第百五十二話 第二次南部征伐Ⅲ
「しかし……この状況下で会戦ってのは正しい選択なのか?」
俺は丘の上に布陣する敵を見て、ふと思った。
会戦とは決戦である。
ファランクスは一度崩れたら相手に一気に突き崩されてしまうため、会戦での敗北は国家の滅亡を意味する。
双方、勝てると思った時しか会戦は望まない。
少なくとも、陣地や城に篭ってる限り勝つことは無くても負けることもないのだから、勝てる算段がついていないうちはそうするのが普通だ。
「これ以外選択肢が無いというのが正解です。このまま籠っていては敵中に孤立してしまいますから。彼らは勝つ以外、方法が無いんです。戦争というのは、こちらが確実に勝てる状況を創り出して、どうやって敵を引きずり出すか、ですよ」
つまり会戦に持ち込まざるを得ない状況を作った俺たちの勝ちか。
でも出てきたからには相手にも多少は勝算があるんだよな?
「相手はどう出ると思う?」
「さあ? こればっかりは……ただ毒は埋め込んでありますから」
まあ確かに毒は埋めた。
後は毒が機能すれば、相手がどんな策に出ようと勝てるだろう。
問題は毒が解毒されてないか、だけど。
それでも相手の作戦は気に成る。
「始まってみれば分かるか」
「そうですよ。もっと気楽に。ほら、酒でも飲んで」
お前は気楽過ぎだ。
睨みあって四日。
未だ会戦には至って居ない。
相手は決戦に臨みたくないのだろう。
だからグダグダと先延ばしにしている。
陣地に引き籠ったまま出て来ないのだ。
これではどうしようもない。
「まあ、戦ったら負けは見えてますからね……というか、会戦をしたくないなら最初から城壁に引き籠るか、降伏すればいいのに。敵の司令官は優柔不断ですね」
「民主制だからな。取り敢えず国民に恰好付けるために出てきたけど、肝心の指導者層は戦争をしたくないんだろうな」
民主制国家はイメージに反して、案外過激な行動を採ることが多い。
よく有る話だ。
「だがこのままでは不味いぞ」
農民を早く農地に返さなければならない、というのもある。
だがそれ以上の食糧が不足して来た。
通常、食糧は現地調達が基本である。
我が軍も今までこの地域から食糧を得ていた。
が、これ以上この地域に滞在すれば、住民が食べる食糧も無くなってしまう。
強制的に徴発すれば賄うことが出来るが、そうすると我が国の評判が落ちてしまう。
今のところ、兵糧をちゃんと金を払って購入してくれる、降伏する限り自分たちに危害を与えない侵略者兼守護者で通しているのだ。
「どうする? 煽ってみるか?」
三国志とかでは、こういう時に武将が敵陣地の前で酒盛りとかして相手を挑発する。
その後に「孔明の罠だ!!」となるわけだ。
俺とバルトロで、ここは一つ酒盛りでもするか。
「バルトロの罠だ!!」をやろうじゃないか。
「いや、その必要は無いですよ。すぐに動きますって。こうしている間にも、中小都市が我が国の軍門に下ってるんですから」
なら良いんだが……
ん?
