第百三十五話 これからのこと
ようやくタイトル回収かな?
「世界記憶……」
「魔法……」
「おい、二人とも。いつまで呆けているんだよ」
禁忌の森から戻った後も、二人はグリフォン様から言われた言葉が気になっているのか、ぶつぶつと呟いていた。
「アルムスは気にならないの?」
「全く」
俺はユリアの質問に首を大きく横に振って答えた。
実際、どうでも良かった。
そもそも俺は呪術が使えない。
呪術を弾いたり、感づいたりする程度は出来るが……
女性の呪術師のように何等かの現象を引き起こすことは出来ない。
男だからだ。
男は呪力を上手く練ることは出来ない。
そもそも存在するかどうか分からない物に夢中になれない。
目の前の物……金や領土や女の方が余程気に成った。
「もしかしたら……私の魔術式世界記憶の一部かもしれない」
テトラが呟く。
まあ、世界のすべてが書かれていると言うのであれば数式の一つや二つ、書いてあるだろうな。
「二人は魔法使いに成りたいのか?」
「ううん」
「別に」
二人は揃って首を横に振った。
別に魔法そのものには興味無いようだ。
「魔法があれば、不治の病も治るかもしれないし、死んだ人も生き返るかもしれないぞ」
誰のこと、とは言わないが。
「えーとね、私に呪術を教えてくれた人が言ったんだけどね……死んだ人の命は大地に溶けて、世界と一つに成るんだって、そして魂は次の生命に宿る。これを円環の理って言うらしいけど……世界は円環の理によって回り続け、生き続けることが出来る。だから不死は人が手を出してはならない禁忌の領域。絶対にダメ……」
地球でも聞いたことが有るような死生観だ。
どこの人も同じようなことを考えるのだろう。
グリフォン様も、魔法は『世界の法則を書き換える禁忌』って言ってたな。
たくさんの人が魔法を使えば、世界の均衡が崩れてしまうのかもしれない。
それは良くないことだろう。
多分、分からないけど……
「過去に魔法を使った人は死んじゃったって言ってた。私は死にたくない。まだアルムスと一緒に居たい」
テトラは頬を赤らめて、俺にしなだれかかった。
俺はテトラの柔らかい髪の毛を撫で、指に絡ませる。
「でも気にはなるんだろ?」
「……世界の真理、とやらには少し」
テトラは小さく頷いた。
「世界に真理なんて有るのかね?」
そんな物は結局、無いんじゃないか?
と思う。
いくら探しても人間が到達できる所には無い。
神が世界を作ったのであれば、人の手に届くような場所に置くはずがない。
「まあ、今考えても無駄なのは本当だよ」
ユリアは俺に抱き付き、俺の頬に唇を押し付けた。
「今はもっと、別のところに興味がある」
「奇遇だな。俺もだよ」
俺はユリアの髪をかき上げて、額に唇を押し付けた。
次に両頬に唇を付け、耳を甘噛みする。
「ん……」
「戦争も終わったし、二人目を作ろうか?」
ユリアの唇を一度、舐める。
「アルムス……」
テトラが後ろから抱き付いてきた。
寂しそうな声を上げながら、俺の背中に膨らみを押し付けてくる。
「後で私も……お願いね、今は席を外すから……」
「ああ。ありがとう。テトラ。愛してるよ」
俺はそう言いながら振り返ると……
頬を両手で掴まれた。
強引に唇と唇を合わせられる。
テトラの柔らかい舌が、俺の口内に入りこんでくる。
生きているかのように舌が動く。
突然だったので驚いたが……
俺もテトラに合わせて、舌を動かした。
二人の舌が複雑に絡み合う。
溢れて来た唾液が二人の唇の隙間から零れ落ちる。
テトラの唾液を啜り、飲み込む。
何となく、蜂蜜に似た味がしたような気がした。
テトラの方も俺の舌を吸い上げながら、唾液を吸い上げる。
