第百四十九話 戦後処理
バルトロは帰還と同時に、勝利の報告を持ち込んできた。
俺たちは捕えた連合軍司令官を使者として送り込み、降伏を促した。
援軍が壊滅したことで最後の希望が潰えたからだろうか。
それともこのままでは陥落は免れないと悟ったからだろうか?
二日後、反乱の中心であった都市国家は降伏を受け入れた。
中心都市が降伏したことで、反旗を翻した都市も中立を示していた都市も一斉に俺に忠誠を誓うと伝えて来た。
バルトロのやり方を踏襲して、都市は全て燃やした。
真っ赤に燃え上がる炎はキリシア系アデルニア人たちの心に焼きつくことだろう。
俺に逆らうことが何を意味するか、理解したはずだ。
これで反乱が二度と起きなくなれば良いのだが。
何はともあれ、反乱は早期に終結した。
「さて、反乱は終結したが問題は終わっていない」
早急に解決しなければならない問題が五つもある。
一つ、国内で起きているストライキ。
二つ、略奪で得た戦利品の分配。
三つ、都市を失ったキリシア系アデルニア人の処遇。
四つ、反乱を起こした諸都市の処遇。
五つ、反乱を支援して援軍を送ってきたキリシア系諸都市への処遇と、これを裏で支援したキリシア商人。
「取り敢えず何から手を付けようか、ライモンド」
「同時並行でやらなくてはならないのでは? どれも後回しに出来ない問題ですよ」
そうだな……
優先度に差はあるとはいえ、早急に解決しなければならない点では変わらないか。
「まずはバルトロ。お前は戦利品の整理をしておけ。官僚たちは好きに使うと良い。帳簿を作り、価値を計算しろ」
「……分かりました。はあ……数字は苦手なんですけどね」
戦利品の分配は公平にやらないと兵士から不満が起こる。
また、負傷兵や戦士した者にはそれだけ手厚い保障が必要だ。
戦争の殆どはバルトロ軍の功績だ。
誰がどれくらい働いたかは、バルトロが一番良く知っているはずだ。
次は……
「ロン、グラム。お前たちには流民状態のキリシア系アデルニア人の処理を命じる。一塊に成らないように、分散して国内に配するんだ。開拓や開墾に使える」
「はい! 分かりました。ロマリアの森で扱き使ってやりますよ」
「うーん、出来るだけ北部に配した方が良いですね。南はキリシア商人の動きも活発だし……」
グラムとロンは力強く頷いた。
グラムは開拓の責任者だし、ロンは国内の治安維持などの責任者だ。
この問題は慎重に取り扱わなければならない。
一塊にすれば再び反乱を起こす可能性がある。
逆に分散させて、耕す土地を与えれば、反乱など考える暇は無くなるだろう。
二人なら、上手く差配してくれるだろう。
「イアル、お前にはこの反乱を支援していた諸都市との講和交渉の準備を命じる。一足先に周って来てくれ。ただし、本格的な交渉は後回しで良い」
「分かりました。陛下。親ロサイス派と協力して、糾弾して来ましょう」
外交交渉はイアル。
これは考えるまでも無いだろう。
そして俺は……
「ストライキと反乱を起こした諸都市の処遇は俺とライモンドで何とかする」
「陛下、ご命令通り、一週間後に各都市には代表者を王都に連れてくるように命じておきました……ストライキを沈めてからの方が良かったのでは?」
「いや、キリシア系諸都市との講和が纏まってない以上、早く楔を打ち込む必要がある。悠長なことは言ってられないさ」
とはいえ、このままでは我が国の農民が兵役を拒否している姿を各都市の代表の眼に焼きつけてしまうことになる。
彼らが到着するまでに、こちらも解決しなければならない。
「陛下はどこまで彼らの要求を呑むおつもりですか?」
「まあ、全てとは言わないさ」
基本、殆どの農民は法律の明文化以上を求めていない。
しかし一部の強硬派は自分たちを政治に参加させることを求めている。
「そもそも平民会の存在を認めたとしても、まともに機能するとは思えない。直接民主制など、領域国家である我が国では不可能だし、代表民主制も金が掛かる」
民主主義はお金が掛かるのだ。
一つの小さな都市で国が完結している都市国家ならば良いが、我が国は大昔に都市国家を卒業している。
現実的とは言えない。
「法律の明文化は絶対にやらなくては彼らも引き下がらないだろうな。さらに……先手を打って、私有財産の保障と王族、豪族、平民の刑法上の平等も盛り込もう」
このままでは数年もしない内に、主張する奴が出てくる。
だったら先に先手を打とう。
上からの改革というやつだ。
「これも時勢の流れですかね……王族と豪族と平民が、刑事上とはいえ同じ処罰を受けるなど数十年前までは考えられませんでしたよ。……それと私から一つ提案が」
「何だ?」
「平民に意見を言わせる機会を作るのはどうでしょう? 平民がストライキを起こすのは、そうしなければ我らが要望を聞かないと思っているからです。しかし我々も、そのような行動を起こされては強硬姿勢を採らざるを得なくなる。お互い、損しかない」
なるほど。
確かにそうすればストライキは二度と起きなくなるな。
ストライキを事ある事に起こされては、安全保障上宜しくない。
恒久的に予防する策としては、良案だな。
「取り敢えず目安箱でも設置するか。簡単だし」
箱を置くだけだからな。
費用も労力も掛からないし、すぐに出来る。
