第百四十二話 平民Ⅰ
「結構進んでるじゃないか」
戦争が集結して都の造営が再開してから四か月が経ったころ、俺は都の視察に訪れた。
ガリア人の奴隷を一万人投入したおかげか、建設は順調なようだ。
「はい。これなら二年後には完成して、四年後には都として機能するようになると思います」
キリシア人建築家、イスメアは嬉しそうに笑った。
イスメアとしても、首都の建設が早く終わるのは嬉しいことなのだろう。
「ところで一つ気掛かりなことが」
「ん? 何だ?」
「道路建設ですが……兵士にやらせてますよね? 良いんですか?」
「ああ……あれは方便だよ」
戦争への参加と納税は国民の義務としてアデルニア人には認識されている。
そして道路重要な軍事施設である。
つまり道路を作ることは戦争への参加と同義。
という方勉で俺は二千人ほどの国民を徴兵して、道路を作らせていた。
兵士たちは……納得したような、しかしどこか不服そうな表情を浮かべていた。
まあ食事は提供するし、一か月交代だから農業に支障は出ない。
交代で国民全員に道路建設をやらせるつもりだ。
そうすることで全兵士に土木作業を叩きこむ。
土木技術は戦争に必要不可欠な技術。
攻城戦も陣地構築も土木作業だ。
多分、穴を掘ってる時間の方が敵と戦っている時間よりも長い。
「いざとなれば武器を持たせて出動させられる。問題ないよ。道路が出来れば移動速度も上がるし」
「しかし敵に攻められる危険も上がるのでは?」
「それは一長一短というやつだ」
仕方が無いとしか言えない。
だが攻撃は最大の防御である。
敵に攻められるよりも先に攻めてしまえば問題ない。
「何か必要な物はあるか?」
「そうですね……神殿や宮殿に彫刻を施したいのですが……キリシア人技師を招いてくれませんか?」
「分かった。何とか融通を利かせよう」
彫刻家か……
まあ、必要だよな……
「ほら、よしよし、よしよし」
「うんぎゃあああああ、うんぎゃあああ!!」
俺の腕の中で泣き喚くアンクス。
どうしてだろう? お腹は減っているのかな?
それともウンチか?
「アルムス……貸して」
困った俺はテトラにアンクスを渡した。
テトラはアンクスを抱き上げて、軽く揺すりながらあやす。
「……」
泣き止んだ。
何だろう、悲しい。
「俺って嫌われてる?」
「もっと触れ合う時間を増やせば?」
そうだな……
多分、知らない大人だと思われてるな。
よし、触れ合う時間を増やそう。
もっとアンクスといちゃいちゃしよう。
「アンクスはよく泣くよね。元気で良いと思う。フィオナはちょっと大人しすぎるから……」
ユリアが呟く。
ちなみにフィオナは別室でスヤスヤ寝ている。
まあ、大人しいと言っても俺が抱くと大泣きするんだけどね。
やっぱりおかしいな。
何でだ?
「夜泣きが五月蠅い……」
「はは……召使が居て良かったと本当に思うよ。居なかったら、精神病んでたかも」
ユリアとテトラが苦笑いを浮かべた。
ユリアもテトラも王の妃だ。
子育てにも参加するが、何から何まで面倒を見るわけでは無い。
夜泣きなんかは、対応してくれる召使を雇っている。
子供の夜泣きで家庭崩壊など、日本でもよく聞く話なので……
それに関しては良かったと思っている。
「陛下。ご注文の物が出来ました」
「ああ。入って来てくれ」
俺はアリスの入出を許可した。
アリスは今、王宮で召使として働いている。
掃除洗濯料理の能力が高かったからと、俺の目の届くところに置いておきたかったからだ。
暗殺や諜報の命令は出していない。
無理やりやらせても、アルドの二の舞いになるだけだろう。
取り敢えず、手元に置いておくだけで満足している。
アリスが持ってきたのは、茶色い液体だった。
香ばしい匂いが漂う。
「何これ?」
「お茶?」
ユリアとテトラがガラスコップを手に取り、不思議そうに首を傾げた。
まあ、何で見てくれ。
頑張って完成させたんだ。
「ん……悪くない味」
「美味しいね。何て言うの?」
「麦茶だよ。原料は大麦」
俺の言葉に二人は顔を顰めた。
テトラは飲むのを止め、ユリアは気持ちが悪いモノを飲んだ、という表情を浮かべる。
「やっぱり嫌?」
アデルニア人は大麦を嫌う。
というのも、アデルニア人にとって大麦は貧民や奴隷や馬が食べるような、下等な穀物だからだ。
軍隊で罰として食事を大麦に変える……
というのが成り立つほどだ。
まあ日本で例えるならば……
猫の缶詰だろうか?
