第二百十九話 ペルシス帝国Ⅳ
俺はロマリアに先に帰った後、溜まっていた政務を消化し、大使としてロマリアに駐在することになるベフルーズの受け入れ準備を進めながらライモンドとイアルの帰りを待った。
ベフルーズと共にイアルとライモンドが帰還したのは約二週間後のことだった。
俺はイアルとライモンドの二人を呼びつけた。
「ペルシスに駐在される大使に、誰か相応しい人間はいないか?」
俺は二人に尋ねた。
ドモルガル等の国々には、そこそこの地位の貴族を大使として派遣してきたが……
今度はペルシスという大国。
下手な人間を派遣するわけにはいかない。
とはいえ、いい感じの人材が見当たらない。
イアルとライモンドにはすでに役職があり、二人が抜けると国政の運営に致命的な問題が発生する。
バルトロは軍人で御門違いだし、そもそも国防の要。欠かすわけにはいかない。
ロン、ロズワード、グラムは軍人としての一面が強いし、外交や内政には疎い。
元老院には多くの貴族がいるし、彼らは決して無能とは言えないが……
ペルシスの相手を任せられるほどでもない。
軍人は幅広く人材が揃ってるんだけどな……
内政官が……
頭脳であるイアルやライモンド、手足である官僚は揃っているのだが、その間に当たる……首と言えば良いのだろうか?
ナンバー三やナンバー四がいない。
困ったな。
「あのペルシスに気後れしないだけの人材……難しいですね」
「体が二つあれば……」
ライモンドとイアルと俺は互いに思いつく限りの人間の名前を言い合う。
しかし……やはりパッとしない。
というか、最低でも国際事情に詳しい人間じゃないと困るんだよな……
となると……
「エインズ卿はどうでしょう?」
イアルがポツリと呟くように言った。
エインズか……確かに能力面では問題ない。
だけど……うーん、エインズか……
あくまで商人だからな。あいつは……
「能力に不足はない。それに俺とエインズはかなり長い付き合いだし、信用はできる。しかし引き受けてくれるか?」
あいつはあいつで自分の商売があるんじゃないか?
「一度、尋ねてみては?」
「ふむ……そうだな。聞いてみよう」
「分かりました。陛下のために一肌脱ぎましょう」
想像以上にあっさりと、エインズは引き受けてくれた。
エインズ曰く、商売に関しては部下に任せることができるため時間的余裕はあるそうだ。
「良いのか? お前はペルシスに良い感情を持っていないんじゃないか?」
エインズの故郷はキリシアの都市国家アルトだ。
商売の拠点はレザドとクラリスだったらしいが……どちらにせよエインズがキリシア人であることは変わらない。
キリシアはペルシスに侵略された。
エインズにとってペルシスは故国の仇のはず。
「……まあ、ペルシスが憎いのは事実です。とはいえ、私の所在はあくまでレザドでしたし今の故郷はロマリアです。元々ペルシスとは長年戦争をしてきた仲ですし、極端な圧政が行われているというわけでもないようですから……」
どうやらそれほどペルシスが嫌い、というわけでは無いようだ。
正直、キリシア人という民族はイマイチ理解できない。
強い同族意識があるのかと思えば、案外淡白だったりする。
かと思えば、突然結束することもある。
少なくとも、俺が南部のキリシア系諸国を侵略する際には足を引っ張り合い続けていたな。
「どちらかと言えば、友好国面をしていたくせにペルシスに寝返り、我らの商売を奪ったポフェニアの方が憎いですね」
……ふむ、少し分かったような気がする。
まず、ペルシスはキリシアに対してかなり融和的な統治をしているという点。
これは前回、キリシアを訪れた際に何となく感じた。
少なくとも、あのクセルクセス帝は民族で人間を差別するような人間ではない。
クセルクセス帝は搾取する支配者ではなく、統治する支配者だ。
事実、エインズは今まで通りアデルニア半島の岩塩をキリシアに運び、売却するやり方で儲けているようだ。
ペルシスはキリシア人の商売活動を制限していない。
一方、ポフェニアは自分たちの領域でのキリシア人の商売活動を禁じている。
アデルニアの地域大国である我が国にも不平等条約を押し付けてきたのだ。
国を無くしたキリシア人には尚更、横暴な態度で接しているのだろう。
つまりキリシア人は……
実益に影響が出たときのみ、その民族感情に火が付く。
といったところかな?
