第百六十話 政変
新年を迎え、俺は二十一歳となった。
アンクスやフィオナは数え年で三歳を迎えた。
無事に三歳を迎えることが出来た。
ホッとしている。
三歳を越えれば赤子の死亡率がグッと下がる。
まだ油断できないが、安心して良いだろう。
衛生面に気を使ったのが良かったのかもしれない。
まあ、我が国最高峰の呪術師であるユリアも居るしな。
さて、折角新年なので諸政策の経過を紹介しよう。
まずは都の造営。
これは後、五か月で完成予定である。
今は宮殿と神殿造りの真っ最中だ。
これが完成すれば、一応都を名乗ることが出来る。
とはいえ、貴族たちの屋敷も建てなければならない。
その他にも商工業者の家々が立ち、都と言っても恥かしくないレベルになるのはさらに二年は掛かるそうだ。
もっとも、貴族や商工業者たちが家をどれくらいのペースで建てるかにも左右される。
場合によってはもっと早いかもしれないし、遅いかもしれない。
次に道路の建設。
これは順調に敷設中だ。
すでに旧首都と新首都、各主要都市と新首都、各国の国境へと、重要な道路の敷設は終わった。
ロサイス王の国は平坦な地形が広がっているため、敷設はそこまで難しくなかった。
今は細い道路を国中に張り巡らしているところだ。
これは軍用では無く、情報伝達や経済の発達を考えてのことだ。
道路は道路網にして、初めて意味を持つ。
……ただ、インフラは常にメンテナンスをしていかなければならない。
お財布と相談しながら、敷設していく必要が有りそうだ。
次に国内の農地開発だ。
対象となるのは、新首都近郊の平原である。
新首都は三本の川の合流地点にある。
この地の周辺は沼地や湿原のようになっていて、農地にするのが難しかった。
しかし沼地や湿原になっているということは、裏を返せばそれだけ農業用水を手に入れやすい場所ということである。
川に堤防を作り、水を抜けば肥沃な土地に生まれ変わる。
新首都の消費する食糧を確保するためにも、そして衛生や治水等の関係上、この地の農地化は必要不可欠だ。
まあ、堤防や排水は都を造営するために半分済ませてある。
そこまで難しくは無い。
ロマリアの森の開拓はグラムに一任しているが……そこそこ順調に進んでいるようだ。
材木や毛皮がそこそこ良い値段で売れるためか、黒字化にも成功している。
事業の中で一番成功を収めているのがロマリアの森の開拓だ。
一方、少々難航しているのはロンに一任している、麻薬やスパイの摘発だ。
まあ、こればっかりは人を相手にする仕事だから、仕方が無い。
システムが整うまで、気長に待つしかないだろう。
財政を支える麻薬の専売は、そこそこの成功を収めている。
一方、ユリアと計画している香水や香油の販売は準備段階だ。
ユリアもいろいろ忙しいというのもあるし、花を育てるのが難しいというのもある。
そして香水の作り方を奴隷に教えなければならない。
まあ、成功すれば儲かるのは確実なので、気長にやっていくつもりだ。
さて、ここまでが内政の話だ。
ここから、外政の話をしよう。
「陛下、レザドで政変が発生した模様です」
一月が過ぎようとしていたころ……
イアルからの報告でそれが発覚した。
レザドは関門や関所を閉じ、外部に政変が漏れないようにして居たようだが……
イアルが張り巡らしてくれていた外交網でそれが発覚したのだ。
「勝ったのは親ロサイス派か? それとも反ロサイス派か?」
「反ロサイス派です。彼らが一部の市民を煽り、議会を占拠した模様です。親ロサイス派の議員やその家族は投獄されてしまったようです」
ふむ……これは厄介だな。
というのも、俺はレザドでの政変を望んでいた。
何故なら、亡命した親ロサイス派の議員と組んでレザドに軍を進めようと考えていたのだ。
しかし親ロサイス派の議員やその家族が全員捕えられてしまえば、別の話になる。
これでは親ロサイス派と協力が出来ない。
協力が出来なければ、侵略の大義名分を手に入れられない。
レザドを征服すれば、我が国はアデルニア半島で頭一つ飛び抜けた大国になる。
警戒されてしまう。
警戒を出来るだけ緩和するためにも、親ロサイス派による救援要請が必要不可欠だ。
どうしたモノか……
「どうにかして密偵を内部に送り込むのはどうでしょうか? 脱獄させることが出来れば……」
「しかしレザドの連中だって間抜けじゃないだろ? そんな簡単に脱獄させてくれるか?」
しかしこのまま放置するわけにもいかない。
レザドとの貿易は我が国に大きな富を齎している。
麻薬を購入しているのも、殆どがレザドだ。
このまま放置すれば、貿易が滞り我が国の国力低下に繋がる。
レザドに先に手を出させるとか?
