第百八十五話 第一次ゾルディアス戦争
「一先ず、こんな具合かな?」
俺は組織された輜重部隊の訓練を眺める。
輜重部隊の兵数は二千人で、馬車は二百台。馬は四百頭。
それなりに立派な組織だ。
馬が四百頭も居れば、騎兵をあと四百増やせるとロズワードとバルトロに反対されたが……
騎兵はすでに千以上、揃っている。
ムツィオからの援軍もこれから増々期待できるようになったので、騎兵の強化は当分不必要だと考えている。
それよりも補給の確保が大切だ。
今までの戦場は近所だったが、これからは遠いところに遠出することもある。
その時のために今から輜重部隊を組織して、そのノウハウを蓄積するべきだろう。
「陛下!」
俺が思案に更けていると、遠方から馬に乗った近衛兵が掛けて来た。
近衛兵は俺との距離が二十メートルのところで下馬し、俺の所まで小走りでやって来た。
「どうした?」
「御政務の最中、申し訳ありません。エビル王様から親書が届いております」
俺は近衛兵から親書を受け取る。
封を破り、中を確認する。
……
……
チャンスと言うべきか、それとももう少し待って欲しかったと言うべきか……
「豪族会議を始める。至急、各地の豪族たちに伝えろ」
「はい!!」
「今回、諸君に集まって貰ったのは他でもない。エビル王の国とゾルディアス王の国の紛争についてだ。すでに聞き及んでいる者も居るだろうが……イアル、一度説明しろ」
「はい」
イアルは立ち上がり、予め用意された書面を読み上げる。
「事の経緯は、三年前のエビル王の国とゾルディアス王の国との間で発生した紛争に遡ります。当時、我が国はエビル王の国と交戦中でありました。そこで我々はゾルディアス王と連絡を取り、エビル王に圧力を掛け、和平に成功しました」
すでに誰もが知っている経緯であり、イアルの出世の切っ掛けである。
あの時ゾルディアス王が動かなければ、包囲戦は乗り切れなかった。
「我が国との和平後、エビル王の国とゾルディアス王の国は交戦状態になりました。戦争はゾルディアス王の国優位に終わり、エビル王の国は領土の一部をゾルディアス王の国に割譲、またその際にいくつかの豪族がゾルディアス王の国に寝返りました」
国が危機に陥った途端、敵に寝返る……というのは一見卑怯に見える。
しかし豪族からすれば、自分の家と領地を守るためにはそうしなければならないという事情がある。
一概には責められない。
「此度の戦争は、エビル王の国が失地回復のためにゾルディアス王の国領土内に侵入したのが切っ掛けです」
いつまでも土地を奪われたまま、放置するのは国王としての威厳に関わる。
威厳などどうでもいいかと思うかもしれないが、戦争に強いというのはそれだけで求心力に繋がる。
求心力が失われれば、豪族はあっという間に王家から離れていく。
まあ、今の我が国にはあまり関係ない話だが。
「エビル王は快進撃を続け、一時はゾルディアス王の国の王都にまで攻め上りました。しかしゾルディアス王は自国の複雑な地形を利用し、エビル王軍に奇襲を仕掛けました。結果、エビル王軍は壊滅、その後ゾルディアス王に逆に侵攻され、今では王都を包囲されているとのことです」
まあ、要約するとエビル王の自業自得である。
しかしエビル王には前回の第三次南部征伐の時、援軍を出してもらった恩がある。
対して役に立たなかったとはいえ、そのおかげで外交的に多少有利に成ったのは事実。
見捨てるのは忍びないし、ゾルディアス王の国が強大化するのも見過ごせない。
というわけで、ゾルディアス王の国と戦争をしないか?
というのが本日の議題であった。
まあ……議論する必要は無い。
俺の中で決定事項と成った以上、ゾルディアス王の国との戦争は決定事項だ。
豪族会議など不必要……だが、一応名目的に議論はするし決議も採る。
豪族への礼儀と言う奴だ。
ちなみに、豪族会議と言うからには領地を持ってる者や領地を持っていた者だけが参加を許されている。
新参貴族のエインズやアレクシオスは不参加だ。
「意見はあるか?」
俺は周囲を見渡す。
まず始めにライモンド、バルトロ、イアルが賛同を示した。
次にロン、ロズワード、グラムが。
最後に豪族たちが次々と賛同を示し、無事に可決した。
こうして第一次ゾルディアス戦争が始まった。
ゾルディアス軍は総勢、七千ほどらしい。
ゾルディアス軍の総兵力が過去の事例から、大体一万前後であることが予想されるから……
本国防衛のために残している兵力も考えて、現在ゾルディアス王の国が持つ総力と言っても良い。
ちなみに我が国が動員した兵の数は歩兵一万八千、騎兵二千(うち七百が国軍、千三百がアルヴァ人含む同盟軍)だ。
敵の約三倍だ。
今までは少し敵よりも優っているか、ギリギリか、劣っているかの三択だったが、ついに敵よりも数倍の兵力差で敵に挑むことが出来るようになった。
大きな進歩である。
しかし……
「あまりゾルディアス王の国は知らないんだ」
「私も詳しくは分かりません。今まで深く関わったことが有りませんから……」
ロサイス王の国は最近、ブイブイ言わせているが少し前までは南アデルニア半島中部の小国の一つ。
自国とその周りの国だけで精一杯。
隣国の隣国となれば、情報は曖昧になる。
最近はロゼル王国を見習い、各地に呪術師を派遣して情報の収集に勤しんでいるがまだまだ経験が浅いせいか、上手くいっているとは言えない。
