第百八十四話 アルヴァ王国
ダイジェスト戦争
季節は四月となり、アデルニア半島南部では草木が芽吹き始めた。
日によっては夏のように暑くなる季節。
生き物たちが巣穴から顔を出し、活動を始めるのと同時に……
ムツィオ・スルピキウス・エクウスは動き始めた。
「アルムス陛下より五百の兵を賜りました。ロズワード・カルプルニウスです。よろしくお願いします」
ロズワードはムツィオに対して軽く礼をした。
ムツィオはそんなロズワードに歩み寄る。
「よろしく頼むよ。活躍を期待している」
二人は握手を交わし合う。
その後、ロズワードは席についた。
この場にいるのは、エクウス族の重臣たちや呪術師、そしてロズワードとゲヘナから派遣された将軍、アリエース族の全権代理者である。
「さて、早速軍議を始める。戦略目標はルプス族の殲滅だ。一か月で片を付けるぞ」
戦争を長期間続ければ、その分死者は双方増える。
それは出来るだけ避けたい。
その理由は隣国……ロサイス王の国の強大化である。
別にムツィオはロサイス王の国と戦おうとは思っていないし、現在の半属国的立ち位置について不満を抱いていない。
人口が少ないアルヴァ人が、人口の多いアデルニア人にそもそも敵うはずがないのだ。
むしろ早い内に勝ち馬に乗ることが出来たと、喜んでいる。
とはいえ、国力差が開き過ぎるのは少々問題である。
自分とアルムスの間には個人的友誼がある。少なくとも、双方が生きているうちは安泰だろう。
しかしどちらかが死んだ後は危うくなる。
自分の死後、スルピキウス・エクウス家が属国としての立場を維持するか、それとも国の支配権を手放して貴族となるか……
どちらにせよ、カードは多く、強いに越したことは無い。
ルプス族とアリエース族を出来るだけ無傷で取り込み、アルヴァ人の統一を成す。
それがムツィオの目標であった。
「まずはゲヘナにルプス族を攻めて貰う。ルプス族の兵力が南に集中した隙を突き、一気南進。それを合図にアリエース族に反乱を起こして貰う。そして混乱に乗じて攻め上り、ルプス族族長とその跡取りの首を落とす!」
アルヴァ地域は狭い。
そしてアルヴァ人は騎馬遊牧民であり、その移動手段は馬。
膠着状態にならない限り、戦争は瞬きする間もないほどの速さで終結するだろう。
「では、諸君の健闘を祈る!!」
四月五日
ゲヘナ軍がルプス族の支配領域とゲヘナの間に築城された砦に軍を進める。
兵糧を蓄え、北進の構えを見せた。
四月七日
電撃的勢いでルプス族の騎兵が砦に襲来。
戦闘が始まる。
ルプス族の限界動員数一万のうち、約四千が砦を包囲。
一方、ゲヘナ軍は二千の砦に立て籠る。
ルプス族の兵科は騎兵。
攻城戦では役に立たない。
一方、ゲヘナ軍は最初から戦う気など無く、砦に集めた兵糧を消費しながら立て籠もる。
千日手となり、戦況は膠着する。
四月十四日
ムツィオ率いるエクウス族騎兵七千が北進を開始。
時を同じくして、ルプス族に抑圧されていたアリエース族が反旗を翻す。
「投擲開始!!」
ロズワード率いる騎兵五百が、黒色火薬が詰め込まれた小さな陶器製の壺を、投石器を使用して投擲する。
五百を超える爆弾がルプス族に降り注ぐ。
一瞬で戦場を火薬の煙と音が支配する。
突然の爆発音に、ルプス族の馬は驚き、暴れ狂う。
中には馬から振り落される者、馬に蹴り殺される者、踏みつぶされる者まで現れる。
大混乱に陥ったルプス族に対し、少し距離を取って布陣していたエクウス、アリエース族両騎兵は突撃する。
「矢を放て!!」
混乱状態のルプス族に対し矢を放ち、距離を詰めた後は剣に武器を持ち変え、その首を切り裂いていく。
草原はルプス族の鮮血で真っ赤に染まる。
「退却!! 退却!!」
ルプス族の族長筋の男……アリエース族の支配を任されていた男が声を張り上げ、何とか撤退をしようと始める。
しかし……
「そうは行かないね」
ムツィオは矢を引き絞り、風を矢に纏わせる。
風を纏った矢は回転しながら男のこめかみを射貫く。
「敵将はこの俺、ムツィオ・スルピキウス・エクウスが討ち取った!!」
ムツィオが声を張り上げると、エクウス族とアリエース族が歓声を上げる。
ルプス族が士気を喪失し、降伏した。
この戦いで戦死したルプス族の兵士は二千、降伏した者は千。
ルプス族は総人口三万のうち、十%を消失したのであった。
「いやあ、好調、好調!! 飲んでるかい! ロズワード君!!」
酔っぱらったムツィオはロズワードに絡む。
そして空になったロズワードのコップに酒を注ぐ。
「さあ、飲みたまえ。この勝利は君たちロサイス王の国の騎兵の火の秘薬のおかげなのだから」
「あはははは……」
ロズワードは曖昧に笑う。
酔っ払いの相手はバルトロで慣れているため、ムツィオも同様にあしらう。
ロズワードは内心で顔を顰めながら、乳臭い馬乳酒を飲む。
ロサイス王の国の葡萄酒に成れたロズワードの舌と鼻が悲鳴を上げた。
「ところで、そろそろ講和ですかね? もう人口の一割を喪失したんでしょう? ルプス族は」
「ん? 何言ってるんだ。まだ一割しか減ってないだろ」
ロズワードは耳を疑った。
ムツィオは馬乳酒を飲む。