二人で自分たちの唾液の混合物を吸い合う。
どちらがどちらの物を吸い込み、飲んでいるのか分からなかった。
どれくらい舌を絡み合わせていたか……
テトラは息苦しくなったのか、ようやく唇を離した。
二人の間に唾液の橋が掛かり、途中で途切れる。
テトラは途切れた橋を指で掬い、口の中に入れた。
「ん……アルムスの味がする……」
テトラは少し、惚けた表情を浮かべて視線を虚空に彷徨わせていたが……
すぐに立ち上がった。
「じゃあ、退室する。二人とも頑張って」
テトラは何故か、勝ち誇ったような表情を浮かべて部屋を出ていった。
「ううう……」
振り返ると、ユリアが頬を膨らませていた。
目が潤んでいる。
「何でするの?」
「いや、テトラが強引に……」
奇襲だったから仕方が無いじゃないか。
俺の責任ではない。
中盤からは俺が主導してたけど。
「機嫌を直してくれ」
「別に……怒ってないもん」
ユリアはそう言ってそっぽを向く。
俺はユリアの両頬を手で掴み、強引にこちらに向かせた。
「何でもするから許してくれ」
「じゃあ、キスして」
ユリアは目を瞑った。
二人の唇が合わさる。
「……これって、私とテトラの間接キスだよね?」
「細かいことは気にするな」
国に帰還してから二週間が過ぎた。
慌ただしい二週間だった。
軍隊の解散。
捕虜を収容する施設の建設。
各国と結んだ条約の確認と履行。
そしてロゼル王国との賠償金受け渡し日時の調整。
全てが終わり、一息ついた頃……
それは起きた。
「お父さん! お父さん!!」
ユリアが悲痛な声で叫ぶ。
お義父さんは僅かに瞼を開けた。
「うるさいぞ。ユリア……」
「お父さん!!」
ユリアはお義父さんに抱き付いた。
お義父さんはユリアの頭を優しく撫でる。
お義父さんが倒れたという知らせを聞いたのは、一昨日の夜のこと。
お義父さんは今日の夜まで、ずっと意識が無かった。
「お義父さん、薬です。飲んでください」
「今更薬なんぞ、意味ないぞ」
お義父さんは俺が差し出した薬湯を手で制した。
「痛み止めですよ」
「……そうか」
お義父さんは制していた手を下げた。
痛み止め……つまり、現状を改善する薬は存在しないということだ。
出来ることは……死の苦痛を和らげることだけ。
「出来ればユリアに飲ませて欲しい」
それもそうだな。
俺は薬湯の入った器をユリアに手渡した。
ユリアは薬湯を少量掬い、お義父さんの口元に運ぶ。
お義父さんが飲むことが出来た薬湯は三口だけだった。
お義父さんは疲れ果てたように目を閉じた。
二週間前は元気だったのに……今は枯れ木のようになっている。
「眠いな……」
「……睡眠薬を混ぜているから」
ユリアが悲しそうに微笑んだ。
ユリアはお義父さんの病状を見て、もう助からないと判断した。
だから楽に死ねるように……
「兄さん、何かありますか?」
ライモンドは紙とペンを用意して尋ねた。
「……墓は死んだ妻と同じ場所に頼む。葬式は……簡素にしろ、と言うべきかもしれないが……賑やかに頼む」
お義父さんは俺の方に顔を向けた。
その目は虚ろで、光を写していなかった。
「ロサイス氏族家の家父長権は全てアルムスに相続される。家臣一同もアルムスに忠誠を……これは今更言う必要は無いか……」
声が少しづつ、小さくなっていく。
「アルムスの次の王位はユリアの子を、頼む……」
お義父さんは俺の目をしっかりと見つめる。
おそらく、見えてはいない。
しかしその視線はぶれることが無かった。
「……後は好きにしろ。お前のしたいように。俺のことは……気にするな」
お義父さんは目を閉じた。
ユリアはお義父さんの手を取り、脈を採る。
「……眠っただけみたい」
