第百七十五話 不平等条約
今回の後半部分は作者のおふざけと自己満足の部分が大きいです
「私の名はアズル・ハンノと申します。ポフェニア使節団の代表責任者を務めさせて頂いています。以後お見知りおきを」
アズルは俺の手を握った。
俺も笑みを浮かべ、強く握り返す。
「こちらからも、よろしくお願いする」
斯くして、ポフェニアとロサイス王の国を中心とする連合国の講和会議が始まった。
アズル・ハンノ。
ポフェニアの内政重視派である平野党の党首。
反バルカ筆頭の政治家であり、軍人だ。
こういうとまるで鳩派の政治家みたいに感じるが、別にそんなことは無い。
彼自身、生粋の軍人でポフェニア内部で起こった異民族や傭兵の反乱を鎮めている。
ポフェニアという国はとても豊かで、農業収入だけでも莫大な税収が有るらしい。
だからアズル・ハンノは無理に国庫を圧迫してまで軍船を作り、制海権を得ようとする必要は無いと考えているようだ。
まあ、俺たちからすればありがたい。
「さて、まずは捕虜の返還交渉から……と言っても、我が国は敗北者に国税を払う気は有りません。支払うのは、敗北者の家族です。身代金の額を教えてください。私が伝えておきましょう」
「ケプカ・バルカなどポフェニアの将軍合わせて三百ターラント、支払って頂きたい」
「三百ですか? それはまた、随分と高いですね。まあ、伝えておきましょう」
セアルは興味なさそうだ。
自分や国の懐が痛むわけでもないから、どうでも良いのだろう。
「傭兵は……」
「それに関してはそちらでお好きなように処分してください。我々が買い取る義理はありません」
まあ、傭兵だから当たり前か。
自国民でも無い人間を救いだす義理は無いということだ。
さて、交渉の前座は終わった。
ここからが本番だ。
「まず、前提として我が国は貴国に賠償金を支払うつもりはありません。もし貴国が我が国に賠償金を求めるというのであれば、もう一度戦火を交えることになります」
いきなり強気だな、おい。
まあ、俺も賠償金を得られるとは思っていなかったけど……
「私も戦争は望んでいない。まあ、貴国にアデルニア半島侵略の意思があるなら話は別だが」
アデルニア半島は我が国のモノ。
言外にそう匂わせる。
「ではこうしましょう。我が国は今後、一切アデルニア半島に足を踏み入れない。そしてロサイス王の国やアデルニア半島南部のキリシア諸都市も、我が国の領土に攻め込まない。これで宜しいですか?」
話が早くて助かるじゃないか。
「いや、足りないな」
「もう一つ、付け足さなくてはならないことが有ります」
口を挟んだのはアブラアムとエインズだ。
何だ? 領土は得られないぞ。
「今後、ゲヘナやロサイス王の国など、南部同盟加盟国の商船の安全を保障して貰いたい。武装していない民間人を軍船で襲うような、卑怯な真似はしないと、この場で誓って貰おう」
「我々とポフェニア、双方の港の相互利用も盛り込んで貰おうか」
なるほどね。
今まで曖昧になってた部分を、ここで決めてしまおうというわけか。
俺は領土のことばかりで、港や交易ルートについて目が行っていなかった。
反省だな。
アズルは少し考えた後、首を横に振った。
「受け入れられませんな……しかし、条件付きであるならば、考慮しましょう」
アズルはそう言ってから、部下に地図を持ってこさせ、広げた。
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赤……ロサイス王の国
青……対ガリア同盟
濃黄色……友好国
橙色……実質的属国、従属国、ロサイス優位の友好国
薄黄色……南部キリシア・ロサイス同盟
緑……グリフォン様
ピンク……ポフェニア共和国
紫……ペルシス帝国
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「アデルニア半島から西にサンダル島という島があります。これより東側の航海の自由は認めましょう。また港の利用ですが、南大陸側及びトリシケリア島のポフェニア共和国支配下の港の使用権は認めません。当然ですが、サンダル島以西の港も同様です。それ以外の港の相互利用ならば譲歩出来ます」
