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異世界建国記  作者: 桜木桜
閑章Ⅵ 動き出す世界
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第二百十話 変化の波

 「ロマリア連邦か……」

 「どうした、エビル王?」


 ベルベディル王は遠い目をするエビル王に尋ねた。


 二人は今、先代ロサイス王の王墓の前にいた。

 数人の護衛と共に、墓参りに来たところでばったり出会ったのだ。


 両者、それぞれが持ってきた土産を供え、先代ロサイス王の冥福を祈っている最中であった。


 「どこで差がついたのかと思ってな。エビル、ベルベディル、ロサイスの中で、確かにロサイスは昔から頭一つ抜きんでていた。豊かな平野部を押さえているからな。しかし、ドモルガルに比べれば小さな国。それが気付けば……」

 「アデルニア一の大国、そして我らを支配するまでになった、か……」


 二人はため息をついた。

 どちらも、王位は保っている。


 しかしアルムスに敗北し、その権力は大きく衰えた。


 今では国内の豪族を取りまとめるのに苦労するほどだ。


 「あいつは良い後継者を選んだな。全く……」

 「病死と同時に、ロサイスに攻め込む予定だったのだがなあ……」


 エビル王とベルベディル王は肩を竦めた。

 ロサイス王の死と同時に、ロサイスに攻め込みフェルム王と領土を三分割する。


 それが数年前までの、三人の計画だった。


 しかし、アルムスが現れた。

 フェルム王はアルムスに討たれ、二人もアルムスに敗北した。


 「お互い、年だな」

 「全くだ」


 エビル王とベルベディル王は苦笑いを浮かべた。

 供え物の酒樽を割り、コップに酒を注ぐ。

 

 二つは自分たち。

 一つは死んだ先王に、もう一つは今は亡き共謀者。

 合計四つのコップに酒が注がれる。


 「未来ある若者と、」

 「未来を託した死人に、」

 「「乾杯!!」」


 二人は酒を酌み交わした。


 二人が飲んでいる酒がロマリア産の蒸留酒で、コップはレザド経由のキリシア輸入品であることが少々皮肉的だ。


 



 「おうおう、そこの老人二人、何をしているのかな?」

 

 二人の元に、もう一人の爺がやって来た。

 空色の髪色をした老人……テトラの祖父、アブラアムである。


 「あなたは……」


 ベルベディル王の表情が硬くなる。

 無理もない。

 アブラアムが派遣して来た援軍の所為で、ベルベディル王の国はロサイス王の国に敗北したのだから。


 「私も混ぜてくれ」


 アブラアムは何の気兼ねも無く、二人の間に割り込むように座りこんだ。

 そして王墓に食べ物を備える。


 「こいつはお前たちにやろう。酒のツマミだ」

 「ほう、気が利くじゃないか」


 エビル王はアブラアムの差し出した食べ物を何の疑いもせず、口に運んだ。

 アブラアムは笑みを浮かべる。


 「それ、毒入りだぞ?」

 「嘘付け」

 「はは、バレたか!!」


 アブラアムとエビル王は楽しそうに笑い合った。

 ベルベディル王はそれを不愉快そうに見る。


 ベルベディル王は何か、アブラアムに皮肉の一つくらい言ってやろうと口を開く。


 「これからなんとお呼びすれば良いですかな? 元執政官(・・・・)殿?」

 「何なりと、好きなように呼ぶと良い。ベルベディル殿。何なら、死に損ないと呼んでくれても良いですぞ?」


 皮肉が通用しなく、ベルベディル王はますます顔を顰めた。

 そんなベルベディル王を見て、アブラアムは肩を竦める。


 「いやあ、皆さんは羨ましいですなあ。私はあと五年持つか分かりませんから。皆さんは十年は持つでしょう? 出来ればあの若造(アルムス)がどこまで行くか、行けるのか、見届けたい」

 「……死んだら報告に来てやろう。安心して死ぬと良いぞ」


 ベルベディル王は言い放つ。


 「ほう、それは嬉しいことだ。……ところで、どこまであの小僧は行くと思う? 私は……もしかしたら、もしかしてアデルニア半島を統一してしまうのではないかと思っているのだが」


 アブラアムがそう言うと、エビル王は首を振った。


 「それは不可能だ。ロゼルが居る。流石にロゼルは倒せんさ。まあ、トリシケリア島には進出するかもしれんが」


 すると、ベルベディル王は異議を唱えた。


 「それはもっとあり得ん。トリシケリア島はポフェニア共和国の勢力範囲だぞ? ……いくら小僧でも、そこまでは不可能だ。……精々、ドモルガルやギルベッドの領土を削るまでが精一杯だろうさ」


