第百二十八話 和平交渉
対ガリア同盟結成から三日後。
ロゼル王国との和平交渉が行われた。
場所はロゼル王国とドモルガル王の国の国境から最寄りの都市。
アデルニア側からは各国国王、ロゼル王国からは麻里とクリュウ将軍。
重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのはエクウス王であるムツィオだった。
「我々エクウス族が出兵したのは、アルムス王に恩を返すため。故にロゼル王国から賠償金も領土も要らない」
そう言い切ってから、ムツィオは強く麻里を睨みつける。
「しかし貴国の呪術師が我が国に混乱を齎した。そのことに関して、謝罪と賠償を請求する」
(ふーん、この場で言うのね。てっきり、国の恥として隠すと思ったんだけど。これは相当怒ってるってことかな?)
麻里はムツィオを観察する。
小刻みに震えているムツィオの手を見れば、その怒りの大きさが分かる。
「証拠は御有りですか?」
「反乱にガリア人の呪術師が加わっていた」
麻里は笑みを浮かべる。
「我が国にもアデルニア人の呪術師が居ます。反乱に加担したのが偶々ガリア人だったからと言って、それが我が国の間諜だとは限らないと思いますが?」
そう、証拠が無い。
外国に放つ間諜には全て、情報漏洩を防ぐための強力な呪術を掛けている。
その呪術を説くことが出来るのは、呪術先進国であるロゼル王国でも数えるほどしか居ない。
果たしてアデルニア人の国家に、あの術式を解呪出来る呪術師が居るだろうか?
しかし麻里の予想を反したことをムツィオは言う。
「本人が証言した。ロゼル王国の命令で我が国を混乱させたと」
「……へえ」
伊達に五百年以上生きていない。
相手が嘘を言っているかどうかは、表情から見抜くことが出来る。
麻里はムツィオが真実を言っていると、理解した。
だが一応、確認する。
「その本人を連れてきてもらわないと困るわ」
ムツィオは衛兵に目配せする。
しばらくすると、後ろ手を縛られた女……リディアが姿を現した。
俯いた顔が髪に隠れているため、表情は確認できない。
しかし肩が細かく震えていた。
「顔を見せて」
衛兵はリディアの髪を掴み、麻里にその顔を見せた。
表情は真っ青で、目に涙を浮かべている。
麻里は静かにため息をついた。
そしてムツィオに向き直る。
「知らない人だわ。誰? 適当なことを言われると困るわ」
「よくも抜け抜けと……」
証拠をいくら揃えても、ロゼル王国が認めなければ意味が無い。
そしてロゼル王国が認めるはずが無かった。
どんなに証拠を並べられても、「それはお前たちのでっち上げだ」と主張するだけで良いのだから。
そもそも間諜を送るなど、どの国でもしている。
今更どうした、という話である。
謝罪などすればロゼル王国の権威は失われる。
非を認めることなど出来ない。
これは裁判ではなく、外交なのだから。
もしエクウス族が他のアデルニア諸国にこの件を知らせず、独自にロゼル王国に異議を申し立てれば、謝罪は無いにしても賠償をする可能性は存在した。
ロゼル王国は口止め料を支払う必要が出てくるからだ。
尤も、新国王就任の祝い金という名分で、口が裂けても慰謝料とは言わないだろうが。
しかしムツィオはこの件を他の諸外国に公表してしまっている。
今更遅い。
賠償が欲しければ、この件はロゼル王国との秘密外交で済ませるべきだった。
ムツィオの外交的失敗である。
尤も、ロゼル王国からすれば秘密外交で莫大な口止め料を支払うよりも、周辺国から非難される方を嫌がるだろう。
ロゼル王の信義が疑われれば、国内の諸侯にも疑いの念を抱かれ、国内もバラバラになる。
ロゼル王国へ復讐する、という意味では大成功だ。
そう納得して引き下がるしかない。
「まあ、良い。今ので貴国がどういう国かよく分かった。このことは世界中に知れ渡るだろう」
「誰が何を言おうと、真実は真実よ」
リディアは真っ青な顔のまま、退出させられる。
こうして交渉の前哨戦が終わる。
次は本格的な和平交渉が始まる。
アデルニア諸国の王を代表して、アルムスが用意された条件を読み上げた。
「我々の要求は次の七つです」
一つ、我々が得た領土を承認すること。
二つ、ファルダーム王の国とギルベッド王の国に本来の領土を返還すること。
