第二百七話 ロマリア連邦
豪族改め貴族たちへの説明が終わった三日後、宮殿に自治市、同盟市の代表者が集められた。
彼らには、『大切な発表がある』としか伝えられていない。
『建国』という事業は決して極秘だったわけでは無いが、表立って進められた事業ではなく、そもそも内向き的で諜報組織を持たない都市国家には知られていないはずだ。
その所為か、不安そうな表情を浮かべている者が多い。
当然だろう。
もし俺が自治市、同盟市への待遇を変えると言いだせば、彼らは逆らうことが出来ない。
南部キリシアの地域大国として君臨していたレザドもゲヘナもネメスもすでにロサイスの傘下にある。
頼るべき外国が居ない以上、反乱を起こしても鎮圧されるのが目に見えている。
もっとも、俺は自治市、同盟市への待遇を変える気は無い。
彼らには我が国に協力的であって貰わなければ困る。
「各都市国家の代表者たちよ、よく集まってくれた。今回、私から諸君らに一つ宣言しなければならないことが有る」
一瞬、緊張が走る。
俺は出来るだけ笑顔を浮かべた。何故か代表者たちの顔が引き攣る。遺憾だ。
「ロサイス王の国は国名を改め、ロマリア王国と改称することにした。初代国王はこの私だ。それに伴い、首都の移転や国内の社会制度の大きな変化があるが……君たちとの同盟関係は今まで通り変わらない」
代表者たちが拍子抜けたような顔を浮かべる。
……きっと豪族が貴族になって、元老院という共和制的な組織が出来たと聞いたら腰を抜かすだろうな。
「とはいえ、国が変わるのは事実。同盟関係の更新をしようと考えている」
俺は外交官たちに契約書を配布させた。
基本的に文面は殆ど変わらない。
ただ、唯一の変更点は……
『アルムス王と同盟を結ぶ』から『ロマリア王と同盟を結ぶ』と変更された点だ。
今まで『アルムス王』としていたのは、建国して国が変わった時に「ロマリア王はロサイス王じゃないから、同盟は破棄しまーす」と屁理屈を言わせないためだ。
それに加えて、俺の王としての権威を高める狙いもあった。
今回、『ロマリア王』と変更したのは俺が死んでマルクスが継いだ時に「アルムス王は死にました。マルクス王とは同盟なんて結んでません。破棄しまーす」と屁理屈を言わせないためだ。
条約や法律というのは、表現が少しでも違うだけで中身が全く異なってしまう。
実に面倒だ。
とはいえ、これで安泰だ。
「国王陛下、この契約内容は自治市のモノではありませんか? 我が国は同盟市だったはずですが……」
代表者の一人が疑問の声を上げる。
それに続くように、数人の代表者たちが同様の疑問を口にした。
「先の戦いであなた方の都市の兵士たちは大きな功績を上げた。その見返りだ。もっとも、同盟市のままが良いというのであれば、同盟市待遇でも構わないが」
「め、滅相もありません……」
格上げされた都市の代表者たちの顔が輝いた。
同時に同盟市待遇のまま変わらなかった都市の代表者たちが、嫉妬の込められた視線で彼らを睨む。
「私はたった一度の過ちで、その都市の子供たちまでその罪を負うことになるとは考えていない。挽回の機会は均等に与えられるべきものだ。……無論、関係が改善されることがあるならば格下げされることもあるということは肝に銘じて欲しい。私は全ての都市を自治市にするつもりは無い。多くの場合は『入れ替え』という事になるだろう」
これで各都市は自都市の待遇改善、維持のために死力を尽くすはずだ。
そして他の都市と競争し、入れ替えられた都市や自分たちよりも待遇が良くなった都市を憎むようになる。
『分割して統治せよ』だ。
まあ、元々キリシア系植民都市は仲が悪い。
小国同士、小競り合いを繰り返してきた仲だ。
少なくとも共同して我が国に逆らうということは無くなる。
「それと臣民権に関してだが、同盟市や自治市の住民も望むのであれば臣民権を与える。元々所属していた都市の市民権と二重に取得することも認める。税の納め先は好きな方で構わない。どちらか一方に税を治めれば、その義務を果たしたとする」
俺は代表者たちの顔を伺う。
特に喜ぶ者は居ない。
……まあ、臣民権を取得したからと言って権利が大きく変わるわけでも無い。
むしろ兵役の義務が重くなるので、余程の物好きかロマリア王国で出世してやろうという意気込みのある者でない限り、欲しがらないだろう。
とはいえ、ある程度臣民権を欲しがる者はいるはずだ。
意欲があるなら、大歓迎である。
あと、最後に言わなければならないことがあったな。
「我が国と諸君らの都市が違う軍制を採用しているのは周知の上だろう。無論、違うままでも戦えないことは無いが、指揮系統が複雑になる。出来れば我が国と同様の軍制、兵装へと転換して貰いたい。あくまでこちらの希望だ。強制するつもりは無い、諸君らには諸君らの伝統があるだろう」
あくまで強制じゃないから、費用は出さない。
強制じゃないからな。大事なことなので二回。
まあ、強制じゃないけど、変えてくれたら嬉しいし、好印象になるけどね。
相対的に変えなかった都市は悪印象に……でも、無理に変えろとは言わないよ。
あくまで自主的に、君たちの意思に任せるから。
……
……
と、まあ要するに「待遇落とされたくなかったら変えろ。金は出さねえけどな!」ということだ。
これで伝えたいことはすべて伝えた。
……後は、同盟国への処分だな。
「ムツィオ、久しいな」
「ああ、先の戦争以来だ。……で、今日は何の用件だ?」
俺は数人の家臣と護衛を連れて、エクウス王の国改めアルヴァ王国にやってきた。
