第百六十三話 帰還
俺は我が国の関所に到着したロズワードを出迎えた。
どうやら全員無事のようだ。
エインズたち議員の姿も見える。
「お帰りロズワード。ご苦労様。……ところで何も無かったのか?」
俺は五体満足で帰って来たロズワードに問いかけた。
実のところ、俺は二千程の軍隊を招集して国境に張りつかせていた。
都市国家群に圧力を掛けるのと同時に、いつでも騎兵を走らせて、助けに行けるように。
まあ、外交関係を考えてロズワードたちから救援要請が来るまで動かないようにしていたが。
俺は絶対にレザドから追ってが来ると思っていたし、寝返る都市国家も出てくると考えていた。
しかしロズワードは無事に帰って来た。
別に嬉しくないわけでは無い。
むしろ、喜ばしいことである。
しかし不可解だ。
「何も無かったんです。どの都市国家も歓迎的でした。最初は野宿も覚悟していたんですが、その必要も殆ど無く……」
ロズワードは後ろをチラリと振り返った。
俺が視線を向けると、各都市国家の護衛隊が敬礼した。
さらにその後ろには何台もの馬車があり、酒や小麦、生きた豚などが積まれていた。
ロズワードたちは議員だけでなく、土産まで持って帰って来たのだ。
「一先ず、無事を祝って酒宴を開こう。各都市国家の兵士諸君も参加して欲しい」
酒宴は大盛り上がりとなった。
無事にロサイス王の国に来れた議員たちは緊張が解れたからか、大量の酒を浴びるように飲み、飯を喰らった。
ロズワードやソヨン、アリスたちは英雄として迎えられた。
各都市国家の護衛隊の者たちは蒸留酒に夢中だ。
蒸留酒は非常に高い。
普段は飲むことが出来ない。
それを唯でいくらでも飲めると聞いて、必死に腹に詰め込んでいる。
後で土産を持たしてやろう。
「エインズ、楽しんでいるか?」
「はい、ありがとうございます。私たちを助けて頂いてくれたことに加え、このような酒宴まで……」
「まあまあ、困った時はお互いさまだ。飲め」
俺はエインズのコップに酒を注いだ。
エインズは恭しく受け取り、喉に流し込んだ。良い飲みっぷりだ。
「さて、こんなところで悪いが……レザドの情勢について教えて欲しい。レザドから追手が来なかった事についても」
エインズは酒で緩んでいた表情を引き締めた。
「私たちは投獄されていたため、正確なことは分かりません。しかし何が起こっているのかは想像出来ます。おそらく反ロサイス派同士で疑心暗鬼に陥っているのかと」
疑心暗鬼?
「はい。今までレザドでは武力によるクーデターは起きたことが有りませんでした。しかし今回起きてしまった。次は自分がされるのでは無いだろうか? ……と。だから自分の傭兵を出したくないんですよ。それにレザドの商人たちはアリスさんの実力を知りません。どうやってレザド内部に侵入し、脱出したか……を考えると、超人が全て解決したというよりも内部に手引きした者が居ると考えた方が分かりやすい」
成るほど。
追撃に傭兵を出せば、それだけ自分の安全が怪しくなるな。
追撃よりも内部にいる存在しない裏切り者の摘発に熱中しているわけか。
「それにレザドの治安そのものが悪化している可能性もあります。というのも、我々親ロサイス派はレザド有数の大商人でした。私たちが居なくなればレザドの経済に大きな影響が出ます。ただでさえ戦争で交易が不調の状況。それに加えて火事騒動となれば……」
思った以上にレザドの政局は混乱状態にあるようだな。
まあ、レザドが追手を出さなかった……いや、出せなかった理由は分かった。
他の都市国家たちが協力的だった理由は?