「国土の殆どが山だとは聞いている。だから農業生産力も低い。しかし鉄器を生産する技術もあり、砂鉄も豊富に産する。その上、国民は主に牧畜と狩猟で生計を立てているから勇猛果敢。その軍事力は脅威である……だったか」
アデルニア半島の国の多くはキリシア式のファランクスを採用しているが、ゾルディアス王の国は違うらしい。国土が山ばかりだからだろう。
山地で取り回しがし易いように、短槍や剣が主な武装だそうだ。
その点、我が国に似ているな。
「今代のゾルディアス王は戦上手だとは聞いています。一時は陛下と並び称えられた時期もありましたね」
一時なのは、今は俺の方が評価が圧倒的に高いからである。
そりゃこれだけ領土増やせばね。
まあ戦争は九割バルトロの功績だが。
「陛下、ゾルディアスは良いですよ。あそこ、実は銅を産出するんです」
横から口を挟んできたのはエインズだ。
エインズは軍を率いることは出来ないが、兵糧や武器の用意は得意だ。
今回は従軍商人としてついてきている。
従軍商人というのは、戦場まで軍隊についていき食糧や武器、酒や女などを販売する商人である。
捕えた捕虜を奴隷として売り捌くのも彼らである。
大概は勝手についてくるものだが、今回に限っては俺が雇った。
ゾルディアス王の国は少し遠いし、未知の国でもある。
一応、念には念を置いてだ。
まだ我が国の輜重部隊は頼りないし。
「銅? だが聞いたこと無いぞ」
銅は重要な戦略物資である。
青銅器の材料としても使われる他、貨幣としても広く流通する。
金や銀よりも日常生活で使われる点で、場合によっては銅の方が重要かもしれない。
もし銅が産出することが知られていたら、もっと有名になっていてもおかしくないが。
「簡単な話です。生産量が少ないんですよ。ゾルディアス王の国にはまともに銅を掘りだす技術が無いんです。外国に技術を求めれば掘りだせるかもしれませんが、ゾルディアス王の国は伝統的に鎖国体質。歴代のゾルディアス王は外国人を招いてまで、銅を掘りだそうとは考えなかったのでしょうね。だから一部の商人だけが偶にゾルディアス王の国に赴き、銅を購入する……その程度です」
ということは、技術があれば……
「それなりの埋蔵量だと思いますよ。何しろ今は地表に露出しているのを削り取っているだけですからね。それでもそれなりに生産しているわけですから……」
銅か……
我が国では銅は産出しない。
流通している銅銭は全て輸入品である。
というか、我が国で掘れる物は塩だけだな。
最近は占領地から鉄が掘れるようにはなっているが。
金が掘れるゲヘナが羨ましいと思っていたところだった。
是非、銅が得られるなら……
「ところで銅山はどこにあるんだ?」
あまりゾルディアス王の国の奥深くに有るようなら得られないが……
「エビル王の国との国境より、少し奥ですね」
微妙なところだな。
勝てば得られないこともない……という感じか。
「ともかく、一先ずエビル王を助けなければならないな。バルトロ、頼んだぞ」
「お任せください、陛下」
エビル王の救出そのものは何の苦労も無く成功した。
というのも、我が軍が姿を現した途端にゾルディアス軍は波が退くように退却したからだ。
引き際がよく分かっている。
「いやあ、良く来てくださった。アルムス王陛下。おかげで助かりましたよ」
「いえいえ……友人を助けるのは当然ですから」
俺とエビル王は握手を交わす。
国同士の友好関係など、その場限りの利害で決まる。
「まあ、一先ずは会食でもしましょう。詳しい経緯はその場で」
「それで、敗因は何ですか?」
俺はメインディッシュの羊の肉を手掴みで食べながら、単刀直入に聞いた。
エビル王は苦笑いを浮かべる。
「はっきり聞きますね」
「そうしないと戦えないので」
エビル王は手を布巾で拭いてから、手を顎の下で組む。
「はっきり言えば、ゾルディアス王に嵌められた……ということになりますな」
「嵌められた?」
エビル王は静かに頷いた。
「我が軍が進軍すると、ゾルディアス軍は散発的に反撃をしながら少しづつ後退していった。あの時、私は勝ち続けていると誤った判断をしたが……今思えば誘い込まれていたのだろう。我々が討ち取った兵はごく僅かで、敵は地形を利用して逃げ続け、主力を温存していた」
そして首都近郊にまで攻め上り、油断したところで奇襲を仕掛けられたと。
「いつの間にか敵は背後に周り込んでいた。少し経つと、右と左からも敵軍が迫ってきているという報告が届いた。我々が背を向け、撤退すると敵の主力は今まで逃げ続けていたのが嘘のように……いや実際嘘だったのだろう。怒涛の勢いで我が軍を追撃してきた。命がらがら逃げて来たら、兵は殆ど残って居なかった。ゾルディアス軍は悠々と我が軍領内にまで侵攻してきて、我々は首都までその侵略を許した。……アルムス王、あなたが救援に来てくれなければ我が国は滅んでいたかもしれない。礼を言う」
「我が国としてもゾルディアスが強大化するのは脅威だ。……少し灸を据えてやるつもりです。協力してくださいますね?」
「無論、協力は惜しまない。我が軍の損失と同等の損失をゾルディアスの小僧に与えてやらねば枕を高くして眠れない」
俺はエビル王と握手を交わした。
若干、手が脂でヌメヌメしていた。
……俺の心に後悔の念が浮かんだ。