「おお!! 敵が出陣準備してるぞ」
「ようやく重い腰を上げたみたいですね。これで勝てます」
バルトロは空になった酒瓶を地面に投げ捨てた。
後で拾え。ゴミは持ち変えるのがマナーだぞ。
「陛下はここで見ていて下さい」
戦闘に立とうとしたら、バルトロに止められてしまった。
俺強いし、指揮も上手くないから先頭で戦った方が役に立つと思うんだけど。
「ダメですよ、兄……陛下。陛下が死んだら、うちの国は滅んじゃいますよ」
未だに後継者が産まれてないからなあ。
ライモンドは種無しだし。
……案外、寡頭制に移行して滅ばないかもしれないけど。
「それでも混乱が有りますから。良いですか、絶対に前に出ないでください」
バルトロが厳しい声で俺を押しとどめた。
うーん……
お前がそこまで言うなら大人しく見て居よう。
何か、学べると良いんだけど。
ロサイス軍の陣形は至って普通のファランクスだった。
定石通りの布陣だ。
何一つ策は無い。
「陛下。こちらの兵力は敵の四倍です。圧倒的な戦力差があるなら、正面から数を生かしてぶつかった方が良いんですよ」
「それはよく聞くな」
数が多いなら正面から、正攻法で。
王道は王道であるが故に王道なのだ。
「さて、敵は……あれは斜線陣じゃないか?」
妙に戦力が左翼に傾いている。
戦力差を覆すために、バルトロの真似をしたのか。
「大丈夫か?」
「むしろ好都合です。本家がパクリに負けるわけありません」
ハンニバルはスキピオに負けたけどな。
ここはバルトロを信用しよう。
バルトロはただの酔っ払い親父じゃない。
出来る酔っ払いだ。
「さあ、陛下」
「分かった……全軍!! 進軍開始!!!」
「「「おおおおおおおお!!!!!」」」
俺の号令と共に、ロサイス軍が一斉に動き出す。
一歩一歩、駆け足で進む。
すぐにこちらの弱点である右翼に、敵の分厚い左翼がぶつかった。
しかしこちらの戦力は敵の四倍。
そう簡単に崩れたりしない。
そうこうしているうちにこちらの左翼が敵の右翼と衝突する。
もはや勝敗は決した。
その時だ。
敵本陣から大きな銅鑼の音が鳴った。
その瞬間、敵の約二千の兵が一目散に逃走を開始した。
その影響で、僅かに保たれていたファランクスが一瞬で崩壊する。
……
これが毒の正体である。
予め、三都市のうち一番士気の低い都市と内通して置いたのだ。
「そちらは逃げるだけで良い。そちらが勝敗が決まったと思ったタイミングで良いから、逃走してくれ。その時はこちらも追撃しない。その後、自治市待遇で迎えよう」
これだけだ。
つまり勝ってたら裏切らなくても良いわけだ。
敵は大喜びでこの誘いに乗った。
斯くして、勝負はあっさりと決してしまったのだった。
その後、裏切ってくれた都市は約束通り自治市待遇で我が国に迎えた。
残りの二国のうち、一つは戦いの後にすぐ講和を申し込んできたので受け入れ、同盟市待遇で迎えた。
賠償金は無し。
その後最後の一都市は、攻城戦の末に降伏した。
この都市には百ターラントの賠償金を課し、同盟市待遇で迎えた。
これでこの三国は互いにいがみ合うだろう。
悪いのは裏切ったお前、お前だってすぐに降伏しただろう……と
協力し合うことはまずない。
分割統治は支配の基本である。
この三都市が降伏したことで、我が国に降伏する都市が急増した。
小さいとはいえ、この地域では大国だったのだ。
それが敗れたことで、一気に形勢が我が国に傾いたのだ。
全て自治市待遇で迎えた。
力を奪い、税を掛けるのはいつでも出来る。
まずは国土を広げて、敵の力を削ぐことが先決だ。
自治市待遇で迎えると、我が国に税は入らない。
得が無いじゃないか、と思うかもしれない。
その考えは間違いだ。
まず第一に、戦力が増える。
彼らには我が国に兵力を提供する義務があるのだから。
次に経済圏を構築できる。
商売がやりやすくなれば、国が富み、それだけ税収も上がる。
最後に貢物を貰える。
別に強制でもないし、頼んでも居ないのだが彼らは俺に対して貢物を運んでくるのだ。
一つ一つは大した量ではないが、それが何十都市という数になると……
百ターラントを越える。
立派な収入だ。
他にも政治的な発言力だとか、外交的地位だとか……
いろいろ利点は多い。
「陛下。エインズ殿がお見えになっています」
幕営で地図と睨みっこをしていたら、近衛兵がそう教えてくれた。
そうか、エインズか。
ようやく講和交渉に入れるな。




