第二百十一話 エロフ
今日は三話投稿……
だけどそのうち一話はすごく短いので実際は二話です
本当は書き溜めの関係上更新速度は早めたくないのですが、まあ主人公の登場しない回は早く終わらせた方が良いかなと
ペルシス帝国領、キリシア半島の都市国家のアルト……
ここで一人の女が悲鳴を上げていた。
「やめろ!! やめるんだ!! やめてくれ!!!」
見た目は二十歳程度。
美しい金髪で、瞳も夕日のように金色に輝いている。
しかし一際目を引くのは異様に細長い耳だ。
美しい金色の髪から突き出るその耳はとにかく目立っていた。
一つだけ確かなことは、彼女が普通の人間ではないということだった。
「ええい! 貴様、自分が何をしたか分かっているのか?」
「芸術を描いただけだ!!」
「この破廉恥な彫刻の何が芸術だ!!」
そう言って兵士は彫刻―今にも動き出しそうなほど、無駄に精巧に出来た、裸の男女が性交している姿―を蹴り飛ばした。
彫刻はゆっくりと倒れ、地面に激突して粉々に砕ける。
「あああ!!! よくも、よくも芸術を!!」
「性器を描いたり、彫ったりすることはペルシスの法で禁じられていると何度言えば分かるのだ!!」
兵士は彫刻の破片を踏みつけ、粉々に砕いていく。
キリシア半島という土地は年中温暖で過ごしやすい気候。
そのため服の布は薄く、夏は腕を外気に晒す。
故に裸への忌諱は薄い。
むしろ、ありのままの姿である裸は美しい、という考え方さえある。
キリシアで四年に一度、全ての都市国家が参加する競技大会でも出場選手は不正を防止するためとはいえ裸を義務付けられているし、キリシアの神々は絵画や彫刻で裸体を晒している。
しかしペルシス人……主にクセルクセス帝からすると公共の場に、いくら彫刻とはいえ裸の男女の像が飾られているのは理解出来ないことであった。
結果、キリシア半島全ての彫刻の下腹部が破壊され、絵画の下腹部は黒く塗りつぶされた。
そして性器を晒した絵画や彫刻の作成は禁じられた。
性器のみの禁止にしただけ、クセルクセス帝も妥協した方である。
また多くのキリシア人の芸術家も、どうしても性器を描きたいというわけでも無かったので性器が隠された作品を作るようにしたのだ。
こうして双方が妥協して丸く……
「何を言っているのだ!! 良いか、性器とは子を作り出す神聖な部位! それを描いてこそ、真の芸術。つまりエロスこそ芸術!! 何故理解できない!!」
収まらない。
一人だけ、何故か妥協しない。
むしろ挑発するかの如く、キリシア人ですらもドン引きするような作品を作り続けた女が居た。
彼女の名はニーファ・エル・アールブ。
『悔しいが、キリシア最高の芸術家であることは認めざるを得ない』と評される人物であり、また『キリシア一のド変態』と評される人物である。
「ほら、君たちも何か言いたまえ!!」
ニーファは自分の背後にいる五十人の弟子に向かって言った。
弟子たちは口々に言う。
「いや、師匠が悪いと思います」
「そりゃニーファさん、自業自得でしょう……」
「何がそこまであなたを駆り立てるんですか……」
弟子たちは半眼でニーファを見る。
「き、君たちまで僕を裏切るか……」
ニーファはガックリと両手を地面についた。
兵士はそんなニーファを見下ろす。
「……良いか、見逃すのは今回が最後だ。次は無い」
「ファー!! 腹が立つね。何故セックスしてる人間の彫刻を彫っちゃいけないんだ!!」
ニーファは葡萄酒を一気飲みしてから吠える。
弟子が葡萄酒をニーファのコップに注ぎながら答えた。
「……青少年の教育に悪いからでは?」
少なくとも、クセルクセス帝はそういう意図でこの法律を出している。
しかしニーファはそんなことでは納得しない。