三つ、ファルダーム、ギルベッド、ドモルガルの三国にそれぞれ五百ターラント(銀一万三千キロ)、ロサイス王の国に千ターラント(銀二万六千キロ)を支払うこと。(合計、二千五百ターラント)
四つ、アルド王子の身柄をドモルガル王の国に引き渡すこと。
五つ、カルロ王子のドモルガル王即位を承認すること。
六つ、今戦争で発生したアデルニア人の捕虜を解放すること。
七つ、三年間の休戦協定を結ぶこと。
アルムスが読み終わる。
クリュウと麻里は鼻で笑い飛ばした。
「話にならないわね」
「全くだ」
二人は大きく首を横に振る。
そしてクリュウ将軍が立ち上がり、前に進み出た。
「一つ目、四つ目、五つ目、六つ目は承諾しよう。それ以外は承諾出来ない。ふざけているのか?」
怒りの表情を浮かべるクリュウ。
強きの発言だ。
両者の間に緊張が走る。
「何か勘違い成されているようだから、一つ言わせて貰います。我々はあなた方に負けていない。こちらがその気に成れば、すぐにでも領土を取り返すことが可能であることを念頭に置いて頂きたい」
麻里はアデルニア人たちを睨みつける。
しかしアデルニア人も負けていない。
ギルベッド王が立ち上がり、反論する。
「ほう。中々強気だな。そちらがその気ならこちらとて、容赦はしませんぞ? 何しろ我が国の兵士たちは復讐心に燃えている」
嘘である。
ギルベッド王の国の豪族たちはそろそろ戦争をやめて欲しいと思っていた。
何十年振りにロゼル王国から領地を得られ、同盟も組むことが出来た。
これ以上冒険はして欲しくない。
それがギルベッド王の国の豪族たちの考えだ。
それだけロゼル王国を恐れているのである。
つまりハッタリだ。
「マーリン殿もクリュウ殿も、帰らなければならない事情があるのではないですか? 貴国の裏庭が燃えているようですし。早く消火に出向いた方が宜しいかと」
アルムスが暗にゲルマニス人と北東部のガリア人について仄めかす。
ちなみに、アルムスはゲルマニス人や北東部のガリア人の反乱については全く知らない。
不穏な情勢である、という情報そのものは鷹便と早馬でこちらに向かってきているが未だ到着していない。
ただロゼル王国の慌ただしい撤退を見た上での予想である。
それと若干の希望が含まれている。
「裏庭? さてさて、何のことやら……私の家の裏庭のことですか? 私の家の裏庭には綺麗な花(毒草)がたくさん生えていますよ。火事など、起きていないかと」
適当にしらばっくれる麻里。
その表情には動揺の色は無い。
(……まさか、アルムス王は反乱のことを知っている? しかし憶測なら誰でも出来る。鎌を掛けているだけ?)
(動揺の色が見えないな……本当は起きていないのか? しかし撤退時の慌てようは間違いなく……)
二人は無言で見つめ合う。
不穏な雲行きを見せる交渉。
しかし一つだけ確かなことが有る。
両国共に講和を望んでいることだ。
もし望んでいなかったら、誰かが席を立っていたことだろう。
交渉はここからである。
まさか、アデルニア側もあの講和条件を受け入れるとは思って居ない。
ここから擦り合わせが始まるのだ。
交渉はここからである。
「ファルダーム王の国とギルベッド王の国への領土返還は承諾出来ません」
麻里は二人の国王に視線を向ける。
「しかし賠償金に関しては交渉の余地があると考えています」
領土、というのは目に見えて分かる。
自国の領土が減らされれば、豪族も不満に思うし、王への不信感を募らせる。
特に対象となった豪族の不満は大きい。
しかし賠償金は目に見えた物ではない。
王の財産が消えるだけだ。
豪族からは痛くも痒くもない。
ロゼル王国はアデルニアの諸王国に比べれば随分と中央集権体制の整った国だ。
しかしそれでも豪族からの支持は大切になる。
封建国家の宿命と言える。
「しかし二千五百ターラントはあまりに巨額。承諾出来る額ではありませんね」
「……貴国はいくらまでならば承諾すると?」
「千五百ターラント」
「話にならない」
結局、この日の交渉は双方平行線で終了した。
一ターラント=銀二十六キロ
スノーデンがベラベラ喋っても、アメリカと同盟破棄した国とか無いから
リディアがベラベラ喋っても、ロゼルにはただちに影響は有りません




