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異世界建国記  作者: 桜木桜
第六章 建国と王太子
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第二百二話 第四次南部征伐Ⅲ

 その後、ロサイス軍はゲヘナを包囲した上で一方的にこう告げた。


 『一週間以内に選挙を行い、代表を決めよ。その代表とのみ、アルムス王は交渉する』と。


 少々混乱はあったようだが、ゲヘナはきちんと代表を選挙で選んでこちらに送りだしてきた。

 選ばれた男はアブラアムから遠縁の政治家のようだ。


 アブラアム側を右派、反アブラアムを左派と仮定するのであれば中道左派……辺りが適切だろう。


 アブラアム派と反アブラアム派の双方から、上手く支持を得られたようだった。


 「このたびはお詫びのしようがございません。アルムス王陛下」

 

 開口一番、ゲヘナから送られてきた代表は俺に頭を下げた。

 首謀者の男の首は跳ね飛ばしたので、俺の怒りは収まり掛けている。


 だから謝る必要は無い……のだが、俺はその謝罪を不機嫌そうな態度で迎えて置いた。

 取り敢えず、まだ怒っている振りをしていた方が良いだろう。


 「私は今までゲヘナは大切な友人だと考えていたのだがな、実に残念だ」

 「……誠に申し訳ございません」


 再び頭を下げる。

 ……ふむ、外交官としての能力はイアルに劣るな。


 俺はひたすら頭を下げる代表を見下ろす。

 余程俺が怖いのだろう、手が震えている。


 まあゲヘナはアブラアムが全てを取り仕切っていたからな。

 政治家が育っていないのだろう。


 「正直なところ、腹の虫は治まっていない。しかし幸運な事にユリアは死んでいないし、首謀者はこの手で殺した。この辺りで剣を治めるのが文明人として、妥当なところだろう。……そちらが誠意を見せればな」


 俺はゲヘナの代表を睨みつけた。

 代表は震え声で答えた。


 「は、はい……我々としても最大限のお詫びをさせて頂こうかと考えております」

  

 ゲヘナの代表は怯えた表情のまま、条件を提示して来た。


 ・ゲヘナはロサイス王の国に同盟市待遇で併合。

 ・ゲヘナの金山の利権はすべてロサイス王に譲渡する。

 ・ゲヘナは今後、陸軍を一切組織しない。

 ・ゲヘナの有力政治家の子息をロサイス王の国に留学させる。

 ・両国間に大使館を設置する。


 ……悪くないな。

 というか、想像以上の条件だ。


 外交交渉は通常、最初は受け入れられないことが前提の条件を提示する。

 つまりこの代表は、この条件を俺が受け入れないと感じているのだろう。


 ゲヘナ市民が皆殺しにされるとでも思ってるのだろうか?

 失礼な話だ。


 「自治市待遇で構わん。その代り五百ターラントを即金で、千ターラントを十年払いで支払え」

 「か、寛大なご処遇、ありがとうございます!!」


 侵略者に礼を言ってるんじゃねえよ。







 「して、陛下。私はどうなりますか?」

 「それはテトラ次第だ」


 俺はアブラアムの問いに答える。


 ユリアはおそらく、そこまで気にしない。実際、何の被害も無かったのだから。


 だから問題はテトラが許すかどうかだ。


 実際のところ、この事件での一番の被害者はテトラだ。

 アス氏族の過激派の暴走により、テトラの立場が以前よりもずっと悪くなったのだから。


 テトラはこのことをかなり気にしている。


 「少なくとも、俺はあなたを殺すつもりは無いが、かといって積極的に助けようという気持ちもない。だからテトラに命乞いをされれば助ける。逆にテトラからどうでも良いと言われれば、その首は刎ねさせて貰う」


 「はは……そうですか、では孫娘の温情に期待しましょうか」




 


 「どうする? テトラ」


 俺はテトラを呼び出し、尋ねた。

 ユリアも当事者なので、同席だ。


 「……どうする、というのは?」

 「責任を取らせる意味で殺すのも選択肢として有る。ゲヘナへのカードとして温存するという選択肢も有る。まあ、どちらも大して大きな影響は無い。だからテトラがあの男を助けたいか、意思を聞きたい」


