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異世界建国記  作者: 桜木桜
第五章 南部征伐とキリシア人
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第百四十五話 第一次南部征伐Ⅰ

 月日は流れ、新年が開け、冬は過ぎ去り、春になった。


 俺は晴れて二十歳。

 日本における成人を迎えた。


 今のところ、全ての政策は順調に進んでいる。

 

 そんな時、事件は起きた。


 「またストライキか……」


 平民が再び兵役を拒否したのである。 

 兵役の拒否、と言うと反戦運動か何かかと思ってしまうが、別にそういうわけでは無い。


 戦争を恐れての行動ではない。

 

 「で、今度は何が起きたんだ?」

 「それがですね……」


 ライモンドの説明によると……

 

 財政難に喘いだ豪族十人が平民の財産を不当に接収したらしい。

 法律をこねくり回して、適当な理由を付けて。


 勿論、平民は不満を抱く。

 しかし法律の知識を持つ豪族には敵わない。


 だが平民の中にも頭の良い者は居る。

 例えば商業に従事する平民。

 

 彼らは職業柄キリシア人と取引することもあり、キリシア語が分かる。当然、字も書ける。

 だからこの国の慣習法に関する知識もある。


 だから今回の事例が、豪族の屁理屈であることを見抜いた。


 彼らは多くの平民を扇動して、法律の明文化を求めた。

 それが国中に広がったというわけだ。


 「軍で鎮圧しますか?」

 「いや、待て。早まるな」


 今回の事件は前の二つのストライキと反乱と決定的に違う点がある。


 一つは、平民が権利を求めているということ。

 前のストライキは戦後の保障や減税、戦利品の分配を求めて起きた。

 前の反乱は平民が裁判のやり直しを求めて発生した。


 今回は違う。

 法律の明文化……つまり、平民にも法律を公開するように求めて来たのだ。

 

 もう一つの相違点。

 それは国内全土に渡る運動であるということ。


 前のストライキは道路工事に従事していて、連帯感を高めて一部の兵士が起こした。

 前の反乱は豪族が治める一地方の平民が起こした。


 しかし今回は国中でストライキが発生している。


 「取り敢えず、全国の豪族に鷹便と早馬で伝えてくれ。早まった行動はするな、と」

 「分かりました」


 もし武力衝突が起これば本格的な内乱に繋がる。

 支配階層と被支配階層の闘争だ。


 そして……

 おそらく敗北する。


 何故なら我が国の兵士の殆どは平民階級出身者だからだ。

 鎮圧に向かった軍隊がそのまま寝返る可能性も考えられる。


 「それと、ロンを呼び出してくれ」


 一応、あいつには国内の間諜対策を言いつけていたんだけどな。






 「すみません、陛下。見抜くことが出来ず……」


 ロンは俺に会うと、早々に謝ってきた。

 まあ、反省してるなら良いんだけど。


 「あの、一応言い訳をして良いですか?」

 「まあ、内容によってだが」


 ロン曰く、国内のキリシア人系商人の動きはすべてチェックしていたらしい。

 呪術師たちも防諜活動に従事させていた。


 だから今回のストライキに関しては、外部からの介入はあり得ない。


 「つまり我が国の平民単独ということか?」

 「おそらく。多分ですが……長期間の出兵により、百人隊長たちが顔見知りになったことが大きな要因だと思います。百人隊長はその地域のリーダー格ですから。それと道路の整備と商業の活発化により、情報の伝達速度が上がったことも原因の一つだと思います」


 つまり、一地方でストライキ活動をしようという話が持ち上がる。

 それが商人や百人隊長たちのコネを通じて一気に国内に広がった、ということか。


 まあ、我が国の領土はそんなに広くないからな。

 その気に成れば数日で全土に行き渡らせることも可能だろう。


 「国内のアデルニア人の商人に関しては殆どノーマークでした」

 「まあ……そんなに人員を裂けるわけでも無いしな……今回は仕方が無かったとしよう。一先ず、外国からの関与は見られない、ということだけ分かれば良い」


 とはいえ、この話は明日にはアデルニア半島全土に伝わるだろう。

 あまりにもストライキが長引くようでは、各国が軍事行動に移る可能性がある。


 そしてもし何かが起こるとすれば……



 「陛下! バルトロ・ポンペイウス様からの早馬が!!」


 やっぱりな。

 内容は想像出来る。


 包囲戦時に刈り取ったベルベディル王の国の、キリシア系都市国家の武力蜂起。

 

 だろうな。







 「困りましたね」


 ライモンドがため息をついた。

 

