第百六十六話 第三次南部征伐Ⅱ
「いやー、予定が狂いましたね。良い方向に」
「斥候一つ遭遇せずに、ここまで来てしまうとはな」
我が軍は四万三千の大軍だ。
故に進軍できるルートは限られている。
レザドまで進軍することが出来るルートは途中で二つに分岐する。
森を大きく迂回する西路と森をそのまま突っ切る東路である。
バルトロの読みでは、分岐点に差し掛かる前に敵と会戦することになる……はずだった。
「分岐点まで来てしまったな。……どっちに進軍する?」
「俺は東路が好きですね。早いに越したことは無い。伏兵は心配ですが……注意して進めば伏兵なんぞ、成功しませんよ」
孔明の罠だ!!
というのはフィクションの世界でしか成立しない。
普通は入念に斥候で調べるため、伏兵は事前に気付くことが出来る。
まあ、実際に見落としは存在するし「鳥が飛び立っただけで驚き、軍が崩壊してしまった!!」という嘘のような本当の話も存在するが。
原則、滅多に成功しない。
この世界の呪術師は、犬や鷹を行使出来るため伏兵の成功確率は地球よりも下がる。
人間の目で気付けなくとも、犬の鼻や鷹の目は誤魔化せない。
「まあ、補給を考えても東路が一番だよな」
四万三千という大軍になったことにより、今まで表面化してなかった問題が表面化しつつある。
補給の問題だ。
というか、第二次南部征伐でもこれは問題になっていた。
しかし一年で輜重部隊を作るのは難しい。
そこで河の水運を利用することにした。
馬やロバで運ぶよりも、船で運ぶ方が遥かに容易い。
しかもロサイス王の国からレザドまで、河はほぼ一直線に流れている。
河に沿って真っ直ぐ進軍出来てしまう。
おかげで大量の食糧と酒、攻城兵器は矢や投槍などの消耗品を容易く補給できる。
その分兵士の荷物は軽くなり、進軍速度は早くなっている。
ただ、河を利用出来るのは今回が限りだろう。
こんなに都合の良い地形はこの場所以外存在しない。
「一先ず、今日はここで野営しようか。進軍ルートを決めるのは斥候の報告を聞いてからでも遅くは無いはずだ」
翌日の事。
「朗報です。陛下。敵は軍を二つに分けています」
「どういうことだ?」
バルトロの話によると……
どうやら敵軍は西路と東路、両方を守るために二つに分けてしまったらしい。
確かに、二つの道の合流地点はレザドの鼻先だからここで食い止めなくてはならないというのは分かる。
……
しかし、いくらなんでも二つに分けるというのはどうなんだろうか?
これは下策中の下策ではないか?
「敵も闇雲に二つに分けたわけではないでしょう。おそらく、すぐに合流が出来るように何等かの後方拠点を用意しているはずです」
「各個撃破が出来れば良いんだが……敵もそれを簡単に許してくれるとは思えないな」
問題はどうやって確固撃破をするかだが……
「バルトロ。俺たちも兵を二つに分けよう。例の作戦、やってみようじゃないか」
「俺もそれを思っていました。やってみましょう」
東路を守る軍隊、以下西軍。
「隊長、ロサイス軍が動き始めました。東路を採ったようです」
「やはり俺の言う通りだったではないか。まったく、ネメスのアホ将軍め……今頃悔しがっているだろうな」
ガリア人傭兵隊長はニヤニヤと笑う。
彼の脳裏には地団駄を踏み、悔しがったネメスの将軍の姿が浮かんでいた。
西路を守る軍隊、以下西軍。
「将軍、敵は東路を採ったようです」
「……っち、得意気に笑う蛮族の顔が浮かぶな。兵を千だけ残して合流する」
西軍は陣を引き払い、東軍と合流するために進軍を始めた。
西軍が進軍を始めて約五時間後。
あと数時間で東軍と合流できるというところで、事態が急変した。
「……何故、ロサイス軍が居る?」
突如、ロサイス軍の旗が姿を現したのだ。
空に棚引くその旗は、間違いなくロサイス軍の旗であった。
将軍は副官を怒鳴りつける。
「斥候は何をしていた!!」
「い、いえ……申し訳ありません。見落としです」
もっとも、ここは同盟国内だから斥候は少しで良いと言ったのはネメスの将軍である。
副官を責めることは出来ない。
「……まあ、良い。しかし何故ロサイス軍が……」
将軍は頭を悩ませる。
東軍が敗走したなどと言う連絡は将軍の元には届いてない。
つまりロサイス軍は何等かの手段で道を短縮して来たのだ。
(旗の数から推察すると、その数は六千前後……とても森を移動できる数では無い。まさか瞬間移動をしたわけでも無いだろう……しかし西路も東路も完全に押さえてあった。どうやって……まさか!!)