無論、観光ではない。
外交のためだ。
「この度、我が国はロサイス王の国から国名をロマリア王国に変更することにした。無論、今まで通り俺が国王だ。それを伝えに来た」
「ロマリア?……例の森から採ったのか。何で国名なんて……中央集権化か」
俺は静かに頷いた。
国名の変更はロサイス王の国が完全に俺の国になったことを示すのと同時に、中央集権化の最終段階でもある。
「それで? 他にも何かあるだろう?」
「ロマリア連邦構想というのがあってな。それにお前を誘いに来た」
俺が目指しているのは、アデルニア半島の統一である。
つまり一つの政治権力による一枚の国家を作ろうと考えている。
しかしこれを達成するということは、ベルベディル、エビル、そしてアルヴァを滅ぼす必要がある。
だがこれは難しい。
というのも、ベルベディルとエビルは非常に歴史が古く由緒ある王国だからだ。
ロサイス王の国と同様に、半島を支配していた騎馬遊牧民族を追い出した七王国を滅ぼすのは非常に世間体が悪い。
だから両国は今のところ存続させている。
アルヴァ王国に関しては言うまでも無いだろう。
エクウス王の国の時代から、我が国の同盟国としてともに戦ったきた国だ。
それを滅ぼすのは義に反するし、それに貴重な騎兵が確保出来なくなってしまう。
言語道断だ。
とはいえ、このまま放置というわけにはいかない。
そこでロマリア連邦構想である。
要するに、ロマリア王国を中心として周辺国を属国として取り込んでしまうのだ。
最終目標はドイツ帝国だが、すぐには至らないだろう。
一先ずは幕藩体制化の日本のような形を目指したいと思っている。
「そのロマリア連邦の中だと、俺のアルヴァ王国はどれくらいの権利がある? 我が国がお前の国の属国になることで、我が国に利益はあるのか?」
ムツィオは鋭い眼光で真っ直ぐ俺を射貫く。
ムツィオも多数の民を抱える一国の国王。
そう簡単に受け入れられる内容ではないことくらい、分かっている。
「アルヴァ王国は今まで通り、お前の統治下だ。内政干渉は決してしない。代わるのは外交だ。……つまりアルヴァ王国はこれから我が国以外の国と同盟を結ぶことは出来ない。そして我が国が戦争に巻き込まれた場合、アルヴァ王国も同様に戦争に参戦することに成る」
「それで、それを認めることによる我が国の利益は?」
「関税の完全撤廃、道路の敷設、農業支援を約束しよう。そしてアルヴァ王国の国王位はお前の縁者……スルピキオス家が代々継ぐモノとし、これを未来永劫認めることを確約する」
ムツィオの創り出したアルヴァ王国は決して安定しているとは言えない。
まだまだ各氏族や有力諸侯の力が非常に強く、ムツィオの力は全域に及んでいるとは言い難い。
遊牧国家というのは、分権しやすい傾向がある。
それに部族議会の存在もある。
この部族議会は国王を選定する場。
前王の指名した人間や息子を国王に選定するのが暗黙の了解としてあるが……
簒奪は起こる。
ムツィオのスルピキオス家だって、元は別の家から王位を簒奪したのだから。
ムツィオとしては最大の懸念事項のはずだ。
だからその王位を俺が、ロマリア王国が保障する。
「……弱いな」
ムツィオは腕を組み、難しそうに唸った。
「じゃあ何を約束すればいい?」
あまり過大な要求は飲めない。
しかし統一も譲れない。
最悪、武力で脅すしかなくなるのだが……
「はあ……分かってないな。口で言うのは簡単なんだよ。俺が見たいのは誠意ある行動だ。お前の娘を寄越せ」
……
それは……
「お前に、じゃなくてお前の息子に、だよな?」
「当たり前だ。俺とお前の娘が結婚したらお家騒動の原因になるだろうが」
そうか、なら安心した。
フィオナからすると、ムツィオはおっさんだからな。
「分かった。ロマリア王国王女フィオナとアルヴァ王国王子エツィオとの婚約を約束する」
「ああ……その条件なら納得だ。ロマリア連邦にアルヴァ王国は加盟しよう」
一先ず、アルヴァ王国の問題は片付いたな。
次はベルベディルとエビルだ。
まず初めにベルベディル王とエビル王に対して書簡を送った。
アルヴァ王国とは長らく友好関係だったこともあり、俺が直接出向いたが……
ベルベディルとエビルは我が国にとって格下の国だ。
地域大国になれば、それなりの面子というモノがある。
仮に両国が連邦に加盟するというのであれば、両国の国王には我が国に出向いてもらう。
恐らく、ベルベディル王の国はすぐに乗ってくるはずだ。
あの国の王は今、我が国にいつ滅ぼされるのか戦々恐々としているはずだ。
包囲網の一件以来、あの国は我が国に大きく領土を削り取られ首都とその周辺の土地のみを支配する小国に転落している。
それにあの国の王は元々小心者だ。
連邦への加盟は国体護持を意味する。
ベルベディル王からすれば天からの助けだろう。
問題はエビル王の国だ。
エビル王の国は我が国に対して早期に降伏したこともあり、国力を十分残している。
最近は友好関係を築いているが、歴史を紐解くと元々仲の良い国同士とは言えない。
もっとも、我が国の支援が無ければエビル王の国はゾルディアス王に滅ぼされていた可能性が高い。
今も我が国がゾルディアス王の国に圧力を掛けているおかげで、エビル王の国は存続している。
交渉次第だ。
プロット的にはロサイス、ベルベディル、エビル、ゾルディアス、ドモルガル、ギルベッド、ファルダームで七王国だったはずなんだけど、どこかで六王国って書いちゃったかもしれない




