第百七十四話 戦後処理Ⅰ
「ご気分はどうですか? ケプカ・バルカ殿」
「最悪ですな」
ケプカ・バルカは不機嫌そうに答えた。
ケプカはポフェニアの将軍であり、貴族である。
生け捕りにした以上、粗雑に扱うわけにはいかない。
だからレザドにある、逃亡した議員の屋敷の一部屋を失敬して、そこに軟禁した。
衣服、食事、酒、本……
彼が望む物は全て与えている。
尤も、だからといって気分が良くなるほどケプカも楽観的な人間ではないだろうが。
「二週間後、ポフェニアから外交使節団が来ます。その時、身代金しだいであなたは解放されるでしょう」
「……ポフェニアを敵に回して唯で済むと思わないことですな」
ケプカは悔し紛れに、吐き捨てた。
俺は思わず肩を竦めた。
「ポフェニアとの交渉の前に、済ませておきたいことが一つある」
「……キリシア諸都市との同盟ですか」
「よく分かったな」
レザドという地域大国が崩壊したことで、レザドと同盟を結んでいた多くの都市国家が我が国の傘下に入った。
しかし我が国に支配されるのを拒んでいる有力都市国家も多い。
彼らと同盟を結びたいと考えていたのだが……
ライモンドにはお見通しのようだった。
「同盟というのは軍事同盟ですか? 陛下」
バルトロが俺に問いかけた。
俺は頷く。
我が国に海軍は無い。
無論、兵站や兵士を運ぶ川船ならば存在する。
だが川船では遠洋航海は出来ない。
かと言って、今から海軍を創設しようにも間に合わない。
一応、レザドから没収した三段櫂船や五段櫂船が三十隻ほどある。
しかし三十隻ではポフェニアの精強な海軍と戦えないし、そもそも運用できるか怪しい。
そこでアデルニア半島沿岸部に都市を持つ、キリシア系諸都市と軍事同盟を結ぶ。
陸上の防衛は我が国が担う代わりに、海軍はキリシア諸都市に補って貰う。
レザドから没収した船と、ネメス、ゲヘナの船を合わせれば合計百。
その他中小都市も合わせれば、何とか百五十隻は用意できる。
無論、ポフェニア海軍五百隻には勝てないが。
それでも無いよりはマシだ。
「それだけですか? 陛下。その同盟の本意は」
イアルはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
無論、これは建前である。
「本当の目的は南アデルニア半島南部の軍事的指導権と経済圏、政治的勢力圏の確保だ」
地球では、建前上全ての主権国家は平等とされている。
だがこの世界では違う。
明確に国同士の力関係が存在し、同盟を結ぶ時にその力関係は如実に現れる。
例えばテーチス海で最大の発言力を持つ国はペルシス帝国である。
次点でポフェニア共和国だ。
範囲を絞ると、アデルニア半島で最大の発言力を持つのがロゼル王国である。
次点でファルダーム王の国、ギルベッド王の国、ロサイス王の国が並ぶ。
さらにアデルニア半島東部という限られた地域に限ると、ベルベディル王の国、エビル王の国を屈服させ、ドモルガル王の国とエクウス王の国の王に戴冠をした俺……つまりロサイス王の国が最大の力を持つ。
その力を南アデルニア半島南部にまで及ばせようというのがこの同盟の真の目的である。
まあ、そんなことはどの国も分かるだろう。
しかし、拒否は出来ない。
何故ならキリシア諸都市にはポフェニア共和国と戦うことが出来ず、そしてロサイス王の国にはポフェニア共和国と戦うことが出来る力があることがこの戦争で証明されたからだ。
そして軍事同盟を足がかりに、経済的な統一、そして政治的な統一にまで持っていく。
まあ、それまではまだまだ時間は掛かるだろうけど。
「しかしこれにはゲヘナの参加が前提条件になる」
「ゲヘナの居ないキリシア諸都市同盟なんて、アルコールの無い酒みたいなものですからね」
バルトロは肩を竦めた。
アブラアムが同盟を結んでくれるか……それが問題だ。
「というわけで、今日中に会談する。丁度レザドに居ることだし」
そういうわけで、俺はアブラアムと会談をすることになった。
「やはりそのことですか! 実は陛下からご提案が無かったら私から申し上げようと思っていたのですよ」
思っていた以上にアブラアムは好意的だった。
