗も貨幣もデザインが決まったな。
あとは実物を造るだけだ。
ニーファにはいい仕事をして貰った。
「王宮と王城の彫刻もお前に任せたい。頼めるか?」
「はい!! あ、でも……」
ニーファはニコリと笑う。
「裸像が先ですよ!!」
……
これさえなければ、良い芸術家だと思うんだけどな。こいつ。
Senatus(元老院)ではなく、rex(国王)です
最近、ようやく七章の書き溜めが終わりそうです
ほら、いろいろ作業とかあったから……今まで遅れてました
さて、問題は二つ
七章のラスボスがちょっとしょぼい
だから、一応誤っておく。ごめんね。許して
まあ、たまたま章の最後になっちゃっただけで、別にラスボスだなんていうスゴイもんじゃないし(言い訳)
もう一つ目の問題、次回の裸像回
書いたはいいが、卑猥すぎるので(規約的に)ちょっと危険
さて、どうするか……
象さんの正式名称を書かなければセーフなのだろうか?
しかし、パオーンさせちゃってるから……
というわけで、ノクターンに出すか、没にするか悩んでます
多分、次話投稿されてなかったら卑猥な回がノクターンに投稿されてます
その時は『異世界建国記』でタグ付けておくから、よろしく




