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異世界建国記  作者: 桜木桜
第六章 建国と王太子
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第二百一話 第四次南部征伐Ⅱ

 ロサイス王妃暗殺未遂事件。


 この事件について、アブラアムにお前は関係あるか? と聞けば是であり、関与したか? と聞けば非である。

 

 アブラアムがアンクスを王太子に持ち上げたい理由は二つ。


 一つは曾孫可愛さ。しかしこれはアブラアムの私的な理由。

 二つ目……本当の理由はゲヘナの安定のためである。


 自分が死ぬ前にゲヘナの立場をロサイス王の国の中で明確にしたい。

 それがアブラアムの目的である。


 つまりアルムス王に敵対するような行為は本末転倒。

 暗殺など、下策中の下策である。


 アブラアムはあくまで、政治的な圧力でアンクスを王太子に立太子させようと考えていた。


 では、誰がこのような幼稚な策を練ったのだろうか?





 「貴様の所為で大変なことに成った。どう責任を取ってくれる?」


 アブラアムは目の前で縄で縛られている男を見下ろした。

 この男はアブラアムの兄弟の孫……姪孫の夫である。


 現在、アブラアムの後継者と目されている男だ。

 最も、アブラアムはこの男に自分の地位を継がせる気は無かった。


 僭主という立場は非常に不安定だ。

 この立場は王族のように血筋的なモノでは無い。


 ゲヘナに居る市民たちの支持によるモノ……つまり民主的な土台の元成立している。


 この立場を維持し続けるには、常に市民の人気取りに精を出さなくてはならない。


 並大抵の政治家では維持することは難しい。


 アブラアムが見る限り、この男にそれだけの政治家としての才覚は無い。

 短絡的な性格をしているため、常に先を見通し、様々な階級の人間を見渡し、全ての人間を納得させ続けなくてはならない僭主としては致命的に職業的相性が悪い。


 口は達者であるため、特定の層を代表する過激な政治家としてなら、大成する余地はあるかもしれないが。


 しかし本人の自己評価は違う。

 本人は自分の事を優秀な政治家……アブラアム以上に優秀な政治家であると思い込んでいる節がある。


 しかし本人がどう思おうと、アブラアムに無能と判断されている以上この男が後継者になることは無い。


 アブラアムは自分の死後、ゲヘナの政体を元の民主制に戻すつもりでいた。

 そのための下準備も着々と進めている。

 

 アブラアムが少しづつ鍋の蓋(言論統制)を緩めたことで、少しづつアブラアムへの批判がゲヘナでは増え始めている。

 そしてアブラアムの死後、ゲヘナを指導できる人材も市民の中で表れ始めている。


 後はアブラアムが死に、その遺言書……ゲヘナを民主制に戻すように書かれた最後の命令が下されるだけだ。


 ゲヘナで選挙が行われたとして……姪孫の夫は勝ち抜くことは出来ないだろう。

 ゲヘナの市民は長年の僭主政治に不満を抱いている。


 姪孫の夫に票が入ることは無く、寧ろ陶片追放に遭う危険もある。


 故にこの男はどうにかして、ゲヘナの民主制への回帰阻止とアブラアムからの後継者指名が欲しいのだ。


 そこでこの男が考えたのがユリア暗殺である。


 ユリアを暗殺すれば、王太子はテトラの子しか選択肢は無くなる。

 そうなればきっとアブラアムは喜び、自分を後継者に指名してくれる。

 その上アブラアムの死後、ロサイス王の国の力を背景に自分たちの政権を維持し続けることが出来る。


 という短絡的な考えだ。


 王族の暗殺というのは言葉にするのは簡単でも、成功させるのは非常に難しい。

 失敗する可能性の方が高い。

 しかしこの男は失敗する可能性を考えなかったようだ。


 目先の利益に取り付かれ、都合の悪いところは何一つ見えていないことにする。

 典型的な愚者である。


 そもそもどうせ暗殺するならユリアよりも、アブラアムの方が良い。

 アブラアムを殺して、遺言書をでっち上げた方が余程成功する可能性は高いだろう。


 難易度が低く、死んでも怪しまれないアブラアムを身内であるという理由で初めから暗殺の選択肢から外し、警備が厳しく、難易度が高いユリアを暗殺の対象として選ぶ辺り、謀略家としても二流と評価せざるを得ない。


 さて、案の定失敗した暗殺だが……この男は暗殺が失敗した時点であっさりとアブラアムに相談した。

 

 どうすれば良いでしょうか?


