第百五十三話 第二次南部征伐Ⅳ
「エインズ、久しいな。少しやつれたか?」
久しぶりに出会ったエインズはげっそり痩せていた。
顔が青く、目に隈が出来ている。
理由は想像出来るが、敢えて言わない。
「ええ、おかげさまで」
エインズは曖昧に笑う。
目は笑っていない。
愉快な気分では無いだろうな。
エインズは親ロサイス派。
今、レザドでは肩身の狭い思いをしているはずだ。
「さて、レザドは中立を宣言していたはずだが……何の用かな?」
「我々は貴国の内乱について中立を宣言しました。そしてそれを支援した国々への懲罰行為は認めました。……しかしこれ以上は条約違反です」
条約とは、ベルベディル王の国を降伏させた後にレザド・ゲヘナと結んだ条約のことだろう。
ベルべディル王の国の領土と、ベルベディル王の国とレザドに挟まれた地域をどう分割するかという条約だ。
条約の結果、アデルニア人の多い北部とキリシア人とアデルニア人の雑居地である中部は我が国に、キリシア人が殆どを占める南部と挟まれた地域はレザド・ゲヘナの影響下に置いた上で独立させるということになった。
今回、内乱が起きたのは雑居地である中部。
そして内乱を支援したのは南部と挟まれた地域の都市国家である。
そして第二次南部征伐の結果……
南部と挟まれた地域の都市国家の半分が我が国の支配下に入った。
南部の端を支配下に置く程度であればレザドもゲヘナも黙認したであろう。
しかし我が国は半分を支配下に置いてしまった。
流石に不味いと思ったのだろう。
しかし言い訳しておくが、わざとでは無い。
例の戦いの後、一気に降伏する都市が増加したのだ。
降伏勧告すらしていないのに、降伏の使者と貢物を持ってくる。
当然、拒む理由な特にないので、受け入れ続けたわけだが。
「大半の都市は我が国と戦う前に……いや、降伏勧告すら送る前に降伏を申し込んできた。これはそちらの管理不足だろう」
俺は肩を竦めた。
エインズは語調を強めて言い返す。
「無茶苦茶な。条約で決められたことを踏みにじるおつもりですか」
「踏みにじってなど居ない。しかしあちらから勝手に我が国に降伏する、同盟を結んでくれと申し込んできたのだ。私も困っているのだよ。あなた方が説得して留めてくれ」
まあ、そんなことをしても無駄だ。
例え形だけレザドやゲヘナの傘下に戻っても、俺が親書を送りこむだけで一瞬にして裏切ってしまうのだから。
もはや、求心力は回復できないほど低下している。
「……良いでしょう。一度同盟を結んでしまったモノは仕方が有りません。貴国の言い分を認めましょう。我が国は貴国の進軍停止を求めます」
「了解した……と言いたいところだが、勿論キリシア諸都市の軍事行動と貴国の商人による支援を止めるのが先だ」
俺の言葉に、エインズは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「陛下。もはや信じて貰えないかもしれませんが……我が国の政府はこの戦争はずっと中立を保ち続けました」
「しかし貴国の商人が武器や兵糧を支援したのは事実だ」
「……我が国にはそれを規制する法が無いのです」
話を聞く限り、レザドという国は非常に『小さな政府』なのだろう。
国は治安維持や国防、公共事業しかやらない。
……いや、治安維持や国防は商人の雇った傭兵、公共事業も商人たちのボランティアが多い。
政府に権力が殆どない、ということか。
イメージは国連だ。
一つ一つの国は商人。
いざとなれば、商人が勝手に動いて好き勝手することが出来てしまう。
そういう国家体制なのだろう。
「レザドという国は信用していない。が、エインズ。あなたは信頼しているよ」
「……そう言って頂けると嬉しいです」
エインズは小さなため息をついた。
「キリシア諸都市にはすでに軍事行動を停止させています。商人達もすでに諸都市を見限り、支援を止めています」
「そうか……ふむ、分かった。少し席を外して貰えないか? 家臣と相談したいことが有る」
俺はそう言ってエインズを無理やり下がらせた。
そして両脇に控えていた、イアル、ライモンド、バルトロに問う。
「停戦した方が良いと思うか、それともしない方が良いか。お前たちの意見を聞きたい」
俺がそう聞くと、ライモンドがまず口を開いた。
「即刻休戦すべきです。補給は降伏した諸都市が支援してくれているため、問題は解決しましたが……これ以上四万という大軍を維持し続ければ、我が国の農業に大きな支障を来たします」
ライモンドの意見は一巻して、戦争を止めるべきである。というものだ。
政治家、内政官としての考えだろう。
