第百五十九話 法典
知ってるかい?
青銅って赤いんだぜ(※錫の割合に依ります)
約一か月後……
俺は集まった平民や貴族たちに向き直った。
俺のすぐ横には、何か、高い板のようなモノが立っていて、紅いカーテンが掛けられている。
俺は集まった群衆を見回してから、カーテンを掴む。
群衆の視線が俺の手に集中しているのが分かる。
思わず緊張してしまう。
こんな事で緊張するとは……今更だよな……
俺は一気にカーテンを引いた。
赤銅色に輝く、青銅の板が姿を表した。
割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「「国王陛下! 万歳!! 国王陛下! 万歳!!」」
我が国初の成文法だ。
十三条の条文が記されているため、便宜上十三条法典と呼んでいる。
「国王陛下! 偉大なる我らの国王よ!! 我々平民一同、これからも陛下に永遠の忠誠を誓います!!」
平民の代表が叫ぶ。
それに続き、万歳コールが巻き起こる。
「ありがとう。君たちの忠義に、私も精一杯答えよう。財産や身体の自由は絶対不可侵なモノ。私は国王の義務として、君たちの権利を守ろう」
俺がそう答えると、さらに拍手と歓声が強まる。
「陛下! 実はご提案が有ります」
平民の一人が俺の前に進み出た。
「どうした? 何か有るのか?」
「我々平民はこれからも兵士として、陛下のために戦います。……しかし、この素晴らしい法典のお礼としては十分では無いと、私たち平民一同は考えています。しかし私たちには陛下に差し上げるような宝物はありません」
平民は俺に深く頭を垂ながら、予定通りのセリフを言う。
「ですから……我々平民は陛下に『国家の父』の称号を献上したいと考えています」
『国家の父』
この称号を手にした王は、ロサイス王の国にも……いや、アデルニア半島の国々の中にも存在しない。
何故なら、重すぎる称号だからだ。
アデルニア半島には『家父長権』と呼ばれる慣習が存在する。
これは家庭を支配する『父』が最も偉いという考えだ。
『父』の支配権は妻は勿論、子供や所有する奴隷にまで及ぶ。
アデルニア半島では『父』の命令は絶対であり、何が有っても逆らってはならない物だ。
何しろ、『父』は妻や子供、奴隷を私刑にすることも出来るのだから。
そしてこの権限は十三条法典にも認められている。
もっとも、死刑や所有財産の没収などは認められていない。
それらの権限は臣民権で保証してあるからだ。
『家父長権』という権限を前提として『国家の父』という称号を考えると、その称号の権威の大きさが分かるだろう。
国の父ということは、国民はその子供である。
つまり、ロサイス王の国の国民へ、俺の家父長権が及ぶことになる。
無論、それは名目的なモノに過ぎない。
実際に国民が俺のことを父親だと思うわけないし、俺が好き勝手出来るわけでは無い。
それでも父の称号を俺が保ち続けている以上、国民は俺を父として敬わなければならなくなるのだ。
万金にも優る、贈り物だ。
当然……
「それは私には重すぎる。気持ちだけ受け取っておこう」
俺は首を横に振る。
すると、バルトロを中心とする数人の貴族たちが壇上に上がってきた。
ロンたちも居る。
「陛下、私たちからもお願い申し上げたいことが有ります。どうか、『国家の父』の称号をお受け取り下さい。我らは陛下を父として、忠義を尽くしたいのです」
これは俺への『国家の父』の献上は、平民だけでなく貴族の意思でもあるということを表すための行為だ。
しかし俺は再び首を横に振る。
「君たちの申し出は本当に嬉しい。だが、やはり私には不釣り合いな称号だ」
俺が再び断ると、ライモンドが俺の元に歩いてきて、跪いた。
「陛下、私からもお願い申し上げたいことがあります。どうか、『国家の父』の称号をお受け取り下さい。軍神マレスの息子にして、グリフォン様の義理息子。そして我が国をアデルニア半島有数の大国にまで発展させたのは陛下の御功績です。……あなた様以外に相応しい者などおりません。どうか、お願いします」
こんなに言われるなら仕方が無いなあ!!