 そんな二人を見て、アブラアムは笑う。


 「くくく……、そうか、お前たちはそう思うか。ははは、確かに、俺もそう思う。アデルニア半島の統一など、不可能だ。ロゼルは無論、ポフェニアの介入も予想できる。……が、そんなことを考えているから、負けたんだろうな」


 エビル王とベルベディル王は、その言葉には一切反論しなかった。

 ただ、黙って酒を口に運んだ。





 建国式から数週間後……

 

 「ふざけるな!!」


 ギルベッド王は怒鳴り声を上げ、机を強く叩く。

 拳に強い痛みが走り、机を殴りつけたことを少し後悔する。


 「何がロマリアだ、何が王国だ、何が連邦だ!!」


 ギルベッド王の国、ロサイス王の国、という~王の国、という国号は豪族同士の連合国家であることを意味する。

 即ち、国王と言えども豪族の一人であることは変わらないということである。


 逆に王国、という国号は一枚岩の国家であることを意味する。


 つまり、アルムスが自分の国をロマリア王国(・・)と称して、自分がその国の国王、即ちロマリア王であると宣言するということは、ロマリア王国がギルベッド王の国より上であると主張するのに等しい。

 自分こそが南アデルニアに於ける最上の王であると思っているギルベッド王にとって、これほど腹立たしいことは無い。

 

 「……ロマリアとの同盟関係は見直す必要がありそうだな」


 ギルベッド王は赤く腫れた手を擦りながら、不機嫌そうに呟いた。


 




 ほぼ同時刻……


 「うーん、困ったねトニーノ。どうする?」

 「どうすると言われましても……私は軍人でありまして……」


 ドモルガル王の国、国王カルロ・ドモルガルは側近のトニーノに対して、これからのロマリア王国への接し方について尋ねた。


 とはいえ、トニーノは軍人である。

 政治も外交も素人だ。


 「一先ず、今まで通りの対応で接するべきかと……下手へた下手したてに出れば国内の豪族の離反を招きます」


 カルロの外戚の一人が口を開く。

 

 「まあ、そうするしかないよね。あっちの方が国力上なのは仕方が無いし。こちらはささやかな抵抗として、今まで通りにするしかないか。まああちらも臣下の礼をしろとか、無茶なことは言わないし……」


 ドモルガル王の国。

 現状維持、様子を見ることを決定。






 ほぼ同時刻……


 「ロマリア王国と連邦か……下がって良いぞ」


 ファルダーム王は式典から帰還した外交官の報告を聞き終え、天を仰いだ。

 目を閉じ、頭の中を整理する。


 ロサイス王……改め、ロマリア王にアルムス・アス・ロサイス・ユリウス・カエサルが即位した。

 アルムス王は国号を使って、暗に自国がファルダーム王の国よりも格上であると示してきている。

 またロマリア連邦という形を採り、エビル王の国、ベルベディル王の国、そしてアルヴァ人や南のキリシア人小国家群を併合し、その国力は国号に恥じないモノとなっている。


 新たな首都は上下水道が完備された美しい円形都市で、闘技場や競技場、公衆風呂、図書館など数々の設備が整っている。

 宮殿も荘厳華麗であり、南アデルニア半島最大の国力を持つとされていたギルベッド王の国の宮殿にも引けを取らない。


 ……

 ……

 ……



 「ふむ、どうしたものか……」


 ファルダーム王は召使に葡萄酒を持ってこさせる。

 ガラス製のワイングラスに注がれた美しい葡萄酒を眺める。


 「確か、この葡萄酒はロサイス……否、ロマリア産。このワイングラスもロマリア経由で入ってきたペルシス産のガラス細工だったな」


 現在、キリシアやペルシス等の東の国々の品々の殆どはロマリア王国を経由してアデルニア半島に輸入されている。

 即ち、それだけロマリアが潤っているということだ。


 「贅沢禁令……は意味が無いか。豪族が従わん。さてさて、このままロマリアに対抗し押さえつける路線を維持するか……それとも大人しく従うか……どちらにすべきか……」


 一つ、確かなことは今世界が変わりつつあると言うことであり、その波に飲まれればファルダーム王の国は亡ぶという事だ。

 






 建国式から数か月後、ロゼル王国の宮殿の、国王の私室。

 そこには二人の人間が居た。

 一人はベッドに横たわり、痩せこけた男……ロゼル王その人。

 もう一人は包囲戦争でロサイス王の国との講和を取りまとめ、ロサイス王の国との友好関係を確立した立役者の男。


 二人が話しているのは、新たに建国されたロマリア王国についてだ。


 「もう一度問う。ロマリア王国に我が国への敵意は無いのだな?」

 「はい。アルムス王は我が国を酷く恐れています。少なくとも、あと十年間はロマリアは我が国の脅威にはなり得ません」


 ロマリア王国との外交を担当し、建国式にも出席した男はロゼル王にそう報告した。

 

