第二百九話 建国
エイプリルフールネタを前話に投稿しています
昔の暦で十二月を迎えた。
昔、というのは現在の暦では一月一日になるからだ。
そう、今日はニコラオスの作った新しい暦が正式に採用される日であり、
首都と宮殿を新都と新宮殿に移す日であり、
そして、『建国』を宣言する日である。
新都の中央にある広場に居た。
この広間は、祝典や祭りなどを催すために造られた場所だ。
俺が立っているのは、演説のために臨時で造られた木製の台の上だ。
俺の目の前の最前列には、ユリア、テトラ、そしてアンクスとフィオナ。
マルクス、フローラ、ソフィアは泣くと困る、ということで出席していない。
その後ろには、右からバルトロ、イアル、ライモンドという順で、官位に従って席が設けられている。
ロンたちは比較的右よりに座っている。
その後ろは外国から招かれた外交官たち……ドモルガル、ファルダーム、ギルベッドは無論、ロゼル王国やポフェニア共和国、そしてあまり見聞きしないガリアや南大陸の辺境の小国の外交官。
そして一際存在感を放つのは、ペルシス帝国からやって来た外交官。
まさか、来てくれるとは思っていなかった。
その後ろには官僚や近衛兵、兵士が立ち並び、その後ろにはくじ引きで当たりを引き当てた平民たちが並ぶ。
俺の右側には同盟市や自治市の外交官、代表者たちが席に着き、左側にはエビル、ベルベディル、アルヴァ(旧エクウス)の王と重臣が着席している。
様々な国、身分、職業の群衆の視線の中、俺はゆっくりと口を開く。
一か月間かけて作られた演説を長々と、語る。
三十分以上の時間を掛けて、建国の正統性を語る。
はっきり言えば、こんなに長い演説は必要無い。
必要なのは、演説の最後、ほんの十秒ほどに全て詰まっている。
「これより、新都ロサイスへの遷都、そしてロマリア王国の建国とロマリア連邦の発足を宣言する!!!!」
歓声が沸き上がった。
その後、ロマリア連邦の概要、新たな政治制度や人事、暦についての発表が行われ、式の前半は終了した。
式の後半には大掛かりな占いが行われた。
占い結果によると、ロマリア王国とロマリア連邦は今後、発展を続けるらしい。
いや、まあ最初から結果が決まった八百長占いなのだから当然だが……
斯くして、建国式の一日目は無事に終了した。
「案外、あっさりと終わったね?」
「まあ、こんなものだろ」
俺はテトラの言葉に相槌を打つ。
小学校の卒業式も散々練習ばかりするが、始まってしまえばあっという間だ。
今回の建国は前準備に非常に手間が掛ったため、尚のことあっさりと終わったような印象を受ける。
「明日は何があるんだっけ?」
「明日は……祭り、って言えば良いのかな? 剣闘試合とか戦車競走とか、演劇とか……」
ユリアの質問に、俺は指を折って答える。
新都には宮殿や官庁、議事堂、貴族の館以外にも様々な遊戯施設が建てられている。
そう言った施設を内外に見せつけるのだ。
まあ、要するに「ロマリア王国はこれだけの建物とイベントを催す国力があるんだぞ!!」というアピールだ。
この祭りは一週間に渡って続けられる。
明日は貴族や外交官だけだが、残りの六日間は平民にも無料で開放される。
イベントを見に来るために多くの平民が国中から押し寄せてくるだろうし、その平民を目当てに国中から商人が集まってくるだろう。
一週間の間、この都は非常に騒がしくなるだろう。
「まあ、明日からが本番なんだけどね? ロマリア連邦については、どの国にも伝えていなかったから……」
「……ファルダーム王とか、五月蠅そうだね」
ユリアが苦笑いを浮かべた。
ファルダーム王は間違いなく、文句を言うだろうな。
対ガリア同盟に於いて、同盟国である自国に伝えなかったことを。
ファルダーム王だけでなく、この件を知らなかった、知らされていなかった国々は大慌てで俺に面会を求めてくるだろう。
ロマリア連邦の発足、というのはそれだけ重大なことだ。
何故なら、今まで空白地帯だったアデルニア半島東部に、軍事的、経済的、政治的に大きな力を持った組織が誕生したことを意味しているのだから。
とはいえ……
「そういう面倒なことは明後日にして、明日は祭りを楽しもうか。新都と新宮殿をお前たちに見せて回りたい」
俺がそう言うと、ユリアとテトラは笑みを浮かべた。
「分かった」
「うん!」
その夜のこと……
「ところでさあ……」
「ん? どうした、ユリア」
ユリアはベッドの中で俺に腕を絡ませて来た。
わざわざ言うまでもないが、ユリアは全裸であり、結果として俺の腕にいろいろな場所が触れる。
「首都の名前、ロサイスだよね? ロサイス氏族から採ったのは分かったけど……別にユリウスとかアルムスノープルとかでも良かったよね?」
うん……まあ、そうなんだけどね?