しかしどうすれば……
まさか、連中も我が国とまともに事を構えようとは思ってないはず。
難しいな……
「アレクシオス・バルカとの協力は不可能でしょうか?」
「あの男はレザドが雇った傭兵だろ。レザドの議会が乗っ取られている以上な……」
どうしようもない。
あの男を敵に回したくないんだけどな……
「少し、考えてみよう。今は下がってくれ」
俺はイアルを退出させた。
さて、どうするか……
その夜のことだった。
「陛下、お話しがあります」
「アリスか。珍しいな」
アリスは深く一礼した。
アリスの髪が、蝋燭の炎で黄金色に光る。
「レザドで政変が起こったとお聞きしました」
「ああ、今はその対応で大忙しだよ」
レザドの政変が国内に波及する恐れがある。
同盟市や自治市への監視を強める必要があった。
「レザドの関係者を亡命させることが出来れば、この状況は解決しますか?」
「今すぐは無理だ。今は一月だからな。春に成らないと……」
冬季に軍事行動を起こすのは非常に危険だ。
というのも、冬の寒さは兵士の体力を大きく消耗させる。
戦争での死者は、戦闘での負傷よりも気候や疫病が原因の体調不良が多い。
冬季での軍事行動は避けられるならば避けた方が良い。
まあ、冬に行動を移して奇襲するという戦術がないわけでは無いが。
レザドよりも我が国の方が軍事力では優っているので、態々リスクを冒す必要は無い。
「でも有利には成るんですよね?」
「まあな。彼らを旗頭に据えれば、ロサイス王の国のレザド侵略を、レザドの内紛にすり替えられる」
見れば分かるけどな。
大事なのは建前だ。
「……私が侵入して、脱獄を手引きするのはどうでしょう?」
「……出来るのか?」
「可能です。似たようなことは幾度も繰り返してきました」
アリスは真っ直ぐ俺の目を見つめる。
アリスが自分の意思で物事を決められるようになるのは喜ばしいことだし、何より暗殺などの危険な任務に自ら志願してくれるのは望むことだ。
しかし……
本当に良いのか?
危険だぞ。
「大丈夫です。陛下。この程度は危険のうちに入りません。何より……」
アリスは胸に手を当てた。
「陛下は私の鎖を解いて下さりました。陛下には返しきれないほどのご恩が有ります。……少しでも陛下のお役に立ちたい。ご恩をお返ししたいのです」
「……鎖を引きちぎったのはお前だ」
「でも私だけでは不可能でした。陛下のおかげです」
そういうアリスの目は真っ直ぐとした、良い色をしていた。
心の底からそう思っているようだ。
……
「本当に出来るのか? 俺はこんなところでお前を失いたくない」
「大丈夫です。陛下」
アリスは深く頷いた。
そんなに言うなら大丈夫だろう。
「分かった。勅令だ。レザドに侵入して、親ロサイス派の議員を数名脱獄させて来い」
「受け承りました。陛下」
アリスは跪いた。
斯くして、親ロサイス派脱獄作戦が始まった。




