第百五十話 第二次南部征伐Ⅰ
「国王陛下。我々は尚一層の忠誠を……」
「白々しいな」
俺に向かって謝罪する各都市の外交官を、ライモンドがばっさりと切り捨てた。
外交官たちの顔が青くなる。
「まあ、そう言うな。ライモンド。彼らは反省しているようだ。今回に限り許してやろう」
「寛大な御処置、ありがとうございます……」
一斉に頭を下げる。
頭を床に擦りつけている。
アデルニア人やキリシア人は、謝罪するときに膝をなかなか折らない。
土下座の文化圏ではないのだ。
彼らの態度は最上位の謝罪と言える。
「だが今まで通りというわけにはいかない」
俺は声を低くする。
外交官たちの肩が一瞬震える。
「今後、各都市と私との同盟関係は継続される。だが各都市が政治的な交流をすることは固く禁じる。各都市の住民同士の結婚も必ず届け出を出すように。また……」
俺は淡々と条件を言う。
1 今後、アルムス王と同盟を結んだ都市を同盟市とする。
2 同盟市の外交権、及び軍事権は一切認めない。
3 住民の移動の自由は認める。ただし都市外の住民と結婚する場合は必ず届け出を出すこと。
4 同盟市の住民は収入の十分の一を国に支払う。(十分の一税)
5 鉱物資源は全て国有化する。
6 同盟市は軍隊の駐留を拒否出来ない。
7 道路、橋等のインフラはアルムス王が全て管理する。
8 同盟市は人口によって、一定数の兵を供出する。
9 有力者の師弟、十人をそれぞれロサイス王の国の首都に留学させること。
10 各都市とロサイス王の国との間に、それぞれ常設の大使館を設置する。
11 自治は国法が許す範囲で認める。
今までとは打って変わり、非常に厳しい内容となっている。
今までは都市収入の数%を上納すれば良かったが、今後は十分の一税を支払って貰う。
また、鉱物資源……塩が全て俺の管理下に置かれたことで、俺が塩を止めれば各都市は塩を正規ルートで入手できなくなる。
そして兵役も、今まではあくまで『可能な範囲』と言えるレベルだったが、今回の処分により強制となった。
とはいえ、アデルニア半島では戦争で負けたら問答無用で奴隷にされても文句は言えない。
それに加えればまだまだ優しい処分だ。
「拒否権は無い。もし異を唱えたいのであれば、本国に戻って戦支度をすると良い。ただし、負ければどうなるか分かっているな? 反乱を許すのは今回限りだ」
俺が低い声で、外交官たちを見下ろした。
異を唱える者は一人も居なかった。
反乱を起こした者たちへの処分は終わった。
次は反乱に対して積極的中立を保った都市や兵を条約通りに供出した都市への処分である。
「よく集まってくれた、まあ座って欲しい。悪い話ではないはずだ」
俺は外交官たちに対して親し気に話しかける。
一方、彼らは何を言われるのか不安そうだ。
俺(手を下したのはバルトロ)が降伏しなかった都市をどうしたかは当然知っているだろう。
そして反乱を起こした都市への厳しい処分を下したことも知っているはずだ。
「今回、南部で大規模な反乱が起こったのは諸君も知っているだろう。だからお互いのために条約の改正をしようと思う」
俺は改正案を提示した。
1 今後、この条約を結んだ都市を自治市と呼ぶ。
2 自治市は国法に反しない限り、自治権を持つ。
3 上納税は廃止。
4 その代わりに各都市は兵役の義務を負う。
5 各都市は兵の駐屯を拒否できる。ただし有事は除く。
6 インフラの整備は各都市が行うが軍事目的の道路や橋の敷設はロサイス王の国が行う。
7 植民市の市民は臣民権を得ることを認める。
8 ロサイス王の国と植民市間に、常設の大使館を設置する。
とまあ……
前の戦争の時に結んだ条件よりも随分と優しくなっている。
と言うのも、今回中立を保った都市や我が国に協力的だった都市の中には、先の戦争で強硬に反抗して、厳しい条件を結ばされた都市もあるからだ。
逆に反乱を起こした都市の中には、我が国と矛を交える前にベルベディル王の国が降伏して、自然と緩い条件で傘下に入った都市もある。
つまり今回の条約改正は、先の戦争以来棚上げ状態になっていた戦後処理を兼ねているのだ。
「今後も貴国とは仲良くしていきたい。何か不満はあるだろうか?」
「ま、まさか……上納税を無くして下さるとは……いえ、不満などありません。今後とも我が国は陛下と友好関係を築いていきたいと考えております」
外交官たちは深々と頭を下げた。
斯くして反乱軍の処分は終わった。
あとは……
「陛下、ご報告申し上げます」
南部のレザドやゲヘナの影響下にあるキリシア人の都市に外交官として向かっていたイアルが帰還した。
イアルの目的は俺たちが反乱した諸都市の処理とストライキを解決をしている間に、講和の準備を整えることであった。
「各都市には講和の意思があるようです。しかし……」
イアルの話によると、各都市は賠償と捕虜の解放を求めているらしい。
負けたのに図々しい奴らだな。
もしかして足元を見下ろしているのか?