それ以上は……時間を掛けてシステムを作るしかないだろうな。
「そうと決まれば話は早い。早速、平民側の代表と話を付けよう」
支配者である俺と、被支配者である平民の話し合いは神殿の中で行われた。
基本的に神殿は武器の持ち込みは禁止だし、血は御法度である。
お互い、尤も安全に話せる場所と言える。
「まずは君たちの話を聞かせてくれ。君たちは私に何を求めている? 人によって求めている内容が違うようでは、こちらとしては対応の仕様が無い」
俺はまず、平民の代表に要求を言うように促した。
平民は一枚岩では無い。
個々が勝手に動いているだけだ。
ここに居る平民の代表は、比較的規模が大きくて穏健的な者たちだ。
「我らが求めているのは二つです。一つは法の明文化。王族と豪族による法の独占は、我々の生命と財産を侵害します。もう一つは借金の帳消しです。度重なる戦争の結果、多くの平民が借金に苦しんでいます」
平民は俺に向かって、地面に額を擦りつけるようにして請う。
その様子から、彼が自分自身の富や名声のためでは無く、純粋に平民全体のことを思っていることが感じ取れた。
そして答えはすでに決まっている。
「なるほど。しかと聞き届けた。法の明文化は早急に取り掛かろう。私有財産の不可侵と、刑事上の平等をしっかりと明記する。二度と、豪族による平民の財産と生命、身体の侵害が無いように努めよう」
ここまでは良し。
だが借金の帳消しは……
「借金の帳消しは認められない。人から借りた物は返さなければ成らない。が、不当な利子の支払いは法に反する。利子は払わなくても良いし、利息を受け取った者には返還命じる。と、勅を出そう」
実は我が国では利子を取るのは国法で禁じられている。
金で金を産むのは不労所得である。という考えが有るからだ。
不労所得は道徳的に良くないとして、禁じられている。
が、実際の所は公然と行われていた。
俺も借金でエインズに利子を支払ったし、多くの豪族も金貸しに利子を支払ったり、領内の平民に利息を要求したりしたはずだ。
少々不健全な状況だ。
これを機会に、一掃しようと思う。
金貸しの方々には泣き寝入りして貰う。
しかしこのままでは我が国に金を貸してくれる者が居なくなる。
そこで国政が落ち着き次第、利子や利息を認める法律を出すつもりだ。
約十%以内がキリが良くて、丁度良いだろう。
「それと目安箱を国内の各所に設置する。今後、私に意見が有る時はその目安箱に投書出来るようにしよう」
字は自分で勉強してくれ。
俺も字の読み書きが出来ない人間の要望を聞くほど暇ではない。
「そ、それは本当ですか、陛下!」
平民の代表は嬉しそうに顔を上げた。
その眼は輝いている。
借金の帳消しはダメ元、目安箱に関しては予定外の事だったのだろう。
「しかし条件がある」
俺は代表を見下ろした。
「兵役は国民の義務だ。この義務は王族も、豪族も、平民も等しく負わなくてはならない。もし、今後兵役を拒否した者は反逆者とみなし、徹底的に処罰する」
俺は代表に対して一方的に告げた。
代表の顔が青くなる。
先日の反乱で、俺がキリシア系アデルニア人の反乱をどのような態度で臨んだか、思いだしたのだろう。
ここへ来て、反乱に対して厳しい態度で望んできた効果が出てきた。
「わ、分かっております。二度とこのようなことが無いように致します」
「それはお前たちが誓うことでは無い。国民が誓うことだ」
俺は一方的に告げて神殿の外に出た。
神殿を取り囲む平民たちに向かい合う。
「君たちの要望はよく分かった。準備が整い次第、臣民権を発布する。この臣民権を得て私の臣民となった者の財産と生命は法律で保護される。王族と豪族と臣民には刑事上、平等に罰せられる。また不当な利子や利息は認められず、債務奴隷も禁止する。その代り兵役と納税の義務、そして私への忠誠を条件とする。これらは銅板に文字として刻み込み、国中の至る所に設置しよう」
俺の言葉は呪術による拡声で、神殿の周囲全体に響き渡った。
群衆は一瞬、静まり返った。
その後、大歓声が上がった。
俺の臣民権宣言から三日が経過した。
平民たちの多くは武装解除して、ストライキを止めた。
俺が法の明文化等の要求と引き換えに、兵役と納税を求めたからである。
多くの平民からすれば今まで当然の如く存在した義務が、明文化されるだけ。
むしろ義務に歯止めが掛かり、権利がしっかりと明記される。
もはやストライキをする意味は失われた。
「それにしても陛下は面白い発想をしますね、臣民権とは……市民権は聞いたこと有りますが、臣民権は聞いたこと有りませんよ」
「まあ、内容は市民権とあまり変わらないけどな」
大日本帝国憲法とこの世界の市民権という概念からの着想だ。
権利は自然発生するものでは無い。
国王から与えられる物である。
という概念をこの国に植え付ける。
そしてそれを臣民権という、確かな物で示す。
そうすることで平民を確実に支配する。
「取り敢えず、臣民権の具体的な内容や国内の外国人、臣民権を拒否した者をどうするか考えなくてはならないな」
だがそれは一先ず後回しで良いだろう。
その前に……
「反乱を起こした連中を裁かないとな」
何かアクセス障害が起こってるみたいですね