人間様も食えるし、不味くないが何となく嫌だ。
そんな食べ物である。
「ねえ、何で黙って飲ませたの?」
「だって大麦原料って言えば絶対飲まないだろ」
不機嫌そうなユリアを俺は何とかして宥める。
気持ちは分かる。
俺もシーチキンだと言われて猫の缶詰食わされたら。イラッとくる。
「それに好き嫌いは良くない。ほら、テトラを見ろ! 飲んでるぞ!!」
テトラは大麦が原料と言われ、一旦は口を離したが、再び飲み始めた。
ユリアが少し驚いた顔をする。
「まあ、昔は大麦のパンも食べたし」
「そうだよ。ロマリアの森に居た時はよく食べたよな!」
あの時は小麦だ、大麦だと文句を言うほど食糧に余裕がなかった。
みんな食べれるだけマシだと、文句を言わずに食べていたのだ。
「ユリアもさ、飲んでみて分かっただろ? 大丈夫だって」
「まあ、美味しいけどさあ……」
ユリアは納得し切れない様子だ。
ダメなら仕方が無いか。
「これを広めたいんだけど、どう思う?」
「「それは無理」」
ですよね~
アデルニア人はビールの作り方を知っているが、ビールを飲むことは無い。
ビールは大麦が原料の下等な酒だからだ。
上手く行けば新しい産業になると思ったんだけどな……
麻薬以外にもう一つ、将来性のある産業が欲しいんだよね。
「じゃあ香水は?」
「香水?」
「私は薬草が専門だけど……その関係で花の匂いには詳しいんだよ。何と何を組み合わせればどんな匂いが出来るか、分かるよ」
ユリアは少し待つように言い、部屋から退出した。
しばらくすると、羊皮紙やパピルス、紙の束を持ってきた。
「ここに研究の成果が書いてある。育て方も分かるよ」
「へえ、そいつは凄いな。……そうだな、俺の私有地で作ってみてくれないか? 評判次第では大々的に売り出したい」
「良いよ。アルムスの役に立つならね」
ユリアは研究資料を胸に抱いて、微笑んだ。
「グリフォン様、ロマリアの森を俺にくれませんか?」
俺はロマリアの森の開拓の許可を取りに、グリフォン様の元を訪れた。
ロマリアの森を支配下に入れることのメリットを説明する。
グリフォン様は難色を示した。
「我の領地に入らぬとはいえ、入られる可能性は上がる。入られるのは不愉快だな」
「それに関しては対策を講じるつもりです」
ロマリアの森は約半径四十キロほどだ。
そしてグリフォン様の領地は半径十五キロ圏内である。
そこで二十キロ圏内に入りこむことを一切禁ずることにする。
十メートル感覚で進入禁止の立て札を立てるつもりだ。
本当は木の柵で囲ってしまいたいくらいだが……
森の生態系に影響が出そうなのでやらない。
「どうでしょうか? それに加えて、ユリアに人払いの結界を掛けさせるつもりです。開拓民にも言って聞かせます」
「うーむ、しかしなあ……」
「開拓が成功すればそれで得た富の一部をグリフォン様に献上します。酒とか! 太った羊や豚とか!!」
何とか食い物で釣る。
グリフォン様は難しそうな顔で考え込む。
「まあ、良いだろう」
「ありがとうございます!!」
流石、グリフォン様だ。
寛大なお方だ。
「だが領地に入った人間は容赦するつもりは無い。容赦なく殺すし、入った人間の数だけ貢物の数を増やして貰う。良いな?」
「分かっています」
貢物に関しては大した痛手では無い。
制止を聞かずに領地に入る奴など、死んでも構わない。
全く問題は無かった。
「では、俺はこれで」
「ああ。頑張れよ」
俺はグリフォン様に再三礼を述べてから、その場を立ち去った。
「平和だなあ……」
俺は麦茶を飲みながら庭を眺める。
俺の苦情により、庭に生えている植物の七割は観賞用に変わった。
残りの三割は麻薬や薬草だが……妻の趣味だから仕方が無い。
それにしても平和だ。
財政改革も順調だし、中央集権化も着々と進んでいる。
つい一か月前にロサイス氏族の領地も全て返還された。
今、ロサイス氏族が地方から中央に集まったことで自然に中央の権力が集まった。
別に俺に権力が集まる必要は無い。
中央に権力が集まれば良いのだ。
中央の命令が地方に行き届き、即座に軍隊を編成できる。
それが理想だ。
そしてその理想も実現しつつある。
バルトロの軍制改革も着実に進んでいるようで、早く実戦に投入して試したいらしい。
だが戦争は無い。
平和だ。
少なくとも、一年は戦争をするつもりも無いし、一年は戦争を吹っかけられることも無いだろう。
あと数週間後にはロゼル王国からの賠償金が届く。
賠償金は戦争で頑張ってくれた兵士や豪族への謝礼に、大部分を回すつもりだ。
お金は税金で帰ってくるから、土地で支払うよりも余程良い。
ああ、平和だ。
こうして順調に一年が……
「陛下!!! 大変です!! アス氏族系の豪族の領地で平民の反乱が発生した模様です!!」
どうやら順調に一年が過ぎることは無いようだ。
今度はストライキではなく、反乱? というか暴動のようです
原因は何でしょうね?
……ちなみに、反乱を鎮圧する兵士も平民なので対応を間違えたらかなりヤバいです
追伸
感想、ありがとうございました
とても励みになりました
無理にはとは言いませんが、これからも出来れば欲しいです
宜しくお願いします




