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異世界建国記  作者: 桜木桜
第五章 南部征伐とキリシア人
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第百七十二話 第三次南部征Ⅷ

 「ケプカ・バルカの軍事的性格を一言で表すならば、『戦略は大胆に、戦術は堅実』にです」


 アレクシオスは連合軍の指揮官……俺やバルトロ、各国の軍を率いる豪族たちの目の前でそう述べた。

 

 戦争で最も重視しなければならないのは情報である。

 俺たちはケプカ・バルカについて殆ど知らない。


 だからアレクシオスという、元々バルカ家の人間でありつい先日ケプカと矛を交えた者に、ケプカの情報を求めたのだ。


 「ケプカは多少危険を冒してでも、戦略的に有利な立ち位置を取ろうとします。具体的に言うと、速度を重視して敵の意表を突くことを好みます。先ほどまでの状況はまさに、ケプカの性格の表れです」


 俺は海軍を指揮したことは無いし、詳しくは無い。

 だが海を渡るという行為がどれほどリスクの高いことかは、想像出来る。


 安全策を採るのであれば、入念に準備してトリシケリア島全土を落としてからアデルニア半島に渡る。

 しかしケプカは、南部キリシア諸国の隙を突くためにトリシケリア島を飛ばして直接アデルニア半島に乗り込んできた。


 ポフェニアはすでにトリシケリア島の三分の二を押さえているらしいが……

 逆に言えば三分の一は敵だ。

 仮に三分の一の敵によりトリシケリア島にある基地を破壊されれば、補給は途絶えケプカはアデルニア半島に孤立することになる。


 だがケプカはその危険を承知で、乗り込んできた。

 

 ハイリスク、ハイリターンの戦略だ。


 だが戦術はローリスク、ローリターンを好むようでケプカは俺たち連合軍が姿を現すと波が引くように一時撤退した。 

 

 レザドでの攻城戦でも、奇策の類は殆ど使われていない。

 とても一般的で教科書通りとも言える戦い方だったようだ。


 まさに『戦略は大胆に、戦術は堅実に』だな。


 「ですから……断言は出来ませんがケプカ・バルカは平原での会戦を望むでしょう。河や森などの障害物が無く、出来れば小さな丘などの高低差が殆ど無いところを好むでしょうね」


 「なるほど……それならば戦場は殆ど特定できるな」


 俺は相槌を打った。

 地形はレザドやゲヘナ、ネメスから提出された地図のおかげで詳細がよく分かる。


 平原そのものはたくさんあるが、障害物が全く無いところは少ない。


 「戦術は堅実であるというが……敵軍の構成を教えてくれ。それにどんな戦術を好むかも」


 バルトロがアレクシオスに問う。

 ポフェニア軍の構成や戦術の情報が分かれば、戦闘を優位に進める。


 大規模会戦になれば、それは決戦。

 敗れるわけにはいかない。特にポフェニアよりも国力の低い我が国は。


 「基本は小細工無しの正面衝突です。何しろ兵士一人一人の国籍の違う傭兵ですから、あまり高度な事は出来ませんよ。ただ……」

 

 アレクシオスは一度言葉を切る。


 「傭兵であるが故に様々な兵科が揃っています。それに士気は低いですが、全ての兵士は戦争経験者であり、兵士一人一人の戦闘力は相当高いです。全体での連携は微妙なところですが、小さな部隊内……傭兵団単位の団結は強固です」


 良く言えば柔軟性に富み、悪く言えば纏まりが悪いと。

 戦況が悪化すれば、傭兵団ごと逃げるんだろうな。

 一人で逃げるよりもみんなで逃げる方が逃げやすいだろうし。


 「兵科は……僕が確認した限りでは『投石兵』『長弓兵』『投槍兵』『長槍兵』『剣士』『ファランクス』『斧兵』『騎兵』ですね。それに加えて、実質バルカ家の私兵となっている傭兵団や奴隷兵もあります。彼らは他の傭兵共と違い、全体的な連携も優れ、士気も高い。もっとも彼らの役割は後詰めと逃走する傭兵の始末ですけどね」

 