「陛下は仲の良い家族と喧嘩ばかりしている家族、どちらの友人に成りたいですか? 今回の件でレザドは随分評判を落としました。あの体たらくを見れば、親ロサイスか反ロサイスかで迷っていた都市国家が決断するのも当然です」
脆いモノだな。
同盟や友好関係というのは。
一昔前まで我が国を見向きもせず、むしろ田舎者とあざ笑っていたであろう南部のキリシア系諸都市が……
今では中核であるレザドを見限り、我が国に媚びを売っているのだから。
この事が意味することは二つ。
一つは南部諸都市を併合するのは難しくないということ。
二つ目、我が国の勢いに限りが見え始めれば諸都市はあっさりと鞍替えしてしまうこと。
難しいな。
ただ軍事力で抑えこむだけではダメだ。
だからと言って恩を与え続けても、彼らはあっさりと俺たちを見限るだろう。
飴と鞭の両立とは簡単に言うが……
匙加減が難しい。
そもそも何を飴にし、何を鞭にすれば良いか……
「まあ、一先ずこの国に居る限り君たちの身の安全は保障される。出来る限りの便宜は図ろう」
「ありがとうございます……陛下」
エインズは俺に向かって頭を下げた。
一方、その頃レザド議会は紛糾していた。
対策が遅れたことで、親ロサイス派の逃亡を許すという大失態を犯した。
さらに各都市国家が一斉にロサイス王の国に靡き始めた。
レザドを中心とする南部諸都市同盟の崩壊の危機だ。
この問題に対する対策……の前に責任の所在について話し合っていた。
「そもそも元を正せば、議長殿が門を手薄にしたことが問題でしょう」
「ではレザドが焼野原になれば良かったと? そもそも私は十分な兵力を残してきた。突破されたのは内部に協力者が居たからだ!」
無論、内部に協力者など居ない。
しかしアリスという獣人が城壁を暗闇の中、易々と越えて侵入した……という事実よりは説得力がある。
しかし、存在しない者は存在しない。
「確かあなたは親ロサイス派のエインズ殿と遠い親戚関係にあったと聞いていますが?」
「何を言いだすのかと思えば……では、逆に尋ねますがこの中に親ロサイス派と全く親交の無かった者は居ますか? 居ないでしょう? そのような問いは無意味です」
責任の押し付け合い。
居ない犯人探し。
始まらない対策。
レザドの議会は腐敗した寡頭制の見本のような状況になっていた。
そもそも、納税額によって投票できる投票数が決まる……などと言う制度がそもそも問題なのだろう。
拝金主義に染まり切った国の末路だ。
「ええい! 貴様ら、いつまで同じ話をしている!! 今は対策を立てる時だろう!!」
議員の一人が叫ぶ。
議員たちは一斉に下を向いた。
みんな、このような責任の押し付け合いが無駄であることは理解しているのだ。
しかし……
「この中に裏切り者が居る。それを解決せずに、何を話し合うというのか? アルムス王に盗み聞きされているのだぞ?」
「その通りだ。今は裏切り者を探し出すのが先決!」
「しかし一体誰が……」
再びグダグダと終わらない話が始まる。
レザドが対策を打ち出したのはその二日後。
丁度、火事が起きてから一週間後のことだった。
「ポフェニアの方がまだマシ、って感じだね。全く……」
アレクシオスはため息をついた。
アレクシオスは襲撃者の逃走ルートを二つに搾ることに成功していた。
しかし、追いかけることは出来なかった。
議会の許可が下りなかったのだ。
レザド国外に捜索に向かうには、各国の関所を越える必要がある。
無論、軍隊を易々と通してくれるはずがないし、勝手に国外に出るわけにもいかない。
レザド議会の協力が必要不可欠だった。
アレクシオスは当然議会に求めたが、許可を下りなかった。
「もしかしたら僕は疑われているのかもしれないね。アルムス王と一緒に戦ったことがあるわけだし。実際に勧誘を受けたし」
「それに一度母国を裏切った身だからね」
メリアが肩を竦めた。
これほど疑わし人間はレザドに居ないだろう。
許可を出すわけにはいかないのは頷ける。
「それでも普通は外交文章の一つや二つ、出すだろ? 関所を止めろとか、我が国を放火した犯罪者を捕まえてくれとか……それすら出来ないとは酷すぎるね」
「今、少しでも席を外せば吊し上げにされかねないからね……」
外交の使者として赴くならば、最低でも議員である必要がある。
それが礼儀だ。
しかし、今議会を離れることが出来る者など一人も居ない。
「けどレザドってここまで酷かったかしら? 私たちが亡命した時はもう少しマシだったような……」
「大商人たちがリーダーシップを採っていたからね。それに当時はロサイス王の国もそこまで強大では無かった。……レザドの政治運営の中核を成していた大商人たちを投獄した時から全てがおかしくなった」
政治運営の中核を成していた大商人が去った今、レザドを取り仕切れる人材は居ない。
つまり……
「このままではロサイス王の国に負けるだろうね……」
「どうする? アレクシオス」
その言葉の中には、「再び亡命するか?」というニュアンスが隠されている。
「どうしようかな? あんまり何度も亡命するのも節操が無さ過ぎるけど……君を未亡人にするわけにはいかないからね。……一先ず、今は大人しくしておこうか。いざとなったらすぐに逃げられるように準備しておこう」
アレクシオスにとって最も大切なのは、今居る家族だ。
無論レザドには恩がある。
しかし、だからと言って自らの命と家族の命を掛けてやるほどの義理は無い。
「今度はどこに行こうか? ロサイス王の国? それともネメスかゲヘナか……ロゼル王国も良いかもね……」
二人は真剣に亡命を検討し始めた。
沈没することが分かっている船にいつまでもしがみ付いているほど、ポフェニア人は未練がましく無い。
そろそろレザドと一戦やり合う頃合いですね




