第二百四話 日蝕
今日は私にとって特別な日なので、投稿します
「今日だったな。ニコラオス。今更、間違いだったと言っても通用せんぞ?」
すでに国中の民に『太陽が隠れるかもしれない』と宣伝してしまっている。
これで起こらなかったら大恥だ。
「はは、大丈夫ですよ。私の観測は完璧です」
そうか? まあお前は地動説をこの時代に提唱するくらい優秀な天文学者だしな。
信じようじゃないか。
「あ、そうそう。間違えたらお前の首、飛ぶからな? 責任は全てお前に被せるから。その辺、覚悟しておけよ」
「ははは!! 大丈夫ですよ。完璧ですから」
自身満々のニコラオス。
逆に心配になってきたぞ。
「ニコラオス、あとどれくらいだ?」
「あと少しですね」
俺は煤塗ったガラス板を手に、今か今かと空を見上げる。
あまり太陽を見るのは目に悪いので、チラ見する程度だが。
「太陽が隠れるなんてあり得るの?」
「……本では読んだことある。理論上も存在する。しかし実際に起こるかどうかは不明」
ユリアとテトラも椅子に座ったままだが、外に出ていた。
俺が誘ったのだ。
他にも国内の豪族や都市国家の関係者に声を掛けて、総勢四百人以上の政治家や軍人、官僚が、手に煤を塗ったガラス板を手にしている。
待ちわびている者、緊張している者、起るはずがないと鼻で笑いながらも空を時折見上げる者……
様々だ。
「皆さん!! そろそろ起こりますよ。準備してください!」
ニコラオスが声を張り上げた。
自分の命が掛かっているというのに、よくもあそこまで平然としていられるな……
俺がニコラオスの度胸に感心した時だった。
辺りが薄暗くなった。
俺はガラス板を目に当てて、空を見上げる。
「太陽が欠けてるな」
場が騒然となった。
興奮を隠しきれず騒ぐ者もいれば、神に許しを乞いだす者も出てきた。
「ひいい!! すみません!! ごめんなさい!!」
何か、柔らかいものが俺の腕に押し付けられた。
金色の髪が俺の鼻を擽る。
アリスだ。
「おい、落ち着け。太陽が隠れてるだけだから」
「太陽が隠れてるのに何でそんなに平然としてるんですか!!」
アリスがガタガタと震える。
そんなに怖いか。
他の連中はどうなのかと、俺は当たりを見回す。
「アルムス……ちょっと来て」
「……」
ユリアとテトラの顔が少し青い。
どちらも恐怖しているようだ。
ユリアは兎も角、知識があるテトラも怖がるのは意外だな。
他の奴らは……
イアルは珍しく歓声を上げている。
ライモンドは腰を抜かしてへたり込んでいる。
バルトロは酒を飲む手を止めて、奥さんや子供と共に空を見上げている。
アレクシオスは子供と妻、両方に抱きしめられて幸せそうだ。
ロンとソヨンは互いに抱きしめ合い、震えている。
ロズワードとリアはキャッキャ言いながら、一つのガラス板を二人で覗き込んでいる。
グラムはハイテンションのルルを肩車していて、ルルは太陽に手を伸ばしている。
アブラアムは自殺しなくて良かったとでも言うように、年の割にはしゃいでいる。
イスメアと青明は紙に何かを書き込んでいる。目を凝らしてよく見ると、イスメアは絵、青明は文章で描写しているようだった。
そしてエインズはガラス板を忘れた豪族たちに、高値でガラス板を売って大儲けしていた。
最後に肝心のニコラオスは……
「私の予測は正しかった!! やはり私は素晴らしい!! 天才だ!!! ヒャッホー!!!」
太陽はみるみるうちに黒くなり、空はどんどん暗くなる。
気付くと太陽は大きな月の影で消え、辺りは真夜中のように真っ暗になった。
前世で聞いていた以上に辺りは暗い。
恐らく、月が巨大だからだろう。
「見ろ、ユリア、テトラ、アリス! 月の裏側から太陽に光線みたいに出ていて綺麗だぞ……どうやら見上げてる余裕は無いみたいだな」
三人は震えながら俺の腕を抱きしめている。
そろそろ痛いな……特にアリス。
このままだと俺の腕が折れるから緩めろ。
暫く時が経つと太陽が徐々に月の影から姿を見始めた。
それに伴い、辺りを支配していた重苦しい熱狂が過ぎ去っていく。
さて……
「ニコラオス。よくやった。お前の功績は大きい。暦の名前はニコラオス歴にする」
「ありがとうございます!」
ニコラオスは嬉しそうに笑った。
そして俺は腕に張り付いている女三人を見下ろす。
「おい、お前らそろそろ手を放せ。日食は終わったぞ……ユリア、大丈夫か?」
「う、産まれそう……」
……マジで?