 俺の想像は当たっていた。

 やはりキリシア系都市国家が独立運動を起こしたのだ。


 まあ、元々彼らは独立意識が強い。

 ベルベディル王もその対処には苦労したそうだ。


 「それにしても、最近平民の動きが活発ですね」


 イアルが呟いた。

 イアルは元々平民階級の人間。


 ここ数年で平民が一気に力を付けて来たことに、驚きを隠せないのだろう。


 「まあ、俺の減税が切っ掛けだろうな」

 

 あれで味を占められた。

 ストライキを起こせば俺たちが譲歩せざるを得ないことを、平民は理解してしまったのだ。


 とはいえ、あれを武力鎮圧していては今頃この国は無かった。

 後悔も反省もしていない。


 そして今回も採れる選択肢は一つだ。


 「法律の明文化を約束するしかあるまい」 

 「しかしあまりにも簡単に要求に屈するのは……」


 ライモンドが苦々しい表情を浮かべる。

 そう、それが問題だ。


 このまま要求がエスカレートして行けば、最終的に俺たちの地位も危ない。


 今まで積み上げて来た、アデルニア半島統一への布石が引っくり返ってしまう。


 まあ、俺の人気は高いし……

 王制廃止まではあり得ないと思うが。


 「ところで陛下は平民の権利要求はどう思われているのですか」

 「陛下のお考え次第では、対応も変わりますね」


 俺の考えか……


 「まあ、最終的にはある程度の参政権を認めてやろうとは思ってるよ。義務には権利は付き物だからな。平民には兵役という、国の安全保障を左右する義務がある。だからそれに吊り合うだけの権利は保障すべきだろう」 

 「つまり最終的には王制廃止も視野に?」

 「いや、それは違う」


 平民は戦うことも出来るし、税を治めることも出来る。

 多少の政治的判断も可能だ。


 しかし軍隊を指揮したり、実質的な行政や立法が出来るのは知識階層……

 豪族や王族だけだ。


 特権階級は維持する必要がある……というか、されるだろう。

 文字も書けない平民に民主政治など出来るわけが無いし、出来たとしても長続きしない。


 古代民主制が成立するのは、小さな都市国家の内部だけ。


 「俺は王と豪族と平民が、拮抗した政治的力を保った状態が一番良いと思う」

 「具体的にはどうされるのですか?」

 

 ライモンドがしつこく追及してくる。

 王がいい加減な政治ビジョンで政治を採るのは、家臣として堪ったもんじゃないからな……


 これを機会に話すか。


 「まあ、あくまで目標だが……俺は全ての豪族から領地を取り上げてしまうつもりなのは知ってるな?」

 「はい、それは存じ上げています」

 「しかしそれでは政治的力が拮抗しているとは言えないのでは?」


 まあ、待て待て。

 話が途中だ。


 「豪族を全て中央に集める。まあ領地を失った豪族を豪族と呼ぶのは相応しくないから……貴族、とでも言っておこうか。その貴族たちを中心とした会議を造る。今の豪族会議の発展系、名前は貴族院が元老院か……まあ、どちらでも良いだろう」


 豪族は政治家兼軍人だ。

 偶に変なのは居るが、多くは知識人であり、インテリだ。

 彼らを飼い殺しにするのは勿体ない。


 最初は王の助言機関として、最終的にはいくつかの権限を移転させて、権力を強化してやるつもりだ。

 

 俺が健在のうちは良い。

 俺の子供も、俺の教育次第だが大丈夫だと思う。


 だが孫、曾孫の代になると途端に怪しくなる。

 

 国王の頭が悪い可能性、圧政を敷く暴君が誕生する可能性、幼子が王になる可能性、深刻な身体的・知的障害を持っている可能性……


 国力が強靭でも、トップがダメでは話に成らない。

 そこで元老院の出番だ。


 国王の暴走を止めたり、国王の輔佐をして貰えれば国は保たれる。


 また、人材のプールとして用いるのも良いだろう。

 領地を失ったとはいえ、貴族は多くの資産を持つ。


 貴族の子供は高等教育を受けて育つだろう。

 そして自分たちが国を導いているという、誇りを抱く。


 つまり信用が出来る人材ということだ。

 

 科挙みたいな試験が出来れば良いが、それを可能とするノウハウも資金もない。

 ただ、今の縁故採用よりはマシになるだろう。


 この中からライモンドやイアルのような、王の補佐役を選んだり、バルトロのような軍人を選抜すれば良い。


 しかし問題なのは元老院が力を持ち過ぎてしまうのでは?

