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異世界建国記  作者: 桜木桜
第五章 南部征伐とキリシア人
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第百七十三話 第三次南部征伐Ⅸ

アンケート、ありがとうございます

参考にさせて頂きます

 四日目の戦いでは、バルトロは中央突破を狙うために錐型の陣形で挑んだ。

 先端にはファランクスを、両翼には敵の包囲を防ぐためにロサイス軍を配置し、戦いに望んだ。


 しかしあともう少しと言うところで崩しきれず、撤退することになった。

 

 バルトロは追撃してきた敵を返り討ちにするために、わざと陣形が乱れているように見せかけながら撤退したが、ケプカ・バルカは追撃をすることなく、引いてしまった。


 双方、決着着かず膠着状態だ。


 「バルトロ殿、今日の戦いはあともう少しだったではありませんか。あなたが撤退を指示しなければ、我らは敵の陣形を食い破っていました!」


 軍議でそう発言したのは、自治市からキリシア人ファランクスを率いてやって来た執政官である。

 その執政官に賛同するように、各国の将軍たちがバルトロに対して、不平を言い始める。


 不穏な空気だな。

 良く無い傾向だ。


 俺はバルトロの能力を信頼している。

 俺が今日まで来れたのはバルトロのおかげだ。


 だから、ここで梯子を外すような真似はしない。


 バルトロが退いた方が良いと言ったのだから、それは退いた方が良かったに違いないのだ。


 俺はバルトロを庇うために、口を開こうとするが……

 それよりも先にバルトロが口を開いた。


 「確かに、今まで慎重し過ぎた。明日こそ、必ず敵を討つ!」


 バルトロは力強い言葉を発する。

 その言葉を聞き、場にいた指揮官たちの顔から不満の色が消えていく。


 一方、バルトロは強きの発言とは裏腹に表情が優れない。

 どうやら酒も飲んでいないようで、いつになく元気が無さそうだ。


 ……本当に良いのか? それで。

 お前はあの時、退くのが最良だと思ったんだろう?


 それをあっさり覆してしまって……



 「あー、これは明日、負けますね」

 

 そんな声が、纏まり掛けていた場を凍り付かせた。

 軍議に参加していた者たちの視線が、声の持ち主に集まる。


 アレクシオスだ。


 「それはどういう意味だ!!」

 「これだから傭兵は……」

 「聞けばケプカ・バルカはお前の叔父だそうだな!」

 「信用ならん!!」

 「アルムス王陛下、このような男、軍に止めておくべきではありません!!」


 アレクシオスに対して非難が殺到する。

 アレクシオスはあまり協調性が良いとは言えない人間で、たまに嫌味を言ったりする。


 まあ、はっきり言うと性格が悪い。根は善人だと思うが、根性がひん曲がっているのだ。


 しかも今、交戦中のポフェニア出身……どころか、敵将の甥である。


 みんな不満を心の底で溜めこんでいた。

 それが今になって爆発したのだ。


 「アレクシオス、私は君が何の考えも無しに不用意な発言をするとは思えない。時間をやる。何故そう考えたのか、発言の意図と共に説明しろ」


 俺は静かに問いかける。


 するとアレクシオスは待ってましたとばかりに、得意気な顔を浮かべた。


 「分かりました。ご説明しましょう。まず、何故我々がケプカ・バルカの軍を倒せないかです。ポフェニア軍は三万、ロサイス軍は四万。ポフェニア軍の方が数の上で不利に立たされています。ケプカ・バルカは戦術に於いて正攻法を好みますが、数が劣っている以上正攻法で攻めたら負ける。だから正攻法で守り続けているのです」


 攻撃をするためには、一点に戦力を集中させなければならない。

 しかしそれをすると、他方の戦力が薄まり、弱点を晒す。


 逆に攻撃を捨てて、守り続けている限りその陣形は容易に破れない。


 だから俺たちは苦労している。

 そんなことは分かっている。


 「しかし疑問に思いませんか? 確かに甲羅に篭った亀は強い。ですが、甲羅に篭っている限り亀は鶴を倒せない」


 俺の脳裏に亀の甲羅を突き続ける鶴の姿が浮かんだ。

 

 亀はケプカ、鶴はバルトロか。


 「亀は鶴が空腹で短気になり、その嘴を甲羅の中に入れようとするのを待っているのです。もし鶴が亀の甲羅の中に、不用意に嘴を入れれば亀はその強靭な顎で嘴を砕き、甲羅から姿を現して鶴を食い殺すでしょう」


 場が静まり返る。

 