 話を聞く限り、兵科のサラダボールって感じだな。

 こんなに兵科がたくさんあるようでは、複雑な戦術は難しいだろう。


 一つ一つの部隊を統率するのも一苦労だ。


 だが、敵がどんな武装でどんな陣形で攻めてきても、豊富な兵科を最大限に活かせれば、有利に戦いを進めることが出来そうだ。



 「兵数は三万だったな……こちらは四万以上。ここは包囲か……いや、敵の連携の弱点を突くために、中央突破を仕掛けてみるのもありだな」


 バルトロはぶつぶつと考えこむ。

 アルコールで顔は上気しているが、その目は真剣そのものだ。


 「陸は良いとして、問題は海だな」


 俺はこの戦争最大の問題を口にする。

 ポフェニア海軍は現在、アデルニア半島南端の海域を封鎖している。


 仮にポフェニア陸軍を殲滅出来ても、海軍が健在では……

 海上封鎖され続ければ南部諸国の経済に深刻な影響が出て、それはアデルニア半島全域にも広がる。


 紙や蒸留酒の貿易で儲けている我が国にとっても死活問題だ。


 「確かポフェニア海軍の船は三百隻、一方レザドやゲヘナ、ネメスの船を掻き集めても百隻だと言うじゃないか」


 それに加え、ポフェニア本国にはまだまだ船が残っていて、製造する余力もあるとか。

 まともに戦ったら勝てないぞ。


 「陸で勝てば、交渉次第で海軍はどうにでもなりますよ、アルムス王陛下。そもそも今回の戦争はポフェニア元老院の意図するところではないはずです。ポフェニアの元老院には海洋進出を積極的に進めるべきであるという海岸党と、軍事費を削減して国内の未開拓地を開拓して農場経営に集中するべきだという平野党の二派閥の勢力が拮抗しています。元老院は戦地の将軍を呼び戻せるほど強い権限を持っている。今は上手く進んでいて海岸党の勢いが強いからこそケプカはここに居ますが、陸で敗北すれば平野党の発言力が増し、ケプカは引き返ざるを得なくなります」


 アレクシオスの発言に相槌を打つように、アブラアムが口を開いた。


 「私もアレクシオス殿の考えと同様です。我々ゲヘナは昔からポフェニアに間者を放ち、情報を収集していますが、元老院では一度もアデルニア半島への侵攻は計画されて居ませんでしたから。ポフェニア軍のアデルニア半島侵略はケプカの独断でしょう」


 ……なるほど。

 戦争で完勝せずとも、講和が結べれば良いのか。


 だとすれば、ケプカは生け捕りにして捕えるのが一番良いな。


 逆にこちらの海軍は集結させず、分散させて温存しておいた方が良さそうだ。


 「よし! エビル王の国とベルベディル王の国の返答を待ってから、出陣しよう。侵略者共を我らの故郷から追い出すぞ!!」


 俺が拳を上げると、各国の代表官たちも声を張り上げる。

 ……まあ、俺たちも侵略者なんだけどね。








 エビル王の国とベルべディル王の国からは正式に参戦するという意思を伝える親書が送られてきた。

 この戦争での見返りは殆ど無いが……おそらく俺に対して恩を売る、というよりも逆らう意思がないことを示すためだろう。


 もはや両国と我が国の軍事力はかけ離れている。


 尚、ネメスとゲヘナの陸軍は参戦しない。

 というのも、下手に動かすと各個撃破されかねないからだ。


 最も、彼らの海軍の存在はポフェニアに圧力を掛けている。

 十分に役に立っている。


 連合軍全体の意思がはっきりした時点で俺たちは進軍を始めた。

 ポフェニア軍はレザドの首都周辺を略奪して荒らし回っている。


 軍隊というものは組織するよりも、維持する方が難しい。

 それが敵地であるならば尚更だ。


 ただ……ポフェニア軍に関してはその限りでも無いかもしれない。


 というのも、俺たちロサイス軍のような軍隊は土地とその土地に住む人間を支配するために戦争をする。

 だから略奪は極力避ける。

 その土地の住民に悪感情を抱かれると、その後の統治が難しくなるからだ。


 だがポフェニアが欲しがっているのは土地だけで、人ではない。

 支配地の人間は奴隷にして売り払うか、殺すか、追い出すかのどちらかだから、略奪で現地住民に悪感情を抱かれても痛くも痒くも無いのだ。


 事実、老人や子供は殺して若い男女は生け捕りにしているらしい。

 例えるならば、イナゴの群れだ。


 いつネメスやゲヘナに転進するか分からない。

 彼らがレザドで略奪しつくし、移動を始めるまでに駆除しなければならない。


 

 俺たちが進軍して暫くすると、村だった(・・・)モノが見えて来た。

 家という家のドアは破壊されていて、畑は踏み荒らされ作物が潰されている。


 村の各所には数日前まで動いていただろう肉の塊が落ちている。


 「酷いな……」

 「俺も長いこと戦争をしていますが、ここまで酷い戦場跡は珍しいですね」


 バルトロは相槌を打つ。

 本当に人には興味がないんだろうな、ポフェニア軍は。


 「少し急ごうか」


 兵士全員が俺と同じ思いを胸に抱いたのか、進軍速度がほんの少し早くなった。






 レザドから約一日の平原に、ポフェニア軍は居た。

 平原のど真ん中に強固な陣地を張っているのが分かる。


 「これはなかなか手強そうな相手ですね」


 バルトロは敵の陣地を見て呟いた。

 正直、俺にはよく分からない。


 「堅実で面白みは全く無いですが、それ故に強固です。ああいう無難な奴が一番面倒なんですよ。奇策の一つや二つ、やってくれれば揚げ足の取りようがあるんですけどね」


 長所は同時に短所に成り得る。

 長所が無いということは同時に短所も無いということであり、つまり弱点が無いということ。

 

 ……ということか?