「何を言いますか。今が好機ですよ。このまま進軍すればキリシア諸都市を全て征服できます。上手くいけばレザドまで飲み干せますよ。レザドは経済大国。かの国を我が国の領土に編入出来れば、我が国の国力は跳ね上がります。農業への支障など、大した問題ではありません」
バルトロは戦争を継続すべき、という意見だ。
軍人、武官としての考えだ。
ライモンドがすかさず反論する。
「農業は国家の土台。疎かにしてはなりません。それに我が国では兵役拒否運動が収まったばかり。これ以上農地を放置させれば、農民が貧窮します。そうなれば再び、同じことが起こる。今は講和を結ぶべきです。それにこれ以上進軍すれば、レザドのアレクシオス・バルカが出てくる!」
ライモンドは声高に叫ぶ。
アレクシオス・バルカの軍事能力は包囲戦の時以来、諸国に知れ渡っていた。
これにゲルマニス人傭兵部隊の機動力が合わされば、大きな脅威である。
「俺がアレクシオス・バルカに負けると?」
「そうは言いませんが、赤子の手を捻るように……とはいかないでしょう?」
二人は睨み合う。
取り敢えず、二人とも意見を言い終えたようだ。
「イアル。お前はどうだ?」
「講和を結ぶべきです」
イアルはきっぱりと言った。
「レザドでは現在、親ロサイス派と反ロサイス派の抗争が激化しています。親ロサイス派は反ロサイス派に対して、『お前たちがロサイス王の国を刺激したから悪い』と非難しています。逆に反ロサイス派は『お前たちの友人が我らの同胞を征服したぞ』と非難しています。放って置けば、自然と内部分裂を引き起こすでしょう。そうなった時が征服の好機です。逆に今、進軍を続ければ一気に反ロサイス派が優勢となり、レザドは挙国一致で我が国に反抗するでしょう」
レザドの内部抗争に目を向けたか。
外交官らしい意見だな。
さて、どうするか……
俺は少し目を瞑り、考える。
そして目を開いた。
「よし、講和を進めよう。今は着実に足場を固めるべきだ」
その後、俺はエインズを呼び戻して、講和の仲介を依頼した。
1 レザドとゲヘナ、及びキリシア諸都市は、ロサイス王の国と新たに同盟を結んだ都市に対して、ロサイス王の国の優先権を認める。
2 ロサイス王の国は、レザド・ゲヘナが同盟を結んでいる諸都市に対して、レザド・ゲヘナの優先権とその独立を認める。
3 相互、内政干渉はしてはならない。
4 レザドとゲヘナとロサイス王の国は、相互に大使館と大使を設置する。
5 キリシア諸都市に支援したレザド商人の、ロサイス王の国の国内の資産は没収とする。
6 キリシア諸都市連合はロサイス王の国に対して、五百ターラントの賠償金を即金で支払う。
ふむ、悪くないな。
俺は両者に交わされた条文を読む。
条約に穴が無いか、しっかりと確認する。
俺はアデルニア人だが、この文章はキリシア語で書かれている。
何か、小細工で誤魔化される懸念が有ったが……
杞憂だったようだ。
まあ、俺がキリシア語に堪能であることは割と有名なことなのかもしれない。
ふと、キリシア諸都市の代表を見る。
彼らは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
五百ターラントは大きな負担だろうな……
まあ、自業自得だな。
俺は文章にサインしてから、金印を押す。
キリシア諸都市の代表たちも、苦々しい顔を浮かべながらそれぞれサインした。
斯くして、第二次南部征伐は無事に幕を閉じたのであった。
戦争が終結してから二週間後、戦利品と賠償金の整理が行われた。
「略奪で得た総利益は約二百ターラントです。上納金の総額は二百ターラント、そして先日支払われた賠償金は五百ターラント。そして国内のレザド商人から没収した資産は百ターラントです」
ライモンドが書面を読み上げ、報告する。
つまり総額千ターラントの儲けだ。
思った以上の儲けだ。
戦争って儲かるんだな。
「また、同盟市の増加により税収の増加も見込めます」
「結果的に反乱は良い方向に働いたな」
塞翁が馬とは良く言ったモノだ。
この内乱は無ければ、俺はキリシア諸都市に攻め込まず、千ターラントと税収増加を得ることは出来なかった。
「あとは国内で着々と軍制改革をして……」
一年後、レザドを征服しようか。
思わず、笑みが浮かんだ。
「それともう一つ、奇妙な野菜を手に入れました」
「野菜?」
俺は首を傾げた。
ライモンドは部下にその野菜とやらを持ってくるように指示する。
しばらくすると、植木鉢に入った赤い実のなった植物が運ばれてきた。
「この野菜です」
「……トマトじゃん」
これはまた……
微妙な野菜が手に入ったな。
……出来れば大豆とか、芋とか、トウモロコシが良かったなあ。
ジャガイモはチート過ぎるという、メタ的な理由




