第二百二十六話 戦後
「「「アレクシオス将軍万歳!! アレクシオス将軍万歳!! アレクシオス将軍万歳!!」
首都ロサイスの大通りを、アレクシオスは馬に乗って凱旋する。
アレクシオスの後ろには、見事勝利を収めた将軍に対して信頼の目を向ける九千の兵士たち。
そんな彼らをロサイス市民は歓喜の声を上げて迎えた。
花びらが舞い、ラッパと拍手が大通りを支配する。
もはや、アレクシオスを外国人などと侮蔑する市民は一人も居なかった。
そこにいるのは外国人ではなく、見事一国を落として見せた名将。
アレクシオスは名実ともにロマリア王国に迎えられることとなったのだ。
それから一か月……
「ようやく、ゾルディアス全土の制圧が終わったか」
俺はバルトロの報告書から顔を上げた。
これで息を付ける。
「食糧支給が功を成したな。おかげで比較的、穏健に迎えられた」
ゾルディアス人たちは当初、アルムスたちロマリア人を歓迎しなかった。
侵略者を歓迎する民がいるはずない。
しかしアルムスがゾルディアス人たちに食糧を配り、税を免除し、捉えていた捕虜を解放すると途端にロマリアに協力的になった。
ロマリア軍に家族を殺されたゾルディアス人は多くいる。
しかし憎しみで飯は食えない。
多くのゾルディアス人たちは憎しみを振り切り、ロマリアの差し伸べた手を掴むことを選んだのだ。
無論、憎しみを忘れることができない者は少なくない。
しかし彼らはあっという間に数を減らしていった。
バルトロとアレクシオスが次々と反乱の芽を取り潰したからだ。
斯くして、ゾルディアス王の国は侵略されたにしては穏やかにロマリア王国に吸収されたのだった。
「それでゾルディアスはどうやって統治します? 本国と同様に検地と人口調査をして、徴税請負人と地方官を派遣しますか?」
イアルは俺に占領地の統治方針を尋ねた。
今までは多少強引にでも、ロマリア王国と同様の制度で占領地は納めていた。その方が結果的に後で楽になるからだ。
しかし……
「ゾルディアス王の国の制度をそのまま踏襲するつもりだ。どうやらゾルディアスはかなり癖の強い国のようだしな」
ゾルディアス王の国は今まで占領した地域に国の中でももっとも土地が貧しい。
その上、地方有力者の力が非常に強い。
彼らを敵に回すと、ゾルディアスの平定に何年も掛かってしまう。
そうなればアレクシオスの努力が水の泡だ。
だから暫くはゾルディアスとあまり変わらないようにする。
まあ、我が国はゾルディアスとは違って財源がたくさんあるから、重税を取り立てる必要も無いし。
安定が一番だ。
どうで、農業や牧畜ではとても黒字は狙えない土地。
大赤字を防ぐようにするべきだろう。
まあ、検地の国勢調査はするけど。
「ところで陛下。ギルベッド王への返答はどういたしますか? 今日が期限ですが……」
「……そんなことあったな」
ゾルディアスの王都を占領して一週間後のこと。
ギルベッド王の国から親書が届いた。内容は簡単。
俺も経済封鎖で協力したんだから領土を三分の一寄越せ。
とのことだ。
まあ、言いたいことは分かる。
今回の勝利は三割くらいはギルベッドのおかげだ。確かに利権を三分の一程度、渡すのが筋というものだろう。
しかし……
まず兵士たちが不満を持つだろう。なぜ、俺たちが血を流したのに血を流していないギルベッドに三分の一をやらなければならないのか、と。
それに俺も個人的に気に入らない。
一先ず、まだ全土を平定していないので返事を引き延ばしにしていたが……
それも今日が期限だった。
「どうすべきだと思う? お前の意見を言え」
「端っこを少し分けてあげるべきかと。三分の一は多いですが、四分の一程度なら」
どうせ、実りの少ない土地。全く痛手ではない。
ということか?
確かにギルベッドとはできるだけ仲良くはしたいが。
領土をくれてやってまで仲良くする必要はあるだろうか?