負けたのに偉そうだな、こいつ。
アデルニア半島沿岸の海は自由に航海するけど、自分たちの領土周辺は航海させない。
アデルニア半島の港を自分たちは利用するけど、自分たちの港は使わせない。
不平等条約も良いところじゃないか。
「ふざけるな!! そのような条件、飲めると思うか!!」
アブラアムが大声を張り上げた。
顔が赤く上気している。
「ふむ……何かあなた方は勘違いしているようだ」
アズルは眉を上げた。
「我々は負けていません。今回は偶々、あなた方が陸上での小競り合いで勝利しただけです。未だにトリシケリア島とアデルニア半島間の海峡の制海権は我々が握っている。あなた方は我々の船を一隻でも沈めましたか?」
沈めてないな。
一隻も。
「もっとも、敗北は事実。それに長期間海を封鎖するのは金が掛かる。それに戦争などで船を遊ばせるよりも、海上貿易に使った方が国庫は潤う。ですから、私は大きく譲歩しているのです。元々、我々はキリシアの船を沈めていたポフェニア人海賊の取り締まりはしていなかった。それをサンダル以東では厳格に取り締まり、禁じると言っているのです。あなた方からすれば失うモノは何も無く、安全を確保できる。悪い話ではないですよ」
アズルに言われ、エインズとアブラアムは言葉を詰まらせる。
まあ……客観的に見てアズルの言い分は正しい。
実際、俺たちは海ではポフェニアに勝てないのだ。
それに今まで全海域で発生していた、ポフェニア軍船によるキリシア商船の襲撃が無くなるのだから、総合的に見れば得をしているのだ。
マイナス五がマイナス一くらいに変わる。
状況は大きく改善する。
比較的良心的な話だ。
しかし、気に成るのはサンダル、サンダルと繰り返していることだな。そんなにサンダル島とやらは大切なのか?
俺はエインズを引き寄せ、耳打ちする。
「サンダル島ってのはそんなにポフェニアにとって大切なのか?」
「……サンダル島やヘクスパニアは金銀を豊富に産出するんです。この金銀をペルシス帝国に輸出するのは、テーチス海貿易の柱と言って良い。昔はキリシア人が三分の二、ポフェニアが三分の一の利権を握っていましたが、先の戦争で……」
全部奪われたわけか。
金と銀ねえ……
確かに大切だな。
キリシア船を近づけたくないのも分かる。
それだけ大切な利権なら、絶対に手放したくないだろう。
このまま海上で敵対し続ければ、息切れするのは我々だ。
ここは認めるしかないだろう。
俺はエインズとアブラアムの顔を確認する。
二人とも、しぶしぶと言った表情だ。
「分かった。その条件で講和を進めましょう」
「ありがとうございます。では、私は一度本国に戻り議会の議決を得てきます。次の話し合いの日時は……」
その後、次の話し合いの場を決める細かい日時についての相談をし合い、講和会議は終了した。 最後に、アズル・ハンノは言った。
「正直な所、私は申し訳ないと思っています。あのバルカ野郎のケプカ・バカ……失礼、バカ野郎のケプカ・バルカがご迷惑をお掛けしたことです。別に今のままで十分我が国は富を得ているのです。これ以上の貿易拡大は貧富の差を招く。それはポフェニアの結束を揺るがすことに繋がります。それに陸軍は兎も角、海軍の船を漕ぐのはポフェニアの市民ですよ。何より大切なのはポフェニア市民の命。あのバカ家……失礼、バルカ家にはこの件で反省して貰いたいですね」
そんなにバルカ家が嫌いか。
あんたは。
「アレクシオス殿、メリア殿、君たちを呼んだのは他でも無い。レザド防衛の功績についてだ」
「はあ……」
「そんな、大したこと無いですよ」
アレクシオスは興味なさそうな表情を浮かべる。
一方、メリアは嬉しそうだ。
「実は私は君たちを我が国の将軍として迎え入れたいと思っている」
「ありがとうございます!!」
「ご遠慮します」
前者はメリアで、後者はアレクシオスだ。
お前ら、本当に仲良し夫婦なのか? 実は仲悪いんじゃないか?
