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異世界建国記  作者: 桜木桜
第六章 建国と王太子
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第百九十九話 説教

 「陛下は家族に甘すぎるな……」


 一週間ほど前、アルムスをロン達の元に送りだした後、ライモンドはため息交じりに呟いた。

  

 家族を大切にするのは、人間として美徳だろう。

 王家の仲が悪ければ後の内乱に繋がるため、王としても悪いことでは無い。


 しかし良い夫や良い父が良い王であるとは限らない。

 アルムスが目指さなくてはならないのは良い王であり、良い夫や父ではない。


 アルムスは父や夫である前に、王であり主君である。

 

 「そもそもご本人がお体を崩されては元も子も無いでしょう……」


 ユリアやテトラは鬱憤を吐き出せて、気分が良くなるかもしれない。

 しかしその鬱憤を全て背負わされるアルムスの心身は疲弊していく。


 そもそも男児が生まれるのか生まれないかなど、神にしか解決できない問題だ。

 人に相談したところで無駄である。


 このままアルムスが壊れるのも、爆発するのも問題になる。

 それを避けるためにライモンドはアルムスに、遠いところで一時的に家族のことを忘れて休むように忠言したのだ。


 「さて、問題はここからか……」


 ライモンドは頭を抱えた。

 五月蠅く騒ぐであろう、二人を納得させて、叱りつけるという難題に挑まなくてはならないのだ。






 「何の御用でしょうか? ユリア様、テトラ様」


 ライモンドは執務室にやってきたユリアとテトラを迎えた。

 ライモンドの視線は自然と二人のお腹に向く。


 大きく膨らんでいる。

 予定ではユリアは約一か月後、テトラは約三か月後の出産になっている。


 (お腹の子に障る可能性が少しあるが、仕方が無いか)


 ライモンドは腹を括った。



 「アルムスはどこにいるの?」


 最初に口を開いたのはユリアだった。

 その表情から怒っていることが分かる。


 ライモンドは、美人は怒った顔も綺麗なんだなとどうでも良いことを考えた。


 「陛下は西部へ視察に向かわれました。西部征伐の戦況を確認するためです」


 ライモンドは機械的に答えた。

 ユリアやテトラに睨まれても、一切の動揺を見せない。


 「何故?」


 テトラが不安そうに尋ねた。

 純粋にアルムスを心配しているのか、ただ心細いからか、それともその両方か。

 判断は出来ない。


 美人にこんな顔をされれば、思わず構ってしまうのも無理はないな……と、ライモンドはまたもどうでも良いことを考えた。


 「先ほど言った通りです。西部征伐の戦況を確認するため、それ以外の理由はありませんよ。視察が終わったら、次はレザドの視察に赴くそうですよ? 当分……一週間、二週間は帰って来られませんね」


 ライモンドは飄々と答えた。

 妃二人に詰め寄られても、全く動じない。


 仮にこれがイアルやバルトロだったら、どうしても物怖じしてしまうだろう。

 しかしライモンドは先王の弟。

 一時期は体調の悪い先王に代わって、政治を取り計らっていた男だ。

 

 この程度のことでは、揺らぎもしない。


 「そもそも御二人は陛下に何の御用ですか?」

 「何のって……」

 「陛下に愚痴を聞いて貰うためですか?」


 ライモンドは目を細めた。

 ユリアとテトラは声を詰まらせる。


 「陛下には一時、宮殿から離れて貰いました。煩わしいモノを忘れて、ゆっくりして貰うつもりです」

 「煩わしいって何のこと?」

 「あなた方のことです。御自覚がありませんか」


 二人は目を反らした。

 自覚はあった。


 しかしアルムスが優しかったため、ついつい甘えてしまったのだ。


 「厳しいことを言わせていただきますが……男児が生まれるか、生まれないかなど分かるのは神だけです。いくら心配しようが無駄なことです」

 「で、でも……」

 「呪術師であるあなたならお分りでしょう。産み分けなど不可能です。産んでみなければ分からないことを聞かれても、陛下だって答えられません。陛下にだって出来ることと出来ないことがあります。出来ることがあるとすれば、男児が生まれるように神に祈り続け、生まれなかったら次に取り組む。それだけです」