「そろそろ連中との関係も終わりだぞ? 意味あるか?」
「ギルベッドとファルダーム、ドモルガルの仲を裂くためです。……ファルダームとドモルガルからは非難されましたからね」
やはり七王国の一つを滅ぼしたのが悪かったのか、ファルダームとドモルガルから非難声明が飛んできた。
シヴィライゼーションⅤみたいだ。
「やはりに孤立は避けるべきでしょう。ギルベッドを仲間に引き込めば、少しは外交的圧力も弱まります。それに七王国の一つを滅ぼした悪いロマリアから七王国の領土を割譲して貰ったギルベッドは悪い奴。という認識もできるはずです」
「なるほど、流石だな。その策で行こう」
ますますファルダームとギルベッドの関係は悪化するだろ。
笑いが止まらない。
さて、ゾルディアスの統治方法と今後の外交は別で話し合えばいい。
今は……
「銅山だ。早速、開発をするぞ」
ゾルディアス王の国。
唯一の価値と言っても良いのが、ゾルディアスの銅山であった。
これをキリシア人の技術者を導入して、大規模開発する。
「というわけで、詳しい奴を連れてきた」
俺は手を叩いて合図を送ると、ゆっくりと扉が開いて二人の人物が姿を現した。
「お招き下さり、ありがとうございます。地質調査はお任せください!!」
一人はロマリア王国宮廷学者のニコラオス。
そしてもう一人は……
「まあ、アドバイス程度ならできる。曾孫の夫の頼みだしな」
ゲヘナ元僭主。
ゲヘナの金山の開発を行ったことのある男。アブラアム。
「で、鉱山開発ってのは何を気を付けなきゃいけないんだ?」
当たり前な話だが、俺は鉱物を掘る方法を聞いているわけではない。
そんなことは王である俺が気にする必要は一切無いからだ。全て、技術者に任せればいい。
そういうことではなく……
「鉱山の開発の過程で山を切り崩す。だから山の植生が破壊される。……無計画にやれば民に恨まれることになるでしょうな。とはいえ、避けることは不可能。保障の準備をすべきでしょう。私は金山を開発する際に、周囲の村の住民たちに代わりの土地を用意してやって移住させましたな」
アブラアムは淡々と自分の経験を語る。
まあ、この辺りは岩塩も一緒だな。山を削るわけだから、環境破壊になるのは仕方が無い。
「しかし銅山は危ないですよ、陛下。銅には毒があるようで、銅を掘ると水に毒が混ざる。さらに銅の精錬過程でも大量の毒が発生する。銅山周囲の村々はやはり強制移住させるのが宜しいでしょう」
足尾銅山鉱毒事件って習ったなあ……
やっぱり鉱毒は避けられないわけか。
まあ、仕方が無いな。
銅山周辺の住民には退去して貰おう。
中毒で死ぬよりはマシだろう。
土壌の汚染は……
まあ、もともとゴミみたいな収穫量の土地がよりゴミみたいになるだけで、結局ゴミみたいな収穫量である点は変わらないからな……
気にする必要は無いだろう。
ロマリアの穀倉地帯には影響は出ないだろうし。
その後、アブラアムとニコラオスの二人からいろいろと鉱山経営のノウハウを聞いた後二人を下がらせた。
そして俺はライモンドを呼びつける。
「ライモンド。特別予算として五百ターラントを組む。これで銅山の開発と貨幣の鋳造施設の建設をするように」
「五百ですか。随分と金を掛けますね」
横からアブラアムがちゃちゃを入れた。
ちなみに、現在の我が国の歳入は約五千ターラント。
国家予算の一割を投入する大規模プロジェクトだ。
「通貨を輸入に頼る現状はあまり良くないからな。一先ず、金貨と銅貨を鋳造する」
国の最高通貨となる金貨と、日常生活にもっとも必要になる銅貨。
この二つを発行するメリットは大きい。
「折角だし、俺の顔でも入れるか? 宣伝にもなるし。あと、紋章……あ!!」
「どうしました?」
「ユリウス家の、王家の紋章を作っていない!!!」
俺としたことが……
まだロサイスのままじゃん。
折角建国したのに……国の顔である国旗を、王家の紋章を作っていない!!
「……困ったな。どこかに芸術家はいないだろうか?」
「と、言われましても……国旗や王家の紋章となると下手な芸術家には任せられませんからね」
本当のところは建国の前に全て揃える予定だったのだが、腕の良い芸術家がいなかった。
アデルニア人は、物に使いやすさや安さを求めるがデザイン性は求めないのでそもそも芸術家が育ちにくいのだ。
最近は貨幣経済の浸透で貴族たちが芸術品を買うようになったため、需要は上がってはいるが……
「キリシアから招きたいんだけどな。誰か、アデルニア半島に移住して来ないかな?」
「クチュン!!」
「師匠、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫大丈夫。……誰か僕の事噂してるのかな? まあ、ともかくアデルニア半島についたことだし、早速裸像を造るぞ!!!」
「需要ありますかね?」