すると、メリアが立ち上がった。
「陛下、少しの間待って頂けませんか? 五分で良いので」
「……別に構わないが」
するとメリアはアレクシオスを引きずるように、外に出ていった。
ドア越しから会話が聞こえる。
「ねえ、何で断るの?」
「だから僕にとって大切なのは君と息子で……」
「だったら定職に就いて」
「いや、農場経営してるじゃん……」
「赤字じゃない。あなた、自分で商才無いの分かってないの?」
「い、いや……これは計画の範疇で……すぐに黒字化するから……」
「それ、二年前も言ってたわ。あなたの言う『すぐ』っていつ?」
「えっと……あの十年以内には……」
「その頃には貯金はとっくに底を尽きてるわよ! もう貯金の七割を使い切っているのよ!!」
「……」
世知辛いなあ……
まあ、愛は食べられないしな。いくら愛が有っても暮らしていけない。
駆け落ちって大変だ。
まあ、今までそこそこ暮らしてきたみたいだし二人は成功している方だろうけど。
「お金が尽きたらどうするつもり?」
「そりゃ働くさ」
「どこで? 言っておくけど軍人畑のあなたにまともな職は無いわよ。それにいつどこで何が起こるか分からない。……私が身を売るような事態に成ったらあなたは耐えられるの?」
「そ、そんなことは認めない!!」
「だったら話を受けてよ。あのね、お金はいくらあっても足りないの。例えばマティットヤの教育費。どれだけお金が掛かるか知ってる? 有名な家庭教師を雇ったり、家庭教師奴隷を買ったり、キリシアに留学させるのには今の貯金じゃ全然足りないの!」
「いや、別に無理して高度な教育を受けさせなくとも……最悪僕が……」
「あなたが教えられるのは兵法だけでしょ! それ以外能が無いんだから!! あのね、この御時勢、コネとか教養が無いとまともな職に就けないの!!」
「……」
……まあ、いつの世も学歴は大切だよな。うん。
それにしても、この人教育ママだったのか……
「というか、アルムス陛下の申し出を何で断るの? 前も断って、二度目のチャンスも断るってどういうこと? 大体ね、君主にとって勧誘を断られるのは大恥なの。お前のところで働く価値は無いって言ってるようなモノだもの。それを二回も断るとか、どういうこと!! アルムス陛下がお優しい方じゃなかったら、あなたは今頃首よ、首!!」
「い、いや……前もカッコつけて断った手前、すぐに飛びつくわけには行かないというか……それに、人に仕えるのって何というか、苦手で……」
「ああ!! もう!! あなたのそういう、無駄にプライドが高い所本当に嫌い! あと便器の蓋を閉めないところとか、座っておしっこしないところとか、玉ねぎ嫌いなところとか、足臭いところとか!! あなた、自覚無いでしょ。あなたの靴、糞尿を酢漬けにしたみたいな臭いするのよ!」
「まさかそんな……げほ、げほ……」
自分の足の臭いを嗅いで咽てるのか……
俺の中のクールなアレクシオス像が崩れていくぞ。
……まあ、どんなイケメンも美女も欠点の一つや二つあるよな。
ユリアやテトラも、俺の嫌いな所が有ったりするんだろうか?