 ユリアは顔を俯かせ、黙り込んでしまう。


 続いてライモンドはテトラに視線を移す。

 テトラは思わず後退りした。


 「自分の子がどうなるか心配なのは分かります。母親として当然のことでしょう。しかし杞憂です。あなたの子を誰かが害するなど、有り得ませんし陛下がそれをお許しにならないでしょう。そんな当たり前の事はあなたも分かっているはずです」

 「で、でも……」

 「あなたはただ、構って欲しいだけでしょう? 違いますか? 陛下の御関心がユリア様にだけ向くのが気に食わない。だから有り得もしない心配事を心配して、気を病んでいるように見せかけている」


 テトラは目が動揺で揺れ動く。

 

 「そ、そんなことは無い。ただ心配で……」

 「その心配はあなたが勝手に作りだした虚構の心配です。ですから、御心配は無用です」


 テトラが再び反論しようと口を開こうとするのと同時に、ライモンドは立ち上がった。

 ユリアとテトラの肩が震える。


 「そもそも、あなた方は母や妻である前にこの国の王の妃です。国王陛下は国家の父(パーテル・パトリアエ)。ですから、その妃であるあなた方は国家のマーテル・パトリアエです。国家のマーテル・パトリアエとして相応しい行動を採っていただきたい」


 ライモンドは二人に、公人としての自覚を促した。

 二人はただのユリアやテトラではない。

 

 アデルニア半島統一を目指す大王の正室と側室だ。

 いつまでも、『娘』のままで居て貰われては困る。


 「子は父が居なくとも生まれます。陛下が留守になったというだけで、そんなに動揺されては困ります。ロサイス氏族の祖、ガイウス・ロサイスには父親が居なかったというのはご存じですね? 彼を育てたのは、たった一人の母親です。夫も親族の助けも無しに、彼女は一人息子を育て上げた。母親に求められるのはそういう強さです。……私にはあなた方が母親に相応しいようには見えません」


 ライモンドは二人に母親の在り方を説き続ける。


 「そもそも妻は夫に従属するモノです。確かにあなた方は優秀な呪術師だ。しかしその前に妻です。妻は夫の家父長権に支配されるものです。夫を支え、励まし、鼓舞し、時には慰めるのが妻の役割です。今のあなた方はどうですか? 陛下に支えられ、励まされ、鼓舞され、慰められているではありませんか」


 アデルニア半島の家庭は、父を頂点として妻や子、奴隷が支配される―いわゆる家父長権による支配が非常に強い。

 呪術師という、社会的に成人男性と同等以上の地位を築いている存在もあるが、その呪術師も結婚すれば家父長権に組み込まれる。


 家庭とは、人間社会の最小単位である。

 家庭の秩序無くして、国家の秩序は無い。


 ……というのが、ライモンドの考えであり一般的なアデルニア人の価値観である。


 「厳しいことを言わせていただきますが……あなた方が妃のままでは国のためにならない。もしこれ以上陛下の御負担になるようなら、離縁して頂きます」

 

 ライモンドの言葉に、テトラが真っ青になる。

 テトラの場合、政治的な不安定さを理由にいつ離縁させられてもおかしくないからだ。


 テトラの地位を確固たるものにしているのは、アルムスからの愛情であり、逆に言えばそれ以外の強力な後ろ盾は無い。


 「ユリア様、今、自分はどうなっても離縁させられることは無い……とお考えになりましたか?」


 ライモンドはユリアに視線を移した。

 ユリアの表情には焦りは見えない。


 そもそもアルムスの王位を正当化しているのは、ユリアのロサイス氏族家宗家の血統だ。

 だからユリアは余裕を持つことが出来る。

 確固たる後ろ盾があるからだ。


 「……事実、私を離縁させたら困るのはアルムスでしょう?」

 「そんなことはありません。陛下からお話しは聞いているでしょう? 陛下はユリウス氏族家という新たな家を作り、ロサイス王の国とは違う国を建国しようとお考えになられている。……安定を考えれば、ロサイス氏族家宗家のあなたの血筋は必要ですが、どうしても必要というわけではありません」


 アルムスがロサイス王の国を継ぐのであれば、ユリアの血筋は必要だ。 

 しかしアルムスはロサイス王の国とは違う、別の国家を立ち上げようと考えている。


 穏便に済ませるのであれば、ユリアの血筋は必要だが……

 アルムスの王位の正統性には不必要だ。


 「そもそもロサイス氏族家宗家の血を引く者はあなた一人ですが、近縁の年頃の娘ならいくらでも替えがありますよ。あなたと同じくらい容姿は優れて、あなた以上にしっかりした女性が」