将軍はある一つの可能性に行きつく。
頭を抱え、地面に拳を強く打ちつける。
「くそ! このキリシア人であるこの俺が!! こんな事に気が付かなかったとは!! まさか、この俺が、蛮人にこんな手で裏を掻かれるとは!!」
「しょ、将軍? どうされたのですか? ロサイス軍が姿を現した理由がお分りになったですか?」
将軍は顔を上げ、副官を睨みつける。
「船だ! 奴ら、河を利用して周り込んだんだ!! クソ、まさか蛮人が船をここまで利用するとは……」
「今頃、敵さんは驚いてるだろうねえ」
バルトロは酒を飲みながら愉快そうに笑う。
すでに丘の上に強固な陣を張り終えている。
敵は一万。
一万で六千が守る丘を攻めるのは容易いことでは無い。
しかも守り手はバルトロだ。
最低でも一日は掛かる。
「そして一日もあれば、陛下が東軍を数で押し潰してくださる。あとは俺と合流して、この間抜けなキリシア人共を叩きのめすだけだ」
バルトロは空に成った壺を地面に叩きつけ、踏みつけた。
「海の民であるキリシア人が、俺たちのような、羊を追いかけ畑を耕すしか能の無い、文字すら持たない蛮人に、船で裏を掻かれるってのはどんな気分なんだろうねえ」
作戦決行前にバルトロは言った。
「俺が六千を率いて背後に周り込み、援軍を足止めします。レザドの傭兵部隊は一万です。三万七千もあれば、正面から数で押し潰せます。陛下は定石通り軍を動かしてください。ただし、伏兵にだけはご注意を」
確かに、俺はバルトロよりも用兵が上手いとは言えない。
将軍としては並の能力だろう。
しかしだ。
言葉の端々から「まあ、お前でもこれくらいは出来るだろう?」と聞こえるのは俺の気の所為だろうか?
「陛下の考えすぎですよ」
アリスが少し呆れた声を上げた。
最近、アリスは俺直属の護衛として付いて周ってきている。
追い払ってもストーキングしてくるので、諦めた。
どうやら留守番しているユリアやテトラに俺を託されたらしい。
まあ、女同士仲が良いのは結構なことだが……
「まあ、バルトロはそんなに失礼な奴じゃないか。俺の気にし過ぎだよな……というか、伏兵に気を付けろってどうすれば良いんだよ」
分からん。
取り敢えず、バルトロに教えて貰った通りに荷馬車は自軍の中央に配置した。
側面には軽歩兵、その内側には機動力に長けるロサイス軍、そして一番内側には未だにファランクスを採用している諸国軍。
寡兵で攻めてくるなら、攻めてきやがれ!!
「陛下!! 最後尾で敵の襲撃があった模様です!」
「迎撃しろ!」
「いえ、すでに迎撃しました。ロン・アエミリウス殿が撃退しました」
そうか、そう言えば最後尾を守ってたのはロンだったな。
よくやった!!
