第百九十七話 逃亡Ⅰ
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「それで逃げてきたんですか?」
「……端的に言うとそうなるな」
俺は今、第二次西部征伐の最前線の街に来ていた。
ロンたち三人と西部地方の統治について話し合い、ついでに兵士たちを鼓舞するため……
という名目で城から逃げてきた。
確かに妊娠中の妻二人を置いて逃げるのは非道かもしれない。
でもさ……
「毎日最低四時間、最長六時間だぞ! それが一週間!! モノには限度があるんだよ!!」
確かにユリアもテトラも美人だ。
性格も良いしスタイルも抜群だ。
最高の妻だ。それは認めよう。
しかしだ、毎日仕事が終わって疲れ切った後に六時間も生産性のない愚痴や不安を何度も何度も似たようなことを繰り返し繰り返し繰り返し言われるのは耐えられない。
相手が最高の妻だとしても限界だ。
というか、むしろ怒らずに今まで一つ一つ丁寧に、同じことを聞かれても返し方を少しづつ変えて、答えてあげていた俺の器の大きさと優しさの方を褒めて欲しい。
それに逃げるように進言したのはライモンドだ。
「俺が耐えきれずライモンドに相談したら、『陛下の精神の方が心配なので、一先ず理由を付けて一週間ほど留守にして休んでください。私の方から御二方は説得します。良いですか、陛下。ああなった女をいつまでも相手にしてたらキリが無いですよ』って」
この問題はユリア様が男児を産まない限り、何を言ってもしても解決しない。
あなたが居ても居なくても、男児が生まれる時は生まれるし、女児が生まれる時は生まれる。
頭を悩ませて精神的に摩耗するだけ損だから、気を楽にしなさい。
とのことであった。
流石、人生の先達である。
伊達に年は取ってない。
「しかし女児が生まれたときの事を考えると今から頭が痛くなる……何か、男児が生まれる呪術が魔術でも無いかな?」
「あったらユリア様がとっくに試しているのでは?」
ロンの冷静な指摘。
おっしゃる通りだ。
「そう言えば……ライオンの肉を食べると男児が生まれると、バルトロ閣下が前に言ってましたよ」
ロズワードが手を打った。
ライオンの肉ね……
「アデルニア半島にはライオン、生息してないだろ? グリフォン様は居るけど……」
「いや、丁度昨日討伐した領主がライオンを飼ってたんですよ」
丁度その処分に困り、頭を悩ませていたらしい。
ライオンの食費はバカにならないからな……
「つまりその肉をユリアに食べさせれば……」
「いや、やめた方が良いですよ。絶対」
グラムは首を大きく振った。
「それで生まれなかったらどうするんですか? それに、逆にプレッシャーを与えることにも……昔、頑張ってる人に頑張ってって言ってはいけないと言ったのは陛下でしょう?」
「それもそうだな……」
やはりライモンドの言う通りに何もしないのが正解か。
はあ……
「それは兎も角、ライオンどうしましょう?」
「売るも食うも育てるも好きにしてくれ」
俺は興味ない。
まあ、豪族の中には飼いたい奴も居るだろうしそいつに譲ればいいんじゃないか?
「じゃあ俺が飼います」
「ロンが?」
意外にも、ロンが名乗りを上げた。
「いや、ソヨンが……」
そう言えばあいつ、動物好きだったな。
まあ、良いんじゃないか?
「でも、金はあるのか?」
「そっちは大丈夫です」
そうか、なら良い。
今度、暇になったら見に行くか。
「それと、陛下。実はご報告と相談が……いや、別に今じゃなくても良いんですけど……」
「後じゃなくても良いってことなら早く言え。出来ることなら、相談に乗るよ」
すると、ロンは「初めて人に言うんですけど……」と前置きした上で……
「妊娠したんですよ」
「お前、女だったのか」
衝撃の真実。
だとしたら相手は誰か? 実はソヨンが男!?
「違います、ソヨンが妊娠したんです!!」
「いや、分かってるよ。冗談だ。そうか、良かったな」
地獄へようこそ、ロン君。
一緒に頑張ろうね。
「いや……ソヨンは多分、その……そこまで面倒くさい女じゃないと思います」
「ユリアもテトラも妊娠する前は聞き分けの良い娘だったよ」
覚悟しておけ、とんでもなく大変だからな。
「それでソヨンが収入の方を心配していて……」
「妊娠中は仕事出来ないからな。まあ、その心配は分かるよ。でも……」
ロンの収入だけで十分以上に暮らしていけると思うが……
荘園は与えてないけど、それなりの広さの土地は持ってただろ?
麻と亜麻を奴隷や小作人に作らせてるなら、相当の儲けはあるはずだが。
それに戦争の合間にちょこちょこ小金稼いでるんだろ?
お前くらいの要職に就いてる人間なら、賄賂紛いの贈答品だってたくさん貰ってるんじゃないか?
