第百四十六話 第一次南部征伐Ⅱ
「戦友諸君!! 国王陛下から勅命が下された!! 愚かなキリシア人どもを鎮圧せよと!!」
バルトロは兵士たちに向かってそう宣言した。
兵士たちは大歓声を上げる。
その目はギラギラと光り、やる気に満ち溢れていた。
「巷では法律の明文化だとか、ストライキだとかが流行っているらしい。しかし! 我らにはそのようなことは関係ない!!」
「そうだそうだ!!」
「俺たちには関係ない!!」
兵士たちはバルトロに同調する。
彼らはこの半年間、ずっとバルトロと共に訓練していた。
法律の明文化などということは考えてこなかったし、ストライキの打ち合わせなどにも参加していない。
蚊帳の外に置かれ続けていた。
頭に有るのは訓練、そして戦である。
「さあ、我らの力を奴らに見せつける。行くぞ!!」
「「「おーーーー!!!!」」」
斯くしてバルトロは南に下ったのである。
そしてそれから約二日が経過した。
「おお!! ロズワード君じゃないか!! よく追いついてきてくれた。実は騎兵が居なくて心配だったんだよ!」
「兄さ……陛下からご命令を受けまして。先行してバルトロ将軍と合流せよと……あの、離れて貰えません?」
ロズワードは自分の肩に腕を回して、絡んでくるバルトロから必死に顔を背ける。
バルトロは常に酒臭い男だ。
尚、酔っぱらっているわけでは無い。
バルトロは元々、パーソナルスペースが非常に狭い男である。
まあ、生まれた時から酔っぱらっていると考えることも出来るが。
「ところでエクウス族の騎兵は来るかな?」
「いえ、陛下は内乱の鎮圧に他国の力は借りるつもりは無いと」
「はは、それは良いご判断だ。何しろ、エクウス族は人様の領土を勝手に略奪する奴ら。あんな連中に国内で暴れられては溜まったもんじゃない」
エクウス族族長ムツィオと、ロサイス王の国国王アルムスの間には友誼があり、その間には確固たる信頼が存在する。
しかしバルトロたちのような家臣同士には信頼など無い。
そもそも他国の力を使わなくては内乱を治められない王など、王とは言えない。
そして内乱に他国を招くのは非常に危険な行為である。
アルムスはそのことをよく分かっているのだろう。
「騎兵は三百、歩兵は三千。……しかし敵の兵力は……」
「まあ、八千から一万五千前後だろうな。反乱を起こしたキリシア系諸都市の人口は約二万から三万。独立戦争だし、男は全員武器を持って戦うだろう? それに周辺のキリシア系諸都市からの援軍を考えれば、それくらいには成る」
およそ三倍以上の敵である。
ロズワードは不安そうな表情を浮かべた。
しかしバルトロは愉快そうにロズワードの背中を何度も叩いた。
「何、敵が強い方が遣り甲斐が有るってもんだ。そもそも一万以上も集結出来るわけない。各個撃破すれば良いだけだ」
だからこそ、バルトロは援軍を待たずに動いたのだ。
反乱軍が結束する前に、叩き潰す。
そのためには迅速な行動が必要不可欠だった。
「バルトロ閣下!! 前方に敵影を発見しました! 数は四千前後と思われます」
斥候からの連絡を受けて、バルトロは笑みを浮かべた。
勝利の笑みを。
「ヴィルガル。お前は右に行け、俺は左に行く」
「へいへい、分かりました隊長。……ところで、うちの軍隊、何かいつもと違いますね」
元ゲルマニス人奴隷であり、ロズワードの副官。
ヴィルガルはずっと気になっていたことをロズワードに問いかけた。
ヴィルガルの知っているロサイス軍の兵装は、丸盾と長い槍である。
これでファランクスを組みあげて、戦うのだ。
しかしバルトロ率いる重装歩兵団は全く違う武装をしていた。
全身が覆い隠されるほどの大きな長方形の盾。
そして短い剣である。
果たしてこんな武装で戦えるのか。
「まあ……あの人、自身満々だったし大丈夫だろ」
「本当ですか? あの人、グデングデンじゃないですか。さっきも酒をぐびぐび飲んでましたし……」
「あれはいつものことだろ。あの人はただの酔っ払いじゃない。立派な酔っ払いだ。大丈夫、多分、きっと……」
段々とロズワードも心配になってくる。
しかしバルトロは司令官である。
「兎に角! 信じるんだ。バルトロ将軍を!!」
「へい、頑張ります」
二人はそんなやり取りの後、すぐに配置についた。
敵は典型的なファランクス……槍と丸盾を組み合わせた密集隊形を組んでいた。
その様子はさながら歩く要塞と言える。
上空から見ると、左右を厚くしているのが分かる。
バルトロの斜線陣対策だろう。
また両脇には二百づつ、合計四百の騎兵が配されている。
一方、バルトロ率いるロサイス軍は全く違う陣形を築いていた。
約八人からなる十人隊を十個組み合わせた百人隊、総勢八十人。
これを二つ組み合わせた中隊百六十人を基礎単位として、十五個総勢二千四百人。
これを前列、中列、後列の三つに分けて配する。中隊と中隊の間には一定の距離が置かれた。
そして六百人の軽装歩兵が前列よりも前に配された。
両脇には百五十人づつ、合計三百の騎兵が置かれる。
ロサイス軍の騎兵は反乱軍よりも少ないようだ。
「どうしますか? 将軍」
「一先ず、敵の騎兵を戦場から離脱させよう」
反乱軍を率いる将軍は髭を弄りながら副官に答える。
