第百七十九話 蜘蛛の糸Ⅰ
「うーん……」
俺はレザドにあった議事堂を改修して作られた総督府から海を見渡す。
流石、アデルニア半島一の貿易港と言うべきか、戦争直後というのにも関わらずかなりの数の船が港に浮かんでいる。
船に積まれているのは外国産の安価な小麦や、絹、木綿、香辛料、砂糖、ガラス細工、金細工、宝石、陶器などの高級品。
逆に積まれようとしているのは、奴隷や蒸留酒、紙など。
「陛下、先ほどから何をお悩みですか?」
「分かるか?」
「珍しく陛下が外の景色を見ておられるので」
俺は視線を海からライモンドに移した。
「最近、我が国の物価が上昇傾向にあるのは知っているか?」
「……そうなんですか?」
「ああ。エインズに調べさせたからな」
俺は偶に身分を隠して城下町を散策したりする。
いや、実際にはバレバレで「陛下! 林檎食べません?」とか言われちゃうんだけど。
まあ俺の変装の下手くそな話は良いとして、物価が昔と比べて随分と上がっているのに気付いた。
で、気に成ってエインズに調べさせた結果年々少しづつ物価が上昇していることが判明した。
緩やかなインフレーションをしていたわけだ。
「それは問題なのですか?」
「いや、物価が上がってるってことは通貨の価値が下がってるってことで、それは通貨の流通量の増加を意味する。つまり貨幣経済が進展しているわけだから、望ましい傾向だ」
「はあ……」
ライモンドの頭に?が浮かぶ。
通貨の価値辺りの下りがよく分からなかったみたいだ。
少し説明を入れると、すぐに納得の色が浮かんだ。
「良いではありませんか。何をお悩みですか? 物価高騰による平民の困窮とか?」
「いや、我が国の平民の大部分は自作農だから物価の高騰はむしろ望ましいよ」
自分で食い物を作っているわけだから、食い物に困ることは無い。
逆に作った物が高値で売れるんだから、平民からしても万歳な話だ。
「物価上昇の原因は三つある。一つは貿易量の増加。二つ目は各国から手に入れた賠償金。そして三つ目、移民……いや、難民だ」
「……なるほど、キリシア・ペルシス戦争の影響ですか」
キリシア・ペルシス戦争。
この国から東の地で行われたという、キリシア諸都市連合とペルシス帝国の間で勃発し、ペルシス帝国が勝利に終わった戦争。
この戦争の結果、多くのキリシア人が船でキリシア半島から逃げ出し世界各地の植民都市に移住した。
特にアデルニア半島はテーチス海を東西に分ける戦略的な要所だから、逃げるには大人気の場所だった。
この移民や難民が大量の金銀銅をアデルニア半島に持ち込んだのだ。
移民や難民を受け入れるか、受け入れないかは成否の判断の付かない政治上の命題ではないかと思う。
単純に考えれば、労働人口が増加し、内需が拡大し、税収も増える。
労働人口は増えるまで最低でも十五年(産まれた子供が成人するまで)は掛かるわけで、その時間を短縮出来るのは大きい。
しかし言語や文化の違いなども考慮に入れる必要がある。
軒を貸して母屋を取られることだってあるわけだ。
現代日本でも紛糾していた問題だったわけだが、我が国と日本ではだいぶ状況が違うので同じようには考えてはならない。
相違点一、移民や難民の方が金持ち。
アデルニア半島とキリシア半島の間には海がある。つまり移民や難民は船で逃げて来た連中だ。
そこそこ広い海なので、筏で逃げるのは至難の業。
つまり立派な交易船を持っている人間しか逃げられない。
交易船というのは、小さい船でも家数軒分の価格がある。
その上交易船を操作するのは一人では不可能。つまり奴隷や専門の人を雇わなければならない。
つまり何が言いたいのかというと、移民や難民は逃走用の船とそれを操作する人間数十人を雇える金持ちだけということだ。
こんな金持ちはキリシア人の人口の一%程度だろう。
相違点二、最初からアデルニア半島にはキリシア人が定住している。
日本は人口の殆どが日本産まれの日本人で、全員が日本語を話せる。
だから他民族が入ってくると問題になるわけだが……
我が国は同盟市、自治市も含めれば人口の四分の一以上がキリシア人である。
文化や言語の問題は今更だった。
「個人的には積極的に受け入れても良いんじゃないかと思う。でも同時にキリシア人の数が増え過ぎるのも問題では無いかとも思う」
何度も俺に歯向かってきたキリシア人。
今は利害が一致しているが、果たしてこのままの関係を維持出来るのか。
薬を飲んでいるつもりが、毒を飲んでいることに成らないだろうか?