 「しかし、ロマリアの国力は今は相当のモノとなっているのだろう?」

 「確かにその通りでございます。しかし国土が拡大した分、国防費も跳ね上がっているはずです。それにロマリアには、ポフェニア共和国とも海を挟んで向かい合っております。我が国と構えるのは無論、これ以上の領土拡大は不可能でしょう」


 外交官の意見を聞き、ロゼル王の表情が少し明るくなる。

 というのも、未だロゼル王国は安定していると言えないからだ。


 北アデルニア半島ではアデルニア人農奴の、ガリア北東部では豪族たちの反乱が発生し、鎮圧されてから数年が経過しているが、未だに全ての反乱の芽を摘め終えたとは言えない。


 それに加え、ガリア北西部の敵対的な別のガリア人国家やガリアから大河を越えた先に住むゲルマニス人たちが虎視眈々とロゼル王国の領土を狙っていた。


 今、ロゼル王は病に伏している。

 もし、ロゼル王が日本の病院で診察を受けたのであれば彼は『結核』と診断されるだろう。


 反乱の鎮圧に忙殺され、心身を酷使したのが病因である。


 もっとも、ロゼル王国の宮殿では専らマリリンの呪いではないか? という噂だ。

 彼女は首を大きく横に振って否定するだろうが。


 「良かった……流石の我が国も敵が五つも居ては耐えられん」


 ロゼル王としては、せめて自分の病気が回復するまではロマリア王国に大人しくしてほしい。

 というのが本音である。


 

 尚、外交官の指摘した「ロマリア王国の領土拡張は止まるだろう」という予測だが……

 これはあまりにもガリア人の視点から考え過ぎていると言える。


 傭兵制、募兵制が主体のロゼル王国と、徴兵制が主体のロマリア王国とでは同じ兵力数でも、軍事費の桁が一つ違う。


 また、ロマリア王国はロゼル王国以上に農業生産効率も貨幣経済も発展している。

 そのためロゼル王国が想定しているよりも、高い国力を有している。


 もし、麻里が居れば彼女が世界中に張り巡らせた呪術師の情報網で、ロマリア王国の国力を正確に割り出すことが出来ただろう。

 しかし、今彼女はいない。

 そのためロゼル王国は、自国の優れた呪術師と情報網を生かすことが出来ていなかった。




 「それと、実はロマリア王からこのような情報を得たのですが……」


 外交官はロゼル王にアルムスから得た、情報を話す。

 その情報を聞き、ロゼル王の目が見開かれた。


 「……もし、それが本当ならば一大事だ。真偽を調べよ」

 「はい、御拝命承りました」






 それからさらに数か月後……


 「なるほど、ロマリアの都はそんなに見事であったか」

 「はい。陛下の都であるジャムシードには大きく劣りますが……おそらく、アデルニア半島の国家の中では最先端の都と言えるかと」


 ロマリア王国から帰還した外交官は、ペルシス帝国皇帝クセルクセスに自分の見た全てを報告した。

 クセルクセスは愉快そうに笑みを浮かべる。


 「上下水道を揃えるとは、アルムス王はよく分かっているな。水は生命の源だ。水が悪く成れば疫病が流行る。……ところで、首都以外はどのようだった?」


 首都だけ綺麗でも、その他が疎かになっているようでは話にならない。

 外見だけを取り繕うとする王ならば、クセルクセス帝は山のように見てきた。


 大切なのは国の内部まで、隅々に目を届かせる能力だ。


 「私が最も素晴らしいと感じたのは道路です。道路に関しては我が国の『王の道』に引けを取らないでしょう。治水技術もそこそこのようです。なかなか立派な堤防や用水路が整備されていました。もっとも、我が国には大きく劣ります」


 東方(オリエント)は世界で初めて農耕が行われた場所である。

 故にその農業技術、治水灌漑技術は世界一と行っても過言ではない。


 ド田舎の半島の小国に負けるはずがなかった。


 「なるほど。では税政は? 軍事制度は? 経済は? 政治体制は? 身分は? 民族は? 言語は? 宗教は? 風俗は? 文化は? 国の民は王をどう思っている?」


 クセルクセスの質問に対して、外交官は見てきたすべてを包み隠さず伝えた。

 

 クセルクセスは外交官の答えに満足げな表情を浮かべた。


 「そうか。よく分かった。……もう一度、お前はロマリアに行け。お前をロマリア王国担当の外交官として、正式に任ずる。……仕事は分かっているな?」

 「……はい。表と裏、双方からロマリアについて徹底的に調べて参ります」

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