第二百五話 救済
気付くと、一面真っ白い空間に居た。
……これは夢だな。そして……
―アルムス、何か私に言うことあるでしょ?―
やっぱり妖精か。
……うん、まあ今回は純粋に感謝している。お前が助けてくれなかったら、ユリアは死んでいた。……で、何をどうしたんだ?
―ちょっとした加護だよ。うーん、そうだね。『安産の加護』とでも言うべきかな? テトラちゃんにもついでに与えておいたよ。今後、二人は出産が直接の原因で死ぬことは無いし、二人から産まれる子供に深刻な障害が発生することも無い。もっとも、子供が優秀かどうかはアルムスの精子と二人の卵子の問題だから、私の関与出来ることじゃないよ。そこのところはよろしく―
そうか、ありがとう。
感謝する。
―案外素直だね―
俺も礼くらいは言える。無論、お前たちへのマイナス印象が完全に払拭されたわけじゃない。
―ハイハイ、分かったよ―
妖精は面白そうに笑う。
何か、腹立つな。
俺がツンデレキャラみたいじゃないか。
―言い得て妙だね―
五月蠅い。
……ところで、お前たちはあまり積極的に人間に干渉しない、『保守』じゃないのか?
俺の子供の生死はお前たちには関係ないはずだ。
―アルムスの元居た世界には『積極的平和主義』って言葉があったんでしょう? 私は『積極的保守』に転じたんだよ。……あいつらに勝つには、もっと積極的に人間と協力しなければならないと思い立ってね。アルムスとアルムスの子孫、そしてその国には結構期待してるんだ。まあ、未来への投資という奴だね―
……勝手に投資するな。
―お気になさらず―
というか、お前、前より馴れ馴れしくなったな。
俺はお前に名前呼びを許した覚えは無いぞ。
―まあまあ、良いじゃない。私とアルムスの仲でしょ?―
どういう仲だよ?
―子供を助けて、助けられた仲―
……勝手にしろ。
はあ……
―ふふ、言われなくとも勝手にするよ。今後も、もし困ったことが有ったらいつでも呼んで欲しい。アルムスが心の底から助けを望んだ時、私はアルムスを助けるよ。今回と同様にね―
……
―あと、出来れば私も助けてほしいな。これはあくまで希望だけどね―
俺の頭の中を、面白可笑しく笑う少女の声が響き続けた。
俺はユリアを見舞うため、ユリアの私室を訪れた。
ユリアは大きなベッドの上で横たわっていた。
顔色は悪くなさそうだ。
「ユリア、調子はどうだ?」
「うん、大丈夫だよ」
……そうか、良かった。
俺は胸をなで下ろした。
呪術師たち曰く、ユリアは本当に危険な状態だったらしい。
マルクスも同様に呼吸が出来ていなかった。
母子とも、いつ死んでもおかしくなかった。
それが一瞬、光に包まれて回復した。
専ら、呪術師たちや民衆の間では軍神マレスのおかげという噂だ。
日食時に産まれたということもあり、奇跡の子という扱いである。
しかし実態は違う。
「ユリア、抱いて良いかな?」
「え? そ、そんな……まだ私の体調も良くなって無いし……でも、アルムスがどうしてもって言うなら……」
「いや、マルクスの話」
俺はユリアの横のベッドでスヤスヤ寝ている赤子……マルクスを指さす。
ユリアの顔が真っ赤に染まる。
「いや、その……分かってたから! ちょっとした冗談!!」
「……胎教に悪い。やめて。お腹の子供が変態になったらどうするの?」
俺よりも先にユリアを見舞いに来ていたテトラが呆れ顔でため息をついた。
正直、テトラにはあまり出歩かないで欲しい。
ユリアが死にかけたのだ。
テトラだって死んでしまう可能性は十分にある。
もっとも、そう言ったら心配し過ぎだと言われてしまったが。
「それで、マルクスのことなんだけど……」
「う、うん! どうぞ、どうぞ!!」
俺はユリアからマルクスを受け取る。
うーん、産まれた直後の赤ん坊ってのはみんな猿みたいな顔してるな。
髪の毛は黒、今は目を閉じてるが前に確認した時には灰色だった。
つまり俺によく似ている。
顔は俺とユリアの折衷だ。
将来はきっとイケメンになるだろう。
一つ心配なことが有るとするなら、少し体重が少ない。
産まれたとき、息が詰まってたことも考えると……少し健康には気を使ってやらないとな。
「可愛いよね! 食べちゃいたいくらい!!」
「え? うん、そうだな……」
ユリアさん、どうやら待望の男の子誕生でテンションアゲアゲの模様。
俺としては四人目の子供というのもあり、割と冷静な方だ。
赤ん坊って生まれた直後はみんな猿顔だな、と思う程度には。