「というか、この話を受けたら貴族になるんだぞ。いろいろ柵も増える。……そういうポフェニアでの柵に嫌気が差したから駆け落ちしたんじゃないのかい?」
「私はあなたと結婚出来るなら、王族でも貴族でも平民でも奴隷でも良かったわ。最終的にあなたと結ばれるなら、何だって良かった。でももう結ばれた後じゃない。アレクシオス、良い? 貴族って凄く偉いの。分かってる? 貴族って言うだけで社会的に信用されるし、職も得られるの。しかもその地位は世襲されるのよ。没落しても、元貴族という肩書は残る。素晴らしいじゃない!!」
「いや、その……でも……」
「大体、あなたアルムス陛下のこと褒めてたでしょ。あの王様は凄い。あの王様は賢い。中々やり手だ。指導力がある。決断力がある。仕えるならあんな人が良い……その気持ちはどこへ行ったの?」
照れるな。
そんなに褒めないでくれ。
調子に乗っちゃうぞ。
「だから……貴族になったら政争に巻き込まれたりするんだよ。場合によっては、僕の息子たちが殺し合うことも……それにロサイス王の国だって、もしかしたら滅んでしまうかもしれない。貴族というのは、家や国にどうしても縛られてしまうんだ。僕は君を危険な目に合わせたくない!」
「でも、あなたはそんな危険な世界が好きなんじゃないの? 昔、言ってたじゃない。世界一の将軍に成ってやるって。大出世して、世界の歴史に名前を刻んでやるって。その夢はどこへ行っちゃったの?」
「君たちを危険に晒す可能性のある夢なんて、必要ないよ」
「……お願い。自分を抑圧しないで。私は今のあなたも大好きだけど、夢を語ってた、あの時のキラキラした目をしていたあなたの方がもっと好きよ」
「……分かったよ。この話、受ける」
「流石、私のアレクシオス! そうでなくちゃ!!」
二人はドアを開けて出てきた。
アレクシオスは深く頭を下げる。
「今までの御無礼をお許しください。どうか、私をあなたの家臣にして下さい……」
「分かったよ。アレクシオス。君を我が国の家臣として迎え入れる。それで、仕事だが……君にはレザドの港と海軍を管理して貰う」
「成るほど、承りました。レザド近郊に出てくる海賊やポフェニア船は全て沈めます」
「いや、ポフェニア船は沈めなくて良い」
アレクシオスは海運国ポフェニア出身。
当然、海軍を指揮した経験がある。
アレクシオスを中心として、海軍を組織するつもりだ。
尤も、ポフェニアに勝つ気は無い。そんな大規模な海軍は維持できないし。
精々、アデルニア半島近海の制海権を維持出来れば良い方だろう。
「恩賞は……国外逃亡したレザドの議員の土地を一部やろう。……もし経営が難しいというなら、誰か人を雇うと良い」
「ありがとうございます!!」
メリアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
将来の先行きが見えてきたからか、表情がさっきよりもずっと明るい。
「あとは……家名が必要だな。何か、希望はあるか?」
「いえ、特に有りません。バルカ以外なら、何でも構いません。……出来れば陛下に御付けして頂ければ……」
よし、分かった。
そうだな、こいつはバルカが嫌いみたいだし。反バルカっぽい名前にしてやろう。
「コルネリウスだ。今日から二人はアレクシオス・コルネリウス、メリア・コルネリウスだ」
うん、我ながら今回は良いネーミングセンスじゃないか?
「御拝命、承りました。アレクシオス・コルネリウス、今日から陛下に忠誠を誓います」
「同じく、メリア・コルネリウス。今日から夫と共に、陛下に忠誠を」
地味に三顧の礼だな。
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『こうしてコルネリウス家は誕生した。
所謂、ロマリア帝国御三家……ポンペイウス、クラウディウス、コルネリウスの三家が揃ったのである』
ロマリア帝国興史より抜粋
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『アルムス帝の半島統一は実に見事だ。というのも、本来外国勢力に国土が脅かされているという状況は統一に不利なんだよ。内政干渉を繰り返されるからね。場合によっては、他の国が外国人の軍隊を招き入れてしまう。しかし、アルムス帝はそれを逆手に取った。逆に外国に対抗するために、同盟を組むという名目で支配を進めたんだ。対ガリア同盟然り、キリシア・ロサイス同盟然り、ね。その上で他民族を排斥すること無く、自分に従う者は快く家臣に迎え入れた。普通は外国人であるキリシア人やポフェニア人を貴族として迎え入れるなんて、やらないよ。俺もアルムス帝の作った寛容と融和の精神の下敷きが無かったらやらなかったかもね。お前は俺をアルムス帝以上の人間だって評価するかもしれない。無論、俺はアルムス帝よりも自分の方が優れていると自負している。だけど、俺にアデルニア半島の統一が出来たかと言われると、少し悩むね。アデルニア半島の統一なんていう粗事業はアルムス帝だからこそ、出来たと思うよ』
雷帝戦記 第四章
アンダールス・ユリウス・アス・カエサルとレンバート・パリシィ・ウェストリアの会話より抜粋