「アルムスノープル……素敵な名前。それにすれば良かった」
反対側の腕にテトラが絡み付き、耳元で囁く。
わざわざ言うまでも(以下略)。
「流石に自分の名前を都市名にするのは恥ずかしすぎて出来ないよ。何だよ、アルムスノープルって……それが後世に残るとか、寒気がする」
一応言っておくと、決してアレクサンドロス大王やコンスタンティヌス帝をディスってるわけでは無い。
一個人の考えである。
「じゃあユリウスはダメだったの?」
「まあ、それも名前の一つとしては考えたんだけどね……」
ロサイス氏族にはいろいろと世話になった。
中央集権化は無論、ここまで俺が領土を拡張するのも、そもそも王に即位するのも、ロサイス氏族の協力のおかげだ。
彼らの協力が無かったら、ここまでこれなかっただろう。
しかし、俺は彼らに何かしてやれただろうか?
無論、彼らは政治の要職の多くを占めることが出来ている。
だがそれだけで恩を返してやったと言えるのか?
そもそも、俺は恩を返すどころか『建国』をすることで彼らからの恩を仇で返している。
俺にとって、少しだけこのことが心残りだった。
「だから、今まで世話になったロサイス氏族やライモンド、そして先王に対してのお礼も込めて……ロサイス氏族の名前を都として残しておこうと思ってね」
ちょっとしたプレゼントのつもりだ。
あ、そうそう……
俺はテトラに向き直った。
「実はアス氏族にも同様のプレゼントを用意してある。……これはゾルディアスと決着がついた後だけど」
テトラは少し驚いたように、眉を上げた。
「例の事件は良いの?」
「あの事件の関係者は全員処罰したしな。そもそも、動いたのはアス氏族の過激派の、ほんの極一部だ。アス氏族全体に咎は無いと思っているよ」
あまりアス氏族に自粛ムードを作られると、テトラの立場も少し悪くなるしロサイス氏族が調子づく可能性もある。
アス氏族には、それなりの権勢を保って欲しい。
「じゃあディベル氏族は?」
「えっと……あれはあのままで良いだろ」
ディベル氏族の権勢は風前の灯だ。
別にわざわざ吹き消すつもりもないが、だからと言って薪をくべてやる必要も感じていない。
まあ、あと百年すれば持ち直すんじゃないか?
