第百六十四話 戦争前
正式にレザドから最後通牒の使者がやって来た。
賠償金だとか、犯罪者の引き渡しだとか、いろいろ言ってきたが全て拒絶してやった。
正式にレザドとの国交は途絶えることとなった。
が、大した影響は無い。
レザド以外の二都市……ゲヘナやネメスとは未だに友好的な関係を築いている。
この二国との貿易を増やせば言いわけで、レザドと交易する必要は無い。
むしろ困窮するのはレザドだろう。
今は来るべき戦争に備え、準備をする。
「バルトロ。時期はいつがいいと思う?」
「二か月後の三月が丁度良いかと。その頃になれば、南アデルニア南部は随分と暖かくなっているはずです」
ロサイス王の国は冬に雪が降らないほど暖かいが、南部はさらに暖かい。
三月には進軍も可能なほど暖かくなるだろう。
「レザドまで進軍するには間の諸都市をどうにかしないとな……」
これは外交で落とそう。
全ての都市国家を一つ一つ攻略していくのは時間が掛かり過ぎてしまう。
そうなると……
「イアル、各都市国家の調略を進めてくれ。武力で脅せば屈するはずだ」
「分かりました。渡りを付けて置きます」
イアルは頷いた。
すでに各都市国家はレザドを見限り始めている。
難しくはないはずだ。
「後は……エクウス族を誘うのは前提として……ベルベディル王の国も誘うか。可能ならばドモルガル王の国とエビル王の国も」
「……勝ち戦です。不必要では?」
ライモンドが少し不満そうな表情を表す。
勝利後の戦利品の取り分がその分減るからだろう。
まあ、それも分かるんだけど……
「一応、大義名分があるとはいえ侵略だからな。共犯者は多い方が良い」
ロゼル王国をスケープゴートにしているとはいえ、レザドを侵略すれば我が国の国力は跳ね上がる。
各国の我が国への不信感が増大するのは避けたい。
ドモルガル王の国が参加してくれるのが一番望ましいんだけどな。
「最も、指揮権は我が国が握るのは大前提だけどな」
エクウス王とドモルガル王の頭に冠を乗せたのは俺だ。
そしてエビル王の国とベルべディル王の国に我が国は一度、戦争で勝利しているし、国力でも数倍の差がある。
我が国が優位に立つのは当然のことだ。
「それと……これは少し思いついたことだが……」
俺が思いつきを話すと……
バルトロはニヤリと笑った。
「面白そうですね。やりましょう」
ライモンドたちと話し合いが済んだ後、俺はエインズを呼び出した。
レザド占領後のレザドの処遇について、話し合いを付けるためだ。
「私としてはレザドが自治市として我が国に加わってくれれば嬉しいが……しかし、君たちはレザドに愛着があるのか?」
俺の質問にエインズは首を傾げた。
「……それはどのような意味でしょうか?」
「そのままだ。君たちは商売をするためにレザドで自治をしてるのだろう?」
レザドの宗主国だったクラリスというキリシアの都市国家は、大昔王制だったらしい。
テーチス海と灰海、西方と東方の接続点という、国の立地を生かして大昔からクラリスは中継貿易で栄えていた。
しかし、クラリスの王は高い商業税を掛けた。
それを不満に思ったクラリスの商人たちは傭兵を雇い、王に戦を仕掛けて勝利した。
以来クラリスは商人による自治を続けていて、その植民都市であるレザドもまた、同様の政治体制を築いている。
つまりレザドは自分たちの商売に支障が無いように自ら自治をしているわけだが……
「政治には金が掛かる。いろいろと大変なんじゃないか?」
「……まあ、商売に集中していた方が儲かるのは確かですね」
エインズは頷いた。
「私は、君たちにレザドを捨ててしまうことをお勧めする」
「……陛下は我々に『レザド』を献上しろと仰られているのですか?」
まあ、そういうわけでけど……
流石にストレートに言うのは外聞が悪すぎる。
「別にそんなことは言ってない。ただ、勧めているだけだ。……もし、君たちがレザドを去るならば、私は君たちを貴族として迎えよう」
俺がそう言うと、エインズは目を大きく見開いた。
予想外の言葉だったのだろう。
「それはロサイス王の国の国政に参加出来る……という意味ですか?」
「それ以外に意味はあるか?」
俺はエインズの顔を見つめた。
「無論、その地位は世襲だ。まあ土地は封建させてやれないが……別に要らないだろう? 我が国の貴族になれば、塩も蒸留酒も安い価格で卸してやれる」
この世界の塩の生産方法が遅れているのか、それとも塩田で塩を作るのが難しいのかはイマイチ分からない。
だが、塩田で作るよりも岩塩を掘りだした方が塩は安く手に入るらしい。
レザドの商人はロサイス王の国の塩をキリシアやペルシスに運び、その利益で儲けていた。
輸送コストを考えても、岩塩にはそれほどの需要があるのだろう。
我が国は外国人に対して、少し高い価格で塩を売っている。
国民には安く売りたい。
外国人から金を取りたい。
という意図があるからだ。
つまり、レザドを捨てて我が国の貴族になればそれだけ安い価格で塩が入手できる。
これは中々旨い話だと思う。
蒸留酒も同様である。
「レザドを含む南部諸国を併合すれば、我が国の総人口は奴隷を含めて六十万を超える。それなりに大きな経済圏だ。……海上貿易は最近滞っているのだろう?」
ペルシス=キリシア戦争の結果、キリシア人はテーチス海の制海権を失った。
今テーチス海を支配しているのは、ポフェニア人と呼ばれる別の海洋民族だ。
彼らが海を牛耳っている所為で、レザドは思うように海上貿易が出来なくなっている。
ロサイス王の国という経済圏は、キリシアやペルシスに比べれば随分と小さいかもしれないが、それでもそれなりに旨みはある。
何より、成長性がある。
「我が国は今後も領土を拡大し続ける。……経済圏はますます巨大化する。悪い話じゃないと思うぞ? まあ、いきなり結論を出せとは言わないさ。他の議員たちと十分に話し合いをしてきてくれ」
受け入れた方が利口だぞ。
俺はレザドという港を譲るつもりは無い。
もしお前たちがレザドを手放したくないというのであれば……真綿で首を占めるようにその自治権を奪う。
二級市民を煽れば、そんなに難しくは無い。
商品は価値が一番高い時に売るべきだ。
お前たちの価値が一番高いのは、今だよ。
今が商機だ。
その二週間後、レザドの議員たちが俺の要求を受け入れることを申し出た。
穏便に済んで良かった、良かった。
「陛下、どうしてそうまでしてレザドが欲しかったんですか?」
レザド議員との交渉の後、ライモンドに尋ねられた。
何が不思議なんだ?
