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異世界建国記  作者: 桜木桜
第五章 南部征伐とキリシア人
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第百四十三話 平民Ⅱ

 事の発端はアス氏族系の豪族が、財政難に喘ぎ臨時課税を行ったことである。 

 

 戦争が始まる前に、平民には減税を約束した。

 その矢先の臨時課税である。


 これに平民が怒った。

 が、すぐに武力衝突には至らなかった。


 その時は平民も渋々税を支払ったのだ。


 しかしその後、事態は急変する。

 豪族の子息の一人が、平民の娘を犯したのである。


 その娘は嫁入り前の処女だった。


 娘は精神的に病み、自害した。


 当然、その家族や婚約者は豪族に抗議して裁判が開かれた。

 しかし裁判の結果、豪族の子息は無罪。


 そして意気消沈する家族を、帰り道に豪族の私兵が暴行を働いた。


 この知らせは全領地に広がった。


 怒り狂った平民は、戦争での帰還兵を中心に結束。

 同時に武装蜂起した。


 そして豪族の屋敷を包囲してしまったのだ。






 

 「何してくれてるんだ。全く……ところで、豪族は常に一定の兵を持っていたはずだが……その兵は何をしているんだ?」

 「どうやら兵士たちも平民側に周ったようですよ?」


 ライモンドの報告を聞き、俺の口からため息が漏れ出る。

 そりゃあ、兵士も平民だからな。


 郷土愛は有っても豪族への忠誠心は怪しいな。


 「どうします? 陛下」

 「どうするもこうするも、鎮圧するしかないだろ」


 彼らがストライキだけに止めるならば、俺も軍隊は出動させない。

 何とかして説得するだろう。

 しかし暴力的行動に移ったのであれば話は別だ。


 無論、豪族には罪がある。

 しかし暴力的行動に移った平民にも罪がある。


 「道路工事に駆り出している兵士たちをすぐに収集しろ。二日以内に現場に向かう」







 集めた兵力は三千。

 俺の率いる正規軍は反乱が起こっている領地の領境に差し掛かった。


 心なしか、兵士たちも浮足立っているように感じる。


 「イアル、危険なことを頼むようで悪いが……反乱軍と交渉しに行ってくれ。伝える内容は『公平な裁判のやり直しを約束する。即刻、解散せよ。また反乱の首謀者は出頭せよ。さもなくば、武力で持って鎮圧する』だ」


 俺の率いる兵は平民で、あちらも平民である。

 俺は両方とも悪いと思っているが、平民はそうは思うまい。


 反乱軍に同情しているはずだ。

 この状況で戦っても、圧勝できるとは限らない。


 むしろ負ける危険性さえある。

 国民は敵に回したくない。


 「分かりました。何とか説得してみましょう」


 



 イアルが帰って来たのは日が暮れてからのことだった。

 イアルは俺を見るなり、首を横に振った。


 「ダメです。興奮して話になりませんでした」

 「そうか……」


 仕方が無い。 

 武力鎮圧に出るか。


 「しかし……彼らは何を求めているんだ?」

 「いえ……反乱軍を構成する多くの平民が求めている内容は裁判のやり直しです。しかし首謀者の方が何かと興奮して……豪族による政治を打破する! などと主張しています」


 つまり首謀者と兵士の間に、大きな考えの相違があるわけか。

 ……

 まだ武力衝突になると考えるのは早いかもな。






 翌日、領境を越えて反乱の起きている領内に侵攻した。

 そしてその日の正午には豪族の屋敷近くに到着した。


 遠目から、群衆が豪族の屋敷を包囲しているのが分かる。

 彼らは全員武装していて、兵装は正規軍と全く変わらなかった。



 少し離れた丘に簡易的な陣地を構築した後、俺は兵士たちに向かって言った。


 「諸君、事の経緯は知っているだろう。この件で悪いのは不平等な裁判をした豪族である。しかし同時に武装蜂起した彼らも悪である。彼らは暴力で解決する前に、私に訴えるべきだった。私は流血を好まない。同じ国民同士で殺し合うほどの悲劇は無い。故に私は彼らに裁判のやり直しを提案したが、彼らはそれを断った。彼らは興奮して聞く耳を持たない。……誰か、反乱軍の中に親戚や友人が居る者は居ないだろうか? 居たら名乗り出て欲しい。どうか、彼らを説得してきてくれ」