まあ、それはともかくとして……
「では、エインズ。お前を駐在ペルシス大使に任じる。お前の役目は我が国とペルシスの橋渡しだが……当然、それだけではない。お前には定期的に東方の事情について、まとめたレポートを提出してもらう」
我が国にはペルシス帝国への知識が全く無い。
少し前までは内陸国で、アデルニア半島の外のことなどどうでも良かったからだ。
しかしこれからは違う。
だから情報が必要だ。
「ペルシスの文化、歴史、政治制度。勢力図。その領土。その他にも様々なことを」
「分かりました」
「それと本の輸入の促進と、貿易に出たロマリア人……つまりロマリア籍を有するキリシア人の保護」
「なるほど」
俺は一つ一つ、丁寧に仕事内容をエインズに説明する。
全てを説明し終えた後、俺はエインズに何か質問があるかどうか尋ねた。
「ロマリアに戻って来れるのはいつでしょうか?」
「うーん、正直なところお前以外の人材がいない。最低でも十年は赴任して貰う。二年に一度は報告のために一時帰国してもらうが」
するとエインズはほんの少し考え込んでから、口を開く。
「実は私には息子がいるのですが、赴任前に息子の嫁を探しておきたいなと……」
「ん? お前は未婚じゃなかったか?」
少なくとも、俺の記憶上にエインズの妻はいない。
まあキリシアは家から女性を出さない文化だから、ただ俺が知らないだけかもしれないが……
「いえ、養子です。ほら、私の兄にニコラオスという男がいるでしょう?」
「いるでしょう、も何も日食を予言した天才天文学者だからな。なるほど、兄から……」
ニコラオスはあまり金持ちではない。
一方、エインズは超が付くほどの金持ち。
子供がいないエインズにとって養子は有り難いし、ニコラオスにとっても子供がエインズの商会を継げるなら文句は無い。
ニコラオスの子供たちにとっては遺産相続の取り分が増えるし、養子の方はエインズの後を継ぐことができる。
winwinとはこのことだな。
「まあ、紹介してやっても良いが……年はいくつだ? 名前は?」
「クロル、と言いまして。今は十歳です」
十歳か……
アデルニア半島における理想的な夫婦の年齢差は、夫の年齢-妻の年齢=0~9であることを考えると……
一歳から十歳の子供を探すことになるな。
「ふむ……少し思い当たる節がある。日を改めてここに来てくれ」
その夜のこと……
「というわけなんだけど、どうかな? テトラ」
俺はテトラの腕の中でスヤスヤと眠るソフィアの手に、自分の人差し指を握らせながら尋ねた。
ギュッと、こちらの指を掴んでくる様は非常に可愛らしい。
「……エインズ卿の養子ね」
「ああ。年の差は九年になるが、九年くらいの差ならそこまで問題でもないだろ?」
少なくともアデルニア半島では別に珍しくはない。
ニ十歳差、三十歳差まであるくらいなのだから。
「どういう政治的意図があるの?」
「強いて言うならキリシア人の懐柔かな? それにエインズの財力はバカにならないモノがある。……言っておくが、ちゃんとソフィアの幸せも考えているぞ? エインズは元老院の一角を担う貴族だし、何より裕福な商人だ」
家柄、と言われると言葉に詰まるが……
別に家柄が良い家に嫁げば幸せになるということでもないし。
「なるほど……下手な貴族に嫁がせるよりは良さそう」
「だろ?」
エインズの養子はロマリアに残る……というか、実質的にはニコラオスがこれまで通り世話するようなので、十年間離れ離れになるわけでもないし。
「まあ、正式決定はまだまだ先になるけどな。十年間で何があるか分からないし」
とはいえ、テトラが良いというのであれば問題ないだろう。
あとで、エインズに知らせ、あいつが「うん」と言えば婚約成立だ。
「ところで、アルムス。アンクスのお嫁さんってどうなってる?」
「うーん、まだ決まって無いかな?」
とはいえ、アンクスはまだまだ幼い。
差し迫ったことでもないだろう。
「正室は無論、側室まで探すことを考えるとなかなか面倒だな」
「ちゃんと探してよ?」
「分かってるよ」
しかしアンクスはアス氏族の旗頭に成りかけた存在。
注意して探さないとな。
それはさておき……
「フィオナも寝てるし、次の子供を作らないか?」
「……分かった」
二つの唇が重なり合った。
「いやはや、まさか王家と婚姻が成立するとは……」
エインズは葡萄酒に浮かぶ三日月を眺める。
これから少しづつ、この三日月は満月に近づいていくのだ。
「まるで私の未来を暗示しているみたいだな。この月のように、輝きたいモノだ」
エインズは葡萄酒を飲み干した。
エインズ・リキニウス・クラッスス。
後にロマリア最大の富豪となり、第一回三頭政治を主導することになる男を輩出する騎士階級の名家の祖。
アルムスからの信頼、持ち前の商才、政治力、そして多数の幸運により……
彼は成り上がっていく。
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『先程、先生は「アルムス帝、マルクス帝以降のロサイス朝の間はロサイス・ユリウス家を中心とするロサイス氏族と、アルムス帝に取り立てられて多大な功績を残して出世していったファビウス氏族やポンペイウス氏族、クラウディウス氏族、コルネリウス氏族の宗家が政治を主導した」と言いました。
では問題ですよ。
家督を継げず分家となった氏族や、アルムス帝に謀反を起こした過去があるアス氏族、ディベル氏族。
そして少数派であった故に肩身が狭かったキリシア人。
ユリウス家分家となり、皇位継承権を持たなかったアス・ユリウス家。
彼らはどうしたのでしょうか?
それが次回以降の授業に於ける大きなテーマになりますから、家で考えて来てください。
今日の授業はここまで!!』
―とある高等学校にて―
矢は一本だと折れるけど三本束ねれば云々って偉い人が言ってた
ロサイス王朝の歴史は、
何年に何氏族の何家の誰が、何を切っ掛けに政治の主導権を握って
どうして失脚して
その後の後釜に誰が座ったか。
について並び替えや正誤問題で非常に出しやすいところだったりする。
長屋王とか藤原四兄弟とか橘諸兄とか広嗣とか仲麻呂とか冬嗣とか
あのあたりのごちゃごちゃしたところですね。
その上、執政官は常に二人で一年交代の任期制
ロマリア皇帝は「できるだけみんなが執政官になれるようにしてあげよう!!」という変な気を使って便宜を図るので、覚える量が膨大です
ちなみに現在の登場人物のテスト的優先度は
アルムス>マルクス≧クセルクセス>ニコラオス>イスメア=青明=テトラ≧ユリア≧ロズワード>バルトロ>イアル>その他
の順です。赤字必須です
私大だと多分、ロンとかグラムとかエインズ、ライモンドの名前を書かせる
積雪量は流石に出ない