 「そういうことです。例えばファランクスは打撃力を高める代償に、機動力を犠牲にしています。騎兵は機動力を高める代わりに、進軍できる場所が限られます。その上、大きな音や障害物に弱い。だからこそ、対応することが出来る。だが敵にはそれが無い……」


 いつになくバルトロは難しそうな顔を浮かべる。

 大丈夫か?


 そんな俺の表情を見たからか、バルトロは笑みを浮かべた。


 「大丈夫です、陛下、必ず陛下に勝利を献上して見せますよ」


 「期待している。お前なら必ず勝つと」








 俺たち連合軍四万三千は、三千の兵を本陣に残して平原に兵を並べた。 

 それに対抗して、ポフェニア軍三万も二千の兵を残して平原に布陣する。



 連合軍は中央部に各国のファランクス約一万を。


 両翼にはロサイス軍のマニプルス制の重装歩兵約三万を配置。


 最両翼には騎兵……ロサイス軍の近衛兵や各国の騎兵、ムツィオたち率いるエクウス騎兵、アレクシオス率いるゲルマニス騎兵が並ぶ。


 ファランクスで敵を受け止め、重装歩兵と騎兵で両翼を潰す。

 バルトロお得意の戦術だ。


 一方、敵は何の変哲もない横陣だ。

 中央も右翼も厚みが全く変わらない。


 普通過ぎて、逆に気味が悪い。


 「敵の本陣には随分と人が居るように見えるな」

 「おそらく、奴隷狩りで捕まえたキリシア人でしょう。この戦場にこれだけ居るということは、相当の数が港に捕らえられているとみて良いでしょう。彼らがポフェニアに運ばれる前に方を付けなくては」


 そうだな。

 俺たちが彼らを救出すれば、それだけロサイス軍の株が上がる。


 侵略国という面が隠れる。


 「陛下……悪い顔をしていますよ」

 「元からだ」







 銅鑼と笛、太鼓の音が戦場に響く。

 何種類もの旗が空に棚引く。


 総計七万の大軍が大平原で正面から激突した。


 

 連合軍の陣形は両翼が分厚く、中央が薄いため、凹型の形になっている。

 そこにポフェニア軍の長方形の横陣が激突し、ポフェニア軍の形が凸型になる。


 普通ならば中央が崩れてしまうが、中央を守るのはファランクスだ。

 ファランクスは側面攻撃は弱いが、正面への攻撃力と防御力は非常に高い。


 側面は機動力に優れるロサイス軍の重装歩兵。

 彼らはその柔軟性を生かし、徐々に敵の側面を圧迫する。


 そして最両翼の騎兵同士の戦い。

 連合軍の騎兵は三千、ポフェニア軍は七千と二倍の兵力差がある。


 当初は不利な戦いが予想されたが、蓋を開けてみると以外なことに善戦していた。

 一番の要因は鐙の存在だ。

 すでにアデルニア半島の国々には鐙が浸透しつつあり、八割を超える騎兵が鐙を装備していた。


 馬上での安定感が、二倍の兵力差を補っているのだ。


 「案外、大したこと無いじゃないか。このまま押しきれば勝てそうだな」


 「……いえ、陛下。ここは退きましょう」


 ん?

 俺はバルトロの顔を振り返る。


 バルトロは苦々しい顔をしていた。


 「敵の側面は意外に強固です。そして中央の突撃力が想定以上に強い。このままでは中央を突破される恐れがあります。深入りする前の今なら、陣形を乱さず退き事が出来ます。陛下、御英断を」


 ……

 分かったよ。お前がそう言うなら。


 「全軍、一時退却せよ」


 銅鑼の音が戦場に響き、連合軍は波が引くように撤退を始める。

 それに合わせ、ポフェニア軍も撤退を始める。


 「……手強いか?」

 「なかなか厄介です。……ですが、今日の戦いで大体分かりました。明日は勝ちます」


 しかしバルトロの勝利宣言も虚しく、二日目、三日目、四日目の戦いでも両軍は痛み分けで終わり、兵と時間と兵糧を悪戯に浪費しただけだった。


誰だって苦手科目や苦手なタイプはあるのよ




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