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異世界建国記  作者: 桜木桜
第五章 南部征伐とキリシア人
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第百七十話 第三次南部征伐Ⅵ

 「落ちないな……とても俄作りの義勇兵が立て籠もっているようには思えない」


 ケプカは盤上の駒を弄ぶ。

 ケプカの目の前にあるのは、この戦場の模型である。


 レザドの城壁の模型を、ポフェニア軍の兵士の駒が取り囲んでいる。


 ケプカが手に持っているのは、自分自身を表す本隊の駒だ。


 「主導権は俺が始終握っているはず。しかし、何故か対応される。どういうことだ?」


 戦争に於いて、戦略的に有利なのは攻撃側である。

 無論、戦術的に戦場を一つ切り取って考えれば防御側が有利である。


 しかし戦場全体で考えれば話は変わる。

 攻撃側は自分の攻撃するところを自由に選ぶことが出来るからだ。


 攻撃側には戦場を選ぶ自由があるが、防御側には無い。


 侵略と国防では、遥かに国防の方が難しい。


 故に先手必勝、速度と迅速な判断が戦争の行方を左右する。


 ケプカの判断能力は並の将軍以上である。

 そこらの凡将に負けるはずがない。


 ケプカは考え込む。

 何故、敵はここまで完璧に自分の行動を予測しきれるのか。


 そして、ある結論に達する。


 「呪術師たちを呼んでくれ」


 ケプカは衛兵に命じた。









 「この加護は籠城戦と抜群に相性が良いねえ」


 アレクシオスは自分の右目に触れる。


 アレクシオスには『目借りの加護』と『目貸しの加護』という二つの加護を持つ。

 その名の通り、他人の視界を借りたり、貸したりすることが出来る加護だ。


 現在、メリアはレザド上空で鷹を飛ばしている。

 その(メリア)の視線を借りて、アレクシオスは戦場全体を俯瞰しているのだ。


 尚、レザドの呪術師が(メリア)に対して隠蔽の呪術を掛けているので今のところはその存在は見つかっていない。


 「おっと、動いたね。次は西南の壁を攻めるのか。相変わらず、こちらの防御が弱まった隙を巧みに突いてくるね。傭兵たちの動きも早い。攻城戦を嫌う傭兵をここまで柔軟に動かすとは、やはり侮れない人だね」


 アレクシオスは楽しそうに笑う。

 名将と戦える喜びと、大嫌いなバルカ家の人間に一泡吹かせているという快感が入り混じる。


 戦場全体を隈なく見渡し、敵の動き一つ一つに対応していく。

 アレクシオスの指揮するレザド軍は必要最小限度の動きで、敵の攻撃を防いでいく。


 結果、無駄が無くなり兵力を最大限に利用できる。

 消耗や疲労も減り、それは継戦能力の維持に繋がる。


 「ん?」


 突如、(メリア)の視線が変わる。

 その視線の先には数匹の鷹が映っていた。


 「ありゃりゃ、バレちゃったか」


 アレクシオスは加護を打ち消す。

 これで情報の優位は消えてしまった。


 「まあ、これで二日目の午後まで守りきれたわけだし、前向きに行こうか」


 アレクシオスはすぐさま、指示を変える。

 今まで休ませていた兵士たちを戦場に送り込み、全体の防御力を引き上げる。


 今までは攻撃を受ける前に、兵力を追加することで対応して来た。

 しかしこれからは攻撃を受けてから、動かざるを得なくなる。アレクシオスには予知能力などないからだ。


 「大変だったわ……」

 「メリアか。お疲れ、大丈夫だった?」


 無事に帰還したメリアがアレクシオスの元に歩み寄る。

 

 「まあね、私の鷹は大きいし、鷹数匹を振り切って逃げるのは容易いわ。レザドの呪術師にも助けて貰ったし……でも、バレちゃったね」

 「本当だよ、困ったなあ。これってつまり僕が司令官であることがケプカにバレてしまったってことだろ?」

 