「まさか日食とほぼ同時刻とは……」
縁起が良いんだか、悪いんだか……
多分、悪いだろうな。
まあ俺としては楽しかったし、縁起が良いような気がするけど。
「……男の子だと良いね」
「そうだな……でもそれ以上に無事に産まれて欲しい」
すでに陣痛が始まってから三時間が経過している。
心配するには早すぎるが……
俺はテトラの手を握った。
自然と篭る力が強くなる。
その時、赤子が泣き叫ぶ声が聞こえた。
「陛下!!」
「今行く!!」
俺は慌ててドアを開いた。
そこには髪の毛が頬にへばり付くほど汗を掻き、苦痛に顔を歪めているユリアが居た。
「陛下、元気な……女の子です」
産婆が俺に女の子を手渡した。
髪の毛と瞳の色は俺と同じ灰色、顔つきはユリアに似ているが口元は俺に似ているような気がする。
……可愛いな。やっぱり自分の子供は格別に可愛い。
女の子だろうが、男の子だろうが変わらない。
少し残念だが、まだまだ次がある。
「ユリア、よくやった!」
「う、うん……うぐ……」
苦しそうに呻くユリア。こんなに苦しそうな表情をしたユリアは今まで見たことが無い。
俺は慌てて産婆を問いただす。
「ユリアは大丈夫なのか? 苦しそうにしているが……」
「……どうやら双子のようです。もう少し時間が掛かります。……申し訳ありませんが、陛下は御退室下さい。逆子のようですし……」
暗に邪魔だから出ていけと言われる。
俺はユリアに視線を移した。ユリアは苦し紛れの笑顔を作る。
「だ、大丈夫……だから!」
……
俺が居たところで出来ることは手を握る程度だろう。
無論、心の支えになるとは思う。
しかしそれ以上に邪魔になり可能性が高い。
呪術師や産婆たちが俺に対して遠慮したり、緊張したりしてしまう可能性がある。
「分かった……俺は大人しく外で待っている」
俺が出来るのは祈るだけだ。
「遅いな……」
「まだ七時間だよ、アルムス。……出産は二日掛かることだってあるんだし。落ち着いて。大丈夫だよ」
テトラが忙しなく歩き回る俺を諌める。
しかし頭で分かっていても、落ち着くことは難しい。
「しかし双子か……」
そっくりなんだろうな……
先に産まれた女の子……ソフィアと全く同じの容姿をしているのだろう。
「……何か騒がしいな」
俺はドアの向こう側を睨みつけた。
何か、大騒ぎしている。
もし生まれたなら、赤子の声が聞こえるはずだが……
「見てくる」
俺は立ち上がり、ドアを開けようとするが……
それより先に中から若い呪術師が出てきた。
「申し訳ありません、陛下。もうしばらくお待ちください」
「……何か起きている?」
「えっと……」
「どうなっているか聞いている!!!」
俺は思わず呪術師を怒鳴りつけた。
若い呪術師は体を竦ませる。
しかしその場から動かない。
クソ! 何が起こってる?
―これは不味いね。羊水が血液中に出ちゃってる。このままだと死ぬね、ユリアちゃん。あと産まれた赤ちゃんも泣かないね。多分、羊水を吐き出せてない。自力だと難しいんじゃないかな?―
小さい、女の子の声が俺の耳を擽った。
妖精だ。
「おい、お前……」
―ふふ、あなたは運がいいよ。私が何とかしてあげよう。安心して。代わりに麻里を殺せとか、要求はしないから。でもこれを機に、私への態度を少し柔らかくしてね―
そんな囁き声と同時に、赤子の泣き声は響いた。
俺は呪術師を突き飛ばし、室内に入る。
「ユリア!!」
「……アル、ムス。何か、分か、らない、けど……助か、ったみ、たい」
ユリアは苦しそうに、しかし俺に向かって微笑んだ。周囲の呪術師は驚きの表情を浮かべている。
妖精が何か、したんだろう。
俺は視線を産婆に移した。
正確に言えば、産婆が抱いている赤子に。
黒髪の可愛らしい赤子だ。
ユリアは俺に対して誇らしげに笑った。
「……男の子だよ」
俺は産婆から赤ちゃんを受け取る。
布を捲り、確認した。
……確かに付いているな。
ナメクジみたいなサイズだが。
「よくやった、ユリア」
俺はユリアの頬にキスした。
ユリアは安心したのか、目を瞑った。
そのまま安らかな寝息を立てる。
疲れて眠ってしまったようだ。
「さて、お前の名前は大分前から決まってたんだ」
俺は母親と同じように眠る黒髪の男の子に語り掛ける。
俺は軍神マレスの息子ということになっている。
だから、この子の名前は……
「マルクス。お前の名前はマルクスだ」
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―ロマリア帝国二代目皇帝マルクス。
歴史上、彼ほど優秀な『二代目』は存在しないだろう。
産まれたばかりの新生児のようなロマリア帝国最大の幸運は、二代目の皇帝がマルクス帝だったことと言っても過言ではない。
アルムス帝のやり残した事業を全て完遂させ、土台を押し固め、アルムス帝が処理しきれなかった問題や創り出してしまった負の遺産の殆どをマルクス帝が解消させ、そして千年後の今に至ってでもロマリア史上『最強の敵』と称される『悪魔』を追い出し、建国以来最大の危機を乗り越えたのだから。
ロマリア帝国は今後幾度も姿を変えるが……
その変わらぬ土台はアルムス帝とマルクス帝によって築かれたのだ―
『ロマリア皇帝史』より抜粋
誕生日おめでとう、マルクス
ついでに俺
一応、マルクス編まではこの話でやる予定です