「そうなんですけど……人付き合いとか?」
「なるほど……」
ロンは平民上がりの家臣だ。
他の豪族が持つような家柄や血縁という武器は無い。
それがどうしたのか、と思うかもしれないが……
人脈というのはとても大切なのだ。
アデルニア半島は血縁社会。
血縁=人脈と言っても過言ではない。
血縁が無いなら、別の手段で人脈を構築しなければならない。
つまりお金だ。
別に賄賂を渡すという話ではない。いや、それも一つの手段ではあるが……
一般的なのは贈り物だ。
○○さんが結婚したから、家具を送ろう。
○○さんが御病気だから、お見舞いの品を送ろう。
○○さんに子供が出来たから、子供服でも送ろう。
○○さん……
○○さん……
○○さん……
と、まあキリが無くなる。
斯くして金はいくらあっても足りない。
別にロンも自分一人のことだけを考えるなら、こんなにせっせと人脈を作らないだろう。
しかしロンは貴族だ。
その地位は子供に受け継がれる。
人脈もそのまま子供に受け継がれるわけで……
人脈が無ければ子供の未来はなくなってしまうというわけだ。
個人的な考えだが、親が子供に与えられる最大の贈り物は『才能と教育と人脈』だと思う。
この三つが揃ってれば、金と地位は本人の努力次第で何とかなる。
「そうだな……じゃあ産休制度でも導入しようかな?」
前に一度検討だけならしたことがあるが、今まで本格的に導入したことは無かった。
しかし今後、我が国が呪術大国を目指すのであれば必要だろう。
現在、我が国に居る呪術師の大半は裕福な家庭出身……
つまり豪族や地主、商人の家の娘である。
呪術師の家庭教師や私塾に通えるだけの資産が無ければ、呪術師に成れ無いからだ。
だから妊娠中の給料など、気にする者は居ない。。
しかし今後、貧しい家出身の呪術師が大勢出てくるようになる。
というのも、新首都に首都機能を移した後に呪術師養成学校制度を正式に始める予定だからだ。
いくら優秀な呪術師でも生まれが低ければ、旦那の生まれも低くなるだろう。
夫の収入が低いと、妊娠中の収入は心配になるはずだ。
子供は多いに越したことは無い。
我が国の軍事制度は徴兵制だし、働き手が増えればそれだけ税収も上がる。
人口が増えれば内需が拡大して、経済も活性化する。
産めよ増やせよ、だ。
「産休制度ですか?」
「そうそう、つまり妊娠中は無償で給金が発生するってこと。これなら心配ないだろう?」
「なんか変じゃないですか? 働いてもいないのに……」
ロンが首を傾げた。
とはいえ、ロンの感覚はアデルニア人共通のモノだろう。
働かざる者食うべからず。
アデルニア半島では、報酬や金銭は働いた見返りとして貰える物であるというのが一般的だ。
ちなみに政治家や軍人には給料は基本的に発生しない。
ノブレス・オブリージュ。
政治活動はボランティア活動である。
呪術師や官僚の中には「国家に仕えるのは当然のことなので、金は要らない」と言って返上してくる者もいるくらいだ。
気高い精神だと思うが、俺としては金持ち、貧民問わず幅広く人材を集めたいので、大人しく貰って欲しい。
産休制度導入には、当事者である呪術師の方からの反発が多いに予想される。
「言いたいことは分かるが、金持ちに呪術を独占させるわけにはいかないからな」
「はあ……いえ、俺としてはソヨンが妊娠中に給料を貰えるなら利益のある話なので、ありがたい話です。反対はありません」
ロンは複雑な表情を浮かべている。
可笑しな制度だと感じながらも、自分に有利な制度だから反対するのもおかしい。しかし賛成するのも……
という、気持ちが顔に現れている。
「それにしてもロンに子供か……」
近い将来、ロズワードやグラムも子供が出来るのだろう。
そうだな……娘の結婚先として、ロンたちの息子は選択肢に入るな。
ロンたち三人は平民出身だから、血筋的にテコ入れしてやるのが良いかもしれない。
それを考えると、イアルも同じ平民出身だったな。
バルトロは元豪族だが小さな家だし……
ふむ……そうなると娘は五人……いや、六人必要になるな。
ムツィオにも予約されてたし。
男の子は生まれないのも困るが、生まれ過ぎても困る。
一方女の子は生まれれば生まれるだけ助かる。
はあ……
思いだしたら鬱になってきた。
―ロマリアには三つの性別が存在するわ。それは男性、女性、そして術師。そのうち、臣民は男性と術師だけ―
ロマリア第一の姫
フィオナ・ユリウス・ロサイス・カエサル
偶に、政治家とか公務員は無給でやれって言う人居るけど
それってつまり、政治家と公務員は金持ち以外やるな
ってことだよね
あと考えようによっては、徴兵って国民の権利だと思う
戦争に参加する権利
実際、女性の参政権って第一次世界大戦で女性の力が戦争で大きく貢献したからだし
権利が欲しいから、俺に義務を寄越せ。権利をやりたくないから、義務はやらない
っていうのが古代の貴族と平民の政治闘争の主軸だよね
まあだからと言って日本で徴兵制やれとは思わないけど
ちなみに、ロマリアの呪術師と女性はかなり仲が悪かったりする。
ロマリアの女性の権利運動の最大の障壁は呪術師や魔術師(同じ女)です
今は呪術魔術の価値がそこまで高くないから穏やかだけど、価値が増して彼女ら無しに国が周らなくなると魔術師とかが「あいつら(女)は人間じゃねえ」くらいは言ったりする
男からすると「お前も女じゃん」だけど
それを言うと、「私は呪術師(魔術師)だ」と返される
まあ実際、呪術師とか魔術師は従軍義務(戦争に参加する権利)を持ってるし、医者=呪術師だし、祀りを執り行ったり占ったりする神官=呪術師だし、魔道具とか作る職人=魔術師だし
男は政治と軍事を動かす。私たちはそれを手助けする。他の子供産き機(※作者の意図ではありません。あくまでこの作品の呪術師魔術師が心の片隅で思ってるかもしれない考えです)とは違うんだ
という自負があったりする