 (容姿はちょっと言い過ぎたな……)


 ライモンドは自分の親戚の娘の顔を思い浮かべる。

 決して醜女ではないが、美人とは言い難い。ユリアと比べれば、月とすっぽんだ。


 とはいえ、この場合問題は容姿ではなく血筋である。


 ライモンドはユリアの顔色を窺う。

 先ほどよりも、少し青ざめているように見える。


 自分の地位が、思っていたほど確かではないことに気が付いたのだ。


 「最も、私もあなた方に恥を掻かせたくありませんし、陛下も離縁には反対なさるでしょう。しかし可能性は十分にあります。……男という生き物はあっさり目移りしますからね。そう言えば、最近陛下はアリスという娘に対して随分と親し気ですね。今回の御視察にも連れて行っているようですよ」


 別にライモンドはアリスをアルムスの妻にしてやろうなどとは毛ほども考えていない。

 いくら金髪美女で薄幸属性を持っていても、元奴隷の野蛮人(ゲルマニス人)であることは変わらない。


 例えアルムスがアリスを側室にしたいなどと妄言を言っても、ライモンドは断固反対するつもりだ。


 ライモンドがアリスを持ち出したのは、アリスを二人の対抗馬にするためだ。

 二人はアルムスの愛情に胡坐を掻いてしまっているように見える。

 少なくとも、アルムスに愛されるための努力を最近はしていない。


 その原因は二人に対抗馬が居ないことであると、ライモンドは考えている。

 ユリアとテトラが互いに競争してくれるのであれば良いが、二人はよくも悪くも仲良く妥協してしまっている。


 無論、競争が激化すれば政治問題になるので、ユリアとテトラが競争をしないのはライモンドとしては望ましいことだ。

 しかし競争が無いと人は堕落する。


 その点、アリスという女は対抗馬として素晴らしい。

 何故ならアルムスがアリスを如何に愛そうとも、アリスの子供が後継者になることは天地が裂けてもあり得ないからだ。

 神が許そうとも、民と家臣が許さない。


 その上アリスには家族が居ない。

 アリスの家族が外戚として、権勢を握る可能性も無い。


 故にアリスは絶対に政治問題とならない。

 家庭の問題にはなるだろうが。


 「一先ず、陛下がお戻りになるまで一週間以上もあります。……その間、化粧の研究でも為されたらどうですか?」


 「……はい」

 「……分かりました」


 ユリアとテトラは肩を落としながら、ライモンドの執務室から去った。


 ……

 ……

 ……


 「はあ、疲れた……」


 ライモンドは机に突っ伏した。

 自分よりも目上の相手を叱るのは精神を大きく疲弊する。


 随分と無礼も働いた。

 二人の聞き分けが良かったのが幸いだ。


 「全く、年寄りに無茶をさせないで欲しいですね」


 ライモンドは肩を竦めた。




 それから約一週間後……

 アルムスとアリスが浮気温泉旅行を始めたのと同じころ。


 ライモンドは大量の書類を捌いていた。

 アルムスが抜けた今、ライモンドの作業量は倍増している。


 ライモンドは書類を仕分けしながら、一つ一つ問題を片付けていく。

 ちなみに水利関係の訴訟が書類の七割を占めている。

 

 コンコン

 

 扉をノックする音が執務室に響く。

 ライモンドはペンを止めた。


 「閣下、入室してもよろしいでしょうか?」

 「構わん。入れ」


 ライモンドの執務室に一人の女が入ってくる。

 ロサイス王の国の呪術師だ。


 彼女はロンの元で防諜を担当している呪術師だ。

 平民、豪族の監視。間諜の摘発。麻薬の密売の取り締まりなどがその役目だ。


 「至急、お耳に入れたいことがございます」


 呪術師はライモンドに、新たに緊急の要件を伝える。

 ライモンドの顔色が変わった。


 「それは確かか?」

 「調査中ですので、確かなことは……しかし、信用できる情報です」


 ライモンドは目を瞑り、思案に耽る。

 そして呪術師に伝えた。


 「まずは陛下にご報告する。早馬を準備させろ。あと、このことは他言無用だ。このことを知る者には固く口止めをしろ。もし情報が漏れ出たら、貴様らの首が飛ぶと思え」

 「は!!」


アルムスがプッチンすると泥沼化しそうなので、ここは老人に人働きして貰いました


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