俺はマルクスをベッドに戻した後、ソフィアに目を向けた。
マルクスの双子の姉だ。
俺はソフィアを優しく抱き上げる。
マルクスが王太子で、その上誕生が派手だったこともあってソフィアは何かと影が薄い。
ユリアの方も決してソフィアを愛していないわけではないが、どうしてもマルクスの方を構いがちだ。
ユリアと同じくらい男児を待望していたライモンドを含める家臣たちは言わずもがな。
俺だけはちゃんと構ってやらないとな。
俺は指をギュッと握っている愛娘と、アンクスと共にマルクスを覗き込んでいる愛娘を見比べる。
……どちらをムツィオの息子の嫁に出すべきか。
まあ、フィオナが順当か。
あまり考えたくないが、ソフィアが死んでしまう可能性もあるわけだし。
「ねえ、アルムス。最近は何をしてるの?」
「今は西部征伐の途中だ。ギルベッドと結んだ秘密協定のラインまで侵攻して、領土を拡張する。……それが終われば、残る敵はゾルディアスだけになる。今のところは」
ゾルディアスを屈服させた後は、ギルベッドとの秘密協定を破棄して第三次西部征伐を起こすつもりだ。
そして西部一帯を征服し、南アデルニア南部に残る主要国であるカルヌ王の国を征服する。
これで南部統一は完成する。
次は北伐……つまりドモルガル、ギルベッド、ファルダームとの戦いになる。
問題はロゼル王国とポフェニア共和国だ。
この両国が統一戦争に介入してくる可能性がある。
北部三国だけなら同時に相手取る自信はあるが、ポフェニアとロゼルに介入されたらどうしようも出来ない。
統一が見えてきたというのに、その前に高く二枚の壁が立ちはだかっている。
どうにかしてこの両国を統一戦争から、つまり南アデルニアから排除しなくてはならない。
軍事力では勝てない。
外交的な努力が必要になる。
「外交か……政略結婚とかするの?」
ユリアは不安そうに尋ねた。
テトラや他の子供たちも、一斉に俺の方を向く。
「ポフェニアやロゼルとか? 今のところ考えてないよ」
まあ、ポフェニアとは分からないが……
ロゼルとは近い内に敵対することに成る。
海軍国であるポフェニアとはまだ共存の道はあるが、同じ陸軍国であるロゼルとはどうやっても共存は不可能だ。
それにロゼル王国は多数のアデルニア人を支配下に置いている。
仮に南アデルニアに強大なアデルニア人統一国家が誕生すれば、ロゼル王国支配下のアデルニア人たちは間違いなく行動を起こすだろう。
ロゼルがそれを許すはずが無いし、我が国もそれを無視することは出来ない。
両国は戦う運命にある。
一時的処置とはいえ、自分の子供をそんなところに嫁がせたり婿にやったりする気にはなれない。
「そんな遠い外国よりも国内や身近な外国にいくらでも結婚相手はいるからな」
どの国もどの家臣も、俺の子供と政略結婚をしたがっている。
俺の血縁者は子供たちしかいないのだから。
「私、お父様と結婚する!!」
フィオナはそう言って俺に抱き付いてきた。
どうやらいつまでもソフィアを抱いているのが、お気に召さなかったようだ。
俺はソフィアをユリアに手渡してから、フィオナを抱き上げた。
「そう言ってもな……お前が大きくなった時には俺はおじさんになってるんだぞ?」
やばい、想像しただけで悲しくなってきた。
「お父様はお父様だもん。お爺さんになっても嫌いになんかならないよ」
「そうか……ありがとうな、フィオナ」
一体、いつまで「お父様大好き」と言ってくれるのだろうか……
嫌だな、「お父様の靴下と私の服を一緒に洗わないで」みたいなことを言われたら。
まあ、この世界には洗濯機は無いし、洗うのも専任の召使だから一緒も何もないのだが。
嫌だな、フィオナに嫌われたくない。
というか、ムツィオの息子との政略結婚の話を切りだし難くなったじゃないか。
狙ってやってるなら、とんだ策士だな。
……
親バカは過ぎるか。
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『神は自ら助くる者を助く』
……自立して努力する者だけを神は助けてくれる。努力する者は必ず報われ、幸福になる。
―ヴェルギス教の格言―
『妖精は己を助くる者を助く』
……人の善意には必ず裏があるから注意が必要。『正用』
……人は自分を助けてくれる人しか助けない。だから人に助けを求める前にあなたが人を助けなさい。そうすればいつか、あなたに助けが周ってくる。『誤用』
―ロマリアの古い諺―
妖精さんは神様じゃないよ。悪魔でもないけどね。