その後、お義父さんが目を覚ますことは無かった。
「ユリア、酒でも飲むか?」
お義父さんの遺言通り、壮大な葬式が終わった後……
一人で夜空を見ていたユリアの元に、葡萄酒が入った壺を持ってやって来た。
ユリアは小さく頷く。
俺はペルシス製のガラスコップに葡萄酒を注いだ。
「号泣するお前をどうやって慰めようかと悩んでいたんだけど。案外、大丈夫そうだったな」
「……死んじゃうって分かってたしね。何だかんだで生きたし……想定してた寿命よりも十年も生きたんだよ。お父さんは。孫の顔も見せられたし……」
ユリアは少しだけ、笑った。
元気は無さそうだが……落ち込んでいるというわけでも無さそうだった。
ユリアは葡萄酒を喉に流し込む。
俺は空かさず、ユリアのガラスコップに酒を注いだ。
「飲め、飲め」
「……泥酔した私をグチャグチャにする気でしょう?」
すでに酔っ払い始めたのか、ユリアは俺の腕に絡みついてきた。
豊かな胸の感触が伝わってくる。
流石に葬式の後からやるほど、俺も飢えていない。
まあ、お義父さんは喜びそうだけど。
「ユリア……大丈……何やってるの?」
不機嫌そうな声が後ろから聞こえた。
壺を持ったテトラが佇んでいた。
テトラの視線は俺の腕……ユリアの胸が押し付けられている部分に注がれていた。
俺の腕がユリアの胸の谷間に挟まれる形になっている。
「あなたは出来ないでしょ?」
ユリアは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「別に出来るし」
テトラもユリアに張合い、胸を押し付けて来た。
テトラもそこそこ良い胸を持っている。
しかしユリアに及ばない。
ちゃんと感触は感じることが出来るが……挟むことは難しい。
今回はユリアに軍配が上がったようだ。
「無駄な脂肪を蓄えて……」
「僻み?」
テトラの表情が歪む。
「お前ら、俺を間に挟んで喧嘩するな」
ため息をついた。
テトラがユリアを元気付けようとしていて、ユリアがそれに乗っかっているという構図は分かるが……
手段と場所を選んでほしい。
「少し、真面目な話がある」
「誰とするの?」
テトラが舌なめずりする。
「違う!!」
「さ、三人で!!」
「それも違う!!」
お前たちは俺を何だと思ってるんだ。
確かに、後継者問題は大事な話だが……
今は違う!!
「ユリア……」
「わ、分かった!」
服を脱ぎ始めるユリア。
ダメだ、こいつ。
「違う、そういう話じゃなくてだな……」
俺は半裸になったユリアに服を着せながら……
「俺は建国をしようと思う」
「建国?」
ユリアが首を傾げた。
「アルムスはすでに王様でしょ?」
ユリアは言っている意味がよく分からない、とでも言うように不思議そうな表情を浮かべている。
「……アルムスが初代国王になる国を作るってこと?」
「そういうことだ」
俺はテトラの言葉を肯定した。
「ロサイス王の国を解体して、新たに俺が始祖となる国を一から作り上げる。ロサイス氏族は王族では無くなり、新たに俺の縁者……そうだな、肖って『ユリウス氏族』とでもしようか。俺の正妻の名前は『ユリア』だし」
国名もロサイス王の国では無く、ユリウス王の国に……いや、もっと良い名前があるな。
俺のもう一人の父親であるグリフォン様から……禁忌の森から採って『ロマリア王国』としようか。
もはや国名に格助詞を入れる必要もあるまい。
「えっと……じゃあ次の王位は……」
ユリアが少し不安そうな声を上げた。
「アルムス」
テトラが大きな声を上げた。
テトラは首を大きく横に振る。