 正直は美徳だが、少々阿保と言わざるを得ない。

 そもそもアブラアムからすれば、どうすれば良いか聞きたいのは自分の方であろう。


 アブラアムは一先ず、この男を捕えた。そうする以外、他はない。

 斯くして冒頭に戻る……


 

 「ど、どうにかして誤魔化せないでしょうか?」

 「そもそもどのような計画だったのか、洗いざらい話せ。全てはそれからだ」


 男はアブラアムに自分の立てた計画を全て自白した。



 まず初めに自分の子飼いの商人達に命じて、アス氏族の過激派豪族に金を貸す。

 同時に彼らの政治的な野心を刺激する。

 その後、自ら手紙を書いて過激派豪族に送り、アンクスの立太子について支援すると伝える。                

 後は経済的な圧力と政治的な後押しで、ユリアの暗殺に駆り立てる。


 以上だ。


 「……ふむ、一つ聞こう。お前の子飼いの商人というのはお前が解放した元奴隷共か?」

 「はい、そうです……」


 解放奴隷が主人から融資を得て、商売をするのは良くあることだ。

 解放奴隷とはいえ、元奴隷。主人との繋がりは断たれることは無い。


 解放奴隷は出来るだけ元主人の命令に従うのが、キリシアやアデルニア半島のルールである。


 「……解放奴隷共に同情する。貴様のような馬鹿な元主人に振り回されるとはない。しかし誘いに乗るアス派豪族も馬鹿だな……」


 選択肢はいくらでもあっただろうに……

 アブラアムはため息をつく。


 今回の事件が起こった原因は計画者、実行者含めて愚者ばかりだったことだ。

 不幸中の幸いは、愚者ばかりだったため情報の管理が疎かで未遂に終わったことだろう。


 もし実行に移されていたら、ロサイス王の国は分裂、南アデルニア半島全域を巻き込んだ大戦争に繋がったかもしれない。

 

 「……命は覚悟しておけ。庇い切れん」


 アブラアムは男を冷たく見放した上で、呟いた。


 「俺の命もここまでかもしれんな」








 「ふむ……ここまで抵抗は一切なかったな」


 ゲヘナ首都まで進軍する間、ゲヘナに従属していた都市国家からの抵抗は一切なかった。

 まあ、ゲヘナのために勝てない戦をするほどゲヘナに恩があるわけでは無いのだろう。


 ついでにゲヘナを寝返って、自治市待遇での属国化を誘ったらいくつかの国で色の良い返事を貰った。


 「問題はゲヘナがどう出るかだが……まあ、戦は起こらないだろう」

 「そうですね……あの男の性格からしてあり得ないでしょう」


 バルトロは俺の意見に同意した。

 無論、籠城戦をすればゲヘナにも勝機はあるが……


 その前にアブラアムの首が飛ぶだろう。

 ゲヘナ市民の手によって。


 賢い選択とは言えない。


 「アブラアムの首、どういたしますか?」

 「……悩みどころだな」


 アブラアムがこの計画の首謀者であるというならば、首を刎ねる必要が出てくる。

 ……しかし、アブラアムはテトラの祖父だ。


 テトラは幼い頃に両親を殺された。

 血の繋がった身内はアンクス以外にアブラアムしかいない。


 まあ……テトラ本人がどれだけアブラアムのことが好きかは分からないが……


 殺さないで済むなら、その方が良い。

 

 それに曲りなりにも、祖父殺しは醜聞になる。

 殺さないで済むのであれば、その方が良い。

 

 「一先ず、事情を聞いてからにしようか」








 ゲヘナが見えるところまで兵を進めると、ゲヘナから四頭立ての馬車が一台やってきた。

 俺は馬車を騎兵に命じて捕えさせた。


 馬車から姿を現したのは、アブラアムを含めて五人。

 アブラアムと見知らぬ縄で縛られた男。

 一人の奴隷と思しき人間。

 そして帯剣した兵士二名。


 兵士から武器を没収させたのち、俺は五人の目の前に立った。


 「アブラアム殿、説明は不要でしょう。……そちらの言い訳を聞いてやる。もし下手な言い訳を言ったら、その首は貰う」


 俺は剣を抜き放って、一方的に告げる。

 

 アブラアムは殺したくはない。

 しかし一方で俺の気分は未だに収まっていない。


 妻が殺されかけたのだ。

 それをへらへらと笑って許せるほど、俺の器は広くない。


 「すでに馬鹿共の取り調べは済んでいる。だから下手な嘘をついたらすぐに分かる。良いな?」

 「承知しています。陛下」


 アブラアムは表情を全く変えず、淡々と事情を話し始めた。


 アブラアムの話が終わった後、ライモンドに視線を移した。

 ライモンドは静かに首を横に振る。


 ……矛盾はないか。


 「愚か者はすでに捕えています。陛下の煮るなり焼くなり、お好きなようにして下さい。……ところで私の首が落ちる前に、ゲヘナについてご相談があるのですが……」

 「その前にやるべきことがある」


 俺は剣を抜いて、歩み寄った。

 アブラアムは静かに目を瞑る。


 俺はアブラアムの横で縛られていた男の首を切り落とした。

 緑色の草原が真っ赤に染まる。


 「アブラアム、あなたにはロサイスまで来て貰う。ゲヘナの今後については、あなたではなくゲヘナの市民と話し合わせてもらう」

 「……そうですか、分かりました」


 ゲヘナの僭主がただの老人に転落した瞬間だった。

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