「レザドを併合すれば、面倒事も増えるでしょう? 海賊対策とか。陛下はそういう面倒事を嫌うかと」
まあ、確かにその辺は面倒だが……
「レザドは国力が高すぎる。自治市として残すのは脅威だ。それに面倒事を差し引いても、レザドを併合することのメリットは大きいよ」
聞くところによると、レザドの人口は約十万らしい。
そのうち富裕層は二万。
これを併合しない手は無い。
「あと、レザドの議員たちを我が国の貴族にしたかったって言うのもあるね」
「それはどうしてですか?」
「彼らが我が国に投資してくれるようになる」
ロサイス王の国の本土には、まだまだ未開拓の土地が広がっている。
レザドの金持ちたちがこの土地を買い上げて、耕してくれれば食糧の生産量は上がる。
それに……
貴族の数を増やしたかった、という意図がある。
元豪族以外にも、別の階層出身の人間を貴族にしたかった。
だからエインズたちを貴族として迎え入れた。
他にも国内のキリシア人を安心させる目的もある。
ロサイス王の国はアデルニア人の国だ。
しかし最近我が国が編入した領土はキリシア人の数が多いし、場所によってはキリシア人が多数派になる。
その統治のためにキリシア人を貴族として迎え入れる。
ただ、彼らがいつまでも地元に影響力を持ち続けるのは問題だ。
だからレザドから切り離してしまう必要がある。
「大体、税金の納入額で票数が決まるなんて馬鹿らしい。そんなやり方でまともな政治が出来るか。これからは俺が直接統治する」
商売に有利と言うが……
本当に有利になっているのか疑問が残る。
例えば二級市民。
彼らはまともに金を持っていない。
その理由は安い賃金で商人達に働かされているからだ。
確かに短期的にはそれで儲けられるかもしれない。
しかし、長期的には損になっている。
二級市民に高い賃金を払えば、それだけ彼らが商品を購入してくれるはずだ。
そうすれば結果的に商人は儲かる。
さらに賃金は上がる。
するとさらに儲かる……というサイクルが生まれる。
まあ、今までレザドの商売相手は海の向こうのキリシア人やペルシス人だったから、二級市民なんぞどうでも良かったのだろう。
しかしこれからも同じ事をしていて、果たして乗り切れるだろうか?
レザドのやり方では時代の潮流に飲まれる。
個人の利益が全体の利益に繋がるとは限らない。
レザドは個人の利益を優先し過ぎだ。
他にも関税だとか、税金制度だとか、いろいろと阿保臭い制度があるに違いない。
それを全部変えてやる。
「それに最低一つは港が欲しいだろう? どうせ手に入れるなら良港が良い。レザドは南部諸国の中で一番の良港らしいじゃないか」
「はあ……そんなに港は大切ですか?」
「世界に通じているんだぞ?」
「通じる必要はありますか?」
むむ……
海で世界と通じているという浪漫が分からんのか。
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『国家を創造する上で、アルムス帝には二つの選択肢があった。
一つはアデルニア半島の大部分を占める、アデルニア人の帝国―アデルニア帝国を創り出すこと。
もう一つはアデルニア半島に住む人類全て、つまり南部に住むキリシア人や北部に住むガリア人をも含めた帝国―ロマリア帝国を創り出すこと。
アルムス帝はキリシア人を貴族として迎えることで、後者を選んだ。
ロマリア人とは、ロマリア臣民権を有する者を指す。
出生地も、言語も、宗教も、肌の色も、身分も、そんなモノはロマリア人と非ロマリア人を区別する指標にはならない。
私は宣言しよう。
今、この国に住む全ての者は、私の民は、平等にロマリア人であり、私は平等にロマリア人として扱うことを』
ガイウス・ユリウス・カエサル・ウェストリア・ゲルマニクス・アウグストゥス・パーテル・パトリアエ
『賢帝回顧録』より抜粋。