 アレクシオスは肩を竦めた。








 「閣下のご指示通り、レザド上空を飛びよく観察したところ、隠蔽の呪術で身を隠した鷹がおりました。……あれは何なのですか」

 「メリア・クランスタールだ。クランスタール孤児院出身の呪術師、『大鷹』だ。お前たちも知っているだろう」


 ケプカの言葉を聞き、呪術師たちは目を見開いた。


 「ということは……」

 「敵の司令官はアレクシオス・バルカ……いや、アレクシオスだ!! あの男、バルカ家を捨てて逃げ出しただけでなく、ポフェニアに対して牙を剥きおった!!」


 ケプカは机に拳を叩きつける。

 机の上に置かれたガラスのコップが揺れ、床に落ちて割れる。


 ガラスが砕ける音が天幕に響く。


 「だから俺やセアル兄さんはあの虹彩異色(オッドアイ)のクソガキが産まれた時、首を絞めておけと言ったんだ! あの目は必ずバルカ家に……いや、ポフェニアに対して災いを齎す!」


 ポフェニアには古くから、左右の瞳が違う子供は、その家に不幸を招くと言われている。

 故に身体障害や知的障害を持つ子供と同様に、産まれた時点で首を絞められてしまうケースが多い。

 

 アレクシオスも同様に産まれた時点で産婆や周囲の大人に首を絞められかけたが、彼の母親の必死の説得により死を免れたのだ。

 もっとも、アレクシオスの母親はアレクシオスが五歳の頃に死んでしまった。


 もっぱら、虹彩異色(オッドアイ)の呪いという噂である。


 ちなみにこの伝承はポフェニア人の故地である、東テーチス海沿岸部に古くから伝わる。

 キリシアでは地方により度合が違うが、やはり良い印象は持たれない。


 海洋民族に共通する伝承である。

 そのため、船に乗らないアデルニア人やガリア人、ゲルマニス人などにはこの伝承は伝わっていない。

 それがゲルマニス傭兵がアレクシオスに対してさほど嫌悪を抱いていない理由である。


 「全軍に伝えろ。アレクシオスとメリア・クランスタールを生け捕りにしろと!! 捕まえた者には金貨百枚をやる!」


 ケプカの腹は怒りで煮えくり返っていた。

 憤怒で瞳を燃やしながら、ケプカはアレクシオスとメリアの処罰について考える。


 「徹底的に辱めた上で殺してやる。……そうだな、あの二人は結婚したくて駆け落ちしたほど仲の良い恋人同士……よし、二人とも手足を切断して達磨にし、傭兵にくれてやろう。二人とも見た目は悪くない。色に飢えた傭兵共は大喜びで二人を犯す。……恋人が目の前で犯されながら自身も犯されるというのはどういう気分なのだろうな? ……その後は裸にしてロバの上に乗せ、ポフェニア中で晒しものにしてやる。最後は糞尿の詰まった樽の中に埋めて、窒息死させてやろう」


 裏切り者には相応の罰を。

 ケプカが握り締めた拳から垂れ堕ちた血が絨毯に赤い染みを作り出した。

 






 「ケプカは怒り心頭だろうね。今頃、あの時にあの餓鬼を絞め殺していれば!! とか怒ってるよ。僕を生け捕りにして、散々辱めて殺してやろうとか、考えてるんだろうね」

 「……大丈夫?」

 「心配すること無いよ」


 アレクシオスは心配そうなメリアの肩を抱き、頬に唇を押し付けて微笑んだ。


 「むしろ望むところさ……あの男には散々虐められた。小さいころ何度も蹴られたし、殴られた。海に突き落とされたことや、煮立ったスープを掛けられたこともあるし、その時の火傷の跡はまだ残っている。僕が軍人になった後も散々嫌がらせをされた。反バルカ家の後ろ盾が無ければ、いつあの男に事故に装って殺されてもおかしくなかった……」