そこが不安だ。
「私個人としては良いと思いますよ。精々、多くて五万人に届くか届かないかでしょう? 対して変わらないかと」
……そうか?
考え過ぎかな。
まあでも難民制限して国内のキリシア人の反感を買うよりは、難民を受け入れてしまってキリシア人の懐柔策に手を回した方が良いのかもしれないな。
「私からすると、陛下がそこまでお悩みになる理由が分かりません」
「……こういうのは後々、数百年後に問題になったりするんだよ」
取り返しの付かない大問題になる。
……考え過ぎか?
前世の世界では、民族問題とか宗教問題とか歴史問題が大問題になってた所為で、少し過敏に成り過ぎているのかもしれないな。
そもそも『民族』という概念が形成されたのは、前世の世界では近世に入ってからだった。
この世界のこの時代では、民族的概念は薄い。
キリシア人なんかは、故国が危機に瀕すればあっさり離散してしまう民族だし。
この世界の人間は世界市民主義的だ。
ペルシス帝国はその最たる例だろう。
「……まあ、取り敢えずは現状維持を続けるか。その代り、海を越える人の移動は厳しく見張る」
今はポフェニアという新たな敵もいるわけだ。
それくらいは慎重になった方が良いだろう。
「そうそう、人口の移動と言えば一つ気に成っていることがある」
「何ですか?」
「アデルニア人の奴隷の輸出が気に食わない」
俺は奴隷貿易船を指さす。
唯でさえ人口が多いとは言えないのに、それが半島外に流出している。
同じ国内は地域間で取引されるならプラマイゼロだが、海を渡られてしまうとな……
「港を押さえたんだし、貿易の統制と関税率の改定をしたい」
貿易というのはお金の移動である。
入ってくることもあれば、出ていくこともあるわけで、出ていく量が入ってくる量よりも多かったら赤字になる。
江戸時代の日本みたいに金銀銅がザクザク掘れる恵まれた土地でも、貿易摩擦は問題になった。
資源が多いとは言えないアデルニア半島では尚更だ。
紙や蒸留酒は確かに富を生み出している。
しかしそれでも限界はある。
絹、木綿、香辛料、砂糖、金細工、ガラス細工、宝石、陶磁器etc
魅力的なモノが外国に有り過ぎる。
ロサイス王の国単独ならば、輸出で儲けているかもしれない。
しかし将来的に、そしてアデルニア半島全体で考えると富や資源が流出しているのではないだろうか?