我が国で兵役拒否運動が収まってないと思っているのかもしれない。
「ならば仕方が無いな」
俺はライモンドに目配せした。
もう一度、戦争だ。
俺は国中に勅令を出した。
裏から我が国の国民を誑かした卑怯者を討伐すると。
集めた兵力は四万。
我が国の人口が三十七万前後であることから分かると思うが、人口の十%、つまり大動員である。
まあ一週間ほど戦場に行く程度ならば、農業に深刻なダメージは無いが……
それでも大動員は国庫を圧迫する。
では何故俺がこれだけの兵力をかき集めたのか。
理由は三つ。
一つは世界中に、国内問題が解決したことを示すため。
二つ目は国内の結束を図るため。
そして最後にキリシア系都市を屈服させるためだ。
というのも、俺はまだキリシア系都市を征服する気は無かった。
国内が完全に収まり切るにはあと一年ほど時間が必要だと考えているからだ。
しかし、戦争には大義名分が必要である。
これを逃せば、こんなに都合の良い大義名分は無いかもしれない。
尤も、ダメならすぐに諦めるつもりだ。
無理に進めても、今回の反乱の二の舞いになるだけだ。
今は国内の結束を固めることが先決だ。
斯くして第二次南部征伐が始まったのである。
「すんなり進軍出来たな」
「陛下がこんなに早く、それも大軍を率いてくるとは思っても居なかったのでしょう。敵は完全に油断していますよ」
バルトロは上機嫌で酒を飲む。
国境線を越えて、元よりの都市国家に到着するまで敵の姿は全く見えなかった。
斥候一つも見つからなかった。
どうやら我が国の軍隊が姿を現すまで、気付いていなかったようである。
「しかし戦争状態にあったのは事実。どうしてこんなに対応に遅れてるんでしょう?」
ライモンドが不思議そうに首を傾げる。
我が国と諸都市は緊張状態にあった。
普通なら、最大限の警戒をする。普通なら……
「民主制国家だからな。それに各都市はバラバラだ。まだ俺と戦うか、講和するか決まっていないんだろう」
議会でグダグダ揉めて、都市間でもグダグダ揉める。
そうこうしている内に、俺が予想外の速さで軍勢を整えて、大軍で迫ってきた。
面食らったことだろう。
「それで陛下。どうしますか?」
「一先ず、降伏勧告を出そうか」
敵は迎撃準備が出来ていない。
攻め落とそうと思えば、一日で陥落させることは可能だろう。
しかし降伏してくれるならその方が楽だ。
「イアル。お前が降伏を伝えて来てくれ。この都市の有力者とはすでに一度話してあるだろ?」
「はい、この都市は比較的穏健的でしたから、すぐに降伏すると思いますよ」
イアルは馬に乗り、一人で城門に近づく。
すぐに城門に取り付けられている小さな窓のような門が開き、イアルを迎え入れた。
三時間ほどで城門が開き、イアルが出てくる。
その後を、自らの腕をロープで縛りつけあった上半身裸の男たちが続く。
無抵抗であることを示しているのだろう。
イアルは誇らしげに笑っていた。
つまり、この都市は降伏する、と考えて良いのかな?
斯くして、最初の都市は無血開城という形で陥落した。
キリシア人の団結に大きな楔が打ち込まれることと成ったのである。