「意味が分からない。クセルクセス帝だって、セックスで誕生したんだぞ。すべての人間はセックスから始まっているんだ。性器を嫌らしいと感じるのは、感じている人間が嫌らしい奴だからだ。僕は嫌らしいとは思わない。性器は神聖なモノだ!」
とはいえ、ニーファがいくらそう思うと統治者が賛同してくれなければ意味が無い。
結局、ニーファに残された選択肢は二つに一つ。
「生き物としての死を選ぶか、芸術家としての死を選ぶか……」
「し、師匠……お願いですから芸術家としての死を選んでください」
仮にニーファが生き物としての死、つまり処刑を選べば、その罪は弟子たちにも及ぶ可能性があった。
そもそも性器が彫れないことを『死』だと言っているのはニーファだけだ。
弟子たちからすると、性器が描けない、彫れない。だから何だ? という話であった。
「しかし、実は前々から気になっていたのだが……僕は弟子を取った覚えはないぞ?」
「はい。俺たちも師匠に許可を取った覚えはありません!」
弟子たちは笑顔を浮かべた。
例え、ニーファが弟子と認識していなくとも世間一般からニーファとその一味と思われている時点で公的には師弟関係にあると言える。
「まあ、良いけど……さて、どうしようかな……やはりペルシスから逃げるのが一番かな? とはいえ、僕は生まれてこの方五十年キリシアを出たことが無いんだけどなあ」
ニーファは腕を組み、思案に暮れる。
芸術家とはいえ、金銭収入が無ければ生きていけない。
しかし芸術に需要のある先進地域は全てペルシスに平らげられていた。
「困ったな……困ったな……」
ニーファはグルグルグルグルと工房内を周る。
足取りは酒に酔っぱらっている所為か、覚束ない。
「あの……私、一つ心当たりがあります」
「ん? 君は……あー、名前わかんないや。うん、で、どこ?」
女性の弟子がニーファに提言する。
「アデルニア半島です」
すると、ニーファは呆れ顔を浮かべた。
「アデルニア? あのクソド田舎のアデルニア? 君は本気で言ってるのかい? あの、戦闘と羊を飼う事と農業以外、何も出来ない。航海すら碌に出来ない野蛮人がうようよいる、あのアデルニア半島? 話にならないよ」
ニーファは首を大きく振った。
しかし弟子は諦めない。
「それは大昔の、五十年前の先入観です。最近はかなり発展してきていると聞いていますよ。あのポフェニアを打ち破ったそうですし」
「戦争じゃないか。僕は戦争って嫌いなんだよね。あんな非生産的行動で誇られてもなあ」
ニーファはテンションを下げる。
ニーファにとって大切なのは、これから行くところに文明があるかどうかで、強大な国家があるかどうかではない。
「でもアデルニア半島の南部はアデルニア人よりもキリシア人の方が多いそうですよ? 最近はキリシア半島からの難民も増えてるそうですし。アデルニアの貴族はキリシアの芸術を買い漁っているそうです」
「ふーん……まあ、でも他に選択肢は無いか。ポフェニアは嫌いだし、ロゼルはもっと野蛮な場所だし。ゲルマニスとか、人居ないし」
ゲルマニスにはゲルマニス人が住んでいる。
が、ニーファの脳内には存在しない。
人に良く似たゲルマニス猿なら居るが。
「じゃあ、行くか……はあ……あ、でも船どうしよう」
「安心してください! 俺の家は商売をやっています、一隻、親から盗んで……じゃなかった、借りてきます!」
「じゃあ、俺は食糧を……」
「じゃあ私は……」
「俺は……」
「私は……」
弟子たちは一斉に動き出す。
ニーファの行くところならば、火の中水の中。
すべてはニーファの技術を盗むためである。
斯くして、アデルニア半島に変態集団がやって来た。