「やっぱり伏兵って成功しないんだな」
「おかしいですね。ドモルガル王の国のトニーノ将軍がアルドに仕掛けた伏兵は成功し続けてましたけど」
アリスが呟くと、どこからか現れたトニーノ将軍が口を挟んできた。
トニーノ将軍はドモルガル王の国の将軍であり、ドモルガル王の国での内戦でアルド王子に伏兵による補給線攻撃を仕掛けた張本人である。
「いやあ、相手が馬鹿だと簡単ですし、有効な手ですよ? あれは面白いように嵌まりました。俺はてっきり、敵の策略の一つで、俺を油断させようとしているのかと勘違いしてしまいましたよ」
無論、アルドにそんな知能は無い。
あったら今頃、ドモルガル王の国の玉座に座っているのはアルドだっただろうし、我が軍は負けていただろう。
全てはアルドが阿呆だったおかげである。
と、あまり死人を蹴り飛ばすのは良くない。
彼は死んだのだ。
どんな人間も死んだら平等に死者。
馬鹿にするのはこの辺で止しておこう。
「しかし敵の将軍の一人はガリア人……ということは、ロゼル王国が噛んでいるのでしょうか?」
「それは無いだろ。ガリア人といってもロゼル以外のガリア人はうじゃうじゃいる。ガリアは広いらしいしな。それに隊長がガリア人なだけで、人種は様々らしいぞ?」
キリシア人、アデルニア人、アルヴァ人、ポフェニア人、ガリア人、ゲルマニス人、その他諸々……
サラダボールのような部隊らしい。
まあ、傭兵なんぞそんなものだろう。
「陛下! 前方に敵の旗を視認しました! 兵数は約一万!」
斥候や鷹使いの呪術師から続々と報告が入ってくる。
誤報ということは無さそうだ。
「全軍に伝えろ。戦闘準備だ。……伏兵に注意しろ」
陣形を組みかえている時が一番無防備だ。
この時に伏兵に襲われると、少し面倒になる。
よく訓練されているからか、陣形の組み換えはあっという間に終わった。
この間に三回ほど敵の伏兵に攻撃されたが、全て弾き返した。
寡兵が大軍に敵うはずなかろう!!
「敵は……組み終えて居ないな」
「まあ、傭兵だしな。しかも人種がバラバラなら、陣形を組むのも一苦労だろう」
近くまで来て分かったが、使っている武器もバラバラだ。
盾の大きさや剣、槍の形、長さ、鎧の有無……
ロサイス軍も武器は平民の持参ということもあり、細かいところは違うが……
一応、長さや形は統一されている。
急造りの軍隊、という感じだ。
それに比べて、アレクシオスの率いていたゲルマニス人傭兵部隊は凄かった。
兵装がバラバラなのは同じだが、陣形が組み上がる速度も士気も練度も規律も、今目の前にいる敵とは大違いだ。
やはりこういう急造りの部隊に成れば成るほど、司令官が勝利のカギを握るのだろう。
アレクシオスが司令官でなくて良かった。
「全軍!! 突撃!!」
俺は声を張り上げる。
小細工は必要ない、というか出来ない。
このまま数で押し潰せば良い。
「陛下、ダメです!!」
「何だ?」
馬で先頭を駆けようとした俺の服をアリスが掴んだ。
「バルトロ閣下や奥様、その他豪族や近衛兵の方々から『陛下を先頭に走らせるな!!』と厳命を受けています」
「……分かったよ」
これじゃあ、俺の見せ場が無くなるじゃないか。何のための加護だよ……
尚、戦闘そのものは一時間で終わった。
俺の匠な指揮……というより、バルトロが育てた優秀な下士官の活躍により敵を壊滅させることに成功した。
……
俺って戦場に来る意味あるのかな?
アルムスが居るだけで士気が上がるのと、政治的判断が即座に出来るのでいる意味が無いということは無い
……
身体能力強化は果たして必要だったのか、真面目に悩んでいる