別に欲しくなんか無いんだからね、ただあなたたちが俺にどうしても受け取って欲しいって言うんだから……
仕方が無く、受け取ってあげるんだから。
別に、嬉しくなんかないんだから!!
……
とまあ、茶番はここで終わりにしようか。
これ以上はくどくなる。
「……分かった。そうまで言うのであれば、その称号、受け取らせて貰う。その称号に恥じない働きをこれからもしていこう!!」
大歓声が上がった。
……はあ
何か阿呆臭いな。
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十三条法典(アルムス法典)
アルムス王(帝)によって制定された、ロサイス王の国(ロマリア王国(帝国))初のキリシア語で書かれた成文法。
家父長権、私有財産権、裁判の保障、身分問わず平等な慣習法を重視した刑法などの特色がある。
アンダールス法典、ウェストリア法典、エレスティア憲法(ロマリア帝国憲法)と並ぶ、ロマリア帝国四大法典の一つである。
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「どうだ!! お父さんは国家の父になったぞ!!」
俺はフィオナを抱き上げる。
フィオナはキャッキャと笑い声を上げた。
我が愛娘フィオナと愛息子アンクスはそれぞれ数え年で二歳……生後二十ヶ月を迎えた。
「パパ、すごい? すごい!」
「そうだぞ! パパは凄いんだぞ!!」
フィオナはもう片言だけなら喋れるし、離乳食もたくさん食べれるようになっている。
そして、何と!!
ちょっと歩けるのだ!!
凄いだろ?
流石、俺の娘だ。天才だな。
「うん、普通だよ」
ユリアが苦笑いを浮かべた。
いや、でも歩けるんだよ?
凄いじゃん。
「僕もー、僕もー」
何かが俺のトーガを引っ張る。
下を見ると、アンクスが俺のトーガを引っ張っていた。
「アンクスか。少し待ってろ。フィオナ、今からお兄ちゃんと交代するぞ」
「ヤー! ヤー!!」
フィオナは俺の髪の毛を掴み、暴れだした。
俺から離れたくないらしい。
モテるパパは辛いなあ!!
「じゃあ後五回な? 一! 二!!」
俺はフィオナを五回、高い高いする。
フィオナは嬉しそうに笑う。
最近、ちょっと重くなってきたのが分かる。
フィオナはユリア似で、とても可愛らしい顔をしている。
多分世界一だ。
成長したらどれだけ美人に育つだろうか……
「絶対に嫁にやらん」
「また言ってる……」
ユリアがため息をついた。
いや、俺も本気で言ってるわけじゃないよ?
アデルニア半島では結婚していない女性は一人前と扱われない。
結婚だけが女の幸せ……とは思わないが、行き遅れれば不幸になるのは目に見えている。
結婚はさせるさ。
無論、相手はしっかりと試験する。
「五!! じゃあ交代な。ユリア、変わってくれ」
俺はフィオナをユリアに渡す。
フィオナは特に暴れずに、大人しくユリアに抱かれた。
俺は下で頬を膨らませているアンクスを抱き上げる。
「ほら、そんなに拗ねるな」
「僕も、僕もしてー!!」
「分かった分かった。五回な」
俺はアンクスをフィオナと同じように高い高いして上げる。
アンクスは俺と同じ灰色の髪の毛をしている。
瞳の色はテトラと同じ、青空色だ。
甘えたがりな所がテトラに似ている。
違う点は、テトラは感情を表情に出さないが、アンクスは表情が豊かだ。
この辺は俺に似ているのかも……
俺ってそんなに顔に出ているだろうか?