 ざわつき始める兵士たち。

 しばらくして、数人の男が手を上げた。


 「私の娘がこの地に嫁いでいます。もしかしたら義理の息子が参加しているかもしれません」

 「俺の弟が婿として養子に出ています!」

 「おいらの友達があそこの領地出身です!!」

 「僕の従弟が移住しました!」


 俺は一人一人、彼らの顔を見回した。


 「君たちに頼みたい。君たちの友人、親族を説得してきて欲しい。私は必ず公平な裁きを下す。王として、神と君たちに誓う。私は争いを望んでいないことを、伝えて欲しい」


 「「「「はい! 陛下!!」」」」

 


 さてと、これで好転すると良いんだけどな。






 「ロズワード、よく来てくれた」

 「何ですか? 陛下」

 「もし戦闘が起きた際に、歩兵は役に立たない可能性が高い。その場合、頼りになるのはお前の騎兵だ。……最悪、騎兵だけで敵と戦う羽目に成る」


 現在、首謀者ではなく反乱軍を構成する平民と交渉をしている。

 彼らは多くを望んでいるわけでは無い。

 ただ裁判のやり直しを望んでいるだけだ。


 そして俺は裁判のやり直しを約束した。

 しかし首謀者の方は違う考えを持っているようで、話にならない。


 そこで直接平民と交渉する。

 親しい者の口からなら、信用してくれると思う。


 だがそれでも首謀者が戦いを望む可能性がある。

 最悪に備えなくてはならない。


 「開戦した場合、敵の士気も低いはず。騎兵だけで倒して見せますよ。彼らには司令官が居ませんからね。側面に周り込めば、終わりです」


 ロズワードが頼もしいことを言ってくれる。

 成長したなあ……


 数年前に、挑発に乗ってリガル・ディベルの軍と交戦してしまったのが嘘のようだ。


 「こういう時に近衛兵が居ると頼もしいな」

 「俺たちは何が有っても陛下の味方です。……しかし、首謀者は何を企んでいるのですか?」

 「イアルの話によると豪族による政治の打破だな。俺に関しては明言していないが……目指すところは俺も排除したいんだろう」


 だが俺は平民からの人気が高い。

 公然と俺を敵と認定すれば、誰も付いて来ないだろう。


 だから俺に関する言及は極力避けているように思える。


 しかし気に成るのは……

 

 「どうして解散させないんだ? どちらにせよ、俺が裁判のやり直しを約束した時点で多くの反乱軍は目的を果たしたと思ってるはずだ。士気は大きく落ち込んでいるはず。この状態では勝てる敵にも勝てないだろ」


 無駄に死ぬだけだ。

 俺ならば機会が悪かったと、諦める。


 「変ですよね。そもそも蜂起するタイミングも悪い。もっと不満が集まってから、仲間を集めて、大軍でやらないと……王政打破どころか、豪族一人も殺せないよ」


 二人で頭を抱える。

 何か、根本的に目的が違うのかもしれない。


 「もしかしたら……大量に人死を出すことが目的なのか?」

 「つまり? どういうことですか?」

 「首謀者が他国の息の掛かった奴かもしれない、ということさ。目的は俺と平民を仲違いさせること……」


 もしそうなら尚更戦いは不味いな。

 