 アレクシオスの声には深い憎悪と怒りが込められていた。 

 アレクシオスの口角が上がる。


 「虐められた復讐に殺す……というのは少々子供っぽいが、そうでもしなければ僕の気が収まらない。ケプカ・バルカには相応の報いを……死と言う名の贈り物をしてやる」


 そんなアレクシオスをメリアが心配そうに見つめる。


 「……私は口を挟まないわ。これはあなたとバルカ家の問題だもの。復讐はあなたの気の済むまですれば良いと思うわ。でも、復讐に囚われるのだけはやめて。……あなたは一児の父親よ?」

 「分かってるよ。僕にとって一番大切なのは君で、次は愛息子だ。そして次はレザド防衛という仕事だ。私怨はあくまでついでだよ」


 辛うじて、妻と子供、そして責任感がアレクシオスの恨みを押さえつけていた。

 これはアレクシオスにとっては幸せなことだろう。


 復讐に囚われ、目の前の幸せを取り溢すことほど愚かなことは無いのだから。



 



 二日目の夜。


 「うーん、五月蠅いなあ」

 「まあ、城攻めをするときの古典的なやり方だよね」


 アレクシオスとメリアは城壁を取り囲み、大声を上げ続けるポフェニア軍を眺める。

 松明をいくつも掲げ、太鼓と笛が鳴り響き、歩兵は叫び、騎兵は音を立てながら何度も城壁も周囲を周り続ける。


 戦闘に慣れていないレザド兵の睡眠を妨害し、疲弊させる策である。


 夜襲そのものは攻めての被害が大きく、滅多に行われないが夜襲するフリ(・・)はよく行われる。

 

 攻城戦、籠城戦とは心理戦である。

 士気が挫けた方が先に負けるのだ。


 「取り敢えず、レザドのみんなには気にせず寝るように言っておこう。まあ、万が一には備えるけどね」


 もっとも、安心しろと言われて安心出来るほど人間の心は単純ではない。

 ポフェニア軍の心理攻撃は確実にレザドの者たちを疲弊させた。





 三日目。


 「第三隊、第六地点に至急移動。第七隊、第十二地点に移動! 第九隊、その場所はもう良い。第三十二地点に援軍に行ってくれ」


 アレクシオスは次々と指示を飛ばす。

 アレクシオスの目の前にはこの戦場全体を表す模型。


 偵察や伝令の情報が入るたびに、模型の上に置かれた敵の駒の位置が変化する。

 その変化に応じて、アレクシオスも味方の駒を動かしながら指示を飛ばす。


 目まぐるしく戦場が変化する。


 少しでも隙を見せれば、そこからポフェニア軍が侵入してくる。


 「第六隊! 第十二地点に移動しろ!」

 「隊長! 第六隊は動けません!」

 「どういうことだ!」

 「と、突出し過ぎて……伝令を届けられません!」


 現地の兵士たちは必死だ。

 だから正確な判断など出来ない。


 故に少し前に出過ぎてしまうことが多々ある。


 洗練された軍隊でもよくあることなのだ。

 それが演習不十分の義勇兵では尚更である。


 「くそ……仕方が無い。第二隊に連絡しろ! ……防御力は落ちるが背に腹は変えられない!」


 すでに城壁の一部はポフェニア軍に占領されていた。

 アレクシオスとて万能ではない。

 ミスの一つや二つはする。


 そこをケプカに突かれ、侵入を許しているのだ。


 しかし賞賛すべきは、これだけの兵力差と練度の差で守り続けるアレクシオスの巧みな用兵術だろう。

 並の凡将ならば、一日目の時点で陥落している。


 「た、大変です!!」

 「どうした? どの場所が落ちた?」


 アレクシオスの問いに伝令が答える。


 「旗です!! ロサイス王の国の旗です!! 真っ直ぐこちらに向かっています!!」

 「……間に合ったか」


 アレクシオスは軽く目を瞑る。

 そして立ち上がり、声を張り上げる。


 「気を抜くな。全軍に伝えろ。援軍はもうすぐ到着する。それまで持ち堪えろ!!!」


 


 斯くして、レザドはポフェニア軍の略奪の手から免れたのである。


アレクシオスとその子孫がバルカ家とポフェニアに対して災いを呼ぶのは間違いないので、ぶっちゃけ絞め殺しておくのが正解だったりする

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