 テトラは少し考え込んだ後、口を開く。


 「被害者はユリア。ユリアが決めるべき」

 「私もどっちでも良いよ。実際に殺されたわけじゃないし、恨みも無い。でもだからと言って、積極的に命を助けてあげようとは思わないな。だって、下手したら殺されてたし、この件はあの人の管理不足が原因でしょ? ……テトラが助けたいって思うなら、私はその意見を尊重する。テトラが許さないって言うなら、処刑しちゃった方が良いよ」


 ユリアは被害者に成りかけただけであり、被害者ではない。

 ユリアの立場は揺らいでいない。

 

 一方、テトラの政治的立場は今回の件で悪化した。

 俺はテトラをどうこうするつもりは無いが……


 俺でなければ、離婚させられてもおかしくないほどの案件だ。

 テトラからすれば良い迷惑だろう。


 「……あの人と話してみたい。良い?}








 「……こんにちは。お爺様」

 「テトラ妃殿下ですか」


 テトラは王宮の地下に設けられた部屋でアブラアムと対面した。

 アブラアムの視線は自然とテトラの大きく膨らんだお腹に行く。


 「触ってみたい?」

 「……宜しいのですか、テトラ妃殿下」

 「テトラで良い」


 アブラアムは恐る恐る、テトラのお腹に触れる。

 

 「……動きましたね。生まれるのはいつですか?」

 「十一月の予定」

 「あと二か月と少しですか」


 アブラアムはどこか遠い目をする。


 「君と出会ったのは……四年くらい前だったか? アルムス陛下と君がゲヘナに訪れた時だったな。……目を疑ったよ。ヘレン……生き別れた娘が時間を越えて姿を現したのかと思った」

 「私は言われなければ分からなかった。……お母様と、お爺様は似ていない」


 テトラの正直な感想に、アブラアムは苦笑いを浮かべる。


 「良く言われるよ。本当に、私には全く似ていない娘だったな。私と違い、優しい良い娘だった」

 「……丸くなった?」


 テトラは首を傾げた。

 テトラの記憶の中のアブラアムはもっと野心的な人物だった。

 孫と曾孫―テトラとアンクスを利用して、ロサイス王の国に内政干渉を仕掛けようとする。


 そういう男だったはずだ。

 事実、数年前までテトラはそんなアブラアムの野心を感じ取っていた。

 しかし今となっては、前までの覇気が感じられない。


 「そうかもしれん。最初は君とアンクス王子を利用して、ロサイス王の国をひっくり返してやろうと考えていた。ゲヘナ権益の確保のためだ。……しかしいつの頃からか、目的がゲヘナの権益確保からゲヘナ生存のために変わっていた。気付けば、内政干渉をしようとする気持ちすら薄れていたよ」


 アブラアムはため息をついた。

 そしてどこか遠い目をする。


 「私が僭主となったのは……三十五の頃だ。丁度ヘレナが十五の時だったかな? あの頃の私は野心に溢れていたよ。ゲヘナを支配した次はレザドとネメスを。その後、南部キリシア一体のキリシア諸都市を征服してやろうと考えていた。その後はトリシケリア島の全島支配、そこを足掛かりにポフェニアを、そしてキリシア本土の諸都市をも支配下に治め、テーチス海を支配してやろうと、本気で考えていた」


 アブラアムは懐かしそうに、しかし悲しそうに語る。

 アブラアムに出来たのはゲヘナを支配するまで、アブラアムの夢はそこで頓挫してしまったのだ。


 「テトラの夫……アルムス陛下を見たときは利用してやろうと考えた。所詮、まだまだ経験不足の若造だろうと。……確かに、アルムス陛下は経験不足の若造だった。しかし若造は若造でも、年若い獅子だった」


 アルムスはあっという間に支配権を広げ、自国の国際的地位を高めていった。

 アブラアムを中心とする外国勢力に何度も内政干渉をされ、一時は平民の兵役拒否という一大事にまで発展したが、逆にそれを利用して国内の意見を一致させてしまった。


 その後はレザド、ネメスを併合し、ついにはポフェニアすらも打ち砕いた。

 アブラアムに出来なかったことをアルムスはいとも容易く成し遂げた。


 「無論、下地が違うというのは大きいだろう。アルムス陛下が即位する前から、ロサイス王の国は十分国力の土台は築かれていた。ロサイスの地はアデルニア半島では珍しく平野部で土地も肥沃、そして中央集権化も少しづつだが進んでいた。バルトロ将軍のような優秀な将軍もいた」