 「この件、無血で解決する必要がありそうだな」





 日が完全に傾いた頃、説得に向かった者たちが帰って来た。 

 俺は彼らを呼び出し、手ごたえを聞いた。


 「どうだった?」

 「考え込んでいる様子でした。考える時間が欲しいと……」


 いつまでも内乱状態を維持するわけにはいかないんだよな。

 他国に付け入る隙を与えるから。


 「分かった。攻撃は明日の正午に行う。それまで返答は待とう」


 俺は彼らにそう告げてから、兵士たちを集めさせた。


 「明日の正午、攻撃を開始するつもりだ。私は流血を好まないが……彼らが求めるのであれば仕方が無い。私は国王だ。この国に平和を齎す義務がある。だから平和を脅かす者をいつまでも放って置くわけにはいかない。例え、それがこの国の民であれ、豪族であれ、奴隷であれ、容赦しない。だが、話し合いで事を解決しても、武力で持って解決しても、公平な裁判のやり無しは必ず行う。これだけは約束する」


 兵士たちの表情は暗い。

 しかし不穏な気配や、極端な士気の低下は見られない。

 

 もし戦いに成っても、それなりに戦ってくれそうだ。

 まあ、敵前逃亡さえしなければ良いさ。


 そうすれば後はロズワードの騎兵隊が側面攻撃で撃破してくれる。






 翌日の早朝。

 俺はロズワードを含める少数の騎兵だけで反乱軍に近づいた。

 

 反乱軍の装備は正規軍と殆ど同じだったが……

 内情は全く違った。


 俺たちが近づいて居るというのに中々気が付かない。

 気が付いても中々陣形を組めず、ようやく組み上がった陣形もお粗末なモノだ。


 そして野営陣地も酷いモノで、殆どの者は毛皮を敷いて雑魚寝しているみたいだ。


 俺は弓矢や投槍の届かない、限界ギリギリまで近づく。

 

 「ルル、ソヨン。頼んだ」

 「はい!」

 「任せてください」


 二人は共同で魔術式を編む。

 テトラの開発した魔術の一つ、拡声だ。



 「反乱軍!! 私は流血を望まない。だが君たちが流血を望むというのであれば、容赦するつもりは無い。何度も言っているが、私は必ず裁判のやり直しをしよう。約束する。だから君たちが血を流す意味は無い! 即刻解散せよ。、また、反乱軍の首謀者には他国と通じている容疑がある。出頭し、事情を説明せよ。正午までに解散しないのであれば……私は君たちを敵とみなす。私が敵には容赦しないことは君たちもよく分かっているはずだ」


 

 ディベル氏族の粛清は多くの豪族たちを恐怖させた。

 そして俺に恐怖を抱いたのは豪族だけではない。平民たちも同様のはずだ。


 反乱軍の兵士たちは騒めき合う。

 心の奥底では、俺に攻撃されないと思い込んでいたかもしれない。


 今になって自分たちの犯した罪の大きさに気付いたのだろう。

 それに人の怒りは一時的なモノだ。

 時間が経てば潮が引くように引いていく。


 娘が強姦された、とはいえ殆どの平民にとっては他人の話だ。

 一時的には怒り狂っても、時間が経てばその怒りは忘れ、冷静になる。


 これで彼らが武装解除しなければ、もはや武力鎮圧しか道は無い。


 

 言うだけ言い、俺はその場から立ち去った。




 正午に成っても反乱軍からの連絡は無かった。

 仕方が無い。

 俺は兵士たちに短く、宣言通りに攻撃をするとだけ伝え、出陣した。


 隊列を整え、反乱軍に向かう。

 反乱軍は攻撃の予告があったというのに、碌に迎撃の準備が出来ていない。


 「構え!!」


 俺の号令と共に兵士たちは槍を構えた。

 見事なファランクスだ。


 一方、反乱軍は全く陣形を整えることが出来ていなかった。



 「突げ……」


 攻撃命令を下そうとした時だった。

 反乱軍の一人が逃げ出した。

 それを皮切りに一斉に反乱軍は駆け出した。


 未だ、武器を合わせても居ないのに総崩れだ。


 「……追撃しますか?」

 「いや、良いだろう」

 

 不戦勝で勝ってしまった。

 彼らに次、反抗する士気があるとは思えない。


 「ロズワード。反乱軍の兵士は殺さなくて良い。首謀者だけを捕まえて来い」

 「はい、分かりました」


 斯くして、反乱事件は拍子抜けする結末を迎えたのであった。


大事なのは後始末です

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