無論、最終的に受け入れてくれるということは想像していた。
ゲヘナ単独での講和よりも、ロサイス王の国も交えた団体での講和の方が遥かに有利な条約を結べる。
「我が国単独ではどんな不平等な条約を結ばされるか……是非、加えさせて頂きます。他の諸都市には私から口添えをしておきましょう。ペルシス帝国のキリシア半島征服以来、南アデルニア半島南部の国々はポフェニアから軍事的圧力を掛けられていました。皆、快く結んでくださると思いますよ」
まあ、宗主国が無くなれば植民都市は不安で仕方が無いだろうな。
ロサイス王の国が新たな守護者として名乗りを上げれば、簡単に受け入れられるはずだ。
「しかし懸念が一つありますね」
「懸念?」
「ロサイス王の国に海軍を指揮した経験のある方は居ないでしょう」
やはりそこを突いてきたか。
我が国は今まで内陸国だから、当然海軍は無いし、そもそも海と関わりも無い。
それどころか、重臣の中に何人泳げる奴がいるかどうかも怪しい。
この話を持ちだしたということは……
「まあ、ご安心下さい。我がゲヘナはアデルニア半島一の海運国です。アルムス王陛下の補佐をすることが出来る将軍も居ます。海軍の運用方法もいろいろとご相談出来ることが有るでしょう」
「それはありがたい話です。是非ともよろしくお願いします」
結局の所、我が国に海軍の運用経験が無い以上ゲヘナに頼らざるを得ないのは事実だ。
これは覆りようが無い。
ゲヘナの僭主、アブラアム。
食えない男だ。
「今はただの軍事同盟ですが、将来的には加盟国間の関税の撤廃なども視野に入れたいですね」
……驚いた。
アブラアムからその話が出てくるとは。
無論、ゲヘナは海運国で中継貿易で富を成してきた国だから、関税が無くなればそれだけ有利になる。
しかしゲヘナは同時に農業国でも有るはずだ。
特にアブラアムの支持層は農業に従事する自作農などの中流層だったはず。
だから関税を撤廃するには、議論を積み重ねる必要があるはずだ。
それをこんなにあっさり、アブラアムから提案するとは。
「アルムス王陛下、そしてロサイス王の国とはこれからも仲良くしていきたい。よろしくお願いしますね」
アブラアムは俺の手を握った。
そして満面の笑みを浮かべる。
「テトラをよろしくお願いします」
き、気味が悪いな……
「宜しかったのですか?」
「何がだ?」
「軍事同盟までは兎も角、経済的な同盟にまで話が進めば将来的に我が国はロサイス王の国に飲み込まれますよ」
アブラアムの側近が、不満そうに言った。
どれだけ落ちぶれようとも、キリシア人はキリシア人。
誇り高い民族だ。
それがアデルニア人の王に屈服するなど、我慢ならないのだ。
「じゃあ君、逆に聞くがどうやってロサイス王の侵略を免れる気かね」
アブラアムはソファーに腰を掛け、鼻で笑った。
「そ、それは……」
「不可能だ。あの若い王の欲は確かだし、その欲は膨張を続けるだろう。まだ三十も満たない若者だぞ。それが一国の王になり、それに加えてこれだけ領土を拡張させた。自信を付けないはずが無い。ここまで来れば……アデルニア半島の統一まで視野に入れているのではないか?」
「半島の統一など……不可能でしょう」
アデルニア半島が同一の政治的勢力に統一されたのは、平たい顔族に支配されていた時以外歴史上存在しない。
アデルニア半島はテーチス海を東西に分け、北と南の大陸を結ぶ要所。云わば文明の十字路。
キリシア人、ポフェニア人、アデルニア人、ガリア人……
多種多様な民族が同居している。
歴史を紐解き大昔に遡れば……現在の先住民であるアデルニア人ですら、大昔は多種多様な言語、文化を持っていた異民族の集まりだ。
しかもアデルニア半島は南北に長く、中央には山脈が一本走っていて東西に分かれている。
東西南北では、同じアデルニア人ですらも文化や言葉が一部違う。
この半島を統一するのは並の苦労ではないし、統一出来た者もアルヴァ人の祖先である騎馬遊牧民以外存在しない。
故に、そんな不可能な夢を思い描いた者は居なかった。
今日までは。