「そういうわけだから、ライモンド。近い内にキリシア人の商人達を呼んでくれ。協議して貿易に統制を掛ける」
「分かりました、陛下。……しかし、宜しいのですか? 不満が出ますよ」
「高級品の取り扱いは一部、特権商人だけとする……ということにすれば良いだろ。大部分の庶民には関係ない」
むしろ付加価値が高まり既得権益化するから、商人たちからすると美味しい話だろ。
「そちらでは無く……奥様からのです」
そ、それは家庭の問題だから……
「ねえ、どういうこと?」
「説明を求める」
「ナニガカナ?」
一か月後……俺はユリアとテトラに詰め寄られた。
二人から鬼気迫るモノを感じる。
俺は膝の上に座っていた娘のフィオナが俺の顔を見上げた。
「ちちうえ、何かわるいことしたの?」
「悪いことなんかするわけないだろ。俺は正義の味方だよ」
「じゃあ、おかあさまたちがワルモノだね」
きゃっきゃと笑うフィオナ。
やべえ、火に油注いだ。
チラッと、ユリアとテトラの表情を確認する。
さっきよりも不機嫌になってるな……
「アルムス、奢侈禁止令と貿易統制令、厳しすぎ」
テトラが俺に詰め寄った。
奢侈禁止令とは、そのままの意味で贅沢(奢侈)しちゃいけないよという法律である。
具体的な内容は……
絹は政治的な場所での着用禁止。普段着としての使用禁止、パーティーや感謝祭などの特別な時のみ認める。
身に付けても良いアクセサリーの数は最大三つまで。
一回の食事で使用して良い香辛料の量の制限。
このくらいだ。
貿易統制令はそのままの意味で、貿易を統制しますよ、という法律である。
穀物などの価格は、アデルニア半島の穀物価格を下落させない程度に調節。
贅沢品の関税率は三十三%(三分の一税)、さらに各贅沢品の取引量は年間で重量制限。
ロサイス王の国出身の奴隷輸出禁止。
と、こんな感じだ。
二人が御怒りなのは、奢侈禁止令だろう。
「あのね、アルムスの言いたいことは凄くよく分かるの。贅沢は良くないもんね。国民の税金だから。香辛料も貴重だから、使用制限出すのも分かるの。でもね、絹の着用禁止は厳しすぎない? アクセサリーだってさ、三個は厳しいと思うの。うん」
ユリアが捲し立てる。
隣でテトラが何度も頷く。
ちなみに二人は現在、絹の服を着ていて、髪飾り、両耳にはイヤリング、首にはネックレス、左胸にはブローチ、薬指には指輪を付けている。
絹の服の着用と、アクセサリ三個オーバーで法律違反だ。
一応擁護しておくと、二人はかなり控えめな方だ。
案外、小物というものはいくらでも付けられるモノで、六個くらい付けても派手には見えない。
大概の上流階級の女性は十個、二十個と身に付けるので二人は地味な方だ。
尤も、一個辺りの単価が高いので、総合的な値段ではそこらの貴族を凌駕している。
まあ、二人は王妃なので貧乏くさい恰好をされるのはそれはそれで困るのだが。
「私、贅沢してない、してない、してない、してない」
テトラが俺の両肩を掴み、前後に強く揺する。
頭がクラクラする……
「ねえ、アルムス。私たち、世間一般的な王妃からすると凄い倹約してる方だと思うの。ドモルガル王の正室とか、愛人みたことある? 宝石でゴテゴテだよ。キリシア商人の妻とか、私たち以上に着飾ってる。それに加えて私たちの趣味は呪術と魔術で、むしろ国益に貢献しているの。分かる? 分かる?」
ユリアがさっきよりも一・五倍速で捲し立てる。
よく舌を噛まないなあ……
「聞いてる、聞いてるよ。うん、俺も凄い助かってる。二人には悪いと思ってるよ。俺もさ、二人にはもっと贅沢して欲しいなとか、思うわけ。俺も贅沢したいと思うし」
ドモルガル王には、愛人含めて十人の女が居るらしい。
ファルダーム王なんかは、合計三十人だそうだ。
そしてこれは青明から聞いたが、ペルシス帝国や緋帝国の皇帝は千人以上の女が居る後宮を持っているとか。
うらやまけしからん話だ。
俺も、ユリアも、テトラも、超倹約家である。
それを踏まえた上で……
「絹じゃなくて亜麻を着てくれ。着心地は亜麻だって良いだろ? お前たちが控えてくれないと、法律の意味が無くなるんだよ」