「アンクスはダメだよ。アンクスは、私はキリシア人の血が入ってる。ロサイス王の国はアデルニア人が殆どだし、豪族は純血のアデルニア人だけ。……それに無用の混乱が起こる」
俺はテトラの頭を撫でた。
少し驚いた表情を浮かべた。
「すまないな、テトラ。いろいろ、迷惑を掛ける」
俺はユリアを振り返り、強く抱きしめた。
「心配させてすまない。俺は何もロサイス氏族を滅ぼそうだなんて思ってないよ。そもそもアス氏族とロサイス氏族の家父長は俺だしね。先王の遺言もある。次の国王は君の子だ。それは変わらない」
「……ご、ごめんなさい。わ、私は……」
ユリアは消え入りそうな声を漏らす。
自己嫌悪に陥ってしまっているみたいだ。
「ユリア……別に気にすることは無い。私は興味無いから。そもそも私は一度、豪族から転落した身だし。それにアンクスが王に成っても不幸になるだけだよ」
テトラはユリアに向かって微笑んだ。
ユリアの目から涙が溢れる。
「テトラ……」
「……ユリア」
二人は強く抱きしめ合った。
……偶に思うんだ。
こいつら、レズなんじゃないかと。
「ところで氏族名は『ユリウス』にするんだよね? 家族名はどうするの? グリフォン様から採って『ロマリア』にする?」
「いや、そっちは国名にするつもりだよ」
まあ家族名と国名を一致させるのは別に良いんだけど……
正直、豪族や平民を刺激するんじゃないかと心配している。
『アルムス王はロサイス王の国を乗っ取った!!』みたいな?
まあ、実際そうだけど対面とか建前って大切だからね。
「じゃあ……」
テトラは顔を近づける。
テトラの綺麗な空色の瞳が近づいてくる。
鼻と鼻が触れ合いそうなほど近づいて……
「『カエサル』は?」
えっと……
何でテトラからその名前が?
「どうしたの?」
「いや、何でもないけど……どうして『カエサル』かなって……」
テトラは真っ直ぐ俺の指を向けた。
「ん?」
「灰色。アルムスと言えば、灰色の瞳」
そう言えばアデルニア語って、ラテン語に似通ってたな。
ならおかしくないか。
灰色の瞳、というのはそこそこ珍しい色だ。
黒っぽい灰色なら多いが、俺のような『鼠色』……灰色ど真ん中は珍しい。
というか、会ったことが無い。
「良いんじゃない? 『カエサル』で。素敵だと思う」
ユリアも賛同を示してくれた。
『ユリウス』で『カエサル』……
うーん、ここまで肖ると逆に荷が重いような……
でもあの人は王に成れなかったけど、俺は成ってるから俺の方が上……
と考えることも……
ああ、俺、これから建国するんだっけ。
豪族の誰かに刺されたりしないだろうか?
まあ、良いか。
テトラが決めてくれたんだし。
今日から俺は、
アルムス・ユリウス・アス・ロサイス・カエサル。
……長いな。
元王、想定以上に生きました
まあ、孫の顔も見れて本望でしょう
もう少しフラグを張っておけば良かったと後悔
まあ、人間死ぬときはぽっくり死ぬということで一つ
味方キャラで死ぬのはこいつが初かな?
個人的に鬱展開という気分はしません。だいぶ前から死ぬ死ぬ言ってたし。病死だし。
人間、いつか死ぬしね。
この人は好きなこと全部済ませて、心残り一つ無く死んだので、かなり良い死に方だったと思います。
ユリア「お父さん、死ぬ死ぬ言って中々死ななかったよね。初登場から、もう長くない、死にそう、死ぬ―って言ってたのに」
元ロサイス王「死ぬ死ぬ詐欺って奴だ。人間、死ぬと思ってるうちは死なない」
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四章はこれで終わりです
次回、閑話を一話入れてから五章。閑話ではかなり前に投げた伏線を回収します。
五章からは本格的に領土拡張に入ると思います