すぐに銅鑼が成り、反乱軍の騎兵が飛び出した。
これをロズワード率いるロサイス騎兵隊が迎え撃つ。
流石は近衛兵と言うべきか、ロサイス騎兵隊は数が敵よりも少ないのにも関わらず敵と互角に渡り合っていた。
しかし彼らの目的はロサイス騎兵隊を撃破することでは無い。
戦場から離脱させることである。
じりじりと反乱軍の騎兵隊の誘導により、ロサイス騎兵隊は戦場から離れていく。
「クソ、誘導されてる……」
ロズワードは敵を斬り伏せながら、舌打ちする。
しかし数に優る敵を相手に、互角に戦うのが精一杯。
「さて、舞台は整った。全軍突撃! 敵の中央を突破せよ!!」
反乱軍のファランクスは唸りを上げて、ロサイス軍に突撃した。
「ふーん、研究はしてるわけか。クリュウ将軍の真似ってわけだね」
バルトロは酒を飲みながら呟いた。
今のところ、先の戦いと同じ流れが続いている。
今までのままならばロサイス軍は敗北するだろう。
今までのままだったならば。
「全く。同じやり方が二度も通じると思われるとは。実に不愉快だな」
バルトロは空に成った瓶を投げ捨てた。
「軽装歩兵、前列、中列の重装歩兵に命じる。投槍開始!!」
ラッパが吹き鳴らされ、軽装歩兵や重装歩兵たちが手に持っていた槍を次々と投げつけ始めた。
槍が雨のように反乱軍に降り注ぐ。
反乱軍は丸盾を空に掲げ、槍の攻撃を受け止めた。
「っく、重くて使い物にならん!!」
丸盾に突き刺さった槍は先端が曲がり、地面に垂れさがってしまい、中々抜けない。
使用不可能になった丸盾を次々と地面に投げ捨てる。
丸盾を失った兵たちは安心感を失い、浮足立つ。
体の半分を覆っていた防御が無くなってしまったのだから無理も無い。
しかし戦いは続く。
槍を投げ終えた軽装歩兵が後方へ下がるのと同時に、両軍は激突した。
「槍は気にするな。体当たりして、突っ込んでしまえ!!」
百人隊長たちの支持を受け、ロサイス軍の重装歩兵は訓練通りに盾を頼りに反乱軍に肉薄した。
途端に混戦状態になる。
「こ、これでは槍が当たらないじゃないか。一体、どうす……っぐあああ」
反乱軍の百人隊長が悲鳴を上げて地面に倒れた。
首から血を流している。
殺したのは十代後半のロサイス軍重装歩兵の青年である。
得物は短剣。
短剣と槍とでは、槍の方が遥かにリーチで優る。
しかし肉薄してしまえば関係ない。
むしろ混戦状態となった今、取り回しやすい短剣の方が有利だ。
「取り敢えず訓練通りかな」
バルトロは上機嫌で新たな酒を飲み始める。
これがバルトロの生み出した戦術である。
盾を大型化して、敵の攻撃を防ぐ。
そして盾からはみ出るように見える敵の体に短剣を突き刺す。
時間の経過と共に、両軍に疲れが見え始める。
無理もない。
重い武器を両手に持ち、生死を賭けた戦いを繰り広げているのだから。
「前列、中列と交代しろ」
ラッパが吹き鳴らされる。
速やかにロサイス軍前列が下がり、後列がその穴を埋める。
たちまちロサイス軍が反乱軍を押し始めた。
一瞬にして元気になった敵に、反乱軍は面食らう。
速やかに兵を入れ替えることが出来るのはバルトロの新戦術の特徴の一つだ。
密集隊形を組むファランクスは兵の入れ替えが難しい。
兵士が下がればたちまち陣形が崩れてしまうからだ。
故に死ぬまで戦うしかない。
倒れるようなものなら、味方に踏みつぶされてしまう。
しかし新戦術は中隊と中隊の間隔が開いているため、速やかに列を交代できる。
兵が疲弊していると判断すれば、すぐに元気な兵と入れ替えることが可能なのだ。
またロサイス軍の前列は十代後半から二十代までの新兵。
中列は三十代のベテランで構成されている。
前列の新人をハラハラした気持ちで見ていたベテラン兵たちは、出番が周って来たことで大いに張り切り、敵を勢いよく押し始めた。
「バルトロ将軍、少し突出し過ぎている部隊がありますが……」
「まあ、良いんじゃないか? 勢いは大切だろ」
さらにバルトロは両翼の重装歩兵に指示を出し、少しづつファランクスの両側面を圧迫させる。
機動力に優れた新戦術だからこそ、出来る芸当だ。
徐々にファランクスが崩壊し始める。
こうなってしまえば、反乱軍は味方に押され、踏みつぶされ、押し潰される。
武器を放り出して逃走する兵士が多発した。
後は崩壊するに任せるしかない。
「後列を投入しろ。追撃だ」
後列の古参兵が投入される。
彼らは比較的軽い盾と、短槍を武器としている。
若い者に負けていられない。
そんな気持ちが有るからか、古参兵は檻から解き放たれた獅子の如く、反乱軍の背中に襲い掛かった。
反乱軍 戦死者約千 負傷者約五百 逃亡者約千五百
ロサイス軍 戦死者約百三十 負傷者約三百
斯くしてロサイス軍は大勝利を収めた。
新戦術
利点
優れた機動力。柔軟性。常に兵を入れ替えられる。戦術性が高い。持続力が高い。
欠点
突撃力不足。
課題
柔軟な動きを可能とするための訓練。軍規。優秀な下士官の必要性。
ぶっちゃけ、バルトロだから使いこなせたとも言えます。
バルトロの指揮能力が高く、一年掛けて下士官を念入りに育てたのでファランクスの突撃に耐えきれました。
並の指揮官だったら、ファランクスの勢いを押し留められず崩壊していたでしょう。
まだまだ未発達です