「出来るか出来ないかでは無く、考えるか考えないかの問題だ。若者というものはいつだって夢を見るモノだ。仮にあの若者がアデルニア半島統一を夢見ていたら、我が国が侵略されるのは早いか遅いかの問題。そして両国の国力はもはや巻き返しが出来ないほど離れてしまっている」
仮にアルムスがゲヘナを侵略しようと思えば、ゲヘナは抵抗も出来ず征服されるだろう。
ゲヘナとロサイス王の国の国力差はそれほどまでに開いてしまっている。
「ならば、発想を逆転させるしかない。幸か不幸か、あの男は大義名分がない限り戦は起こさない。そして起こす時も用意周到に同盟関係を結び、各国から援軍を頼み、自国の外交的優位をハッキリさせてから戦争を起こしている。……我が国が好意的に振舞っている限り、侵略されることは無い」
事実、ベルべディル王の国はエビル王の国は未だに存続している。
ゲヘナも立ち回り次第では生き残ることが出来る。
「し、しかしいずれは……」
「いずれは併合されるだろう。だからより有利な立場で、最適なタイミングで併合されなければならない。そうすればレザドの、ロサイス王の国内部での発言力は上がる」
鶏口となるも、牛後となるなかれ。
というが、鶏口は維持できない。
それならばせめて牛の群れの二番手になろう。
それがアブラアムの考えだ。
「アルムス王も侵略の過程で随分と多くのキリシア系諸都市を征服した。そして彼らは大人しく従っている。人間という生き物は、反抗してくる者の頭は叩けるが、頭を下げている者の頭を蹴り飛ばすことは相当性格が悪くない限り出来ない。キリシア人の発言力は増すだろう」
そして、その暁には……
「アデルニア半島にアデルニア人とキリシア人の混血の王が誕生する。両民族の融和。良い話じゃないか」
そうなればゲヘナは安泰だ。
まさか、自分の祖母の出身地を粗略に扱うことはあるまい。
「俺はもう長くない。生き過ぎた。もって五年だろうさ。それまでに、出来るだけゲヘナが有利な立場で存続できるように布石を打って置きたいのだよ」
アブラアムに息子は居ない。
彼の後を継ぐことが出来る人材は一人も居ない。
おそらく、アブラアムは死後糾弾されるだろう。
墓すら残らず、遺骸は海に打ち捨てられる。
僭主として悪評を残す。
その後、ゲヘナは衆愚政治に陥る。
その時に愚かな民衆がロサイス王の国に歯向かわないように。
そして歯向かった時に出来るだけ慈悲深い対処をして貰えるように……
今のうちにロサイス王の国に取り入る。
そして出来るだけロサイス王やその後継者に対して、ゲヘナに好印象を持って貰う。
「あとせめて十年長生き出来れば、ここまで急ぐことは無かったのだがね」
アブラアムはため息をついた。
アブラアムとアルムスの会談後、各国との交渉が始まり、無事に南部同盟が結ばれた。
ポフェニアやその他アデルニア系の君主国、海賊などに攻撃を受けた場合、共同で防衛に当たる……というのはこの同盟の趣旨である。
ポフェニアとの講和会議が二週間後というのもあり、大急ぎで作られた同盟だ。
そのため、現状では機能するか怪しい。
一先ずは名前だけである。
細かい条約の中身はポフェニアとの講和後に行われることになった。
実は今、超忙しいんですよ
どのくらい忙しいのかというと、二、三週間くらい執筆してないくらい忙しい
じゃあ何で今まで更新できてるのかというと、書き溜めがあるからなんですね。備えあれば憂いなし。
元々忙しくなるのは前もって分かってたんで、コツコツ貯金してたんですよ
で、その貯金があと三十話分くらいあるんですね
三十話も有るじゃん! って思うかもしれないけど、元々は六十話あったんですよ。それが半分になっちゃった。
三十話ってことは、たった三ヶ月分ですよ。三ヶ月後って事は……二月下旬まで。
正直、ちょっと足りるかな、足りないかな? ってところなんですね
まあ、何が言いたいのかというと貯金が尽きたら更新止まっちゃうんで、場合によっては緊縮財政に移行するかもしれないってことです。
その時は許してね。
あと貯金尽きてなくても、最低十話くらい書き溜めが先行してないと、質が落ちる(というのも、割と勢いで書いてるから後から修正したりしてる)事があるんで尽きてなくても緊縮財政に移行します。
それも許してね。