俺としては、国内産業の育成を図りたい。
具体的には、麻と亜麻と羊毛である。
絹は敵だ。
まあ、流石に麻を着ろとは言わないが亜麻なら良いじゃないか。
ちょっと前まではみんな亜麻だったし。
「ぐぬぬぬぬ……」
「くぅううう……」
二人は不満たっぷりとでも言うように顔を顰めながら、唸り声を上げた。
「……分かった」
「脱げば良いんでしょ? 脱げば!!」
そう言って脱ぎだした。
テトラの形の良い乳と、ユリアの良く育った豊かな乳、続いて二人の美しい脚線美が姿を現す。
ユリアは胸も含めて、全体的に発育が良い。
お尻も大きく、思わず手で掴みたくなる。安産型で元気な赤ちゃんが産まれそうだ。
全体的に肉付きが良いが、けして太っているわけではない。
むしろ逆で、肉が引き締まっていて、腰にもキュッとした括れがある。
個人的にお尻が一番好きだ。
テトラはユリアと比べると大きいとは言えないが、それでもアデルニア人の平均以上の乳を持っている。両手で掴めるくらいの大きさで、形も美しい。
お尻はキュッと引き締まっていて、可愛らしい。少し心配なのは、お尻が小さいと赤ちゃんが通りに難いのではないかという点である。が、アンクスは無事に産まれたし深刻な問題では無いだろう。
全体的にスラッとしていて、余分な脂肪が存在しないスレンダー体系だ。むろん、腰の括れも美しい。
かといって、出ているとことは出ているわけだから物足りないということはない。
個人的にお尻が一番好きだ。
そして感心するのは、二人ともしっかりとブラジャーを付けている点である。
俺が適当に作ったような劣化版では無い。ちゃんとキリシア人の職人が作りなおした、絹製の下着である。
これなら胸が崩れることは無い。安心だ。
二人は上の服を脱いだ後、下着にも手を掛けて脱ぎ……
っておい、馬鹿!! 俺の馬鹿!!
品評している場合じゃないだろ!!
「おい、フィオナが居るから。教育に悪いから!! おい、アリス!! 服を、服を持ってこい!!」
「っは、唯今!」
アリスが天井から現れた。お前は忍者か?
いや、そんなことはどうでも良い。
「服は?」
「全力で走って十秒ほど時間が掛かりますがそれ以上に奥さまたちが全裸に成る方が早いのでは?」
「何とかしろ!」
「分かりました。何とかします!」
アリスは指先から黒い糸を出す。
「お二人とも、申し訳ありませんがこれも姫君の情操教育のためです」
アリスの黒い糸が一瞬で二人をグルグル巻きにする。
二人は一瞬で海苔巻きになった。
床にはブラジャーとパンツが落ちている。
間一髪だった……
「ふぐー!! ん、っぐ!!」
「ん!! クゥー! ん、ンッグ!!!」
口を糸で阻まれたユリアとテトラが呻き声を上げる。
糸の下は全裸だが、糸の色は黒色なので人間海苔巻きにしか見えない。
まあ、これはこれで不健全な気がしなくもない。
「私は糸の性質を自在に変えられます。この糸は羊毛のようにフワフワで、通気性に優れ、その上軽く、どんな繊維よりも丈夫で伸縮性にも優れます。耐熱性にも優れ、経年劣化し難い優れものです。御二人の御体に傷が付くようなことはありません」
流石アリス!
ナイス対応だ!!
……ところでふと思ったんだが
「お前の糸、採取して売っちゃダメ?」
「はい?」
アリスがキョトンとした表情を浮かべた。
参考資料
ペルシス帝国皇帝クセルクセス一世……正室1人。側室575人。妾343人。子供83人。
緋帝国皇帝天帝……後宮1578人。子供5人
アルムス「良いなあ…」
テトラ&ユリア「何か言った?(笑顔)」
アルムス「いえ、何も…」
ロマリア帝国にとって、多民族多文化多言語多宗教の国をどう維持していくかは、今でも千年後でも共通の政治課題だったりする
アデルニア半島は開放的地形で、東西南北どの方向からも入りやすいからこればかりは仕方が無い
現在確認出来るだけでも、アデルニア人、アルヴァ人、キリシア人、ポフェニア人、ガリア人が住んでるから。
ちなみに、ここへさらに世界各地(主にゲルマニス)から連れてこられた奴隷も加わる
日本は日本海が有って良かった