 アレクシオスはさらに言葉を続ける。


 「四回の戦いの中で、一度も動いていない敵軍が一つだけあります。ヘクスパニア傭兵です。ヘクスパニアは古くからバルカ家と縁が深い土地で、ヘクスパニア傭兵は実質バルカ家の有する私兵です。彼らは他の傭兵たちとは練度や一人当たりの戦闘力が遥かに違う。おそらく、我々があともう少しでポフェニア軍を打ち破れるというギリギリのところで使い、我々の攻撃が止んだところで攻勢に出るつもりでしょう」


 アレクシオスの言葉には説得力があった。

 誰も言い返すことが出来ない。


 アレクシオスはバルトロに視線を移す。


 「バルトロ殿、僕の考えに何か間違っているところがあると思いますか?」

 「……いや、無いな。君の言う通りだ。深入りすれば負ける……」


 バルトロは素直に自分の誤りを認めた。

 一先ず、亀に嘴を砕かれるのは回避されたということか。


 「……しかし、その策は俺たちが深入りすることが前提だ。ポフェニア軍は制海権を得ているとはいえ、その補給は安定していないはず。長期間長引けば不利に……」


 いや、長期間長引けば不利になるのは俺たちも同様だ。

 むしろ略奪で補給出来るポフェニアと違い、俺たちは略奪をすることが出来ない。


 戦争が長期化すれば、不利に追い込まれるのは国力に劣る我が国だ。


 「なるほど、ポフェニア軍は勝たなくても良いのか。彼らはすでにトリシケリア島とアデルニア半島間の海峡の制海権を得ている。戦略目標は達している。下手に勝負に出ずとも、このまま長期戦に持ち込み講和を結べれば……」


 ほんの端でも良いのだ。

 ポフェニアからすれば、アデルニア半島に海軍基地となる場所さえ得られれば、他の土地は要らない。


 無論、欲しいだろうが無理をして得るほど欲しいわけでも無いのだろう。


 おそらくケプカ・バルカはレザドを陥落させられなかった時点で方針を変更したのだ。

 

 戦争による勝利では無く、外交による勝利を狙っている。


 今まで経験した中で一番嫌な相手だな。

 クリュウ将軍も強かったが、彼は生粋の武人で戦争での勝利ただ一点を狙ってきた。


 だが今回の相手は違う。


 戦争を外交や政治の一手段と考えている、政治家と軍人の折衷したような相手だ。



 「しかしアデルニア半島の土地は例え小石一つでも渡せない。捕えられたキリシア人も救わなければならない。我々が許されるのは完全勝利だけだ」


 今まで通りのやり方は通じない。


 しかし強引に攻めれば敗北する。

 攻めなければ外交的な敗北が待つ。


 どちらを採っても、悪い結果が待っている……


 