イアルも一応、ディベル氏族の仲間だし。
「……アルムスの人事ってさあ……性格悪いよね。いい意味で」
ユリアが苦笑いを浮かべた。
性格が悪い……と、言われれば確かに悪いかもしれない。
「重要政務を担当する執政官二名は、片方は落ち目のディベル氏族、もう片方は非主流派のポンペイウス氏族。これじゃあロサイスもアスも、大きな力は使えないよ」
ユリアは俺が重要な要職から、主流氏族を外していることを指摘する。
「それに加えて、イアルもバルトロも血縁関係は広くないし、土地もそんなに持ってないから地盤は弱い。二人も無理は出来ない」
テトラがイアルとバルトロの政治的土台の弱さを指摘した。
まあ、確かにそういう意図があったことは否定しない。
しかし、だからと言ってバルトロとイアルが非主流派だったから二人を執政官に任じたわけではない。
二人の能力が高かったから、二人を執政官として任命したのだ。
だからこそ、主流派のロサイス氏族やアス氏族も文句を言えない、という言い方も出来るが。
「……ところで、また話は変わるんだけど」
「私も話がある」
「何だ?」
ユリアとテトラは笑顔を浮かべる。
「「アリスとはどうなったの?」」
この後の展開はご想像にお任せするが……
一応、許しは得たことだけを記しておく。
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『帝歴0年、ニコラオス歴の導入と共にロマリア王国が建国された。初期のロマリア王国(後に帝国と改称)では、ロサイス氏族の影響力が強く、ロサイス統が代々皇帝を輩出したため、王朝交代が起こるまでこの王朝はロサイス朝と呼称される。
また、アルムス帝及びマルクス帝までの治世の間は、皇帝権力が強く実質的な専制政治であったため、後の皇帝権力の弱い貴族中心の共和制的な政治体制と区別して、この間は特に皇帝専制時代と呼ばれる。
アルムス帝期の支配機構は、簡素で実務的且つ強固であった。首都ロサイスには皇帝の諮問機関として元老院が置かれ、この元老院から政務官が選ばれた。
元老院の任期は終身であったが、当時の平均寿命を考慮に入れると人材の新陳代謝は活発であったと考えられている。
政務官には、最高職として執政官。裁判事務を担当する法務官。財務事務をつかさどる財務官。首都の治安、公共事業をつかさどる按察官。そして官僚の監視と国勢調査を担当する監察官が置かれ皇帝を支えた。政務官の指揮の元、下級貴族の子弟、キリシア人を中心とする官僚たちが一般政務を担当した。
政務官の多くは、任期が一年と定められており、連続での再任は禁じられていた。
地方には国税を徴収する徴税請負人と地方政治をつかさどる地方官が派遣されたが、地方自治が進むにつれて地方官は徐々に廃止されていった。
※初代執政官にはバルトロ・ポンペイウスとイアル・クラウディウスが任じられ、統治機構の安定のためにどちらも特例で十年間の間任期を務めた。尚、両者共に非主流派の貴族である。
※初代監察官にはロサイス氏族出身のライモンド・ロサイスが任じられた』
『元老院機構の設置により、各地の豪族が中央で貴族となったことでロマリア王国の中央集権化が大きく進んだ。しかし貴族たちと元領民の関係は決して断たれたわけでは無く、元領民の一部は貴族たちを経済的、政治的に支援し、貴族たちは自らの支持者を保護した。後にこの関係は保護者と被保護者に発展し、ロマリア帝国の政治的、経済的、文化的柱となった。
また貴族たちは全ての土地を放棄したわけではなく、一部の荘園(非課税対象)や広大な私有地(課税対象)を地方に保持しており、その土地からの収益は貴族たちの政治資金となり首都を潤した』
『アデルニア半島統一の過程で、旧来の身分秩序に変化が起こった。統一戦争前におけるアデルニア半島では、封建的な領地を持つ豪族とそれに従属する小作人が存在したが、ロマリア王国の拡張に伴って多くの豪族が土地を没収され、その多くは小作人に分け与えられた。またロマリア王国に古くから仕えていた豪族たちは、アルムス帝の諸政策により領地の行政権、裁判権を手放し実質的な大地主と化した。多くの貴族は土地経営に失敗し、没落したが一部の貴族は大規模農場経営に成功し、その富でさらに土地を購入することで私有地を増やしていった。
また同時並行でロマリアでは貨幣経済が進み、多くの商人達が活躍した。彼らは商業活動により富を成し、やがてロマリアの政界に強い影響力を持つようになる。
結果、大土地所有者である貴族階級、商工業者である騎士階級、自作農である平民の三身分が構成された』
―ロマリア帝国国定教科書―
より抜粋。