「ルプスは負けを取り返そうとするぜ。もう一度、大きな戦がある」
騎馬遊牧民は農耕民族と違い、人口の損失は痛手に成り難い。
農耕民族は労働力が減れば一気に食糧生産力が低下するが、遊牧を営む騎馬遊牧民の食糧事情はむしろ人口が減った方が改善する。
それに人口の何割かが敵に丸ごと寝返る……というのも、アルヴァ人の世界ではよくあることだった。
というのも、エクウス族やルプス族と言ってもエクウス族やルプス族の全てがエクウス氏族やルプス氏族というわけでは無いからである。
どういうことかと言うと、エクウス族という国家は最有力のエクウス氏族を中心に、葡萄の房のような少数氏族が集まって構成された国家だからだ。
実際、エクウス族のうちエクウス氏族に属するのは一万程度。
残りの二万は少数氏族である。
そしてこれはルプス族も同様であった。
故に被支配氏族が、支配氏族を寝返って別の氏族につく……ということが多発すれば人口が一気に減少するということは日常茶飯事にある。
「それも今回で終わりだ。明日、全てが終わる」
ムツィオは不適に笑った。
四月十五日
ルプス族に服属していた数々の氏族が次々とエクウス氏族に対して降伏、臣従を誓った。
約三万のうち、二万の少数氏族がエクウス氏族に対して忠誠を誓った。
残ったのは一万のルプス氏族のうち、たった三千の主力だけであった。
「最初に問う。降伏する気は無いか? ルプス族の族長。もし降伏してくれれば、悪いようには扱わない。神に誓う」
「そのような甘言、信じると思うか!!」
ルプス氏族の族長は怒鳴り声を上げる。
他のルプス氏族の男たちも同調する。
……しかし、そのうち半分の男たちが元気を失っていることを、ムツィオは見逃さなかった。
「ではこうしよう。ルプス氏族族長。俺と決闘しないか? 俺が勝ったらお前たちは全員、俺に従って貰う。お前たちが俺に勝ったら、俺は大人しく退こう」
「本気で言っているのか?」
「本気だよ」
ムツィオの表情から、氏族長はムツィオが本気であることを悟る。
両者は戦いの神に対して、正々堂々と戦うことを誓い、両軍が見守る中決闘を始めた。
「始めに言っておく。加護は使わない」
「……後悔させてやろう」
両者は三十メートルほどの間隔を開け、睨みあう。
動き始めたのは、どちらも同時だった。
馬の腹を蹴り、距離を詰める。
「死ね!!」
「はあああ!!!」
両者の剣が交錯する。
剣が天高く舞い、鮮血が地面を汚した。
「俺の勝ちだ!!」
ムツィオは高らかに宣言した。
斯くして、アルヴァ人統一戦争は十日で終結した。
「どうだ!! 凄いだろう?」
戦争終結後、ムツィオを尋ねると、会って早々ムツィオはドヤ顔で言った。
ムツィオの両隣には三人の女性が居た。
一人は分かる。こいつの正妻、ラケーラだ。
……残りの二人は誰だ?
「はは、察してくれよ!!」
ムツィオは新しい妻と思われる二人のお尻に手を回す。
ラケーラさんが睨んでるぞ……
多分一人はアリエース氏族の娘だろう。
ルプス族の跡取りから寝取るとは聞いていた。
しかしもう一人は?
多分ルプス族の娘だろうけど……
もしかしてルプス氏族の族長の元妻とか?
……あり得るな。
アルヴァ人の結婚風俗は闇が深そうだ。
「それより今後のことを話そうぜ」
ムツィオは小さなユルトに入るように促した。
「というわけで、アルヴァ人の統一に成功した。これから後方の憂いは無くなるから、積極的に兵を貸せる」
「それは有り難いな」
しかし……難しいのは統一することじゃなくて維持することじゃないか?
騎馬遊牧民のアルヴァ人は特に。
「まあ、そのことだけど……俺は今までアルヴァ人が中々統一出来ず、統一されてもすぐに戦乱の時代に逆戻りしてしまう理由は二つあると思う」
ムツィオはV字を俺の前に突き出した。
「一つ、活動が家族単位、氏族単位であること。二つ、支配氏族が専制的な支配をすることだ」
「じゃあお前は今までとは違う支配をすると?」
「ああ。俺は千戸制で国を治める」
ムツィオは自分の構想を語り始めた。
まず現在存在する氏族に属する男たちを、出来るだけ百に近い数に分割する。
こうして出来た百戸を十個集めて、千戸という単位を作る。
この千戸を政治的、軍事的単位とする。
また、この千戸の中からリーダーを一人五年に一度くらいの頻度で選ばせる。
この千戸長が千戸の政治的、軍事的リーダ―になり、さらに部族会議に出席する権利を持つ。
あくまで軍事的、政治的単位なので氏族制がすぐさま解体されるわけでは無いが、氏族の持つ意義は大きく変わることに成る。
国王はスルピキウス・エクウス宗家から代々選出。
しかしその選出方法は部族会議による選挙。
国王の任期は終身。
「それ、かなり反発が出るんじゃないか?」
「お前の進めてることよりはマシだぞ。最初の千戸は氏族単位で作るからな。千戸という名前なのに、一戸二千人とか五百人の戸が大量に出来るだろうな。最初はそうやって騙し騙し進める」
なるほどね……
まあ、良いんじゃないか?
「手伝えることがあったら言ってくれ」
「じゃあ農業を教えてくれないか? 人口を増やしたいんだよ」
「馬をくれたらな」
次回から、戦争が多くなります