 「アルムス王陛下、現状を打開する策があります。お聞きに成られますか?」

 「聞かせてくれ」


 「夜襲です」


 夜襲……

 真夜中に敵に奇襲を掛ける戦術の一つだ。


 しかしこの戦術はとても難しい。


 まず第一に暗闇の中で味方と敵を見分けなければならないということ。

 第二に暗闇の中で隊列を乱さず行動出来るだけの練度が求められること。

 第三に兵を疲弊させること。


 メリットも大きいが、デメリットも大きい。

 成功すれば大戦果を挙げられるが、失敗した後の損害も大きい。


 「敵も備えているだろう。成功するとは思えない」

 「僕なら成功させられますよ。少なくとも、僕のゲルマニス騎兵だけなら暗闇で夜目を利かせられる算段はあります。方法は言えませんが……それに……」


 アレクシオスはニヤリと笑った。


 「陛下は暗闇の中、三十人以上の人間を誰にも気が付かれず暗殺できるほどの駒を持っているのではないですか?」


 ……知っていたか。

 まあ、レザド襲撃を良く調べれば分かることか。


 あれはアリスの超人的な身体能力のおかげで成立したのだ。


 「分かった。お前の策を採用しよう。具体的に作戦の概要を説明してくれ」

 「分かりました。重要なのは時間帯で……」







 「将軍閣下!! 閣下!! 目を御覚まし下さい!!」

 「ん? ……朝か? もう少し寝かせろ……」


 ケプカは副官に揺すられ、薄めを開けたがすぐに毛布に包まってしまう。

 副官は毛布を強引に剥ぎ取った。


 「夜襲です! 敵の夜襲です!!」

 「夜襲? 相手はアレクシオスだぞ! あの加護をあいつが使うことは予想出来た!! 警戒させていたはずだ!! 見張りは何をしていた!!」


 アレクシオスがケプカをよく知っているように、ケプカもアレクシオスをよく知っている。

 アレクシオスが加護を使い、夜襲を仕掛けてくることは予想出来た。


 だからこそ、ケプカはヘクスパニア傭兵を見張りに立てていた。 

 他の傭兵は信頼出来無いからだ。


 「も、申し訳ありません……」

 「もう良い!! 夜襲が起こったのは仕方がないことだ。すぐに軍をまとめる。反撃するぞ!!」


 ケプカは大急ぎで鎧を着込み、剣を手に持つ。

 そして幕営の外に飛び出し、声を張り上げる。


 「全軍、中央部に集まれ!!」


 ケプカの指示は下士官たちを通じて、ポフェニア軍全体に行き渡る。

 ポフェニア軍全体が少しづつ中央部に移動する。


 しかし……


 「っぐ、斬られた!! 敵がこの近くに居るぞ! 貴様か!!」

 「っつ、俺もやられた。どこだ? お前か?」

 「た、隊長! 同士討ちが始まっています。……隊長? っひ、死んでる! 一体誰が……っぐああ!!」


 もし、夜襲を仕掛けているのがアレクシオスだけであったならばケプカも対応出来たかもしれない。

 しかし、夜襲を仕掛けているのはアレクシオスだけでは無い。


 アリスという、最大の大駒が人知れず動き回っているのだ。


 アリスは悲鳴を上げる余裕すら許さず、敵兵士を無慈悲に殺していく。

 知らないうちに隣の者が物言わぬ屍になる恐怖は計り知れない。



 


 「っく、集まりが悪いぞ!! 何がどうなっている……」

 「た、大変です。将軍閣下。捕えていた奴隷たちが逃げ出しました!」


 「クソ、悪い知らせばかりだな……」


 ケプカは連合軍が来るまで、略奪のついでに奴隷を捕まえていた。

 一定の数に達するたびに、占領した海岸に送っていたが……


 送り損ねた奴隷が五百人ほど、本陣に残っていたのだ。

 その奴隷たちが解き放たれ、暴れ始めた。


 それでもやはり、流石ケプカと言うべきか。

 少しづつポフェニア軍の混乱が収束していく。


 ケプカが気を抜いた直後だった。


 爆発音が響いた。 

 何事かと、ケプカを含め兵士たちの視線が爆発音のした方向に向かう。


 彼らの目に映ったのは炎だ。

 炎は食糧庫を真っ赤に染め上げている。


 「大変だ!! 食糧庫が燃やされたぞ!!」

 「兵糧が底を尽きた!!」

 「もう本陣は壊滅だ!」

 「ケプカ・バルカが逃げ出したぞ!」

 「いや、敵に殺された!!」

 

 真偽の分からない流言が辺りを飛び交う。

 食糧庫での火災が止めとなり、ポフェニア軍は崩れ始めた。


 「食い物が無いんじゃあな……飢えるのは御免だ」

 「というか、このままじゃ俺たち、同士討ちで死ぬぞ?」

 「馬鹿らしい。俺はこの戦争が終わったら結婚する予定なんだぞ」


 傭兵たちは我先にと逃げ出す。

 ぶつかればすぐに戦闘だ。


 相手が味方か、敵か分からない。 

 ただ分かることは自分の逃走を妨げているということだ。


 もはや立て直しは不可能。

 

 「……逃げるぞ」

 

 ケプカはついに決断を下す。

 僅かに集まったヘクスパニア傭兵を集め、脱出を図る。


 その時だった。

 まるで神がケプカを救うかのように、太陽が顔を出した。

 夜が明けたのだ。


 一気に周囲が明るくなる。


 これでようやく逃げられる。

 もしかしたら立て直せるかもしれない。

 

 ポフェニア軍は希望の光を見る。

 同時に死神の足音を聞いた。


 「何だ? この地響きは……あ、あれは……」


 地響きのする方向に視線を向けると、そこには連合軍は整然と並んでいた。

 夜が明けるのを待っていたのだ。


 先頭の若い王が何かを叫びながら、剣を振る。

 それを合図に、連合軍はポフェニア軍に襲い掛かった。


 

 ポフェニア軍三万。


 死者五千。(うち四千は同士討ち)

 捕虜二万。

 逃亡者五千。


 斯くしてポフェニア軍は壊滅した。


_______


 『闇夜が好きなのは、色魔と蝙蝠と名将だけ』

 ―ロマリアの諺―


 類語

 『狂人と雲と名将は高い山を越えたがる』

 

 日本語訳

 『馬鹿と天才は紙一重』

そう言えば、Ⅸはナンバリングとしては最大の数

この数を超えることが今後有るだろうか……

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