 しかし、それは言い訳だ。

 ゲヘナだって負けない程度の……いや、それ以上の下地はあったのだ。

 

 「俺の失策は反抗する者を処刑し、追放してしまったことだろう。それで人材が枯渇してしまった。あの時は少しでも自分と意見が違う者、反抗する者は敵に見えたんだ。それに俺より優秀な奴が部下だと、裏切られたらどうしようかと思わず考えてしまう」

 「そこはアルムスとの器の差」

 

 テトラは誇らしげに胸を張る。

 アブラアムは苦笑いを浮かべた。


 もっとも、アルムスも粛清はしているのだが。


 「アルムス陛下の躍進を見ていたらね、年と自分の限界を実感してしまったんだ。俺はこの若者には勝てない、そう思ってしまった。その時から俺は老獪な政治家から、ただの老いぼれになったんだろう」


 アルムスに勝てないと思い込んだ時から、老いが始まったのか。

 老いが始まっていたからアルムスに勝てないと思い込んでしまったのか。


 どちらが先かは分からない。

 しかし、確かなことはアブラアムはその時からアルムスには永遠に勝てなくなったということだ。


 「はあ……年は取りたくないな」

 「そうだね」

 

 テトラとアブラアムは微笑みあった。


 「テトラ、ヘレンについて聞いてもいいか? あとヘレンを奪ったラドウとかいう男のことも。……辛かったら言わなくても良いが……」

 「大丈夫。もう、昔のことだから。仇は討ったし。それにお爺様には聞く権利があるから」


 テトラはそう言って、両親との思いでについて語りだした。

 十年以上も前の事、テトラも正確に覚えているわけでは無い。しかし懸命に思い返しながら、アブラアムに生前のヘレナについて語る。


 その後、話はアルムスとの出会いに移った。

 七割はアルムスとの惚気話だが、アブラアムはそれを愉快そうに聞く。


 「アルムス陛下はテトラを幸せにしてくれているようだな、良かった」

 「当たり前。アルムスが一番好きなのは私なんだから」


 アブラアムは曖昧に笑う。

 そして姿勢を正し、頭を深々と下げた。


 「済まない。危うく、テトラの幸せを壊してしまうところだった。私の落ち度だ」

 「……大丈夫。未遂だから。気にしないで。……それよりもあなたに、ゲヘナの僭主ではなく私の祖父のアブラアムに曾孫を二人見せてあげたい。私の夫の立派な姿を見て欲しい。だから頭を上げて」


 テトラがそう言うと、アブラアムはゆっくりと頭を上げた。

 とても晴れ晴れとした表情を浮かべ、アブラアムはテトラに告げた。


 「ありがとう、テトラ」


 二人は抱きしめ合った。








 テトラが去った後、アブラアムはため息をつく。


 「俺は人間の屑だな。テトラが俺を殺すはずがない。そんなことは謝る前から分かってたことだろ……」


 許されていいはずがない。 

 自分の過ちは許されて良いモノでは無い。


 「俺の失政の所為でゲヘナは征服された。孫娘も政治的立場を悪化させた。その上で生きると? 身内を情に流されて許したという前例を作ることで孫とその夫の足を引っ張り続け、ゲヘナに対する人質としてゲヘナの民に迷惑をかけ続けろと?」


 そのような事がまかり通っていいはずがない。

 何より、アブラアム自身が許さない。


 「死ぬときは潔く、静かに。みっともなく生にしがみ付いてはならない」


 アブラアムは指に嵌めていた指輪の宝石を取り外す。

 宝石の下に隠しておいた小さな丸薬を取りだした。


 「用意しておいて正解だったな」


 アブラアムは丸薬を飲み込んだ。


人は強制的に産まれさせられる

でも死ぬときは選べる

自殺こそ、人間にとって最高の自由である


という哲学思想を持ってます。アブラアムさんは。

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