「少なくとも、今は楽しそう。『国家の父』の称号を貰った時よりも」
テトラに指摘されてしまった。
良いじゃないか、子供と居る時くらいはニヤけても。
正直、『国家の父』なんて称号は感情的には少しも嬉しくない。
まあ、政治的には必要だし、あった方が便利なのは間違いないが。
それ以上に、子供や妻と触れ合っている方が楽しい。
「アンクス、五回終わったぞ。次はフィオナと交代な」
「ヤー! ヤー!!」
アンクスは泣き喚く。
この子はもう少し我慢することを覚えた方が良いかもな……
いや、我儘を言えるのは今だけか。
この子は俺の子供だ。
自由に好き勝手に生きていくことは出来ない。
いずれはユリアから生まれる王太子に仕え、この国を背負っていかなければならない人間だ。
我儘を言えるのは今だけだ。
本当は自分の人生は自分で選んで欲しい。
でも俺はこの子たちにその自由を与えることが出来ない。
本当にすまないと思っている。
「じゃあ、あと三回な」
「アルムス。アンクスを甘やかせすぎ」
テトラがそう言って強引にアンクスを俺から引き剥がした。
泣き喚くアンクスの頬を、テトラは両手で包む。
「アンクス。我儘を言ってお父様を困らせちゃだめ。良い?」
「はい……」
別にそんなに強く言わなくても良いんじゃないか?
「ダメ。甘やかすと癖になる。世の中は思い通りに成らないことばっかり何だから。勘違いさせちゃダメ」
……
まあ、それがお前の方針なら文句は言わないよ。
俺よりもお前たちの方が子供と触れ合う時間は長いだろうしな。
「イアル、今日呼び出したのは他でもない。お前の結婚の事だ」
「……そう言えばそんな話がありましたね」
イアルは苦笑いを浮かべた。
俺も最近まで、すっかり忘れていた。
いろいろ立て続けに事件が起こった所為で、うやむやになっていたのだ。
元々イアルの結婚はディベル氏族懐柔のためだったのだが、イアルが結婚せずともディベル氏族は俺に大人しく従っていた。
必要性が薄れて、忘れ去ってしまったのだ。
最近になり、ディベル氏族の豪族に催促されてようやく気が付いた。
これからもディベル氏族とは仲良くする必要があるし、イアルにも早く身を固めて貰わなければならない。
必要性が薄れたとはいえ、結婚して貰わないと困る。
「別に思い人は居ないよな?」
「居ませんね……」
イアルは暗い顔をした。
人生で今まで恋というものをしたことが無いらしい。
可哀想に……
「まあ……兎に角、明日からお見合いだ。良い相手を見つけてくれ」
「分かりました、陛下。努力します」
それから三か月後、年が明けて二月。
イアルはディベル氏族の娘と式を上げた。
これでディベル氏族を完全に懐柔し終えた。
残るはアス氏族だけである。
十三条法典……
十二表法と十七条の憲法とハンムラビ法典をごちゃまぜにして、数字を適当にすることで受験生を錯乱させる作戦
イアルの妻の名前や設定まで考える余裕は無かった
可もなく不可もない、美人です
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以下の1~5の設問を読み、誤っているモノを全て上げよ。ロマリア帝国センター試験。歴史。
1 アルムス法典は『家父長権』『私有財産権』などの平民の諸権利を保障した法典であるが、参政権は明記されなかった。
2 アルムス法典は我が国初の成文法であり、ロマリア語によって記された。
3 ロマリア貴族御三家の一つ、クラウディウス家の初代当主イアル・クラウディウスは平民階級出身である。
4 アルムス帝は徴兵制を廃止し、常備軍制の下、強力な軍隊を作り上げ、ロマリア半島を統一した。
5 アルムス法典では奴隷は財産として扱われ、奴隷が犯罪を犯した場合主人が罰せられた。
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正答
2、4
ちなみに引っ掛けは3。
3の場合、「クラウディウス家はディベル氏族系の貴族家である」と「イアルは平民出身である」の二つの矛盾しそうでしない事実があるから引っ掛け。
ただ、1と2と4もそこそこ難問です。
1の場合、「アルムス帝って民主主義推進したよな? バツじゃないか?」
2の場合、「アルムス帝ってロマリア文字作ったよな。じゃあ正解か」
4の場合、「アルムス帝って騎兵の常備軍作ったよな。それに確か誰かが徴兵制から常備軍制に移行させたよな……正解か」
5は普通、間違えない。
こういう問題、好評なら気が向いた時に作ります