 ということだ。


 そこで俺は平民の権力を使おうと思っている。


 「俺は国王のみが絶対指揮権(インペリウム)を持つ、と規定しようと思う。そうすると全ての兵士は国王に絶対服従しなければならなくなるだろ? あとは平民の保護を国王の義務とする、とかね。元老院が平民の特権を犯そうとした場合、それを止められるのは国王だけ……となれば国民は国王を守ってくれるだろ?」


 支配階層と被支配階層という構造を考えると、本来は国王・元老院(貴族)VS平民となる。

 

 俺はこれを建前上、

 元老院(貴族)VS国王・平民にすり替えてしまおうと考えている。


 

 まとめると、三権分立みたいなモノだ。

 国王、元老院、平民に権力を分配することで国家の均衡を保つ。


 「そして平民には政治参加の門戸を開く。平民が意見を国に提出出来るようにしたり、財力や権力次第では元老院に招き入れたり」


 実際のところ、政治に参加したいと思う平民は極一部だ。

 多くの平民は、毎日平和に暮らせていれば十分だと思っている。


 平民が支配階層に反乱を起こすのは、一部の平民の中でも力のある階層が平民を煽り、反乱を企てるからだ。

 今回のストライキも中核は百人隊長や経済力を持つ商人たちだ。


 彼らが豪族の法律独占を打破したいと考えているから、今回のストライキは発生した。


 じゃあ彼らに政治参加の機会を与えれば良い。

 そうすれば不満は発生しない。


 被支配階層のリーダーを、支配階層に取り込んでしまおうという作戦だ。


 

 「なるほど……そのようなお考えが……」

 イアルが俺にキラキラとした視線を向ける。

 やめてくれ、照れる。


 「しかし元老院と平民が手を組めば、王族は不利に立たされるのでは?」

 「王族を元老院に入れたり、平民の有力者を側近に出来るような制度を作るつもりだ。三つの階層が適度に混ざり合えば、二つの階層が同盟を組んでもう一方を倒すという構図は防げる。まあそれでも心配は残るが……」


 そもそも滅ばない国は無い。

 何千年も同じ血統の国王を維持出来た国なんて、エチオピアか日本以外知らん。


 俺が不老不死にでもならない限り、国を永久に保たせるなど不可能だ。


 ただ、確かに言えることが有る。

 王に権力が無い方が、王制は長持ちする。


 例えばイスラームのカリフは途中から実権をほぼ失ったが、何だかんだでセリム一世の時代まで存続した。

 日本の皇家は承久の乱以降、政治権力を失ったが今日まで存続している。


 案外、元老院と平民が政治権力を握り、国王がお飾りという二極体制の方が長持ちするのかもしれない。


 「と、まあ以上が俺の考えだ」

 「でしたら今回の件は陛下にとっては都合の良いモノですか?」

 「まあ、いつかは明文化もしなければと思ってたな」


 もっと早く実行しておいた方が良かったかもしれない。


 「ここは渋らないで、法の元、国王も豪族も平民も平等としてしまう方が良いかもな」


 身分法を廃止して、全ての人間を法の元に平等に裁く。

 私有財産を保証して、その権利は不可触とする。


 どうせいつか要求されるのであれば、早い内に解決してしまう方が良い。


 「しかし平民が図に乗るのは問題ですね」

 「国王も豪族も、必要ないと思われるのは問題だな」


 ここは一つ、俺たちだけで解決するしかあるまい。


 「しかし豪族や近衛兵をかき集めても、千も満たないですよ? 反乱軍は最低でも五千は超えるのでは?」


 イアルが心配そうに聞く。

 まあ確かに俺たちだけで戦うのは不可能だが……


 「全ての平民がストライキに参加したというわけじゃない。不参加を決め込んでいる者を掻き集めれば二千は確保出来るだろう。それにバルトロの兵は誰一人ストライキに参加していないそうだ」

 「バルトロ殿の軍が? それはどうして?」

 「俺もよく分からんが、やる気に満ち溢れているそうだぞ」


 バルトロは掻き集めた平民を徹底的に訓練した。

 新たな戦術を作りだすためだ。


 無論、駆り出された平民は畑を耕す暇が無い。

 だから俺が与えた金で生活費を補っていた。


 つまり、半分常備軍と化している。

 そして自分たちの訓練の成果を試そうと息巻いている、からではないかと推測する。


 「すでにバルトロは鎮圧に向かっている。俺たちも早く兵を掻き集めて、鎮圧しよう。そして戦後にストライキを起こした平民たちに、『権利』と引き換えに『義務』を要求する」


 要求に屈したから与えるのではない。

 義務と引き換えに与えるのだ。


 という体裁を採るだけで大きく違う。


 「そうと決まれば早急に動かなくてはなりませんね」

 「ああ。二日以内に出兵する。準備を急ぐぞ」

 「「はい!!」」


 斯くして第一次南部征伐が始まった。

まあ、平民の政治参加なんて建前だよ


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